はじめに
核酸医薬は、従来の小分子薬やペプチド医薬とは異なり、DNAやRNAといった遺伝情報そのものを利用して、細胞内の遺伝子発現やタンパク質合成を直接制御する新しい治療アプローチである。
核酸医薬は、体内で標的とする遺伝子やRNAに直接作用することで、異常なタンパク質の産生を抑制したり、必要なタンパク質を補充することを目的としている。これにより、遺伝性疾患、がんや炎症性疾患、さらにはウイルス感染症など、従来の治療法では十分に対応できなかった領域での新たな治療可能性を提供する。
日本での核酸医薬品のNDA申請は、その革新的な作用機序と製剤特性ゆえに、核酸医薬に固有の課題があり、これに対する戦略的な対策が求められている。本稿では、核酸医薬固有の主要な課題とその対策を取り上げたい。
核酸医薬の種類
核酸医薬の種類としては次のようなものが知られている。
アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)
- ASOはタンパク質に翻訳される前のmRNAに結合し、その働きを妨げることで異常なタンパク質の生成や病的状態の進行を抑制するアプローチ
- ASOは特定のmRNA鎖に高い選択性を持って結合する
- 標的遺伝子の発現を効果的にダウンレギュレートできる
小干渉RNA(siRNA)
- siRNAはRNA干渉(RNAi)のメカニズムを利用し、特定のmRNA分子を分解することで、病態の原因となるタンパク質の生成を阻止するアプローチ
- システム的に作用させるためには、安定性や細胞への導入方法の工夫が必要である
- 近年、その実用性は飛躍的に向上している
mRNA医薬
- mRNAそのものを治療に用いるアプローチ
- 体内に必要なタンパク質を一時的に発現させる
- 代表例としてCOVID-19パンデミック時に実用化されたmRNAワクチンが挙げられる
- mRNA医薬は製造工程の柔軟性や迅速な設計変更が可能な点が魅力である
アプタマー
- アプタマーは特定の分子に高い親和性で結合する短い核酸鎖である
- 標的分子の機能を阻害するほか、DDSとしても利用されるなど、幅広い応用が期待されている
技術的・製剤面の課題と対策
自然な核酸は体内の核酸分解酵素によって急速に分解されるため、臨床応用には化学修飾が不可欠である。例えば、糖の化学修飾(2′-O-メチル化など)や、リン酸骨格の修正(フォスホロチオネート結合など)を施すことで、体内での安定性を大幅に高めている。
また、核酸医薬は一般的に血中での分解が速いため、安定かつ効果的な送達手段の確立が求められる。経口投与への挑戦や、特定組織への選択的デリバリーは現在でも活発に研究されているテーマである。核酸医薬を目的の細胞に効率的に届けるため、リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)、ウイルスベクター、さらにはポリマーキャリアなど、様々なデリバリーシステムが開発されている。これにより、治療効果の向上と副作用の最小化が図られると期待される。
さらに、徹底した配列最適化や、新規バイオインフォマティクス技術の導入により、オフターゲット効果を極力抑え、標的となる細胞や遺伝子にのみ作用するよう高い特異性が追求されている。
課題
- 分子の不安定性
- 自然状態の核酸は体内のヌクレアーゼによって急速に分解されるため、十分な効果を発揮する前に分解してしまうリスクがある
- 送達システムの複雑性
- 効果的な標的細胞へのデリバリーが求められる
- リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)などがキャリアとして使われる
- これらは製剤設計や安定性の面で追加の検証が必要
対策
- 化学修飾の導入
- 2′-O-メチル化やフォスホロチオネート結合などの修飾技術で、核酸の安定性と免疫原性の低減を図る
- 先進の送達システム
- リポソームやLNPなど、既存の送達技術の最適化
- 新規キャリアの検討を通じて、効率的な標的デリバリーを実現する
安全性評価及び免疫応答の課題と対策
課題
- 予期せぬ免疫反応
- 核酸医薬は細胞内に作用するため、インターフェロン系や他の炎症性サイトカインの誘導といった免疫反応を引き起こすおそれがある
- 長期的安全性の不確実性
- 新規性の高い治療法ゆえ、急性期だけでなく長期的な副作用や蓄積のリスク評価が求められる
対策
- 十分な非臨床試験データ
- 動物モデルを用いた詳細な毒性試験や免疫反応の評価を実施し、早期に安全性の問題を把握する
- 安全性を担保するための徹底した前臨床試験が必須である
- 段階的な臨床試験設計
- 初期の治験で低用量から安全性を確認し、段階的に投与量を増やすデザインを採用する
- 免疫反応に関するバイオマーカーの導入でリアルタイム評価を実施する
- 安全性を担保するための徹底した臨床試験が必須である
製造プロセス及び品質管理の課題と対策
課題
- 製造工程の複雑性
- 核酸医薬は、化学合成や精製、修飾、キャリアとの組み合わせなど、製造工程が多段階にわたるため、一貫性の確保が難しい
- 規格設定と安定性試験
- 製品ロット間の一貫性、低レベル不純物の管理、保存条件下での安定性の確保など、厳格なCMCパッケージが要求される
対策
- プロセスバリデーションの徹底
- 製造プロセスの各段階での品質評価を行い、工程管理としてバリデーションを強化する
- 最新の分析技術の導入
- 高感度な不純物分析や、リアルタイムでの品質管理ツールを活用し、各ロットの均一性と規格適合性を保証する
規制当局によるガイドラインの未整備
課題
- ガイドラインの新規分野
- 核酸医薬品は比較的新しい分野であるため、既存のガイドラインが十分に整備されていなかったり、解釈に幅があるケースが存在する
- 日本独自の審査プロセス
- 日本のPMDAは他国の規制当局と比べて慎重な審査を行う傾向があり、申請書類やエビデンスの提出に要求される情報量が多い可能性がある
対策
- 早期・継続的な対話
- PMDAとの定例ミーティングや事前相談(ブリーフィングミーティング)を活用し、規制期待値を早期に明確化する
- 国際的な情報の活用
- FDAやEMAでの事例やガイドラインを参考にしつつ、日本の事情に合わせた申請書類の作成、並びにリスクマネジメントプランの策定を行う
あとがき
核酸医薬は、従来の医薬品とは一線を画す革新的な治療アプローチである。化学修飾や新たな送達システムの進展、そして高度なターゲット特異性により、難治性疾患や遺伝子由来の病態に対して新しい解決策を提供していくと期待されている。
研究開発の動向からは、がん、遺伝性疾患、炎症性疾患など、これまで治療が困難とされた病態への応用が急速に拡大中である。核酸医薬の対象疾患には希少疾患や指定難病も含まれている。
近年、COVID-19パンデミックを契機に実用化されたmRNAワクチンが、核酸医薬の実用可能性とその臨床応用の成功例として大きな注目を浴びたことも記憶に新しい。今後、更なる技術革新と臨床研究の進展により、核酸医薬はより多くの疾患に対する治療パラダイムを変える可能性がある。
核酸医薬品の日本におけるNDA申請では、製剤の安定性、免疫応答、安全性評価、製造プロセスの厳格な管理、そして規制当局との円滑なコミュニケーションという複数の課題が浮上する。各課題に対して、化学修飾や先進の送達システム、徹底した非臨床および臨床試験、そしてプロセスバリデーションといった対策を講じることで、申請の成功率を高めることが可能であると思う。このプロセスには、製薬企業側だけでなく、学術界や規制当局との連携が不可欠となるはずだ。
核酸医薬の潜在的な可能性は大きく、その革新性を実用化するためには、これらの課題に対する総合的な戦略が鍵となる。例えば、どの送達システムに注力すべきか、細胞特異的なデリバリーの改善や、免疫反応の抑制策、またはCMC関連の新規分析技術の導入など、各領域での最新動向が今後の成功を左右すると言えるだろう。
今後の展望としては、個別化医療への応用が期待されている。遺伝子治療として、特定の疾患に対して個々の患者の遺伝子情報に基づいた治療が実現可能になると、従来の一律な治療法から大きくシフトしていく可能性がある。製造工程の迅速なカスタマイズが可能な点も、個別化医療の推進に貢献すると期待される。