はじめに
順天堂大学医学部の福地教授らによる大規模な疫学調査研究NICEスタディの結果(2001年発表)では、日本人の40歳以上のCOPD有病率は8.6%、患者数は530万人と推定された。
一方、2017年の厚生労働省患者調査でも、病院でCOPDと診断された患者数は22万人であったことから、COPDであるのに受診していない人は日本に500万人以上存在すると推定された。
そして、2019年の統計データでは日本人の死因の5位(男女共)にCOPDがランクされている(who.int)。
これらの統計データから、日本においてもCOPDは決して侮ってはいけない疾病であることが自明である。
COPDについて学び、理解して、罹患しないよう予防することが求められる。「無知は罪である」by ソクラテス。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)とは
慢性閉塞性肺疾患 (chronic obstructive pulmonary disease;COPD) は、タバコの煙を主とする有害物質を長期に吸入暴露することなどによって発症する肺疾患である。
肺が持続的な炎症を起こし、呼吸機能の低下などを起こした状態になることをCOPDと呼ぶ。
COPDは、中高年が発症することが多いが、なかでも高齢になってから発症するケースが増加している。原因のほとんどが喫煙であることから、生活習慣病の一つとしても注目されている。
国内推定患者数
日本におけるCOPD患者数は約530万人にのぼると推定されている(2001年調査)。そのうち実際に治療を受けている患者はわずか約20万人にとどまっている(厚生労働省調査)。
これらのことからCOPDは症状があるにもかかわらず治療を受けずに放置されている疾病であるといえる。その原因には、低い認知度も影響していると思う。約10年前の調査(2014年)では、COPDの内容まで知っている人はわずか9.1%であり、名前ぐらいは知っている人を加えても認知度は約30%に過ぎなかった。厚生労働省は10年後の認知度の目標値を80%に定めているが、最新のデータがないので達成しているかどうかは分からない。
また、男女別患者数はについては、日本では女性よりも男性の方が約2.5倍多いとされている。これは、過去には男性に喫煙者が圧倒的に多かったことが原因である。しかしながら、近年の女性愛煙家の増加は将来の女性COPD患者の増加を懸念されるものである。
症状
COPDは、肺炎や肺がんなどのより重篤な肺疾患を起こす危険性も持っており、2019年の統計データでは日本人の死因の5位(男女共)にランクされている(who.int)。そのためCOPDの早期発見と早期治療の実施が重視されている。
COPDでは、肺胞と末梢気道(肺胞に繋がる細い気管支部分)に炎症が起きるので呼吸器症状が出る。主な症状として、「労作性の呼吸困難」と「慢性の咳・痰」の2つが挙げられる。労作性の呼吸困難とは、運動などをしたときに生じる息切れのことである。
労作性の呼吸困難が生じる原因は、肺胞と末梢気道での慢性的な炎症のため肺にたまった空気が吐き出されにくくなって(肺から空気が十分に排出されなくなると)、次第に肺の中に空気が溜まり息を吸い込むのも難しくなって、運動時に酸素量が必要になって呼吸量を増やそうとしても増やせずに息切れ(すなわち、労作性の呼吸困難)を起こしてしまう。しかしながら、労作時の呼吸困難は、臨床的には徐々に進行するので老化によるものと勘違いされることも多く、見逃されることもめずらしくない。
また喫煙習慣のある者は、気管支粘膜に炎症が起きやすく普段から咳や痰の症状を伴う者も多いため、COPD特有の慢性の咳・痰もいつもの症状として安易に考え、見過ごされてしまうことも多い。
以上のことから、COPD患者の多くが、治療を受けずに放置していると考えられる。
原因
COPDの発症原因は、喫煙時のタバコの煙に含まれる有害物質である。この有害物質によって肺胞と末梢気道に炎症が起きる。
喫煙者は、もちろん第一に被害を受けるが、本人に喫煙習慣のない場合でも受動喫煙によって被害を被る。胎児期や新生児期にタバコの煙にさらされる環境にあると、肺の成長が妨げられ、COPDの発症リスクが高くなると考えられている。
とにかくタバコの煙にさらされる機会が多いとCOPDの発症リスクが高まると考えてよく、禁煙運動が世界的に活発になっている。一方、中国ではPM2.5による大気汚染がCOPDの原因として報告されている。
検査・診断
COPDの診断では、スパイロメーターという装置を用いて呼吸機能検査(スパイロメトリー)を実施する。この検査では、呼気量や吸気量を測定し、肺活量や努力性肺活量、1秒量、1秒率を調べる。
COPDは、息を吐き出しにくくなる疾病なので、1秒量が低下し、1秒率の値も小さくなる。気管支拡張薬を使用した後の1秒率が70%未満である場合にCOPDと診断される。また、1秒率の値から、その呼吸機能の重症度に応じてI〜Ⅳ期に分類される。
治療
持続的な肺の炎症によって破壊された肺胞組織が元に戻ることはないのでCOPDには根治療法はない。
COPDでは症状の進行抑制と生活の質(QOL)の維持・向上を目的とした対症療法が行われる。
生活指導
COPDの原因が喫煙であることから喫煙習慣のある患者ではまず禁煙が必要となり、呼吸機能の回復や維持を目的として、呼吸器リハビリテーションや運動療法が取り入れられることもある。
このような生活指導を行っても改善しなかった場合には、薬物療法を行う。
薬物療法
COPDには、長時間作用型抗コリン剤または長時間作用型β2刺激剤、あるいはこれら配合剤が使用されることが多い。また、重症患者には吸入ステロイドを用いることもある。
長時間作用型抗コリン剤 |
咳や痰を抑える効果が期待できるが、緑内障患者や高度の前立腺肥大患者には使用することができない。 |
長時間作用型β2刺激剤 |
一般的に気管支拡張効果が期待できるが、咳や痰を抑える効果は抗コリン剤よりは強くはない。 |
吸引ステロイド |
喘息患者、急性増悪を起こすことがある患者、重症患者には吸入ステロイドを用いることもある。 |
配合剤 |
長時間作用型抗コリン剤と長時間作用型β2刺激剤の二剤配合剤の他にも、これらに吸引ステロイドを加えた三剤配合剤も製剤開発されている。 |
COPD治療薬の剤形
COPDで使用される薬剤の剤形は、全て吸入剤である。吸入剤とは、専用の吸入器を用いて薬剤を霧状に噴出させて口から吸入させることで肺に薬剤を到達させる薬剤のことである。詳細についてはこちらを参照してほしい。
重症患者の治療
重症度が高く呼吸が困難な患者に対しては、酸素吸入器を用いた在宅での酸素療法が必要な場合もある。
予防
COPDの予防対策としては、下記のようなことが推奨されているが、最優先されるべきは禁煙であろう。
- 禁煙
- 空気の浄化
- 健康的な食事とライフスタイル
- 定期的な運動
- ワクチン接種
COPDの主な原因は喫煙であるため、禁煙がCOPDを予防する最善の方法であるのは当然である。
空気の浄化は、空気中の汚染物質、化学薬品の蒸気、塵、二次喫煙など、肺を刺激する物質を避けることができる。適切な保護具を着用したり、空気清浄機を使用したりすることが推奨されている。空気清浄機の設置は、確かに「喫煙ルーム」では威力を発揮するかも知れないが、まずは禁煙でしょう。
健康的な食事とライフスタイルを維持することも肺の正常な機能を保つためには必要と考えられているようだ。
定期的な運動は、肺機能を向上させ、呼吸を改善することができるので、確かに予防対策に含まれてしかるべきである。
肺炎、インフルエンザ、コロナウイルスなどに対するワクチン接種も推奨されいる。その理由は、COPDの患者は呼吸器感染症による重症化リスクが高いため、特別な注意が必要であるからだ。COPDの予防対策とは、少し観点が異なるが、肺は大切な臓器であるので、健常人であっても細菌やウイルスによる呼吸器感染は避けたいものである。
あとがき
一般的には、COPDの原因はほぼ喫煙であるといっても過言ではない。他の要因もなくはないが、圧倒的に最多であるのは喫煙によるものである。ただし、喫煙者の全員がCOPDになってしまうわけではなく、COPDになりやすい人となりにくい人がいるのが不思議である。
喫煙によって肺に長期間の炎症が及ぶことで、肺胞が拡大して肺の働きが低下した状態をかつては「肺気腫」と呼び、気管支に慢性的な炎症の生じた病態を「慢性気管支炎」という病名で呼んでいた。しかしながら、両者とも喫煙による有害物質の吸入によるものであり、さらには肺気腫も慢性気管支炎もお互いを合併し、両者を厳密に区別するのが困難である場合が多いことから、現在では、両者を含めて慢性閉塞性肺疾患(COPD)と診断する場合が増えているらしい。
喫煙者ではない私は、喫煙者の気持ちをよく理解できないが、趣好品とは言え、高い税金(タバコ税)を払った上に、自らの健康を害するのは道理に反した行為である。
ジョークであっても、払った税金をCOPDの治療費の保険払いで回収しようと思っているならば、全く合理的ではない。COPDの病状は私たちのQOLを著しく損なうものである。禁煙プログラムなどを活用して、一日でも早く禁煙に取り組んで頂きたいものである。「それができるなら苦労はしない」とか「禁煙するなら死んだ方がまし」と言った喫煙者の声が聞こえそうであるが、周囲が「鬼」になるのは「今」かも知れない。