はじめに
血友病は、かつては命に関わることも多い病気であり、一時期には血友病がエイズ(AIDS)の一種であると誤解する者が多く、時に偏見の対象とされることも少なくなかった。
しかし、現在では、よりよい治療法が確立され、健常者とほぼ変わらない生活を送っているケースも多いとされている。このように医療技術の進歩に伴い、血友病に対するイメージは時間の経過とともに大きく変容した。
最新の血液製剤は、製造工程中に一切のヒト由来・動物由来のタンパク質を使用しない「遺伝子組み換え製剤」が供給されている。つまり、ウイルスや病原体による感染のリスクが無くなった新しい遺伝子組み換え型の血液凝固第VIII因子製剤が販売されている。
さらに、2018年から遺伝子治療の臨床試験が開始され、遺伝子治療により血友病治療製剤の投与が不要となる期間が生じることが期待されている。この治療法により、血液凝固因子製剤の補充療法に関する患者や家族の負担は大きく減少するだろうと期待されている。
血友病とは
血友病とは、生まれつき血液凝固因子(血液を固めるタンパク質)が少ないため、血液が固まりにくい病気である。
血液を固めるのに必要な血液凝固因子は、12種類あるとされるが、血友病では第Ⅷ因子または第Ⅸ因子が不足していたり、あるいはそれらの働きが悪かったりする。
血友病は血友病Aと血友病Bの二つのタイプに大別される。
- 血友病A
- 第Ⅷ因子が不足している
- 血友病B
- 第Ⅸ因子が不足している
血友病のうち80%は血友病Aであるとされている。いずれも遺伝の関係で男性に発症しやすいのが特徴である。性染色体のX染色体に「変異」があると第Ⅷ因子や第Ⅸ因子がうまくつくれなくなるという。
性染色体(性別を決定する染色体)の遺伝子の変異によって引き起こされるため、生まれつき発症することがほとんどであり、血液が固まりにくくなることから些細なことで出血する、出血が止まりにくいといった症状が幼少期から繰り返される。
原因
血友病は、性染色体のX染色体上の第Ⅷ因子または第Ⅸ因子というタンパク質を作る遺伝子に異常が生じたため、正常な血液凝固因子の第Ⅷ因子または第Ⅸ因子を作れない病気である。
血友病の原因は、遺伝によるものが約70%、突然変異で発症するものが約30%であると言われている。
生まれつき血友病である人のうち3割は遺伝子の突然変異によって生じるため、血縁者に血友病の人がいるなどの家族歴がなくても発症すると言われている。
男性に多く、1万人あたりに0.8~1人の割合で発症するとされる。基本的に発症するのは男性のみであるが、ごく稀に女性も発症することがあるらしい。
血友病患者が男性である理由は、性染色体のX染色体はY染色体と共に性別を決める染色体であり、男性はXY、女性はXXの対になっている。そのため、X染色体に異常があると、男性は必ず血友病になる。なぜなら、男性はX染色体が1本しかないためで、その1本のX染色体に異常があれば100%発症することになる。
一方、女性はXXの対になっているので、X染色体が2本あり、1本のX染色体に異常があっても、もう片方になければ発症しないことが一般的である。このため、血友病の多くは男性が発症するものとされている。
症状
血友病の症状の特徴は、関節内や筋肉内など体の深い部位に些細な刺激があっただけで出血を生じやすいことである。
また、時に脳内やお腹の中などで出血が起こることがあり、命に関わるケースもある。
出血を繰り返すことで関節内の構造が破壊され、関節の変形や動きが次第に悪くなり、慢性的な腫れや痛みも加わって日常生活に支障を来たすようになる。
血友病の症状により、慢性的な鉄欠乏性貧血を起こし、集中力が低下したり、疲れやすくなったりするなど、QOL(生活の質)が低下していることも多いという。
血友病の治療は、患者に欠乏している凝固因子を補充して、出血症状を抑えることが中心となるが、大量の凝固因子製剤の投与を続けていると、凝固因子を攻撃する自己抗体が形成されることもあり、治療が困難になることがあるという。
検査・診断
血友病は採血検査によって診断する。活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を用いた採血検査によって、重症・中等症例をスクリーニングすることができる。
治療
血友病の治療の基本は、患者に欠乏している凝固因子を補充する「補充療法」で、出血症状を抑えることが中心となる。そのために、患者に不足または欠乏している、第VIII因子製剤や第IX因子製剤を注射することになる。
補充療法には下記の3つの方法が知られている。
- 出血時の補充療法
- 出血した後、完全に血が止まるまで血液凝固因子を補充する治療と出血部位のケア(RICE)を行う
- R:Rest(安静)
- ケガをしたらすぐに受傷部位を動かさないように患部の安静を保つ
- I:Icing(冷却)
- 受傷直後に患部を冷却することにより、組織の血管は収縮し腫れや炎症反応が抑制される
- C:Compression(圧迫)
- 受傷直後から出現する腫脹を最小限におさえるために、圧迫を行う
- E:Elevation(挙上)
- 腫脹を抑える目的で行われ、処置として患部を心臓より高く挙上し静脈還流を促す
- R:Rest(安静)
- 血液凝固因子製剤の注射は、出血後できるだけ早く(可能であれば2時間以内)に行う
- 血を止めるのに必要な血液凝固因子製剤の投与量は、出血部位や出血量と、患者の血液凝固因子活性レベル(因子の働きの強さ)から決める
- 出血した後、完全に血が止まるまで血液凝固因子を補充する治療と出血部位のケア(RICE)を行う
- 予備的補充療法
- 運動会や遠足、旅行など、出血の可能性が高い行事の前(当日の朝など)に血液凝固因子製剤を注射し、出血を未然に防ぐ方法
- 外科手術や歯科治療など出血が予想される手術・処置の前に注射する
- 定期補充療法
- 2、3週に1回または週に1回〜数回、定期的に血液凝固因子を注射する方法
- 出血を予防するために、血液凝固因子活性レベルを一定以上に保つように、血液凝固因子製剤の投与間隔や投与量を調節する
- 定期補充療法は、関節内の出血回数を減らすことや、関節症の予防に役立つ
- 出血回数が減るとスポーツや日常生活の制限も少なくなり、より活動的な学校生活や社会生活が送れるようになる
血友病Aの治療には血液凝固第Ⅷ因子製剤、血友病Bの治療には血液凝固第Ⅸ因子製剤を使用する。
血液凝固因子製剤は、ヒトの血液を原料につくられたものと、遺伝子組換えによってつくられたものに分類される。
予防
発症の予防策ではないが、出血予防という意味での予防策としては下記のようなものが知られている。
- 出血の予防
- 不足している凝固因子を予め注射で補う
- 関節内出血の予防
- 定期的な筋力の強化
- 口腔内出血の予防
- 歯みがき
- 頭部の保護
- 頭蓋内出血は、特に気を付けた方がよいので、頭部を強打する行為は避ける
- 生活習慣病の予防
- 塩分量、食事内容と量に気を配り、適度な運動を心がける
- 禁煙と食事制限
- 喫煙や過食はリスクとなるため、禁煙し、食べ過ぎないように心がける
- 骨粗鬆症の予防
- 血友病患者は骨粗鬆症になりやすいので、バランスの良い食事、カルシウムとビタミンDの摂取、日光浴、適度な運動を心がける
あとがき
血友病の治療法は、医療技術の進歩に伴い、大きく進歩してきたと言えるだろう。現在、血友病の治療の基本となっている「補充療法」では、「予備的補充療法」と「定期補充療法」により、多くの血友病患者は健常者とほぼ変わらない生活を送ることが可能になっていると言われている。
血友病の治療法は大きく進歩してきたが、まだ解決すべき課題が存在しているようだ。例えば、大量の凝固因子製剤の投与を続けていると、凝固因子を攻撃する自己抗体が形成されることがあり、治療が困難になることがあるという。それは、今後解決すべき課題であるといえるかも知れない。
また、何よりも血友病は遺伝性の疾患であり、その遺伝的な課題は依然として存在する。これに対する理解と支援が必要とされている。例えば、血友病患者の母親への支援のニーズ調査でも遺伝性疾患告知時の心理的支援、子の結婚・妊娠時期の遺伝カウンセリングの必要性が指摘されており、遺伝カウンセリングを含めた成長発達・ライフイベントに沿った介入が必要であることが容易に窺える。
このような血友病の特徴である遺伝病という疾患に対して、根本的な解決策がUnmet Medical Needsとして課題である。この遺伝病の根本的治療に対する新たな治療法の開発は、医療の未来にとって重要な課題となっているはずだ。