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抗体医薬

抗体医薬を理解するためにタンパク質の特性を学ぶ!

はじめに

抗体医薬はタンパク質で構成されているため、タンパク質の特性を理解することは、抗体医薬の特性を理解するための基本となると私は思っている。

タンパク質の一次構造(アミノ酸配列)、二次構造(α-ヘリックス、β-シートなど)、三次構造、四次構造は、抗体の機能に大きな影響を与えている。

したがって、タンパク質の機能を知ることで、抗体の標的分子への結合やシグナル伝達のメカニズムを理解するのに役立つはずである。

タンパク質の安定性は、抗体医薬の安定性や取り扱いにも関係する重要な要素であるはずだ。抗体医薬の開発や応用について深く理解するために、まずはタンパク質の特性から一緒に学んでいきましょう!

目次
はじめに
アミノ酸の種類
タンパク質の構造
一次構造
二次構造
三次構造
四次構造
タンパク質の構造安定化に寄与する相互作用
タンパク質の構造安定性
タンパク質固有の性質
分子量
等電点(isoelectric point)
タンパク質構造のドメインとモジュール
複合体の形成
細胞毒性
翻訳後修飾タンパク質修飾
リン酸化
アセチル化
ユビキチン化
グリコシル化(糖鎖付加)
細胞内局在化
あとがき

アミノ酸の種類

タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連結された高分子化合物(ポリペプチド)である。

アミノ酸は、側鎖の極性によって非極性側鎖アミノ酸極性無電化側鎖アミノ酸及び極性電荷側鎖アミノ酸の3種類に分類される(下表参照)。

名称略号側鎖の特徴
非極性側鎖
アミノ酸
グリシンGly (G)脂肪族
アラニンAla (A)脂肪族
バリンVal (V)脂肪族
ロイシンLeu (L)脂肪族
イソロイシンIle (I)脂肪族
メチオニンMet (M)脂肪族・硫黄原子
プロリンPro (P)イミノ酸
フェニルアラニンPhe (F)芳香環
トリプトファンTrp (W)芳香環
極性無電化側鎖
アミノ酸
セリンSer (S)水酸基
スレオニンThr (T)水酸基
アスパラギンAsn (N)アミド基
グルタミンGln (Q)アミド基
チロシンTyr (Y)解離性の水酸基をもつ芳香環
システィンCy (C)ジスルフィド結合(S-S)を形成
極性電荷側鎖
アミノ酸
リシンLys (K)アミノ基
(pKa: 10.54)
アルギニンArg (R)アミノ基
(pKa: 12.48)
ヒスチジンHis (H)イミダゾール基
(pKa: 6.04)
アスパラギン酸Asp (D)カルボキシル基
(pKa: 3.90)
グルタミン酸Glu (E)カルボキシル基
(pKa: 4.07)

上記のようなアミノ酸の分類は、ポリペプチド鎖が折りたたまれて天然の構造を形成する原理に基づいている。その原理というのは、疎水性の側鎖が水に触れないように移動し、親水性の側鎖を水和させようとする駆動力となる。

また、アミノ酸の特性は、物理化学的性質(極性、酸性、塩基性、芳香族性、分子量、コンフォーメーションの柔軟性、架橋性、水素結合能、化学反応性など)によって特徴づけらる。


タンパク質の構造

タンパク質は特定の三次元構造を形成することにより、その機能が発現する。

一次構造

タンパク質の全体構造は、主鎖のモノマー単位であるアミノ酸配列一次構造)により規定される。このアミノ酸配列は、タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列により直接決められており、これを一次構造と呼ぶ。

タンパク質がどのような高次構造に折りたたまれるかは、アミノ酸配列(一次構造)によって決まっている。

アミノ酸残基を化学結合させる共有結合のことをアミド結合と呼び、このアミド結合によってペプチド骨格が形成される。

また、システイン残基間の共有結合のことをジスルフィド架橋と呼ぶ。ジスルフィド架橋は、分泌タンパク質や細胞表面タンパク質の細胞外部分などで見られる結合である。


二次構造

ポリペプチド鎖は、アミノ酸が連続して規則的に形成するαへリックスβシート構造に代表される二次構造と呼ばれる構造をとる。


三次構造

二次構造のポリペプチド鎖が互いに結びつくことにより形成され、タンパク質としての機能を初めて有する三次構造を形成する。

通常は、αヘリックス又はβシートの二次構造が折りたたまれて三次構造を形成するが、二次構造をとらないループやターンも折りたたまれて三次構造を形成する場合もある。

ポリペプチド鎖がタンパク質として機能するためには生理学的条件下で三次構造を形成する必要があり、大半のタンパク質は球状になる。


四次構造

タンパク質は、幾つかの三次構造のポリペプチド鎖が会合することによって形成される四次構造によって特定の生物機能を発揮するようになる。


タンパク質の構造安定化に寄与する相互作用

タンパク質の構造安定化に寄与する相互作用は、ファンデルワールス力、水素結合、静電的相互作用などの非共有結合性の弱い相互作用である。

高次構造を形成するタンパク質構造には、このような弱い相互作用が数百から数千も存在すると言われている。


タンパク質の構造安定性

三次構造及び四次構造は、タンパク質とその周囲の溶媒間の相互作用と密接な関係がある。

タンパク質の機能は、その溶媒温度pHなどによって大きく影響を受ける。

水溶液中のタンパク質は、活性を持つフォールディングされた状態ネイティブ構造;天然状態)と不活性な変性状態との間での平衡を保っている。

ネイティブ構造のタンパク質の構造安定性は、熱力学第二法則ΔG = ΔH -TΔS)で記述される。

ΔG:系のギブズ自由エネルギー変化
∆ H:エンタルピー変化
∆ S:エントロピー変化

エンタルピー変化(∆ H)は、ポリペプチド鎖中の疎水性相互作用や水素結合などの変化に起因する変化である。

一方、エントロピー変化(∆ S)は、溶媒和と立体構造の自由度の変化に起因する変化である。

系のギブズ自由エネルギー変化(ΔG)が負の値であるとき、ネイティブ構造の方が変性状態よりも安定であることを意味し、∆ G がさらに小さな値(絶対値がより大きな値)をとればネイティブ構造の安定性がさらに増したことを意味する。

タンパク質を変性させるということは、この安定化に寄与している力を壊し、平衡状態を変化させることを意味する。

例えば、タンパク質溶液を高温にすると、立体構造の自由度が増大し(∆ Sの増大)、安定化に寄与している因子が弱められて熱変性が引きおこされる。この場合は、 -T∆ S 項がタンパク質の変性を支配することになる。

タンパク質の熱変性によるアンフォールディングΔHは示差走査カロリメトリー(DSC; Differential Scanning Calorimetry)を用いて直接的に測定することができる。

タンパク質の熱変性プロセスにおけるDSCカーブは、変性中点(Tm)と呼ばれる温度を挟んだ吸熱ピークとなり、そのピークを積分することでΔHが得られる。

一般的にTmは熱安定性の一つの指標であり、Tm が高い分子は低温側においてより安定であると言える。したがって、Tmが高いタンパク質分子は生理活性化条件においてより安定であると考えられている。

また、タンパク質が熱変性をおこす際の熱容量変化(ΔCp)も測定することができる。熱変性に付随しておこる熱容量変化は、主にタンパク質内部のアミノ酸側鎖が変性にともなって溶媒分子に露出して水和することに起因するとされている。 

タンパク質の安定性には、疎水性相互作用水素結合構造エントロピー∆ S)、pHイオン強度温度等の物理的環境に大きく関与しているとされる。

ΔHΔCpTmなどのパラメータを用いてこれらの要因を出来るだけ定量的に記述し、かつ、それをタンパク質医薬品の開発や品質評価の指標として応用することが抗体医薬品の品質の信頼性を高めることに繋がるとされる。


タンパク質固有の性質

分子量

分子量は、タンパク質の発現系精製法を選択する際に重要な基準となる。

例えば、100 kDaを超えるような大きな分子量のタンパク質の大量培養には大腸菌を使用することできない。

また、精製に使用するゲルろ過カラムクロマトグラフィーでは、タンパク質をその分子量や形状で分画するので分子量の大きさはカラムの担体を選択する上で重要となる。

さらに、タンパク質を検出するためのSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)の場合には、適切なゲル濃度を設定するのに目的のタンパク質の分子量を考慮する。


等電点isoelectric point

タンパク質は、多くの解離基及び極性基を持っており、pHによってその電荷状態は異なる。

正負の電荷の総和がゼロ(0)で、電気泳動的にプラス側にもマイナス側にも移動しないpH値のことを等電点という。

等電点は、タンパク質分子表面に存在する解離基および極性基の数や種類によって決まり、無塩状態や非常に低いイオン強度下では、タンパク質の種類によって固有の値を示す。

等電点は、タンパク質の安定性に非常に重要であり、緩衝液のpHの設定において指標となる値である。

等電点では、タンパク質の分子間の引力が最も大きくなるためにタンパク質の溶解度は最小になる。


タンパク質構造のドメインとモジュール

タンパク質の構造の最小単位ドメインという。大半のタンパク質は、ポリペプチド鎖がらせん構造を形成し、緻密な球状構造を示す。

分子量が、約2万以下のタンパク質では平均分子径が20 – 30Åの単一の球状構造(ドメイン)を形成することが知られている。

ドメインの多くは、溶液中で単独で安定な折りたたみ構造(球状)をとるだけでなく、原則、全長タンパク質本来の生化学的機能の一部を保持している。したがって、タンパク質全体の機能は、個々のドメインの特性の総和によって決定される。

2個以上のドメインが集まって形成される球状の構造をモジュールと呼ぶ。分子量が約2万以上のタンパク質ではモジュールを形成すると言われている。

モジュールはドメインの集合体であるから、構成しているドメインの特性によってモジュールの特性も決定され、それがタンパク質のモジュール特性となる。そしてこのモジュール特性を組み合わせることで改変タンパク質や変異体を作り出せる。


複合体の形成

大半のタンパク質は単独ではなく、複数のタンパク質が集合して複合体を形成し、機能的なタンパク質となる。この複合体には、多量体oligomer)と機能性複合体complex)の2種類が存在する。

多量体は、同一又は異なるポリペプチド鎖が複数会合することで形成される。一方、機能性複合体は、異なる機能を有する複数のタンパク質が集合して巨大な複合体となったものである。

多量体は、ポリペプチド鎖が多量体を形成することでタンパク質としての機能を発揮する。

多量体の例としてはヘモグロビンがある。ヘモグロビンは、2本のα鎖と2本のβ鎖からなるホモ二量体が2つ会合してヘテロ四量体となったものである。ヘモグロビンのような多量体の形成は、遺伝子の発現によって行われる。

このように複数の異なるポリペプチド鎖が会合して多量体となることで初めて一つのタンパク質の機能が発揮できるようになる。

一方、機能性複合体は、それを構成するタンパク質それぞれに機能が備わっている場合が多い。

機能性複合体の例としてはヒトRNAポリメラーゼⅡ複合体がある。ヒトRNAポリメラーゼⅡ複合体は、12個のタンパク質が会合した大きな複合体(500kDa以上)である。


細胞毒性

タンパク質の中には発現することで細胞自身の生存を著しく脅かすものがあり、このようなタンパク質の性質を細胞毒性と呼ぶ。

標的タンパク質が細胞毒性をもつ場合には、生産細胞への影響をできる限り緩和できる発現系を構築する必要がある。


翻訳後修飾(タンパク質修飾)

タンパク質の多くは共有結合性の翻訳後修飾を受けることが知られている。この翻訳後修飾によってタンパク質は広範囲の構造や機能を有することができるようになる。すなわち、翻訳後修飾はタンパク質の局在、活性や他のタンパク質との相互作用などに寄与するということである。

代表的な翻訳後修飾には、リン酸化、アセチル化、ユビキチン化、グリコシル化(糖鎖付加)などがある。

リン酸化

リン酸化は、タンパク質の共有結合性翻訳後修飾において最も広範にみられる化学修飾である。

セリン、スレオニンやチロシンといった水酸基をもつアミノ酸側鎖に可逆的に導入される。

タンパク質はキナーゼ(リン酸化酵素)の作用によってリン酸化され、ホスファターゼ(脱リン酸化酵素)によって脱リン酸化される。

アセチル化

アセチル化は、水酸基(-OH)やアミノ基(-NH2)などの水素原子をアセチル基(-COCH3)で置換する化学反応のことである。

タンパク質のアセチル化は、転写活性制御において重要な働きをしている。

転写活性化に働く補因子の多くがアセチル化酵素活性を持っており、逆に転写抑制に働く補因子の多くは脱アセチル化酵素活性を有している。

ユビキチン化

ユビキチン化は、ユビキチンリガーゼなどの働きによりユビキチンタンパク質がイソペプチド結合で基質タンパク質に付加される反応のことをいう。

ユビキチン自身もさらにイソペプチド結合により重合し,ポリユビキチン鎖を形成する。

ポリユビキチン修飾されたタンパク質は、プロテアソームにより認識されタンパク質分解を受ける。

ユビキチン化は、フォールディングが異常なタンパク質(ミスフォールドタンパク質)や不要になったタンパク質を細胞から除去するためにも重要な役割を持っている。

さらに、ユビキチン化がタンパク質分解以外にも、エンドサイトーシス、DNA修復、翻訳調節、シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わることが明らかにされている。

グリコシル化糖鎖付加

グリコシル化 (Glycosylation)は、タンパク質へ糖鎖を付加させる反応のことである。したがって、糖鎖付加ともいう。

この酵素反応は、細胞膜の合成やタンパク質分泌における翻訳後修飾の重要な過程の一つである。

真核細胞が分泌するタンパク質や膜結合タンパク質のほとんどはグリコシル化される。

グリコシル化にはN-結合型グリコシル化O-結合型グリコシル化の二つがある。

N-結合型グリコシル化は、アスパラギン側鎖のアミド基のN原子への糖鎖付加のことである。一方、O-結合型グリコシル化は、セリン側鎖又はトレオニン側鎖の水酸基のO原子への糖鎖付加のことを指す。


細胞内局在化

タンパク質が正確に機能するためには細胞内の特定の場所に配置されなければならないが、これをタンパク質の細胞内局在化と呼ぶ。

タンパク質の細胞内局在化は、①タンパク質自体のアミノ酸配列、②各種の翻訳後修飾、③足場タンパク質の3つの方法によって達成される。

核、小胞体、ゴルジ体などへの局在化は、タンパク質のアミノ酸配列にコードされている特定の局在化シグナルによって達成されるという。

タンパク質の局在と機能は密接に関係している。もし、標的タンパク質を発現させた際に正確な細胞内局在化ができなければタンパク質の正しい機能が発現することはない。


あとがき

バイオ医薬品の設計および製剤化においては、タンパク質の安定性、つまり機能を保持したままの安定なタンパク質の開発、製造、保存(流通)が重要な課題となる。

それには、タンパク質がどのようにして活性状態が安定的に維持されるのかを理解しなければならない。

タンパク質の機能を決定づける三次構造及び四次構造が、そのタンパク質とその周囲の溶媒間の相互作用、特に溶媒の種類やpHなどによって大きく影響を受ける。そのことを私たち学ばなければならない。

タンパク質の安定性を評価することは、非常に重要であることも理解できた。タンパク質の安定性の評価には通常、示差走査カロリメトリー(Differential Scanning Calorimetry;DSC)が使用される。DSCでは、温度を一定速度で上昇/下降させた時にタンパク質が転移又は変性した時の熱変化を測定できるからである。

さらに、DSC はタンパク質液体製剤の安定性を予測するための有効な手段となる。

賦形剤、防腐剤あるいはその他の添加剤の条件によって、製剤中のタンパク質分子は安定化又は不安定化する。

安定化に寄与する添加剤は、そのタンパク質の Tm を高温側へとシフトさせる。一方、不安定化させる添加剤は、タンパク質の Tm を低温側へシフトさせる。

したがって、異なる溶液処方や添加剤の種類を変えてDSC 測定を実施すれば、添加剤の選択や製剤処方の最適化検討に役立つ評価方法となり得る。

このようにタンパク質の特性やその評価方法を学ぶことは、抗体医薬について学ぶための第一歩となり得ると私は思う。