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抗体医薬品

抗体医薬品の製造と品質管理

抗体医薬品の製造

バイオ医薬品は生物を利用して生産される。多くの場合、遺伝子組換え技術によって人為的に作製された細胞を培養し、そこに発現させたタンパク質を高純度に精製することで製品化される。抗体医薬品では、下記のような一連の工程を経て製造されることが一般的である。

Step 1生産株の調製
Step 2セルバンクの構築
Step 3組換え細胞の生産培養
Step 4目的物質の単離精製
Step 5ウイルス不活化/除去
Step 6製剤化(添加剤混合)
Step 7濾過滅菌
Step 8バイアル分注/密栓
Step 9全数検査
Step 10ラベリング/梱包

薬剤によっては異なる方法で製造されることもあるが、上記の各工程について簡単に説明する 。


生産株の調製

抗体医薬品の製造は、創薬段階で開発された抗体の遺伝子を宿主細胞(親細胞)に組み込み、生産株を調製することから始まる。抗体の一種である免疫グロブリン G は、4 本のポリペプチド鎖から成る複雑な構造の巨大高分子であり、かつ糖鎖が付加した糖タンパク質であることから、通常、原核細胞ではなく動物細胞を含む真核細胞を宿主として用いる。なかでも、チャイニーズハムスター卵巣(Chinese hamster ovary:CHO)細胞は抗体医薬品の宿主としての利用実績が多く、デファクトスタンダードになっている。

長期にわたる生産を安定に行うために抗体の遺伝子は CHO 細胞の染色体に組み込まれる。現在はランダムインテグレーションが主流で、染色体上の挿入位置を制御できないことから、様々な位置に組み込まれた遺伝学的には均一でない複数のCHO 細胞が集団として作製される。挿入位置や挿入数の差により細胞の状態やタンパク質の発現量が変化し得るため、次のステップで集団をクローン化し、生産に適した良質の細胞を選別する。この段階で、接着培養から浮遊培養へ向けた細胞の浮遊化(無血清培地馴化)も進められる。これらの結果、安定生産株を特定することができる。

バイオ医薬品を生産する能力を有する細胞を細胞基材というが、医薬品の品質および安全性を保証するため,細胞基材はクローン化され遺伝学的に均一な状態であり、また外来性の微生物因子や他の細胞の混入がないことが求められる。


セルバンクの構築

細胞基材として樹立した生産株は、均質かつ十分量の出発原料を確保するためセルバンク化される。通常、マスターセルバンク(Master cell bankMCB)とワーキングセルバンク(Working cell bankWCB)の 2 段階のバンクシステムで運用される。例えば,安定生産株を増殖させて 200 本のバイアルに分注したものを MCB として凍結保存する。次いで、このうちの 1 本を融解して再び増殖させて 100本の WCB を構築した場合には、続く生産培養は、WCB の 1 本を融解することで始められるので、理論的には 20, 000 回のバッチ生産が同じ条件で繰り返し実施できることになる。実際は管理や試験のためのバイアルも必要となるが、これを除いても十分な数が用意できるので、セルバンクの構築により十数年にも及ぶ生産を同じ品質で安定的に継続することが可能になる。


組換え細胞の生産培養

生産培養は、ディッシュ培養、フラスコ培養、スピナー培養、ジャー培養、そしてタンク培養へと徐々にスケールアップして進む。最終的な本培養スケールが 1 万リットルであったとしても、数ミリリットルの種培養からの段階的な複数のステップが必要である。これは,細胞密度を常に適切な範囲内に管理することが細胞活動の恒常性を保つうえで重要であるからである。培地の供給形式としては流加培養あるいは灌流培養が主に採用されている。CHO 細胞の場合、播種に続く誘導期から対数増殖期を経て増殖が停滞するまで、約10 日間必要である。したがって、培養スケールを例えば 5 段階に設定した場合は、全工程を終えるのに 2 か月程度の期間が必要になる。この間、微生物等による汚染を防ぐために全ての操作を無菌的に取り扱わなければならない。

一般に、生産株の調製から生産培養までを総称してアップストリーム工程という。一方,細胞分離以降を総称してダウンストリーム工程という.


目的物質の単離精製

CHO 細胞を用いた培養では組換えタンパク質は分泌発現されるので、目的物質である抗体は細胞外に可溶性成分として蓄積されていく。近年の培養技術の革新により高濃度生産が可能になっており、抗体濃度は 1~10 g/L 程度にまで達することができる。培養終了後は細胞を含む固形成分を除去し、可溶性成分のみを分離する。この細胞分離/清澄化工程は、遠心分離法やデプスフィルターによる吸着ろ過法で行われる.

次いで,得られた除細胞液をクロマトグラフィー法で処理して抗体を単離精製する。細胞培養液には抗体以外の様々な夾雑物が共存しているが、不要な成分を確実に除去するために、原理の異なる 3 種のクロマトグラフィーを組み合わせることが一般的である。プロテインAアフィニティクロマトグラフィーは、細胞分離/清澄化工程の後のキャプチャー工程に用いられる。免疫グロブリン G の定常領域に対し特異的親和性を有するプロテインA をアフィニティリガンドとして用いることで、抗体のみをカラム上に捕捉し、結果として大半の不純物(製造工程由来不純物、目的物質由来不純物)を効果的に除去することができる。この時点で抗体純度 95% 以上を達成できる。アフィニティクロマトグラフィーは総液量を縮減すること(濃縮工程)も兼ねている。

続くイオン交換クロマトグラフィーや疎水性相互作用クロマトグラフィー等はポリッシング工程と呼ばれる。陰イオン交換クロマトグラフィーでは、抗体は素通りし、負に荷電した不純物がカラムに吸着する。DNA やエンドトキシンの除去にも有効である。陽イオン交換クロマトグラフィーでは抗体がカラムに吸着する。移動相溶液の条件(pH や塩濃度)を適切に調整することで、抗体由来の重合体や分解物、および前段のアフィニティクロマトグラフィーカラムからの漏出プロテインAを低減することができる。疎水性相互作用クロマトグラフィーは、カラムに担持した官能基と試料の間の疎水性相互作用が移動相の塩濃度に依存することを利用した分離方法で、残留宿主細胞由来タンパク質(host cell protein:HCP)などの除去に効果がある。


ウイルス不活化/除去

ウイルス不活化/除去工程はいずれかのクロマトグラフィーの前後で行われる。通常,プロテイン A アフィニティクロマトグラフィーでは酸性溶液を用いてカラムから抗体を溶出するので、溶出液をそのまま低 pH 処理に供してウイルス不活化工程とすることが多い。

一方、ウイルス除去工程はポリッシング工程の後に行われることが多い。ポア径が 20~100 nm の専用の限外ろ過フィルターを用いることで、抗体分子よりサイズの大きいウイルス粒子を除去できる。しかし、実際にウイルスを不活化したり除去したりしているわけではない。これらは事実上リスク管理のためだけに行われている。バイオ医薬品の実生産プラントでウイルスが検出されることは通常あり得ない。

しかし、ウイルスの生物学的機序を勘案すると、検出限界以下のウイルスが細胞に感染して何らかの原因で爆発的に増殖する可能性を完全に否定することはできない。そこで万が一、生産培養工程でウイルスが増殖し、更にそれを速やかに検知できなかったとしても医薬品の安全性を保証できるように、十分な能力のウイルス不活化工程とウイルス除去工程を細胞除去後の下流に備えている。このような多重の安全策によって高い信頼性を医薬品に与えている。


製剤化(添加剤混合)

製剤化工程に先立って有効成分を濃縮しておくこともある。この製剤化工程で「原薬」が完成する。抗体医薬品の場合、「原薬」を凍結して一時保存することもある。

製剤化工程では、まず原薬の濃度を一定に整える。その後、添加剤を混合し pH 等を調整する。すなわち、クロマトグラフィーによる精製の後は、限外ろ過膜による緩衝液の交換が行われる。

抗体医薬品の場合、ほとんどは水性注射剤あるいは用時溶解型の固形注射剤として製剤化される。したがって、抗体医薬品の添加剤は、安定化剤、溶解補助剤、界面活性剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤などとして機能することが意図されている。したがって、添加剤としては、糖、ポリソルベート、塩、アミノ酸などが利用されることが多い。


濾過滅菌

精密ろ過膜(0.2μm)による滅菌処理が行われる。


バイアル分注/密栓

濾過滅菌後、バイアルに充填し密栓される。尚、固形注射剤として製造する場合は、バイアル分注後に凍結乾燥する。


全数検査

抗体医薬品の注射剤は、血液循環に直接投与(静脈注射)又は皮下注射されるので、経口剤のように消化管での膜吸収による生体防御を経ることなく体内に取り込まれる。そのため体内で代謝されない異物が注射により直接体循環に入った場合は、体内から取り除くことは難しい。したがって、注射剤に異物が混入することを極力避けることが非常に重要である。注射剤の不溶性異物及び微粒子を検査する目的で、通常、全数検査が実施される。


ラベリング/梱包

最後にラベル貼付,梱包等を経て製品となって出荷される。


抗体医薬品の品質管理

バイオ医薬品の品質に関しては、ICHQ5A~E および Q6B 等で明文化されている。 どのような分析を行うかは、製造業者によって適切に設定されることが求められているが、各種ガイドラインで考慮すべき基本的事項が示されている。

バイオ医薬品の品質管理は、基本的には化学合成医薬品と同じであり、 原薬や製剤の品質分析、原材料や添加剤の品質分析、プロセス分析、製造環境のモニタリング等など多角的に遂行される。しかしながら、分子性状や製造工程が異なることから、試験の項目、用いる技術、判断の基準などは全く異なる。

バイオ医薬品の品質管理 に関するガイドラインでは、その特殊性に鑑み、 バイオ医薬品の構成成分を次の 6 つの概念に分類し,品質を管理することを基本としている。

目的物質
目的物質関連物質
製造工程由来不純物
目的物質由来不純物
添加剤
混入汚染物質

上記の中で、目的物質関連物質目的物質由来不純物はバイオ医薬品に特有の概念であり、正しい理解が必要である。また目的物質についても不均一な分子種の混合物であることを許容している点は化学合成医薬品と根本的に異なる。 つまり目的 物質が不均一な混合物であることを想定(前提に)しているバイオ医薬品に特有の項目であると言える。

バイオ医薬品は、生体による生合成過程を利用しているので分子構造上、不均一なものが産生される可能性が本質的に存在する。医薬品開発において、このような不均一性の存在は安全性と有効性の確保のうえで好ましいことではないが、バイオ医薬品では不可避の事象として認識されている。最新の分析技術を駆使しても、この不均一性を科学的に完全に記述することはできない。したがって、不均一性の恒常性を保証するには製造工程の同一性が必須であるというのが現在の共通認識である。


特性解析で行うことが推奨されている分析項目

バイオ医薬品の特性解析では、下記のような主成分の分析値に加えて、例えば、電気泳動パターンや液体クロマトグラフィーパターン等を明らかにし、分布状態を複数の評価軸のプロファイルとして記述することが求められている。

分析項目      分析対象
構造 アミノ酸組成、アミノ酸配列、N 末端および C 末端アミノ酸配列、スルフヒドリル基およびジスルフィド結合の数と位置、糖組成および主要な糖鎖の構造と結合位置など
物理化学的性質 分子量、分子サイズ、等電点、電気泳動パターン、液体クロマトグラフィーパターン、アイソフォームパターン、高次構造など
生物学的性質 動物もしくは培養細胞等を用いるバイオアッセイ、酵素の反応速度解析などの生化学試験、標的等との結合試験など
免疫化学的性質 精製抗原との結合試験、抗体が認識するエピトープ、抗原類似分子との交差反応性など
純度・物質量 力価測定、タンパク質量
純度 ・不純物 代表的な不純物:HCP や残留宿主細胞由来 DNA(それぞれppmオーダーおよび ppb オーダーに低減することが必要)
混入汚染物質 ウイルスによる汚染 など

安定性評価指針

バイオ医薬品は、温度変化、酸化、光、pH、イオン強度、せん断のような環境因子に敏感であるので、薬理活性を維持し、分解を抑制するためには適切な保存条件で保管しなければならない。

製造業者は、様々な分析手段を複合的に組み合わせて、医薬品の同一性、純度および力価(生物活性)の変化を総合的にとらえることができる安定性評価指針を定める必要がある。原則的に力価の測定はバイオ医薬品の安定性試験の重要な項目とすべきである。

力価の経時的変化に関する実保存温度/実保存期間の検討を適切な間隔で行い、その結果は、標準物質(又は公的標準品)を基準として検定された生物学的活性単位で報告する。

バイオ医薬品の安定性評価における純度試験は、分解物・変化物の測定に焦点を合わせ、分子レベルでの分解物・変化物についての個々の量と総量を可能な限り測定する。適切な物理的化学的手法を用いて、保存中の脱アミド化酸化加水分解凝集または断片化等による物質変化を的確に検出する。これに有用な分析方法の例としては、クロマトグラフ法質量分析法およびペプチドマッピングなどがある。


原料及び添加剤の品質管理

バイオ医薬品において特徴的な点は、その製造に生物起源由来の原材料の使用が不可避なことである。このような原材料に関しては、原薬および製剤の品質に影響を及ぼさぬよう、可能な限りその恒常的な同一性を確保する必要があるとともに、慎重な評価を行って有害な内在性感染性物質あるいは外来性感染性物質の有無を確認しなければならない。培養工程で使用する生物起源由来の原材料としては、細胞基材遺伝子発現構成体培地などがある。細胞基材についてはセルバンクの特性解析、純度試験および安定性評価を行う。精製工程で使用する生物起源由来の原材料としては、アフィニティクロマトグラフィーの担体に結合しているプロテイン A などがある。


混入汚染物質

ウイルスによる汚染の防止は、バイオ医薬品の製造において最も慎重に対処すべき管理項目の 1つである。ウイルス汚染を防ぐには、次の 3 つのアプローチが有効である。

1 つ目は、細胞株や培地成分等の原材料の適格性を試験することである。MCB については、内在性のウイルスによる汚染の有無を徹底的に検討する必要がある。WCB については、それ自体を対象に、または WCBを培養した CAL(実製造に使用する際の in vitro 細胞齢の上限またはそれを超えて培養された細胞のこと)の段階で、外来性ウイルスに関する試験を実施する。

2つ目は、製造工程の適切な段階で製品のウイルス試験を行うことである。培養工程を終了し、精製工程に入る前の生産物を未加工/未精製バルクと呼ぶが、この段階の試験は外来性ウイルスの汚染を高確率で検出するのに効果的である。

3つ目は、製造工程におけるウイルスの不活化/除去の能力を評価することである。ここで行われるウイルスクリアランス試験の目的は、ウイルス不活化や除去に有効であると想定される工程について評価すること、および各工程を通じてウイルスをどの程度減少できるか定量的に評価することにある。この目的を達成するには,実製造工程を忠実に模したパイロットプラントを用いて、精製工程前の適切な段階に、しかるべき量のウイルスを意図的に添加(スパイク)し、以降の工程を経る間に添加されたウイルスがどの程度除去また不活化されるかを明らかにする。


製造工程における工程管理

プロセス分析(工程内管理、工程内試験)は、製品や原材料の品質分析とともにバイオ医薬品の品質の確保において不可欠である。バイオ医薬品は、分子性状や製造工程の特殊性により、化学構造上あるいは高次構造上、不均一なものが生産される可能性が本質的に存在する。生じる不均一な分子をそれぞれ厳密に分析することは事実上不可能であるから、最終製品の試験のみでその品質を管理することは難しい。

したがって、「製造工程が常に同じであれば製品の品質も同じになる」という原理的視点に立脚し、プロセス分析によって製品の品質を保証することがバイオ医薬品では化学合成医薬品に比べてより重要となる。

承認申請前のプロセス分析の結果は、原薬や製剤の特性解析の結果と同様に、規格値/適否の判定基準を設定するための根拠となる。また、プロセス分析は、開発時のプロセス設計と最適化および実生産時のプロセス制御の基盤となり、品質のみならず生産効率の向上や製品の安定的な供給にも貢献する。


【参考資料】

熊 谷 泉、「抗体医薬とは」、化学と教育 68 巻 7 号(2020 年)286 – 289 
川嶋裕幸、抗体医薬品の生産技術、フ アル マ シ ア 、voI. 45 No. 7(2009) 683 – 687
北村 智、「抗体医薬品に求められ る新しい 品質設計と品質管理」、フ ア ル 7 シア、 vol. 48 No. 2(2012)114 – 118
石川智世至、「抗体医薬品の製剤設計」、薬剤学、 72 (5) (2012) 276 – 282