はじめに
「薬育」とは、子供のうちから薬の効果や副作用、正しい使い方など薬に関する正しい知識や態度を身につけることを目的とした教育活動のことを指す用語である。世間ではまだ浸透していない用語であり、教育活動ではある。
薬育のメリットは、副作用や薬の特性を学ぶことにより、副作用の症状に早く気付けたり、薬の誤った使用による危険性を理解することができることである。また、自分自身の健康に責任を持ち、風邪などの軽度な身体の不調には自分で対応できるようになることである。
<目次> はじめに 薬育とは 薬育の目的と必要性・重要性 海外の薬育先進国の状況 日本での薬育の普及状況 ロート製薬の薬育プログラム NPO法人 日本薬育研究会(通称:薬育ラボ) 日本薬学会 東京都保健医療局・多摩立川保健所 あとがき |
薬育とは
「薬育」とは、子供のうちから薬の効果や副作用、正しい使い方など薬に関する正しい知識や態度を身につけることを目的とした教育活動のことを指す用語である。世間ではまだ浸透していない用語であり、教育活動ではある。
「薬育」のメリットは、副作用や薬の特性を学ぶことにより、副作用の症状に早く気付けたり、薬の誤った使用による危険性を理解することができることである。また、自分自身の健康に責任を持ち、風邪などの軽度な身体の不調には自分で対応できるようになることである。
薬育の目的と必要性・重要性
薬育は、薬の効果や副作用、正しい使い方などを学ぶことを目指しているので、家庭や学校での薬育活動が推奨されている。
したがって、薬育は子供だけでなく、親や教師など大人にも必要であると考えるが、小学生の頃から薬育を始めることは非常に重要であると私は考える。子供の頃からの薬育の必要性と重要性を訴える理由としては、薬育を通じて下記のような能力を身に付けることができるようになると信じるからである。
- 自己判断力の育成
- 自分で薬を適切に使用する判断力を身につけられる
- 自分の健康に対する責任感を持てるようになる
- 軽度な身体の不調を自分で手当てする能力を養う
- 副作用の理解
- 薬の副作用について学ぶことできる
- 副作用の危険性を減らすことに繋がる
- 副作用が起こったときに早く症状に気づける
- 副作用が起きたときに適切な治療につなげる
- 薬物乱用の防止
- 薬の特性を理解する
- 薬の目的外使用や違法薬物の危険性を理解する
- 薬の適切な使用
- 薬の量や飲むタイミングを理解できる
- 併用不可の薬を一緒に飲んでしまうリスクを減らせる
- 用法用量を理解し、決められた使用方法を遵守する
- 身勝手な不適切使用を避けることができる
- 副作用の場合の原因の究明や把握を容易にできる
海外の薬育先進国の状況
海外では、薬育の普及状況は国や地域によって異なる。一般的な理解としては、欧米の先進国では、薬育の重要性が認識されており、薬学教育や薬剤師の役割も日本とは異なる場合がある。例えば、下記のような特徴があるという。
- ドイツ
- 薬育は「薬物教育」と呼ばれる
- 薬物教育は、学校や家庭で行われる
- 薬物教育の目的は、薬の効果や危険性を理解し、薬物乱用や依存を防ぐことである
- 薬物教育は、幼児期から始まる
- 中学校や高校では、薬物に関する知識や態度、スキルを身につけるための授業や活動が行われている
- イギリス
- 薬育は「薬物教育」と呼ばれる
- 薬物教育は、学校で行われている
- 薬物教育の目的は、薬物に関する正しい情報を提供し、薬物に対する自己責任や批判的思考を育むことである
- 薬物教育は、小学校から始まる
- 中学校や高校では、薬物の種類や効果、リスク、法律、社会的影響などについて学習する
- アメリカ
- 薬育は「薬物教育」と呼ばれる
- 薬物教育は、学校やコミュニティで行われている
- 薬物教育の目的は、薬物の乱用や依存を予防し、健康的な生活を促進することである
- 薬物教育は、幼児期から始まる
- 中学校や高校では、薬物の影響や危険性、対処法、支援サービスなどについて学習する
日本での薬育の普及状況
日本でも「薬育」を普及させるための取り組みが行われている。例えば、日本薬学会や「一般社団法人くすりの適正使用協議会」などの団体が、薬育に関する教材や研修会を提供したりしている。また、薬剤師や学校薬剤師が、保育園や学校で薬育授業を行ったりもしている。
しかしながら、薬育を実施している施設は全体の13%程度にとどまり、人的・時間的余裕やノウハウ不足などの課題があるとされている。日本では、薬育の普及に向けて、さらなる努力が必要であると言える。
ロート製薬の薬育プログラム
日本でも「薬育」に関するボランティア活動はいくつか知られるようにはなっているが、その数はまだ少ない。
例えば、ロート製薬は児童や生徒の心身ともに健康な生活をサポートするために、社員ボランティアによる「薬育出張授業」の実施や、「薬育プログラム」教材の提供を行っている。その取り組みでは、薬の種類や正しい服用方法、主作用・副作用などについて学ぶことができるようになっている。
ロート製薬の薬育プログラムの目的は、中学校から高校までの生徒に対して、薬に関する正しい知識や態度を身につけさせることである。ロート製薬は、この教育活動のために社員ボランティアによる「薬育出張授業」や、「薬育プログラム」教材の提供を行っている。
ロート製薬の薬育プログラムの教材は、保健体育科の「医薬品の正しい使用」単元に沿って作られており、ティーチャーズガイドやワークシート、スライド教材なども揃っている。健康で快適な生活を送るための「正しい薬の選び方・使い方」を基本とし、健康的な日常生活を送るために必要な知識の習得や、思考力の育成を目的とした授業プログラムとなっている。
教材の内容は、薬の種類や正しい服用方法、主作用・副作用などの基礎的な知識から、症状に合わせた正しい薬の選択方法や服用のルール、パッケージ・説明書の見方などの応用的な知識までを幅広くカバーしている。教材は、自分の生活と薬との関わりについて考えたり、薬の箱を使って薬を選択するなど、楽しく学べるように工夫されている。
近い将来、このような「薬育」に関するボランティア活動が全国的規模で実施されるような環境になれば良いと思うが、ロート製薬に続く企業が現れないのは残念である。
NPO法人 日本薬育研究会(通称:薬育ラボ)
薬育ラボは、「日本薬育研究会」というNPO法人の通称である。薬育ラボの目指す社会は、国民一人ひとりが「正しく」「安全に」セルフメディケーションできる社会ということであり、2016年4月に設立されたNPOである。この目標の実現のために、薬育を楽しく学べるアイディアを作り続け、すべての子ども達に薬育を届けることをミッションとしている。
そして、子どもたちが薬について正しく学べる場を提供しつつ、お薬教室の開催や薬育教材の開発など、さまざまな活動を行っている。薬育ラボの主な活動は下記のようなものらしい。
- お薬教室の開催
- 幼稚園や小学校などの教室で開催
- 地域の薬局内で開催
- 地域の催しものに参加して開催
- ボーイスカウトの集まりなどに参加して開催
- 薬育に関わる人の支援
- 地域の催し物、児童館などで子ども達に向けてお薬教室を開催したい方に、薬育教材のデータなどの資料を提供
- 薬育教材の開発
- 子ども達が、ワクワクしながら能動的に学べる薬育教材を開発し、研究している
各地域の放課後の「児童クラブ」やボーイスカウトの教室、薬局などでも「薬育」の活動が行われているようである。この活動が近い将来には全国規模になってもらいたいものである。
日本薬学会
日本薬学会に所属する会員によるボランティア活動として、0歳児の子供を持つ母親のための薬育や、地域住民を集めた区民センター、高齢者施設での薬育プログラムも行われているようだ。
但し、これらは大人のための「薬育」なので、小学生や中学生を対象とした「薬育」にも尽力してもらいたいと思う。
東京都保健医療局・多摩立川保健所
東京都保健医療局では、薬育に関する情報を提供している。また、小学校低学年向けの薬育Q&A動画を作成し、薬育リーフレットも提供している。
特に、多摩立川保健所では教育機関や薬局・店舗販売業の人々と共に薬育活動の普及啓発に取り組んでおり、薬育活動を支援するためパンフレットを作成している。また、多摩立川保健所ではWeb開催した薬育研修会の資料を公開している。
このような取り組みが東京都だけではなく、全国の自治体でも実施されるようになることを期待したい。
あとがき
薬育は、子供たちが薬について正しく理解し、自分の健康を自分で管理するための重要な教育である。そのため子供たち自身が薬育に興味をもって参加して貰わないと教育効果がでないと言える。単に、薬育をやりましたという事実だけでは意味をなさない。薬育を成功させるためには、如何に子供たちの関心を引く内容の教材を使い、有意義な授業にすべきかの創意工夫が求められる。大人に対してもそうであるが、特に目的意識を持って参加していない子供たちには「分かりやすさ」がポイントになる。
薬育授業には下記のような一般的な指針が示されているが、薬育を担う人材にはこれを参考にした上で、さらに創意工夫をして頂きたいと願う。
- 導入
- 授業の目的を説明し、子供たちの関心を引く
- 薬の効果や副作用、正しい使い方などを、子供たちが理解できるように分かりやすく説明する必要がある
- 具体的な例を用いたりして、理解を深めさせる
- 映像教材などを活用して、子供たちが自分の健康や身体の状態に興味を持つようにする
- 視覚的な教材(絵や模型など)を使用したりすることでも、理解を深めることができる
- 授業の目的を説明し、子供たちの関心を引く
- 展開
- 子供たちを少人数のグループに分ける
- 視覚的に訴えるためにイラストを用いたスライドを使用
- 各グループでは、設問ごとにまず自分で考えた答えとその理由をワークシートに記載させる
- その後グループ内で討議させ、意見を集約させる
- 学校薬剤師、担当教員、養護教諭あるいは薬学部生がファシリテートを行うことで子供たちに活発な議論をさせる
- 子供たちに質問を投げかけ、自分たちで考える機会を提供する
- 自分自身の健康について考え、自分で判断できる力を身につけさせる
- 実験
- 薬に関する実験を行う
- 子供たちに薬の特性を直接体験させ、理解を深めさせる
- まとめ
- 最後に、学んだことを振り返り、理解度を確認する
- 子供たちの理解度を確認(評価)し、必要に応じてフィードバックを提供する
- 同じ内容を何度も繰り返し教えること(反復学習)で、子供たちの理解を深めさせる
このように考えると、講師にとっては「薬育」は大学での講義より難易度は高いかも知れない。将来、大学の薬学部で薬学教育を受ける機会がない子供たちにも薬の正しい使い方を理解し、自分自身の健康に責任を持てるような大人に育ってもらうためには「薬育」を小学生の頃から学んでもらいたいと思う。そして、そのような環境が日本にも根付いてほしいと願っている。私も微力ながら、薬育の機会を提供できるような側の人間になれるよう研鑽したいと思う。