MCBとWCBは抗体医薬製造に不可欠!
モノクローナル抗体を産生する細胞は、その培養期間中、定期的に継代しなければならず、遺伝子変異、コンタミネーションまたは細胞分裂時の発現構築物の喪失が起こる可能性が高まる。そのため、抗体医薬を最適に作製するためには、できるだけ継代回数を少なくすることや、最初の高産生クローンを喪失または改変しないことが極めて重要となる。そこで、オリジナルの抗体産生細胞から作製し、複数のバイアルの中で低温保存したものがマスターセルバンク(MCB)と呼ばれる。
そして、MCBからワーキングセルバンク(WCB)を作製し、これを製造工程で使用することで、製造工程中に細胞株を継代または取り扱う合計回数をゼロにし、遺伝的変異および起こり得るコンタミネーションを防止することができる。
上述のような理由から恒常的に安定した抗体医薬品(バイオ医薬品)を製造するためには、マスターセルバンク(MCB)やワーキングセルバンク(WCB)の作製し、管理することが極めて重要である。
MCBとWCBの違いは?
マスターセルバンク(MCB)とは、単一の細胞プールからの分注液で、選択されたクローン細胞株から一定の方法で調製され、複数の適切な保存容器(バイアルなど)に分注し、一定の条件下で保存したものを言う。
一方、ワーキングセルバンク(WCB)とは、マスターセルバンクから一定の条件で培養して得られる均一な細胞懸濁液を、複数の適切な保存容器に分注し、一定の条件下で保存したものをいう。
マスターセルバンク(MCB)の作製
下記の工程が、モノクローナル抗体のマスターセルバンクの一般的な作製方法である。
Step | 作業内容 |
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Step 1 | 抗原の調整 |
Step 2 | 免疫 免疫動物に抗原を注射してB細胞に抗体を産生させる |
Step 3 | B細胞(抗体産生細胞)の分離 抗体を産生しているB細胞(一個だけ)を取り出す(分離) |
Step 4 | B細胞(抗体産生細胞)の培養 分離したB細胞を培養・増殖させる |
Step 5 | ハイブリドーマの作製 抗体を産生しているB細胞とミエローマ(不死化したがん細胞など) を人工的に融合させ,特定の抗体遺伝子を維持しながら半永久的に 生存できるハイブリドーマ(融合細胞)を作製する |
Step 6 | 一次スクリーニング(抗体遺伝子の取得) ハイブリドーマの中から結合親和性や特異性に優れた有用な モノクローナル抗体を産生する細胞を選択 |
Step 7 | 遺伝子クローニング(発現ベクターへの挿入) DNA(ヒト化抗体産生のためにはヒト抗体遺伝子)を組み込む |
Step 8 | 二次スクリーニング クローニングされたDNAを選択・分離 |
Step 9 | マスターセルバンクの作製・精製 CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞にDNA(遺伝子)を導入し、 培養後、精製する(生産効率の高い抗体産生細胞の取得) |
免疫動物に抗原を免疫してから,モノクローナル抗体を得るまでには通常4〜6ヶ月ぐらいかかります。
抗体医薬の一般的製造方法
下記の工程が抗体医薬品の一般的な製造方法である。
Step 1 | 種細胞培養工程 WCBから生産用種細胞を培養容器内の細胞培養培地中に 移植し、培養を開始する |
Step 2 | 生産培養工程 培養タンクへ移植し生産培養を行う。 |
Step 2-1 | 拡大培養 中スケールの培養タンクでの培養 |
Step 2-2 | 大量培養 大スケールの培養タンクでの大量かつ恒常的培養 |
Step 3 | 細胞分離(除細胞)工程 遠心分離機を用いて培養液から細胞を除去する。 さらにフィルターで細胞の破片などの除去も行う。 |
Step 4 | 精製工程(カラムクロマト工程) |
Step 4-1 | 抗体分離 カラムクロマトグラフィーを用いて、除細胞後の培養液中 から不純物(細胞由来タンパク質・DNA等)を除去し、 抗体の純度を高める。 |
Step 4-2 | 中間精製 凝集体等の除去 |
Step 4-3 | 最終精製 ウイルス等の除去 |
Step 5 | 脱塩・バッファー(緩衝液)交換 |
Step 6 | 製剤化工程 |
Step 7 | 滅菌ろ過工程 濃縮された溶液をフィルター(0.2 μm)でろ過する。 |
Step 8 | 製剤充填工程 無菌環境下でバイアルに充填し、ゴム栓で密封する。 冷蔵条件下で保管 |
Step 9 | 異物検査(全数検査) |
Step 10 | 包装 |
Step 11 | 保管・輸送 |
抗体の精製方法
抗体の精製工程で用いられる主な精製技術は下記のようなものである。
Protein A/Gを用いた精製
Protein A又はProtein Gは、IgGへの結合力に動物種やサブクラスにより違いがあるので、目的に応じて使い分ける必要がある。
抗原アフィニティ精製
アフィニティクロマトグラフィーで目的の抗体を取り出す。免疫したものと同じ抗原を固定したカラムを用いてアフィニティクロマトグラフィーを行い、抗原に結合する抗体だけを精製する方法である。
抗原アフィニティ精製は、Protein A/Gのアフィニティクロマトグラフィーに比べて抗原に結合する特異的抗体の回収率が高い方法であるが、回収できる抗体の絶対量は少なくなる。
酸性溶液中で失活する抗体の場合は、Protein A/Gを用いた精製や抗原アフィニティ精製ができないため、硫安沈殿(塩析)やイオン交換クロマトグラフィーなどで精製する。
イオン交換クロマトグラフィーを用いた精製
電気的な性質(電荷)でタンパク質を分ける方法である。タンパク質は全体として電荷をもっているので、正電荷を示す塩基性タンパク質は、負電荷をもつ担体(陽イオン交換体)に、負電荷を示す酸性タ ンパク質は、正電荷を持つ担体(陰イオン交換体)に結合する(イオン結合)。
試料をイオン交換体を詰めたカラムに結合させた後、溶媒の塩濃度を高くしていくとイオン結合が弱くなっていくので、結合力の弱いタンパク質から順に外れて流れ出てくる。このようにタンパク質が電荷によって分離される。
ゲルろ過クロマトグラフィーを用いた精製
分子量の違いによってタンパク質を分離する方法である。試料を小さな孔の開いている担体を詰めたカラムの上部に加えて流すと、分子量の小さいタンパク質はその孔に入り込みながら流れ、大きなタンパク質は孔に入らずにそのまま流れ落ちる。そのため、小さいタンパク質はカラムを通過する時間が遅く、大きいタンパク質は早くなる。結果的にタンパク質がその大きさで分離できる。
おわりに
抗体医薬の製造は、化学合成された有効成分の製造方法とは全く異なる。化成品における、いわゆる「製剤」に製造に相当する部分は、滅菌ろ過工程と製剤充填工程だけになる。したがって、抗体医薬品の製造を理解しようとするならば、「原薬」の製造工程に相当する「精製工程」を含む「抗体の製造工程」全般を学ぶ必要がある。