はじめに
医薬品の品質を保証するうえで、分析法の開発とバリデーションは不可欠である。適切にバリデートされた分析法は、原薬や製剤の純度・含量・不純物プロファイルを正確に評価し、製品の安全性と有効性を支える。
本稿では、ICH-Q2(R1)を中心に、実務レベルで押さえるべきバリデーション項目と評価手順を整理してみたいと思う。
<目次> はじめに バリデーションの基本原則 主要バリデーション項目 特異性(Specificity) 真度(Accuracy) 精度(Precision) 検出限界(LOD)・定量限界(LOQ) 線形性(Linearity) 範囲(Range) 堅牢性(Robustness) システム適合性試験(System Suitability) 試料溶液の安定性(Solution Stability) 主要バリデーション項目評価のまとめ 分析法バリデーション計画の立案 文書化とレビュー 継続的モニタリング(LCM) あとがき |
バリデーションの基本原則
- リスクベースアプローチ
- QbDの考え方に倣い、各パラメーターのリスク(測定誤差が製品品質に及ぼす影響)を定量的に評価
- ドキュメンテーションの徹底
- プロトコル、実験記録、レポート、SOPを一貫したフォーマットで管理
- クロスファンクショナルチーム
- 研究開発、品質保証、製造、生産技術が連携し、方法転送や将来の変更にも対応できる体制を構築
主要バリデーション項目
ICH Q2(R1)に示される主要なバリデーション項目それぞれについて、具体的な評価手順・計算方法・受容基準例をまとめてみた。分析試験法としてよく採用されているHPLC法を例にして、各バリデーション項目の評価方法について詳しくみていきたい。
特異性
特異性(Specificity)とは、試料中に共存すると考えられる物質の存在下で、分析対象物を正確に測定する能力を示すパラメータである。特異性は選択性とも呼ばれ、分析法が目的物質を識別する能力を表す。
目的:
試料中のターゲット成分が、他の成分(不純物、分解物、賦形剤など)と干渉なく定量・定性できることを示す。
評価手順:
- ブランク(溶媒のみ)/プラセボ(賦形剤のみ)/標準品溶液/サンプル溶液/強制分解溶液を用意
- 各溶液を同じクロマト条件で注入し、ピーク形状と保持時間を比較
- 強制分解(酸・塩基/過酸化水素/熱)で生じたピークがターゲットピークに重ならないことを確認
判定ポイント:
- ターゲットピークに近接したマトリックスピークがない
- ピーク純度指数(ピーク・スペクトルマッチング): ≥ 0.99
- 分解生成物ピークと標的ピークの分離度(Rs) ≥ 1.5
真度
真度(正確さ;Accuracy)とは、分析法で得られる測定値の偏りの程度を示すパラメータであり、測定値と真の値の一致の程度を表す。真度は、測定値の総平均と真の値との差で表され、この差が小さいほど分析法の正確さが高いことを意味する。
目的:
真の値(既知添加量)に対する測定値の近さを示す(バイアスの有無)
評価手順:
- 標準品を母液にスパイクし、50%、100%、150%濃度域で各レベルを3回ずつ測定
- 回収率 (%) = (測定濃度 / 添加濃度) × 100
例)100%レベルでの測定値:98.5、99.8、100.2 → 平均99.5%
受容基準例:
- 回収率 98–102%(非イオン性医薬品)
- レベルごとのRSD ≤ 2%
精度
精度(Precision)とは、複数の試料を繰り返し分析して得られる一連の測定値が、互いに一致する程度のことであり、測定値のばらつきの程度を示す。
精度は測定値の分散、標準偏差、相対標準偏差として表され、これらの値が小さいほど、測定値のばらつきの程度は小さく、分析法の精度は高いことを意味する。
なお、分析法の精度が高い(測定値のばらつきが小さい)ことと、正確さが高い(真度が良い)ことは別問題なので注意が必要である。
目的:
同一条件下(再現性)および条件変動下でのばらつきの小ささを示す。
A. 日内精度(Repeatability)
- 同一操作者・同一装置で6回連続測定
- %RSD(相対標準偏差) ≤ 2%
B. 日間精度(Intermediate Precision)
- 別日/別操作者/別装置で同じサンプルを3日間測定
- 総合RSD ≤ 3%
C. 再現性(Reproducibility)
- 他施設・他ラボとのクロスラボ比較
- ラボ間RSD ≤ 4%
計算式: RSD (%) = (標準偏差 / 平均値) × 100
検出限界(LOD)・定量限界(LOQ)
検出限界(LOD; Limit of Detection)と定量限界(LOQ; Limit of Quantification)は、分析法の感度を評価するための重要な指標である。
検出限界 (LOD)の定義:
検出限界とは、分析対象成分を「検出可能」とする最小濃度または量を示す。つまり、試料中に成分が存在することを確認できる最低限のレベルである。ただし、この段階では正確な定量値を得ることはできない。通常は以下の方法で評価される。
- 信号対雑音比法 (S/N比): S/N ≈ 3:1 が基準
- 統計法: 標準偏差と濃度直線の傾きを用い、LOD = 3.3 × (標準偏差 / 傾き)
定量限界 (LOQ)の定義:
定量限界は、分析対象成分を「正確かつ再現性のある値で定量可能」とする最小濃度または量を指す。この段階では、信頼できる濃度の範囲内でデータを提供できる。主な評価法は以下のようなものである。
- 信号対雑音比法 (S/N比): S/N ≈ 10:1 が基準
- 統計法: LOQ = 10 × (標準偏差 / 傾き)
これらの限界値は、分析対象成分の種類や分析機器の性能、試料中のマトリックスの影響によって異なるため、実験環境に応じた評価が必要となる。
検出限界(LOD)・定量限界(LOQ)設定の目的:
分析法の感度を示し、信頼できる検出および定量が可能かを評価する。
A. S/N法
- LOD:信号対雑音比(S/N) ≈ 3:1
- LOQ:S/N ≈ 10:1
B. 標準偏差法
- 標準偏差 σ(ブランクの応答)を求め、 LOD = 3.3 × σ / 傾き。 LOQ = 10 × σ / 傾きで算出する
実務ポイント:
- ブランク信号は最低10回連続測定してσを算出
- 傾きは濃度-応答の回帰直線から算出
線形性
線形性(Linearity)は、分析法が検量線内で試料濃度と測定応答の比例関係を保持していることを示す。これにより、分析法が異なる濃度範囲で安定した定量を提供できるかを評価する。線形性の評価は、正確な定量結果を得るために欠かせないステップである。
線形性の定義:
線形性(Linearity)は、濃度範囲内で試料濃度と分析装置の応答(例えばピーク面積や吸光度)が直線的に関係すること。
目的:
検量線域での濃度と応答の比例関係を証明する。そして、濃度範囲内で正確かつ再現性のある測定が行えることを保証する。
評価手順:
- 濃度系列の準備
- 規定範囲内の50~150%の濃度範囲で最低5–7濃度点を準備
- 応答値の測定
- 各濃度点で測定を行い、応答値を記録
- 各点を2回測定して平均値を記録プロット
- 回帰分析
- 濃度と応答値をプロットし、直線の決定係数 R² を算出
- 回帰分析では、y = a·x + bを使う
- 決定係数 R² ≥ 0.99
- 切片 b は統計的にゼロ(t検定 p>0.05)
- 付加検討
- 残差プロットで系統的な偏りがないかを確認
- ANOVAで直線モデルの妥当性評価
範囲
範囲(Range)は、分析法が適用可能な濃度区間を指す。この区間内で、分析法が正確かつ精度良く、信頼性を持って定量的な測定を提供できることを保証する。範囲は、品質保証の核となる部分であり、この濃度区間が実際の製品検査において機能することが求められる。
範囲の定義:
- 検出限界(LOD)から上限濃度(通常120%〜150%レベル)まで、分析法が有効に機能する濃度範囲
- 線形性、精度、真度がすべて許容基準を満たす濃度域
目的:定量的に信頼できる濃度区間を確定する。
評価方法:
- 濃度域の設定
- LOD付近から最大濃度まで複数の濃度点を準備
- 範囲内の各濃度での性能確認
- 範囲内の各濃度で精度・真度を再確認
- 精度(RSD ≤ 2%)と真度(回収率98–102%)を検証
- 線形性の決定係数 R²≥0.99を達成
- 試験条件の安定性を確認
- 条件変動や試料保存性を含めた耐久性テストを実施
頑健性
頑健性(Robustness)は、分析法が軽微な条件変動下でも信頼性と性能を維持できるかを示す指標である。つまり、分析法が実際の運用環境で安定して機能する能力を測定する。
頑健性の定義:
- 分析操作条件(例えば、HPLC法での流速、pH、温度、検出波長など)のわずかな変化が、測定結果の真度や精度に与える影響を評価するもの
- 頑健性が高い分析法は、実地試験で誤差が生じるリスクが低いため、運用の信頼性を向上する
目的:
頑健性を確保することで、試験環境や装置の微妙な変化が結果に影響を及ぼさない分析法を構築できる。具体的には、測定条件の軽微変動(例えば、pH、温度、流速、検出波長など)に対する耐性を評価する。
評価方法:
- 条件変動の設計
- DoE(因子配置法)を用いて主要パラメータを ± 条件で組み合わせる
- ±の許容範囲(例えば、温度±2℃、流速±10%)を設定し、複数の条件を試験する
- 実験実施
- 設定した条件の各組み合わせで分析を実施し、ピーク形状、保持時間、精度を確認
- 各実験でRSD、保持時間、理論段数の変動をモニター
- 許容範囲の判定
- 主要指標(例えば、相対標準偏差; RSD)が規定値内で変動することを確認
- 変動が許容範囲内(RSD ≤ 2%、保持時間変動 ≤ ±2%)であることを確認
代表例:
- 流速 ±0.1 mL/min
- カラム温度 ±5℃
- 検出波長 ±2 nm
システム適合性試験
システム適合性試験(System Suitability Testing, SST)は、分析法が実施される直前に、分析システム全体が適切に機能しているかを確認するための評価である。分析機器や試薬、操作条件が一貫して正確な結果を提供できる状態であることを保証する。SSTは、分析法バリデーションだけでなく、日常の分析作業でも欠かせない重要なステップである。
システム適合性試験の目的
- 分析直前にシステム性能が要件を満たしているかを確認
- 装置性能の確認
- クロマトグラフィー装置や検出器が正確に動作しているかを確認
- 方法の再現性確認
- 同一条件下で安定した結果を得られることを確認
主な評価項目
- 理論段数(Theoretical Plates)
- カラムの分離効率を評価
- 基準例: 理論段数(N) ≥ 2000
- ピーク対称性(Tailing Factor)
- ピーク形状が対称かを示す
- 基準例: ピーク対称性(T)0.8–1.5
- 保持時間のRSD
- 複数注入時の保持時間の再現性
- 基準例: 保持時間RSD(n=6) ≤ 1%
- 分離度(Resolution, Rs)
- 隣接ピーク間の分離度
- 基準例: 分離度 Rs(隣接ピーク) ≥ 2.0
試験手順
- 標準溶液を6回連続して注入し、データを取得
- 各指標(基準値)を計算し、設定した許容範囲内(SOP記載の最小値/最大値をクリア)であることを確認
試料溶液の安定性
試料溶液の安定性(Solution Stability)は、調製した試料や標準溶液が分析実施までの間に化学的変化や分解を起こさず、正確な測定値を維持できるかを評価する項目である。これは、分析法の実用性と信頼性を保証するために欠かせない要素である。
定義
- 試料溶液が一定期間、保存条件(温度、光、湿度など)の下で安定して測定可能な状態を保持すること
- 含量や純度に有意な変化が生じないことが求められる
目的
調製した試料/標準溶液が分析実施までの間に分解・吸着などで値が変化しないことを確認する。試料溶液の安定性を評価することで、実験条件や保存環境が分析結果に影響を与えないことを保証する。これにより、測定の再現性と信頼性が確保される。
評価方法
- 保存条件の設定:
- 室温、冷蔵、遮光など異なる条件下で試料を保存
- 時間経過ごとの測定:
- 調製直後、2時間後、4時間後、6時間後、24時間後など、複数の時間点で同一試料の含量や純度を測定
- 偏差の計算:
- 各時間点での測定値を初期値と比較する
- 偏差 (%) = ((時点値 − 初期値) ÷ 初期値) × 100 を算出
- 許容範囲の判定:
- 偏差が ±2%以内などの基準を満たすかを確認
- 受容基準:偏差±2%以内
主要バリデーション項目評価のまとめ
それぞれのパラメータは単独で評価するのではなく、分析法全体の品質保証としてバリデーションマトリックスに落とし込み、総合的に合否判定する。
文書化・CFR準拠のSOP整備を徹底し、将来的な分析法移管や規制当局による監査対応にも備えたい。
バリデーション項目 | 目的 | 評価手法の例 |
---|---|---|
特異性(Specificity) | 分析対象と類似物の分離能 | 空ブランク、類似不純物添加試験 |
真度(Accuracy) | 真の値に対する測定値の近さ | 回収率試験(スパイク回収、標準添加法) |
精度(Precision) | 再現性・照合性(同一条件下でのばらつき) | 日内・日間・操作者間試験 |
検出限界(LOD) | 最小検出可能濃度 | S/N比法(3:1)または標準偏差法 |
定量限界(LOQ) | 定量可能な最小濃度 | S/N比法(10:1)または標準偏差法 |
線形性(Linearity) | 定量範囲内での応答直線性 | 濃度系列を用いた回帰分析(R² ≥ 0.99目標) |
範囲(Range) | 適用可能な濃度区間 | LOD~上限濃度をカバーする濃度レンジ |
頑健性(Robustness) | 条件変動(pH・流速・温度変化など)の影響 | ±1℃、±0.1 pH、±10 %流速などの変動検討 |
システム適合性(SST) | 機器状態が分析要件を満たすか | 理論段数、ピーク対称性、RSDなどの評価 |
安定性(Solution Stability) | 試料溶液の保持性 | 時間経過・温度変化下での含量・純度測定 |
(例)HPLC法による定量法(API含量測定法)
特異性(Specificity) |
ブランク、標準溶液、試料溶液、強制分解生成物を比較し、ピーク干渉なしを確認 |
真度(Accuracy) |
100 %標準添加回収率:99.2~100.5 % |
精度(Precision) |
日内RSD=1.1%、日間RSD=1.5%。 |
LOD |
S/N比法でLOD=0.05 μg/mL |
LOQ |
LOQ=0.15 μg/mL |
線形性(Linearity)・範囲(Range) |
50~150 %濃度で7点法、回帰直線R²=0.9995を達成 |
頑健性(Robustness) |
流速±0.02 mL/min、カラム温度±2℃、 検出波長±2 nmでRSD ≤ 2%を確認 |
システム適合性(System Suitability Testing; SST) |
理論段数 ≥ 2000、ピーク対称性 0.9–1.2、RSD ≤ 1%を維持 |
試料溶液の安定性(Solution Stability) |
受容基準:偏差±2%以内 |
分析法バリデーション計画の立案
- プロトコル作成
- 目的、範囲、使用機器、試薬・標準品、試料調製法、評価項目と受容基準を明記
- 試験条件の最適化
- フラクショナルファクターデザインやDoE(Design of Experiments)を活用し、ロバストネスを担保
- 試料数・繰返し数
- ICH-Q2(R1)の推奨件数(日内3~6回、日間3日間など)をベースに、リスクに応じて増減
- 日本薬局方(JP)は「繰返し数」として6回を推奨!
- 受容基準の設定
- 精度:RSD ≤ 2%/真度:回収率98~102%など、社内SOPや各国規制要件に準拠
文書化とレビュー
- バリデーションレポート
- 目的・結果・考察・結論を統合し、承認サインオフを取得
- SOPへの反映
- 本番運用のための手順書に検証条件を明記
- 変更管理プロセスを整備
- 定期再評価
- 機器更新、試薬ロット変更、方法転送時に再バリデーションまたは部分バリデーションを実施
継続的モニタリング(LCM)
- システム適合性トレンド
- 毎バッチのSST結果を収集・分析
- 逸脱兆候を早期発見
- 安定性試験との連携
- 長期・加速安定性データと組み合わせ、試料溶液の安定性プロファイルを更新
- 定量限界の再検証
- ドキュメンテーション期限切れや装置更新時にLOD/LOQをチェック
あとがき
分析法バリデーションは単なる評価作業ではなく、医薬品の品質保証の要である。そのため、分析法バリデーションでは、プロトコル設計からトレンド管理まで、一貫したリスクベースドアプローチが求められている。
ICH-Q14は、医薬品の分析法開発に関するガイドラインで、分析手法のライフサイクル全体を通じた管理を目指した内容が記載されている。このガイドラインは、既存のICH-Q2(分析法バリデーション)を補完し、特に分析法の開発初期から継続的な改善に至るまでをカバーしている。
ICH-Q14(分析法開発)は、言わばICH-Q8(製剤開発)の「分析版」と言えるもので、Analytical QbD手法による分析法の開発が推奨されている。主なポイントは以下のようなものである。
- ATP(目標分析プロファイル)
- 分析法の性能要件を明確化し、それに基づき手法を構築
- リスクマネジメント
- 分析法におけるリスクを評価し、改善策を取り入れる
- 頑健性評価
- 分析手法が軽微な条件変動に耐えうるかを検討
- ライフサイクル管理
- 分析法の承認後の変更や継続的改善について具体的なプロセスを示す
このように、ICH-Q14はより包括的で柔軟な分析法の管理を提案し、革新的な技術(例:多変量解析やリアルタイムリリース試験)への適応も含まれている。
今後の分析方法の開発は、ICH-Q2(R1)ではなく、ICH-Q2(R2)とICH-Q14のガイドラインに従って実施されることになる。
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