はじめに
抗体医薬は、特定のターゲット分子に結合し、その機能を阻害することで病気を治療するバイオ医薬品である。抗体医薬は、現在、主にがんや免疫系の疾患に対して使用されている。抗体医薬を用いた治療法に対しては、その優れた治療効果(有効性)において一定の評価がなされている。
抗体医薬は、モノクローナル抗体(mAb)と呼ばれる単一の抗体分子を使用して、特定のターゲットに高い選択性を持つよう設計されている。つまり、抗体医薬は、免疫系で産生される抗体と同じ構造を持ち、これにより、特定のターゲットに高い選択性を持つことができる。
抗体医薬の作用機序は、特定のターゲット分子に結合し、その機能を阻害することで病気を治療するというものである。例えば、がん細胞の成長を抑制するために、成長因子に結合する抗体医薬がある。
抗体医薬は、がん、自己免疫疾患、感染症など、さまざまな疾患に対して使用されており、現在の医療において欠かせない医薬品となっている。
その抗体医薬においてもいくつかの問題点があり、それらが現在の抗体医薬の研究開発における主な研究課題となっている。例えば、抗体医薬は、免疫系に影響を与えるため、副作用が発生することがある。そのため、副作用の軽減が研究課題となり得る。また、抗体医薬は一般的に高価であり、製造コストの削減が研究課題となっている場合もある。
抗体医薬は、現在も多くの研究が進められ、さらに効果的で安全な治療法の開発が期待されている。本稿では、代表的なバイオ医薬品である抗体医薬の基礎知識と、抗体医薬の研究開発における課題について学ぶことにしたい。
バイオ医薬品とは
バイオ医薬品とは、遺伝子組換え技術や細胞培養技術といったバイオテクノロジーを応用して製造される医薬品のことを指す。
有効成分がタンパク質のため代謝されるとアミノ酸に分解されること、標的分子への特異性が高いことから、オフターゲットによる副作用が低分子医薬品に比べて少ないという長所がある。オフターゲットとは、本来の目的とする標的をはずれているということを意味する。しかしながら、バイオ医薬品の製造工程は複雑で、大規模な製造設備が必要なことから、製造コストが高くなるという短所もある。
バイオ医薬品は、人間の体内にある生体分子(酵素、ホルモン、抗体など)を応用して作られ、がんや自己免疫疾患などの難治性疾患への治療効果が期待されている。
バイオ医薬品は、人間の体内にある生体分子(酵素、ホルモン、抗体など)を応用して作られ、次の2つの目的に大別される。
- 体内で足りなくなった生理活性タンパク質を補う(酵素やホルモン医薬)
- 疾患に関連する分子の働きを阻害する(抗体医薬)
糖尿病治療薬として利用されるインスリンもバイオ医薬品の一種であり、体内で足りなくなった生理活性タンパク質を補うという目的を果たしている。最初に開発されたバイオ医薬品はヒトインスリン製剤であり、日本での承認は1985年のことである。
一方、抗体医薬は、特定の疾患に関連する分子の働きを阻害する目的で開発される。抗体医薬は、がんや自己免疫疾患などの難治性疾患への治療効果が期待されている。
このように、抗体医薬はバイオ医薬品の一部であり、どちらもバイオテクノロジーを利用して製造される医薬品であるが、その目的と作用の仕組みには違いがあるだけである。
バイオ医薬品は、酵素やホルモンをも含む広範な用途をカバーするが、抗体医薬品は特定の疾患に対する治療に特化している。現在、開発され市販されているバイオ医薬品の大半は抗体医薬品である。
抗体とは
抗体は、体内に入ってきた病原体などの異物を排除するために働く、免疫グロブリンというタンパク質のことである。
抗体は、免疫細胞の一種であるB細胞が生産し、特異的な抗原と結合し抗原分子の活性の阻害や細胞傷害活性を誘導する。抗体の基本的な構造はY字の形をしており、2本のH鎖と2本のL鎖からできている。
抗体は、特定の抗原にしか反応しない特異性があり、私たちの身体は、どのような抗原が侵入しても、抗原に合った、それぞれの抗原に対応できる抗体が作れる。抗体が抗原と結びつくと、細菌などの異物を食べて消化してくれるマクロファージや、細菌を食べて身体を守ってくれる白血球の一種である好中球が活性化して、病気の原因となる抗原を撃退してくれる。
また、病気の原因となる異物が入ってくると、抗体が作られ、感染を防御する働きがあるタンパク質の補体と協力して攻撃し、発病を防いでくれる。これらが免疫機構と呼ばれるものである。
抗体の主な役割としては、下記のようなものが知られている。
- 中和作用
- 細菌が作り出す毒素も無毒化する
- 抗体は侵入してきた異物(抗原)と結合して周囲を取り囲み、毒となる部分を隠して動けなくする
- 抗原は、目標としている細胞と結合できなくなり、毒性が発揮できなくなる
- 細菌が作り出す毒素も無毒化する
- オプソニン効果
- マクロファージや好中球を細菌の居場所に呼び込む
- 抗体が抗原に結合すると細菌(抗原)がマクロファージや好中球によって食べられやすい状態になる
- 抗体が抗原に結合すると細菌(抗原)がマクロファージや好中球によって食べられやすい状態になる
- マクロファージや好中球を細菌の居場所に呼び込む
- ウイルス感染細胞の排除
- ウイルスに感染した細胞が抗体と結合すると、自然免疫として働くリンパ球の一種のNK細胞(ナチュラルキラー細胞)などが結合し、活性酸素やタンパク質酵素を出して感染細胞を破壊する
- ウイルスに感染した細胞が抗体と結合すると、自然免疫として働くリンパ球の一種のNK細胞(ナチュラルキラー細胞)などが結合し、活性酸素やタンパク質酵素を出して感染細胞を破壊する
- 補体の活性化
- 補体はC1〜C9と名付けられた9つのタンパク質からなり、抗体が抗原とくっつくと、最初に補体C1が結合する。
- そして、次々と9つの補体が活性化されていく
- C9までの全ての補体が抗原とくっついた抗体に統合して、細菌の細胞膜を破壊する膜侵襲複合体が形成され、細菌の細胞膜に穴を開けて、殺傷する
上記のような抗体の働きによって、私たちの体は感染や病気から守られている。いわゆる「免疫」による自己防衛の機構である。
抗体医薬とは
抗体医薬は、人の免疫機能を担っている抗体(免疫グロブリン)を、遺伝子組換え技術などのバイオテクノロジーを応用して人工的に生成し、医薬品として開発したものである。
抗体医薬は、特定の病気の原因となっている物質に対する抗体を作り、体内に入れることで、病気の予防や治療を行うことを目的としている。
抗体医薬の特徴としては、下記のようなものが知られている。
- 特異性
- 抗体医薬は、特定の抗原だけに作用する
- その抗原を持たない他の組織や細胞に作用することはないため、副作用も少ない
- 効率的な治療
- 抗体医薬は、現在まで有効な治療方法が確立されていない病気の治療にも大きな期待が寄せられている
- がん
- アルツハイマー病
- 自己免疫疾患
- 抗体医薬は、現在まで有効な治療方法が確立されていない病気の治療にも大きな期待が寄せられている
このように、抗体医薬は抗体を利用した医薬品で、がん細胞などの細胞表面の目印となる抗原をピンポイントでねらい撃ちするため、高い治療効果と副作用の軽減が期待できる。
しかしながら、抗体医薬の開発にはいくつかの課題もある。その一つは、抗体医薬の製造工程は複雑で、大規模な設備が必要であることから、製造コストが高くなる点である。
また、抗体医薬が抗原として作用し、抗薬物抗体産生が誘導される場合があり、治療効果の低下や、患者自身の内在性因子に作用して有害反応を起こすことも問題として指摘されている。これらの点を考慮に入れて、抗体医薬の使用は慎重に行われる必要がある。
抗体医薬開発における課題
抗原性の問題
抗体医薬品は、しばしば異種の動物(例えばマウス)から作られる。これらの抗体はヒトに対して異種タンパク質として認識され、抗原性を示す可能性がある。この問題は、キメラ抗体やヒト化抗体の開発により一部解決されている。
ウイルスの進化
SARS-CoV-2のようなウイルスは進化し続け、新たな変異株が出現する。これらの変異株は、抗体医薬品のエピトープ部分であるスパイクタンパク質の受容体結合ドメインに変異を導入することで、抗体による認識から逃れる可能性がある。その結果、抗体医薬品の効果が低下する可能性がある。
製造プロセスの複雑さ
抗体医薬品の製造は、遺伝子工学とバイオテクノロジーの高度な技術を必要とする。これには、遺伝子組換え技術やトランスジェニック動物の作製などが含まれる。
安全性と効果の予測
抗体医薬品の開発には、薬理作用の解析や安全性予測が必要である。これらの予測は、種間の差異により困難を伴うことがある。
あとがき
抗体医薬品の開発には、さまざまな技術が利用されている。例えば、完全ヒト抗体作製技術はヒトの体内で産生されるものと同じ抗体を、動物の体内で作製することができる製剤技術の一種である。また、バイスペシフィック抗体は2種類の抗原と結合することで狙った組織や細胞で強力な効果を発揮するよう設計された抗体医薬である。さらに、POTELLIGENT ® 技術は、強活性抗体の作製技術の一つで、高いADCC活性をもつ抗体を作製するのに利用される。
これらの技術により、抗体医薬は病気の原因の組織で過剰に作られるタンパク質を抗原として認識して結合するものや、がん細胞などの特定の細胞だけをねらい撃ちするものなど、さまざまなタイプの抗体医薬が開発されている。
抗体医薬に関しては、学ぶべきことが多いと言わざるを得ない。
【参考資料】
SARS-CoV-2ウイルスの進化に対抗する抗体開発の現状と展望:日経バイオテクONLINE (nikkeibp.co.jp) |
川西徹;抗体医薬の現状と展望;日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)131,102~108(2008) 総説1_川西.indd (jst.go.jp) |
高橋信明ら;抗体医薬の技術戦略;日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)147,235~240(2016)fpj (jst.go.jp) |
石井明子ら;_pdf (jst.go.jp) |