はじめに
ウイルス性肝炎とは、肝臓に炎症を引き起こすウイルス感染症のことを指す。ウイルスの種類により、A型、B型、C型、D型、E型、非A〜E型、その他(サイトメガロウイルスやEBウイルスなど)の7つに分類されている。
ウイルス性肝炎の診断は血液検査で行われ、治療には抗ウイルス薬が使用される。また、A型、B型、E型肝炎ウイルスにはワクチンが存在し、予防接種も可能になっている。
A型肝炎とE型肝炎は、主に食べ物や水を介して感染し、急性肝炎として発症する。特に、A型肝炎では魚介類(カキ)、E型肝炎ではイノシシなどが特徴的な感染経路として知られている。
一方、B型肝炎、C型肝炎、D型肝炎は、主に血液や体液を介して感染する。特にB型肝炎とC型肝炎は、感染すると慢性肝臓病を引き起こす原因となることが知られている。
ウイルス性肝炎は、国内最大級の感染症と言われており、これに対する対策を総合的に推進するため、「肝炎対策基本法」が施行されている。ウイルス性肝炎については、肝炎ウイルスに感染しているものの感染の自覚のない者が多数存在すると推定され、感染経路等や治療に対する国民の理解が十分でないとされる。無知により、一部においては肝炎の患者・感染者に対する不当な差別が存在することもウイルス性肝炎の問題として指摘されている。
B型肝炎とC型肝炎については、別稿に書いているので参考にして頂きたい。本稿ではA型肝炎について学びたいと思う。
A型肝炎とは
A型肝炎(Hepatitis A)は、A型肝炎ウイルス(HAV)に感染することで起きる急性疾患である。肝臓の炎症からさまざまな症状を引き起こす一過性の肝炎で、慢性化することはほとんどない。
A型肝炎ウイルス(HAV)は、ピコルナウイルス科のへパトウイルス属に所属する一本鎖RNAウイルスである。HAVの遺伝子型は7種類に分けられているが、血清型 は1種類のみである。HAVは、酸耐性であり、熱、乾燥などにも強い。
HAVは世界中に分布し、衛生環境の整わない発展途上国でまん延している。上下水道の整備など衛生環境の整った日本での患者数は比較的少ない。大半の患者は、治癒するが、著しく重症化して劇症肝炎となり死亡する例もある。
治癒後に強い免疫ができるため、 HAVに一度感染すると再度感染することはない。 A型肝炎は、ワクチン接種で予防することができる。
原因
HAVの感染経路は、経口感染と性行為による感染である。便から排出された HAVが、不潔な手や水、野菜や果物などの食品を介して口に入り感染する。
特に発展途上国では、水や食物を介して流行する。衛生環境の劣悪な発展途上国では子どもの感染例が多いが、日本の感染者は成人が中心である。日本でも性行為によると思われる感染事例、海外渡航者の感染事例が増加しつつある。
年によって患者数が変動するのがA型肝炎の特徴である。また、A型肝炎の発生には季節性があり、日本では冬から春、5月頃までに多く発生する。
1973、1984、1994年の血清検体による一般日本人の年齢別抗体保有状況の調査結果から日本では過去30年以上A型肝炎の流行が発生していないことが明らかになり、60歳以下の人はほとんどHAVに対する抗体を持っていないと推測される。
感染症発生動向調査での2003年10月までの集計から、最近の日本のA型肝炎発生状況の特徴は以下のように集約される。
年間500人前後の患者報告数がある (年間100~300人とする報告も存在する) |
主要な感染 源は牡蠣やなんらかの飲食物(おそらく海産物) によるものである |
罹患年齢では乳幼 児や学童は稀で、高年齢化が認められる。子供の感染では症状が軽くてすむが、高齢者 では重症化しやすいので注意が必要である。 |
患者全体の約1割が海外渡航からの帰国者で あり、殆ど中国、インド、東南アジア地域 での感染である。 |
A型肝炎の発生には季節変動がある。日本では秋に少なく、冬から春、初夏にかけての発生が多い。 |
HAVは、糞便中に排泄され、糞口感染で伝播するので、 患者の発生は衛生環境に影響されやすい。A型肝炎は発展途上国では蔓延しているが、先進国では上下水道などの整備により感染者は激減している。
しかしなが ら、HAV感染の少ない状態が長期間継続すると抗体陰性者が増加する。日本では50歳以下の抗体陽性者は極めて少ない。国内では、A型肝炎において乳幼児、学童の患者は殆ど見られず、患者の高年齢化が顕著である。
また、大規模な集団発生はみられないが、飲食店を介した感染や海外渡航者の感染がみられる。国際交流、発展途上国からの食料品輸入の増加などを鑑み、A型肝炎の感染予防対策は社会的に重要な課題である。
症状
HAVの潜伏期間は2~6週間で、主な症状は発熱、全身のだるさ、食欲不振、吐き気や嘔吐、頭痛、筋肉痛、腹痛などである。肝臓の炎症が重症化すると、数日後に黄疸、肝臓の腫れなどが表れる。
子どもの場合は症状が比較的軽く、8割程度は症状が出ない。
一方、成人は症状が強いことが多く、肝臓の障害も強い傾向がある。初めは発熱、頭痛、筋肉痛、腹痛など風邪に似た症状であるが、熱や痛みの程度がかなり強いことが特徴である。
まれに劇症化して死亡する例を除き、1〜2カ月の経過の後に回復する。慢性化せず、予後は良好である。
他の急性ウイルス性肝炎と比較して、A型肝炎の臨床症状での特徴は、発熱、頭痛、筋肉痛、 腹痛など、いわゆる肝炎症状が強いことがあげられるが、臨床症状や肝障害の改善は早い。しかしながら、肝外合併症としては、急性腎不全、貧血、心筋障害などが知られている。
検査・診断
HAVの検査方法には、血液や便のPCR検査で HAV遺伝子の有無を調べる方法と、血液中の HAVに対する抗体を調べる方法の2種類がある。
一般的には、抗体検査が実施されるが、感染経路の推定などより詳しく検査する場合はPCR検査も用いる。これらの検査で陽性となった場合にA型肝炎と診断される。さらに血液検査で肝機能、血液凝固機能などを調べて肝臓の障害の程度を判断し、重症化を防ぐ治療に役立てる。
A型肝炎の診断には血中のIgM-HAV抗体を確認する。IgM抗体は発症から約1カ月後にピークに達し、 3〜6カ月後には陰性となる。重症例ほどIgM抗体価は高く、発症6カ月以降にも検出される例がある。治癒が遷延化する例では IgM抗体の持続期間も長い。
ウイルスRNAを検出するRT-PCR法では、微量のHAVの検出が可能である。発症後2週間以内の糞便検体や血液中のウイルスRNAを抽出し、RT-PCR法でcDNAを増幅して遺伝子 解析を行えば、感染経路の推定などに役立つ。
治療
A型肝炎も含めて、急性ウイルス性肝炎を軽減できる治療法はない。黄疸などの症状がある場合は、原則として急性期には入院して、安静を保って自然治癒を待つこと (安静臥床)が治療となる。
A型肝炎に限らず、急性肝炎では肝臓に負担を与えないためにタンパク質の摂取を制限する食事療法を行い、食欲不振でカロリー不足になる場合は輸液の点滴などの治療を行う。また、A型肝炎ウイルスの治療に特化した薬はないので、基本的に薬物療法は行わない。
それぞれの症状に応じて、必要な場合には対症療法を行う。重症化が予測される場合には、劇症肝炎への移行を防ぐために早期にステロイドを投与する場合もあるが、使用する症例は限られる。
A型肝炎は症状が回復するまで比較的長くかかる病気で、数週間から数ヵ月かかることがあるが、大半の人は完全に治癒し、再発することもない。急性肝炎が劇症化する割合は1~2%とされている。
ワクチンとしては、培養細胞馴化株を精製してホルマリン処理した不活化ワクチンが世界的に使用されている。
日本で開発されたワクチンは、アジュバントやチメロサールなどを含まない 凍結乾燥品である。0、2〜4週、24週経過後の3回のスケジュールで皮下または筋肉内接種を行なえば、抗体獲得率はほぼ100%であり、防御効果は少なくとも数年以上持続する。
予防
A型肝炎の感染予防対策については、下記のような方法が知られている。
- 手洗い
- 食事前に十分に手を洗う
- 食品の選択
- 海外では、特に飲料水の選択に要注意
- ミネラルウォーター
- 煮沸した水を使用
- 食べ物は、加熱調理してあるものだけを口にする
- 果物は他人の手や水が触れているものは避ける
- カットフルーツより、丸ごと購入して自分で剥ぐ
- 海外では、特に飲料水の選択に要注意
- 予防接種
- 渡航前にA型肝炎予防のワクチン接種
- 計2~3回の接種(初回・2~4週間後・半年後)
- 5年間の予防効果が期待できるらしい
あとがき
日本におけるA型肝炎の有病率については、具体的な数値は公表されていないので、詳しいことは分からない。しかしながら、年間100~300件の間で推移しているという報告もある。この推定値を基に考えれば、日本ではA型肝炎の感染者は非常に少なくなっているということである。
戦後まもない頃の時代を体験したことがある現在の高齢者の感染者がいなくなれば、将来の感染者は発展途上国への渡航歴がある者たちだけになる可能性が高い。A型肝炎は、衛生管理を徹底すれば、防げるウイルス性肝炎と言えるだろう。
【参考資料】
NIID 国立感染症研究所 HP |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |