はじめに
てんかんは、脳の一部または全体での異常な電気活動が原因で起こり、繰り返し発作が生じる神経疾患である。
てんかんは大きく分けて、全般性発作と部分発作(局所発作)の2タイプに分類されるという。全般性発作は、脳全体で電気活動が一斉に異常となるため、意識消失を伴う全身性強直間代発作や、短時間の意識停止をきたす欠神発作などがある。一方、部分発作は、脳の特定の領域から始まり、場合によっては全般性に波及することもある。局所発作の場合、意識が保たれる単純部分発作や、意識障害を伴う複雑部分発作に分けられる。
これらの発作形態は、脳内のどの部分が関与しているか、また発作の進行の仕方によって症状や持続時間が大きく異なるという。発作は数秒から数分間続く場合が多い。発作中は、身体のけいれん、意識の喪失、しばしば制御不能な運動(全身が震えるなど)を示すなど、その症状は多岐にわたる。一般的なてんかんでは、抗てんかん薬による治療で発作の頻度や重症度が軽減され、多くの患者が通常に近い生活を送ることができる。
一方、難治性てんかんは、適切な抗てんかん薬を十分な用量と期間用いたにもかかわらず、持続的な発作のコントロールが達成できないてんかんのことを指す。国際的な定義では、少なくとも2種類の適切な抗てんかん薬による治療を試みても十分な効果が得られない状態を難治性、または薬剤抵抗性として定義する。これにより、従来の薬物治療では発作の頻度や重症度の低減が難しいと判断される。
難治性てんかんの場合は、脳内に明らかな構造的異常(例えば、海馬硬化症、皮質形成異常など)が認められる場合が多く、これが薬剤の効果を打ち消していると考えられている。そのため、単純な薬物治療だけでは対応が難しく、外科的治療や神経刺激療法などの代替治療が検討される。
てんかん患者の約30%は難治性てんかんというデータもあることから、てんかんの薬物治療の大きな課題となっている。特に、小児期に発症するドラベ(Dravet)症候群やレノックス・ガストー(Lennox-Gastaut)症候群では、1日に数十~数百回にも及ぶ発作が生じても、複数の抗てんかん薬を組み合わせても発作を完全に抑制できない例が多いという。この発作による外傷や突然死のリスクも高く、患者の発達や生命予後に深刻な影響を及ぼす懸念も大きいとされる。
このような従来の治療で十分な効果が得られない難治性てんかんに対して、新たな治療手段の開発が強く望まれてきた。この難治性てんかんの治療ニーズに応えるべくカンナビジオール(CBD)への注目が高まっており、高純度のCBDを含有する医薬品の登場が待ち望まれている状況である。
<目次> はじめに Epidiolex®の海外承認状況 カンナビジオール(CBD)製剤の特徴 カンナビジオール(CBD)含有製剤の日本での臨床試験結果 カンナビジオール(CBD)含有製剤 の海外での臨床開発 カンナビジオール(CBD)含有製剤 の日本での臨床開発 カンナビジオール(CBD)含有医薬品開発の今後の展望 あとがき |
Epidiolex®の海外承認状況
高純度のCBDを含有するエピディオレックス®(Epidiolex®)という医薬品が2018年6月に世界に先駆けて米国でFDAによって承認されている。その後、EUやカナダ、オーストラリアでも承認されている(下表参照)。
国/地域 | 承認状況 | 承認年 / 当局 | 主な適応症 |
---|---|---|---|
米国 | 承認済み | 2018年6月 / FDA | ドラベ症候群、レノックス・ガストー症候群(2歳以上) |
欧州連合 | 承認済み(Epidyolex) | 約2019年頃 / EMA | 同上 |
カナダ | 承認済み | 2018~2019年頃 / Health Canada | 同上 |
オーストラリア | 承認済み | 近年 / TGA | 同上 |
日本 | 未承認(臨床試験は実施中だが、主要評価項目に達せず) | 現状では申請時期は未定 | — |
一方、日本ではEpidiolex®の治験は実施されたものの、主要な評価項目である「発作頻度の有意な減少」が十分な結果として示せなかったため、現時点では医薬品としての承認(NDA)は得られていないようである。今後、追加の臨床試験やデータ収集により、再評価が進む可能性も残されている。
カンナビジオール(CBD)製剤の特徴
エピディオレックス®(Epidiolex®)は、難治性てんかんの治療を目的に、有効成分として高純度のカンナビジオール(CBD)を含有する経口液剤である。

CBDは脂溶性で水に溶けないため、無水エタノールとゴマ油に溶解されているようである。濃度は、100 mg/mLである。

エピディオレックス®(Epidiolex®)にはカンナビス植物(大麻草)から抽出されたCBDをほぼ99%以上の高純度に精製して使用しているらしい。これにより、成分ごとのばらつきを極力抑え、正確な用量管理と安定した治療効果が期待できるという。
CBD由来の医薬品として、精神作用を引き起こすテトラヒドロカンナビノール(THC)は含まれていない(NMT0.3%)という。これにより、患者に不必要な精神活性作用のリスクを排除し、治療安全性が確保されている。
また、経口液剤として提供され、ボトルに入った製剤には計量用シリンジも用意されるため、成人や小児を含む幅広い年齢層の患者への投与が容易であるとされる。液剤は、投与量の細かい調整が可能で、体重に応じた正確な投与量の設定ができるという利点がある。その一方で、取扱い方法や安定性については経口固形製剤に比べると課題が残されているかも知れない。
CBD含有製剤の日本での臨床試験結果
日本でEpidiolex®の第3相臨床試験(Phase III)が行われたものの、主要な目標である「発作頻度の有意な減少」を達成できなかったと報告されている。そのため、現在のところ日本での新薬承認申請(NDA)の具体的なタイミングは未定のようである。
しかしながら、安全性の評価では新たな懸念は見られず、その他の分野で改善も見られたとのことで、開発会社は日本の規制当局と引き続き協力し、新たな試験や申請の可能性を検討しているようである。今後の動向を見守りたいと思う。
CBD含有製剤の海外での臨床開発
Epidiolex®は、主に難治性てんかん、特にドラベ症候群やレノックス・ガストー症候群に対して開発されたCBD製剤である。これまでの臨床試験では、その有効性と安全性を厳密に評価するため、国際的には以下のような標準的試験設計が採用されている。
試験デザインの基本フレームワーク
- 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
- 対象患者について一定期間(ベースライン期間)にわたって発作頻度やその他の臨床パラメータを記録する
- その後、無作為にEpidiolex®投与群とプラセボ群に割り付け、治療の追加効果を検証する
- 被験者および評価者がどちらの群に割り付けられているかが分からなくすること(二重盲検)で、バイアスの影響を最小限に抑える
- 多施設共同試験
- 複数の医療機関で同時に実施されることで、サンプル数の確保と地域・民族間のバリエーションを考慮した解析が可能になる
- 用量設定と投与スケジュール
- 多くの場合、体重に応じた用量(例えば、10~20 mg/kg/日)が採用され、導入期(漸増期間)を経た後に一定期間の維持投与が行われる
- このプロセスでは、患者ごとに最適な用量調整や急性副作用のモニタリングも組み込まれている
評価エンドポイントと解析手法
- 主要評価項目
- ほとんどの試験では、ベースライン期間中の月間発作頻度と比較して、治療期間中の発作頻度がどれだけ減少したかが主要エンドポイントとして設定される
- 中央値の発作減少率や、50%以上の発作減少を達成した患者の割合などが評価される
- 副次的評価項目
- 発作の重症度、生活の質(QOL)、認知機能、または他の神経学的スコアなども併せて評価されることが多い
- 薬物動態(血中CBD濃度)、安全性(有害事象の発生頻度、肝機能検査値など)についても詳細に解析される
- 統計解析
- 収集されたデータは、事前に定められた統計解析計画に従い、両群間で有意な差があるかどうかを検定する
- 解析手法としては、共分散分析(ANCOVA)やロジスティック回帰などが用いられることが一般的である
CBD含有製剤の日本での臨床開発
日本での試験設計と課題
日本においても基本的な試験設計は国際的な基準に沿っているが、以下のような点で課題や留意点があるようだ。
- 患者背景および評価基準の違い
- 日本では対象となる患者数や背景となる抗てんかん薬との併用状況、さらには評価方法(発作の記録方法や照会基準)が他国と異なる場合がある
- この評価基準の違いにより統計的有意性の取得が難しくなるケースが報告されている
- 主要エンドポイントの達成状況
- 日本で実施された一部の第3相試験では、主要評価項目である「発作頻度の有意な減少」が十分に示せなかった
- 試験デザインの再検討(エンドポイントの再定義や患者選択基準の調整)が求められている
- 安全性評価の強化
- 用量調整や併用療法との相互作用など、日本独自の臨床現場の状況に合わせた安全性評価の実施も求められている
- 他国でのデータと合わせた統合解析が進められている
CBD含有医薬品開発の今後の展望
Epidiolex®の臨床試験は、既存のデータをさらに補強するために、エンドポイントの再設定や、より精密な患者モニタリング、長期安全性試験などが計画される可能性がある。これにより、日本市場においても有効性の確立と規制当局(PMDA)への説得力のあるデータの提供が可能になると期待される。
医薬品として承認されるために実施する臨床試験の各試験は、治療効果の客観的な評価と安全性の確保の両立を目指しており、今後の試験デザインの改善がさらなる承認・普及に向けた鍵となるはずである。
難治性てんかんの治療ニーズに応えるためにもCBD含有医薬品の開発が待たれている。
あとがき
2024年12月に大麻取締法・麻薬及び向精神薬取締法の一部が改正され、大麻草由来のTHC(テトラヒドロカンナビノール)に残留限度値が設定され、限度を超えた場合は「麻薬」として規制されることになった。
一方、CBD(カンナビジオール)は、海外の一部の国では難治性てんかん治療薬として、CBD含有医薬品「Epidiolex®」が承認され、臨床利用されている。
日本でもEpidiolex®の臨床試験が2022年4月より開始されたが、残念ながら日本で実施したPhase IIIの結果では主要な評価項目である「発作頻度の有意な減少」が十分な結果として示せなかったため、現時点(2025年5月)では医薬品としての承認は得られていない。
CBDとTHCは、いずれも大麻草に数多く含まれる独特な化合物カンナビノイドの一種であり、よく似た化学構造式をしている。


しかしながら、CBDとTHCは生体への影響は全く異なる。CBDが抗けいれん作用や鎮痛作用といった医学的な作用を示すのに対し、THCは精神依存や身体依存が示されている。そのため、大麻草の「怖い」イメージは、このTHCの持つ作用が原因である。
しかし、CBDとTHCは大麻草からの抽出部も違っているので、CBDは以前から「大麻取締法」の規制対象ではない。
CBD | THC | |
---|---|---|
大麻草からの抽出部位 | 種子、 成熟した茎 (樹脂除く) | 花穂、 葉・未成熟な茎、 樹脂、根 |
主な生体への作用 | 抗けいれん、 鎮痛 | 高揚感、脱抑制、 幻覚作用など |
身体依存性 | なし | あり |
高純度のCBDを含有する医薬品が日本でも臨床の場に供給される日を待ちたいと思う。