はじめに
適応障害の発症は、個人の内因的な要素と外因的な要素が組み合わさることで起こるとされている。
内因的な要素とは、個々の性格やストレスに対する対処力など、個人の内面的な要素を指す。これらは、個々の人の性格や考え方によるストレスへの耐性や社会的サポート状況の違いなどが影響しているとされる。
一方、外因的な要素とは、家庭や学校、職場での環境の変化や人間関係の悪化など、個々の人が直面する環境や状況を指す。これらは、親しい人との離別、本人の健康問題、職場環境の問題も含む複合的な問題などが誘因となる場合が多いとされる。
したがって、適応障害の発症において、内因的な要素と外因的な要素のどちらの要因が大きいかは、個々の状況や環境によって異なるので一概には判断できないとされる。しかしながら、適応障害の予防対策には、個々の内因的な要素と外因的な要素の両方を考慮する必要があるのは確かなことのようだ。
適応障害とは
適応障害(adjustment disorder)は、明確な心理的・社会的ストレス因子(ある特定の状況や出来事がストレス因子)があり、そのストレスの始まりから1か月以内に情緒的症状(情緒面での症状)や非社会的行為(行動面での症状)が現れ、社会的機能が著しく障害される精神疾患であり、社会生活に支障をきたす疾患を指す病名である。
心理社会的なストレスとしては、職場の人間関係、夫婦間の葛藤を始め、親の離婚、子供の自立、失恋、身体疾患など、一過性のものから持続的なものまで、ストレス因子は幅広く、様々なものがストレス因子となる。
ストレス因子は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)でみられるような圧倒的な外傷的出来事である必要はない。適応障害は決して珍しい精神疾患ではないという。精神医療の外来受診者における有病率は5~20%と推定されている。
症状としては、抑うつ気分、絶望感、涙もろさが見られたり、不安感につきまとわれ、物事に過敏になったり、心配が高じたりする。仕事や学業に困難が生じ、欠勤や不登校となる場合もある。子供ではケンカや破壊行動、大人でも無謀運転のような社会規範から見て問題となる行為として現れることもある。
人は不快なことが起こると、しばしば悲しくなったり、怒ったり、狼狽したりする。このような反応は、その人が属する文化で典型的に予想されるものより強かったり、日常的な活動を行う能力が著しく損なわれたりすることがない限り、障害とはみなされない。
原因
緊張や不安解消のため、防衛機制または適応機制と呼ばれる無意識的な心理機制が働くが、精神疾患はこの緊張や不安の処理が不適切なために発症すると考えられる。
外的適応または内的適応がうまくいかない場合を適応障害または不適応と呼び、それには一過性の場合と持続的な場合、環境要因の強い場合と人格要因の強い場合とがある。
適応障害をきたす原因は、次の三つに大別される。
(1) | 精神病、神経症などの疾患 | |
(2) | 精神遅滞、性格異常などの欠陥状態 | |
(3) | 環境や状況が原因となる場合 | 対人関係、 仕事や勉強上の問題、 事故や災害、 環境変化(住居移転等) |
症状
適応障害の症状には、 情緒的症状と非社会的行為がある。情緒的症状は、抑うつ気分、不安、苦悩、絶望、怒り、焦り、緊張などであり、日課や計画の遂行あるいは継続ができない場合などに感じることがある。自殺企図および自殺既遂のリスクも高まる。
非社会的行為とは、無断欠勤/欠席や過度の飲酒・摂食のほか、無謀な運転、けんか、破壊行為など社会的規範を無視するような攻撃的なものである。
適応障害の症状は、典型的にはストレスの強い出来事が発生してからすぐに始まり、 その情緒的症状は そのストレス因子が消失してから6カ月以上続くことはなく、改善される。
検査・診断
適応障害は、上述の情緒的症状や非社会的行為が個人に通常予測されるよりも強い苦痛を与え、もしくは社会的または職業的な機能に著しい障害を与えている場合に診断される。
但し、大うつ病エピソードや統合失調症などほかの精神疾患の診断基準を満たす場合や、すでに存在している精神疾患の単なる悪化である場合は適応障害とは診断されない。
診断はDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)が推奨する基準に基づく。下表の(1)が認められ、かつ、(2)又は(3)の一つ以上に当てはまることが判断基準となる。すなわち、臨床的に重大と判断されなければならない。
(1) | ストレス因子に曝露してから3カ月以内に生じた感情または行動症状 |
(2) | ストレス因に対して不釣り合いな著しい苦痛(文化的因子やその他の因子を考慮に入れる) |
(3) | 症状によって社会的または職業的機能が著しく損なわれている |
治療
適応障害の治療は、精神療法(心理療法)が中心となる。
残念ながら、適応障害のための薬物療法には 今のところエビデンスはない。
短期的精神療法、認知行動療法、支持的精神療法など、幅広い個人および集団での精神療法が臨床で試され、成果も上がっているのは朗報である。
予防
適応障害の予防策は、日常生活において自分自身の心身状態を正しく把握し、それぞれに対して早期に対処していくことが肝要である。例えば、下記のような予防策がいくつか提案されている。
- ストレス管理
- 自分に合った環境を選ぶ
- 休養をしっかりととる
適応障害は特定のストレスを起因して発症するため、適切なストレス管理が必要である。ストレス管理のための方法には、マインドフルネス(深呼吸、瞑想など)と呼ばれるリラクゼーション、適度な運動、十分な睡眠(6時間以上の睡眠時間の確保)などがある。
適応障害の予防において、自分に合った環境を選ぶことはとても大切とされる。それは、環境が合っていないということ自体がストレッサーになってしまっているからである。
環境の変化(例えば、配置転換や転職など)があるときには、休養をしっかりととることも重要である。私にも経験があるが、得てして、こういう場合は自分自身では気づかないままに頑張り過ぎてしまうきらいがあるので要注意である。
特に、疲れたときは無理をしないこと、スケジュールをぎっしりと詰め込まないようにすることなど、ゆとりをもった生活を送ることは大切なポイントになっているようだ。
あとがき
適応障害の発症が多い企業と、いわゆる「ブラック企業」には、いくつかの共通点をあるという。例えば、下記のような共通点は、適応障害の発症を予防策を考える上で参考になりそうだ。
- 社員が過労状態になるほどの長時間労働はストレスが蓄積しやすい環境である
- 社内でのパワハラやセクハラなどのハラスメントが横行する職場環境は社員に精神的に苦痛を強いる環境である
- 社員に業務の裁量権がない場合は、ストレスが蓄積しやすい環境である
- 公正さを欠けた人事評価や昇進制度(不公平な人事)がある場合は、社員のモチベーションを下げる可能性がある
適応障害の発症が多い会社では、特定のストレス要因(長時間労働、ハラスメントなど)により、社員が適応障害を発症しやすい環境が存在しているが、ブラック企業では、これらのストレス要因がさらに強化され、さまざまな労働問題(過労死、労働法違反等)が発生しやすい環境が存在しているというから驚きである。
冒頭(「はじめに」を参照)で、適応障害の発症において、内因的な要素と外因的な要素のどちらの要因が大きいかは、個々の状況や環境によって異なるので一概には判断できないと述べた。しかし、ブラック企業でビジネスパーソンが適応障害を発症する原因は、職場環境などの外因的な要素の方が大きいのではないかと思ってしまう。この見解に賛同してもらえるだろうか?
【参考資料】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |