はじめに
製剤開発において、諸般の事情によっては、処方組成や製造プロセスの変更は避けられない。しかしながら、その変更が「わずかな変更」であっても、溶出特性や体内動態を大きく左右し、ひいては治療効果や安全性に影響を及ぼすリスクを孕むことがある。
そこで、米国FDAが定めるSUPACガイドラインとPMDAが定める生物学的同等性ガイドラインをフレームワークとして活用し、変更管理を理論的かつ実践的に進める考え方をまとめてみた。製剤開発に携わる現役の製剤技術研究者の役に立てれば嬉しい。
製剤開発と変更管理の重要性
継続的改善のジレンマ
製剤開発は、「良いもの」を作るだけでなく、製造の効率化やコスト低減、品質安定性の向上を目指す継続的改善プロセスである。
一方で、処方組成や製造条件を改善(変更)すれば、溶出挙動や薬物動態が変化し、治療成績に影響する恐れがある。
私の好きな松尾芭蕉の俳句が一文字の改変で情趣を失うように、製剤もパラメータの微小な変更が「薬の魂」を変える場合もあり得る。だから変更管理には厳格なガイドラインが必要となる。
特に、製剤のスケールアップや製剤処方の変更は、製造プロセスや製剤の品質に影響を与える可能性が高い。
もし何らかの変更が生じた場合、適切なガイドラインに従い、変更管理の観点から評価し、適切な対応をとる必要がある。
SUPACガイドラインの概要
SUPAC(Scale-Up and Post-Approval Changes)とは、経口固形製剤のスケールアップや承認後の変更(製剤処方の成分や製造方法の変更を含む)に適用される変更管理に関する指針である。
SUPACは、新薬申請(NDA)の承認後の期間において、製剤の成分、製造場所、製造規模の拡大/縮小、および/または製造(プロセスと装置)を変更する意図がある場合に適用される指針を提供してくれる。
しかしながら、SUPACは製剤開発における重要な概念を含んでいるので、製剤開発時においても良きガイドラインとなってくれる。医薬品の安全性と有効性を確保するために、製剤研究技術者が遵守すべき重要な指針となってくれるだろう 。
SUPACは大きく3つのカテゴリーに分かれ、変更の種類ごとに評価レベルとデータ要件が定められている。
SUPAC-IRとは
SUPAC-IR(Scale-Up and Post-Approval Changes for Immediate Release Products)とは、即放性あるいは速放性の経口固形製剤のスケールアップや承認後の変更管理に関連する指針である。
即放性(Immediate-Release )製剤は、薬剤(有効成分)の速やかな吸収を目指すものであり、薬物の溶解度や吸収特性が重要となる。
スケールアップ時に、製造条件や製剤処方の一部に変更が必要な場合、その変更の影響を評価し、適切に対応する必要がある。
SUPAC-IRの主な対象は、即放性の錠剤やカプセル剤である。そして、具体的には下記のような変更管理対象に関して、適切な指針を提供する。
- 製剤処方中の成分または組成の変更
- バインダー量
- 滑沢剤(ステアリン酸マグネシウムなど)の添加量
- 新しい成分の追加
- 製造方法(プロセスと装置)の変更
- 造粒末の粒度分布
- 打錠圧の変更
- 製造プロセスのスケールアップ/スケールダウン
評価手法としては、溶出試験を実施して、溶出挙動の同等性を評価するために、f₂法による比較が推奨されている。
スケールアップや成分の変更に際して、バイオアベイラビリティが同等の範囲を超えて変化する可能性が小さい程度の処方変更幅を設定することが許容される。
処方変更が生理学的範囲内の複数の試験条件のすべてにおいて、溶出挙動に与える影響が殆どないことを確認することで、ヒトを対象とする生物学的同等性試験を行うは必要ないと判断される。
SUPAC-MRとは
SUPAC-MR(Scale-Up and Post-Approval Changes for Modified Release Products)とは、放出制御型経口固形製剤(徐放化製剤など)のスケールアップや承認後の変更管理に関連する指針である。
放出制御型製剤(Modified-Release製剤)は、薬剤(有効成分)の放出速度を制御(Controlled Release; CR)するものであり、薬剤の溶解度や放出特性が重要となる。
スケールアップ時には、放出特性の一貫性を確保するための評価が必要である。
SUPAC-MRの主な対象は、徐放性または遅延放出性の錠剤やカプセル剤である。そして、具体的には下記のような変更管理対象に関して、適切な指針を提供する。
- 製剤処方中の成分または組成の変更
- コーティング膜厚の変更
- ポリマー組成の改変
- 製造方法(プロセスと装置)の変更
- 製造プロセスのスケールアップ/スケールダウン
評価手法としては、溶出試験を実施して、溶出挙動の同等性を評価する。場合によっては、ヒトでの生物学的同等性が必要になることもある。
スケールアップや成分の変更に際して、バイオアベイラビリティが同等の範囲を超えて変化する可能性が小さい程度の処方変更幅を設定することが許容される。
処方変更が生理学的範囲内の複数の試験条件のすべてにおいて、溶出挙動に与える影響が殆どないことを確認することで、ヒトを対象とする生物学的同等性試験を行うは必要ないと判断される。
SUPAC-SSとは
SUPAC-SS(Scale-Up and Post-Approval Changes–Steady State)とは、製造規模の拡大や製造ラインの変更時における変更管理に関連する指針である。
製剤のスケールアップ(生産規模への拡大)に際して、例えば、新しい製造施設で同じ製剤を大規模スケールで(スケールアップして)生産する場合、生産スケールの変更の影響を評価する必要がある。
SUPAC-SSの主な対象は、製造規模の拡大や製造ラインの変更であり、具体的には下記のような変更管理対象に関して、適切な指針を提供する。
- 製造規模のスケールアップ
- ミキサー(混合機)容量の増加
- 製造ラインの変更
- タンクからラインへの移行
- 製剤の一次包装の変更
- 例えば、容器やキャップなど
- 製造場所の変更
- 包装施設の変更
- 分析試験実施施設の変更
評価手法としては、溶出試験を実施して、溶出挙動の同等性を評価する。さらに、製造工程のプロセスパラメータ比較して製品品質の同等性に及ぼす影響がないことを確認する。
製造施設を変更する場合には、cGMP(良好な製造規範)の遵守と安定性試験の実施が必要となる。また、一次包装を変更する場合においても安定性試験の実施が必要になる。
さらには、製剤の分析試験(品質評価)を変更する場合、例えば、分析試験の実施施設を変更する際、安定性試験の一貫性を確保するために評価が必要となる。
生物学的同等性ガイドラインの概要
生物学的同等性(BE)ガイドラインは、変更前後の製剤の薬物動態(in vivo)を比較し、安全かつ同等の治療効果を維持するための基準である。
Bioequivalence(BE)の基本概念
- 主要パラメータ
- AUC(Area Under the Curve)
- C_max(最大血中濃度)
- 許容範囲
- Test/Reference の95%信頼区間が80–125%の範囲内
BCSを活用したバイオワイバー
Biopharmaceutics Classification System(BCS)を活用したバイオワイバー
- BCSクラスIおよびクラスIII
- 高溶解度×高浸透性(Class I)、または高溶解度×低浸透性(Class III)に属する薬物では、適切な溶出条件下で溶出試験(in vitro)での溶出率が80%以上を満たせばin vivo BE試験が免除される場合がある
in vitro-in vivo 相関(IVIVC)
- レベルA相関が得られれば、in vitro の溶出挙動を用いてin vivo挙動を予測し、追加のBE試験を簡素化できる
- 溶出試験条件は、pHや攪拌条件、サンプル採取タイミングを厳密に管理する
SUPACとBEを融合した変更管理戦略
事前リスク評価とデザインスペースの設定
- QbDアプローチで、製造工程での重要プロセスパラメータ(CPP)を抽出(特定)
- CPPの代表的な具体例:
- SUPAC-IRなら「打錠末の平均粒子径」
- SUPAC-MRなら「徐放コーティングのコーティング膜厚」
ドキュメンテーションと規制当局対応
- 変更報告の区分
- Notification(30日以内通知要)
- Prior Approval(事前承認要)
- 報告書には評価データ(溶出曲線、BE試験結果)を体系的にまとめ、PMDAおよびFDAのフォーマットを意識。
あとがき
SUPACとBEガイドラインは、製剤開発における変更管理を科学的に裏付けるフレームワークとなる。
QbDアプローチやIVIVCを組み合わせて、in vitro/in vivoデータを連携させることで、申請・承認プロセスを効率化できる。
将来的には、ICH-Q12(製品ライフサイクル管理)の活用によって、変更管理のグローバルでのハーモナイズがさらに加速していくと思う。
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