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抗体医薬品の開発における “Comparability”の概念は品質同等性だけではない!

はじめに

皆さんは、Comparabilityという用語を耳にしたことがあるでしょうか? バイオ医薬品、特に抗体医薬の開発に携わっていると、このComparabilityという用語を日々、見たり聞いたりすることになる。私がかつて担当した抗体医薬品のNDA申請用CTDの一つ、Quality Overall Summary(QOS))の中でComparabilityという用語を「同等性/同質性」と和訳したことがあるが、今頃になってこれは誤訳ではないのかと考えるようになった。つまりは、Comparabilityの捉え方をアップデートする必要が生じてきたのである。

抗体医薬品の開発についていろいろと学習していくうちに、抗体医薬品の開発におけるComparabilityの概念は、単に品質同等性だけでなく、機能性・安全性・臨床的効果までを含む、ライフサイクル全体の一貫性に着目した多次元的なコンセプトであると学んだ。本稿では、このComparabilityの概念について取り上げたいと思う。

目次
はじめに
Comparabilityの和訳は難しい!
ComparabilityとBioequivalence の違い
Comparabilityが目指す4つの同等性
分析的同等性(Analytical comparability)
生物学的活性同等性(Functional comparability)
安全性・免疫原性プロファイルの同等性
臨床的同等性(Clinical comparability)
Comparability Exercise
製造プロセス変更時のComparability Exercise
バイオシミラー開発時のComparability Exercise
リスクベースドアプローチ
あとがき

Comparabilityの和訳は難しい!

ICH guidelineであるICH-Q5Eの原文タイトルは、 “Quality of Biotechnological Products: Comparability of Biotechnological/ Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process” となっている。

それが、日本語版では 『生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の製造工程の変更にともなう同等性/同質性評価』と訳されている。

また、本文(原文)中では次のような記載がある。”The demonstration of comparability does not necessarily mean that the quality attributes of the pre-change and post-change product are identical, but that they are highly similar and that the existing knowledge is sufficiently predictive to ensure that any differences in quality attributes have no adverse impact upon safety or efficacy of the drug product.”

一方、日本語版では、『同等性/同質性とは、必ずしも変更前および変更後の製品の品質特性が全く同じであるということを意味するものではなく、変更前後の製品の類似性が高いこと、ならびに、品質特性に何らかの差異があったとしても、既存の知識から最終製品の安全性や有効性には影響を及ぼさないであろうことが十分に保証できることを意味する。』と訳されている。

さらには、用語集(原文)中では次のような記載がある。
Comparability Exercise: The activities, including study design, conduct of studies, and evaluation of data, that are designed to investigate whether the products are comparable.”

一方、日本語版では、『同等性/同質性評価作業:試験の設計、試験の実施、データの評価も含めて、製品が同等/同質であるか否かを検討するための一連の作業。』と訳されている。

実は、私が”Comparability”を「同等性/同質性」と和訳した理由はこのICHガイドラインの日本語版に拠っている。そこで、この日本語版において、「Comparability=同等性/同質性」としている理由を考えたい。

“Comparability” の本来の意味は「比較可能性」であると思うが、その評価対象となるのは a) 製品の品質・有効性・安全性が「等しい(equivalence)」ことと、 b) 製品の組成や物性が「同質又は均質である(homogeneity)」ことの 2つの観点からである。したがって、日本語訳ではこの二つのニュアンスをそれぞれ「同等性」・「同質性」として明示し、片方に寄った誤解を避けているのだと思われる。

しかしながら、「同等性」は変更前後の製品が「等しいレベルの品質・有効性・安全性を持つこと」を強調する用語なので良しとできるが、「同質性」は 主に「組成や物性が均質であること」または「バッチ内/ロット内の均一性」を指す用語なので少し違ったニュアンスになる。Comparability が狙うのは「変更された異なる製造条件下でも「等しく機能する/等しく安全である」という「同等性」の観点であり、「同質性」は不要ではなかろうか。

では、Comparabilityの最良の訳語は何か?
「Comparability=品質同等性評価」として良いのだろうか? 

抗体医薬品の開発におけるComparabilityは、品質だけでなく、機能・安全性・臨床的効果まで含む、ライフサイクル全体を貫く多次元的な概念であるため、和訳するには厄介な用語である。


ComparabilityとBioequivalence の違い

Bioequivalence(生物学的同等性)は、医薬品の薬剤学的特性において、異なる製品が同じ効果を示すかどうかを評価する概念である。例えば、ある医薬品のジェネリック製品がオリジナル製品と同等の効果を持っているか確認するために使われる場合があるが、この場合には吸収速度や量、薬効の持続時間などの薬物動態の比較が含まれる。

Comparabilityと Bioequivalenceは、どちらも「ある製品が別の製品と同等に働く」ことを証明するフレームワークであるが、その目的・対象・評価項目・適用領域が大きく異なっている。

まずは、Bioequivalenceの定義・目的、対象、評価項目、アプローチ、規制ガイドラインなどについて調べてみよう。

Bioequivalence

  • 定義・目的
    • 低分子医薬品のジェネリック(後発品)が先発品と薬物動態パラメータ(AUC, Cmax など)の統計的同等性を示し、同等の治療効果を保証する
  • 対象
    • 低分子医薬品の先発品 vs. ジェネリック(後発品)
    • 低分子医薬品の含量や剤形などの異なる製剤間の同等性
  • 評価項目
  • アプローチ
    • クロスオーバーでPKを直接比較し、統計的に同等性を判定
  • 規制ガイドライン
    • ICH M9(生物学的同等性ガイドライン)
    • 厚生労働省規制に基づく「生物学的同等性ガイドライン」

では、Comparabilityの定義・目的、対象、評価項目、アプローチ、規制ガイドラインなどはどうなっているだろうか。

Comparability

  • 定義・目的
    • 主にバイオ医薬品のライフサイクル管理において、製造プロセス変更やスケールアップ後に「同一製品の品質・機能・安全性・臨床効果が維持されているか」を評価する
  • 対象
    • 同一のバイオ医薬品(抗体医薬品など)の製造プロセス変更前後ロットなど
  • 評価項目
  • アプローチ
    • リスクベースド手法で重要品質特性(CQA)を特定し、分析的・機能的、非臨床、臨床へ段階的にブリッジングして同等性を保証する
  • 規制ガイドライン
    • ICH Q5E
    • EMA/FDAの生物医薬品比較可能性ガイダンス

以上をまとめると、Bioequivalence は、異なる製剤同士の薬物動態を主に比較して治療的同等性を証明する手法である。

一方、Comparability は製造プロセス変更による同一製品の品質特性・機能・安全性を包括的に保証する枠組みであると言えそうである。


Comparabilityが目指す4つの同等性

Comparabilityの目指すところは、製造プロセス変更やスケールアップ後も、すべての重要品質特性(CQA;Critical Quality Attribute)が維持され、「等しく安全で有効に働く」ことを保証することである。

そして、Comparabilityは下記のような4つの同等性を統合的に評価することで、「全ての重要品質特性(CQA)が同等に保たれている」ことを保証できるという考えに立っている。

したがって、Comparability Exerciseとは、これら4つの同等性を段階的に検証する一連の試験設計・評価戦略並びにその実際の評価作業を指す用語と言ってよい。


分析的同等性(Analytical comparability)

分析的同等性(Analytical comparability)とは、次のような品質特性の同等性を指す。

  • 一次構造(アミノ酸配列)
  • 高次構造(フォールディング、二次構造、エピトープの露出)
  • ポスト翻訳修飾(糖鎖や酸化修飾など)

分析的同等性を示すためには、物理化学的性状、一次/高次構造、糖鎖プロファイルなどを網羅的に比較する必要がある。


生物学的活性同等性(Functional comparability)

生物学的活性同等性(Functional comparability)とは、次のような機能の同等性を指す。

  • 抗原結合能(Kd, Ka)
  • Effector機能(ADCC/CDCアッセイ)
  • シグナル伝達への影響

生物学的活性同等性を示すためには、抗原結合能、エフター機能(ADCC/CDC)、シグナル伝達阻害能などの生物活性を比較する必要がある。


安全性・免疫原性プロファイルの同等性

安全性・免疫原性プロファイルの同等性とは、次のような安全性における同等性を指す。

  • 免疫原性のリスク評価(抗薬物抗体生成)
  • 不純物・プロセス残留物の許容限界
  • 安全性マージンの定量化

臨床的同等性(Clinical Similarity)

臨床的同等性とは、次のような薬物動態/薬力学や臨床効果における同等性を指す。

  • PK/PDパラメータの比較
  • 臨床エンドポイントでの有効性・副作用プロファイル

臨床的同等性を示すには、PK/PD、免疫原性、臨床エンドポイントでの有効性および安全性を比較する必要がある。


Comparability Exercise

プロセス変更時のComparabilityとバイオシミラー開発のComparabilityには下表のような違いがある。順に説明していきたいと思う。

項目プロセス変更時のComparabilityバイオシミラー開発のComparability
比較対象変更前後の同一製品ロット参照品ロット vs 自社バイオシミラー製品ロット
同定リスク製造プロセス由来のマイナー変動製造プラットフォーム・原材料の違い
受容基準の設定自社内Historical Dataに基づく許容域参照品のバッチ間ばらつきを踏まえた統計的Equivalence margin
準拠すべき規制/GLICH Q5Eに準拠WHO/FDA/EMAのバイオシミラーガイダンスに準拠

製造プロセス変更時のComparability Exercise

製造プロセス変更時のComparability Exerciseにおける注意点は、「主要分析項目で数値が合致している」だけでは不十分であるということである。

製造プロセスの変更によって生じるかも知れない全てのリスク要因を洗い出し、必要最小限の追加試験を設計することこそがComparabilityの本質であると理解したい。

そうは言っても、製造プロセスを変更した際、特に着目すべきポイントとしては、次のようなものがある。

  • 細胞株変更やベクター設計の変更によるエピトープ露出変化
  • スケールアップによる培養環境(溶解酸素、剪断力など)への影響
  • 精製工程に使用する樹脂やバッファーの変更がもたらす不純物プロファイルへの影響
  • 製剤化や添加剤の変更によるプロセスの最適化が及ぼす安定性とバイオアベイラビリティへの影響

バイオシミラー開発時のComparability Exercise

バイオシミラー開発の核をなすのがComparability Exerciseである。これは単なる製造プロセス変更後の品質評価ではなく、参照品(オリジネーター製品)との「高度な同等性証明プロセス」として位置づけられている。

バイオシミラーの開発におけるComparability Exerciseとは、以下のような一連の試験設計・評価戦略を段階的に検証することである。

  1. 分析的比較(Analytical Similarity)
    • 物理化学的性状、一次/高次構造、糖鎖プロファイルなどを網羅的に比較
    • キャピラリー電気泳動(CE-SDS)、高分解能MS、HDX–MS などで異常シグナルがないか精査する
    • オリジネーター製品を複数ロット取得し、自社製品とのバッチ間ばらつきとを比較する
  2. 機能的比較(Functional Similarity)
    • 抗原結合能、エフター機能(ADCC/CDC)、シグナル伝達阻害能などの生物活性比較
    • CQA(重要品質特性)に関連する力価(結合親和性、生物活性値)でEquivalence marginを設定する
    • コントロール品/ポジティブコントロールを用いた交差比較をする
  3. 安全性・免疫原性プロファイルの同等性比較
    • in vitro毒性試験、免疫原性予測アッセイ
    • 場合によっては動物モデルでのPK/PDブリッジング
  4. 臨床的比較(Clinical Similarity)
    • PK/PD、免疫原性、臨床エンドポイントでの有効性・安全性比較
    • 単回投与PKクロスオーバー試験を実施
      • AUC、 Cmax の90%信頼区間が80–125%の範囲内
    • 免疫原性評価:抗薬物抗体(ADA)陽性率/抗体価の比較
    • 必要なら有効性エンドポイントの小規模試験を実施

ライフサイクル管理へのインパクト

  • 承認後変更管理にもComparabilityを適用
    • バイオシミラー承認後のプロセス最適化時、再度「自社 vs. 参照品」Comparabilityを実施する
  • 継続的CQAモニタリング
    • 品質モニタリングシステムに参照品データを組み込み、定期的にベンチマーキングを実施

まとめ

  • バイオシミラー開発でのComparabilityは、「製造プロセスの変更」ではなく「オリジネーター製品との同等性」を証明することである
  • 分析的→機能的→臨床的同等性を段階的にエビデンスとして構築していくことがバイオシミラー開発の核となる
  • 各国の規制当局のガイダンスの微妙なニュアンスを踏まえ、最適な試験デザインとAcceptance Criteriaを設定する
  • 承認後も比較可能性維持のための継続的ライフサイクル管理が必須である

リスクベースドアプローチ

規制当局が最も見たいのは「何をどこまで、どのように評価したのか」という網羅性と透明性である。単発の比較試験ではなく、製品ライフサイクルに沿った継続的なモニタリング計画が鍵を握っている。

したがって、規制当局が求めるリスクベースドアプローチとは、次のようなアプローチを含んでいる。

ICH Q5E では「製造プロセス変更後も同じ品質・安全性・有効性を維持できること」を重視している。

また、EMAFDA では「統計的に裏付けられた許容偏差設定」と「継続的ライフサイクル管理」を要求している。

変更管理システム(Change Control System)を活用し、変更前後のデータをリアルタイムでレビューして、承認を得ることを目指したい。

尚、変更管理システムとは、あるプロジェクトが目的とする成果を達成するために、計画から実行、評価までの全てのフェーズで行われる変更を統制し、追跡するためのシステムを指す用語である。 これにより、プロジェクトの進行中に起こり得る問題の早期発見と解決、スケジュールとコストの予測誤差の最小化、品質の継続的な向上が可能となる。 変更管理システムの主な機能は、変更の申請、承認、実行、追跡、評価のプロセスを管理することである。


あとがき

抗体医薬品開発におけるComparabilityとは、品質同等性を超えた、開発の羅針盤とも言える存在である。何故なら、抗体医薬品開発におけるComparabilityは、下記のような指針を示しているからである。

  • 分析的・機能的・安全性・臨床的同等性の多層的評価
  • プロセス変更に伴うリスク要因の根本的な解析
  • 最新分析技術による未検出リスクの低減
  • 規制要件に準拠

最新分析技術には下表のようなものが知られている。

技術比較可能性評価への貢献
HDX–MS/HX–MS抗体の高次構造動態をリアルタイムに可視化し、微小変化を検出
マルチオミクス解析タンパク質発現から糖鎖修飾、分泌経路まで一貫して網羅的評価
シングルセル解析一定バッチ内・細胞集団間の分泌挙動のばらつきを定量化
高分解能MS(糖鎖解析)希少な糖鎖パターンの検出で、従来のHPLCでは見逃されがちな差異を把握

これらの最新分析技術を組み合わせると、従来の分析法では同等と判断されていたロット間でも、実は分子的に異なるというケースまで浮き彫りにできるそうである。


【参考資料】

生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の製造工程の変更にともなう同等性/同質性評価
(原文)Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in their Manufacturing Process
Guideline on similar biological medicinal products(EMA)
Biosimilars Guidance Series(FDA)
Guidelines on evaluation of similar biotherapeutic products(WHO)

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