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分析法バリデーションにおけるLOD/LOQの設定及び頑健性解析の具体的手法

はじめに

分析法バリデーションの核心の一つとも言えるのがLODLOQ感度限界)の明確化と、日々の分析条件変動に対する頑健性(Robustness)評価である。

本稿では、LOD/LOQの定義から具体的な算出手法、さらには頑健性解析の計画・実行方法までを取り上げたい。

目次
はじめに
LOD/LOQの定義と目的
LOD/LOQの具体的算出手法
LC-UV分析のLOD/LOQ設定(実践例)
頑健性解析の目的と範囲
頑健性解析の計画と実行
データ解析と報告
あとがき

LOD/LOQの定義と目的

LOD(Limit of Detection;検出限界)とは、シグナルがノイズレベルを上回り、定性的に存在を確認できる最低濃度を指す。

LOQ(Limit of Quantitation;定量限界)とは、定量精度・再現性を満たした上で定量できる最低濃度を指す。

LOD/LOQを設定する目的は、トレースレベルの不純物や痕跡分析の信頼性を担保し、規制要件(ICH Q2(R1)など)に適合させるためである。


LOD/LOQの具体的算出手法

S/N 比法(Signal-to-Noise Ratio)

  • 概要
    • シグナルピーク高/ノイズの標準偏差を測定
  • 計算式
    • LOD = 濃度でのS/N ≧ 3
    • LOQ = 濃度でのS/N ≧ 10
  • 手順
    1. ブランク溶媒注入でノイズ測定(標準偏差 σn)
    2. ごく低濃度標準品注入でピーク高 σs を測定
    3. 必要濃度を希釈系列で探り、S/N比を算出

校正曲線法(標準偏差/傾き法)

  • 概要
    • 校正直線の傾き(S)と応答の残差(σ)による統計的手法
  • 計算式
    • LOD = 3.3 × (σ/S)
    • LOQ = 10 × (σ/S)
  • σの算出方法
    • 校正曲線の応答偏差の標準偏差
    • またはゼロ濃度のブランク測定値から

校正曲線外挿法(空白+多倍のσ)

  • 概要
    • ゼロ標準のピーク高さ平均(μblank)と標準偏差(σblank)から設定
  • 計算式
    • LOD = μblank + 3σblank
    • LOQ = μblank + 10σblank

LOD/LOQの算出手法の比較

手法メリットデメリット
S/N 比法実測ベースで直感的ノイズ定義が装置依存
校正曲線法統計的信頼性が高い校正直線の精度に左右される
外挿法ブランクだけで評価可ブランクピークのバラつきが影響大

LC-UV分析のLOD/LOQ設定(実践例)

  1. 低濃度標準品(0.01–0.1 µg/mL)を連続注入
  2. ブランク注入でノイズσ = 2.5 µAU
  3. S/N≧3を満たすピークが0.03 µg/mL → LOD
  4. S/N≧10を満たすピークが0.10 µg/mL → LOQ
  5. 校正曲線法でも傾きS = 500 µAU/(µg/mL)、σcalib = 5 µAU
    • LOD = 3.3×(5/500) = 0.033 µg/mL
    • LOQ = 10×(5/500) = 0.10 µg/mL

頑健性解析の目的と範囲

  • 目的:平時の微小な分析条件変動(温度・流速・pHなど)が結果に及ぼす影響を評価
  • 対象パラメータ例
    • カラム温度:±5 °C
    • 流速:±10%
    • 移動相pH:±0.2 pH単位
    • 検出波長:±2 nm

頑健性解析の計画と実行

実験デザイン(DOE)の活用

  • 最小実験計画法(Plackett–Burman設計など)を用い、少ない実験で因子効果を把握
  • 因子数が多い場合は直交配列表(Taguchi法)で主要因子を絞り込む

実験ステップ

  1. 頑健性評価の因子選定(下表参照)
  2. レベル設定:中心条件±幅
  3. 測定応答:保持時間、ピーク面積、分離度(Rs)
  4. データ解析:主効果プロット、交互作用検定
  5. 受入基準
    • 保持時間変動:±2%以内
    • 面積変動:RSD≤2%
    • 分離度Rs:>1.5を維持

頑健性評価の因子例

因子中心値変動幅
カラム温度30 °C±5 °C
流速1.0 mL/min±0.1 mL/min
移動相pH3.0±0.2
検出波長254 nm±2 nm

データ解析と報告

  • 主効果プロットで因子ごと影響度を可視化
  • ANOVAで有意差検定
  • 結果をバリデーションレポートにまとめ、許容範囲を明記

あとがき

LOD/LOQの適切な設定は分析感度の根幹であり、頑健性解析によって日常分析の信頼性を保証できる。S/N比法や校正曲線法で感度限界を統計的に定義し、DOE手法を活用した頑健性評価を行うことで、どんな変動にも揺るがない分析法を確立したいものである。

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【参考資料】

ICH-Q2(R1) VALIDATION OF ANALYTICAL PROCEDURES: TEXT AND METHODOLOGY
分析法バリデーションに関するテキスト(実施方法)について
ICH-Q2(R2) VALIDATION OF ANALYTICAL PROCEDURES
ICH Quality Guidelines
VALIDATION OF ANALYTICAL PROCEDURES Q2(R2)
Final Version (Adopted on 1 November 2023)
ICH Q2(R2) 分析法バリデーション ガイドライン(案)
医薬品開発のためのHPLC分析法バリデーション完全ガイド:ICH Q2(R1)に基づく基本から実践まで|Pharma Insight Lab
分析法バリデーションについてー改訂ICH-Q2, Q14の動向ー
ICH-Q14 分析法の開発

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