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核酸医薬

核酸医薬「アプタマー」への期待

私は、「次世代抗体」について学んでいるなかで、「抗体医薬」はない「核酸医薬」こそが日本が取り組むべき課題ではないかと思うようになり、中でも日本の強みは「アプタマー」を用いた医薬品開発ではないかと思い始めている。

アプタマーは、抗体医薬の核酸版ともいえる存在である。アプタマーは製造コストをはじめいくつかの点で、抗体医薬にまさる特長を持っている。

抗体医薬が免疫細胞から選び出されて製造されるが、核酸医薬は、セレックス(systematic evolution of ligands by exponential enrichment; SELEX)法のような進化工学の手法により多様な配列を備えた核酸のライブラリーから選び出される。配列の情報さえ分かれば、化学合成は容易である。


アプタマーの特徴

RNAアプタマーは、タンパク質などの標的分子に対して抗体のような高い親和性と高い特異性を有するRNA分子で、化学合成で大量合成が可能で改良も容易であるといった抗体にはない特徴を持っている。

さらにアプタマーの特徴は、標的とするタンパク質の形状にフィットする立体構造を形成してその活性を調節すること(=形状捕捉)である。RNAは、生物の体内ではDNA上の遺伝情報の配列のコピーとしてタンパク質の合成の鋳型となるが、それ以外に「様々な立体構造を形成する」という重要な特性を有している。

この造形力を利用して、標的となるタンパク質に結合してその働きを阻害あるいは調節できるRNA分子(アプタマー)を創製し、医薬品として開発したものが「アプタマー医薬」である。

しかしながら、 RNAが負の静電気を帯びているため正の静電気を帯びたタンパク質しか標的にしにくいこと、また、タンパク質とRNAアプタマーの複合体の立体構造がほとんど解明されておらず、その作用機構が不明であることなどの課題も残されている。

したがって、正の静電気をあまり帯びないタンパク質と強く結合するRNAアプタマーを開発し、その作用機構を明らかにすることができれば、新しいRNAアプタマーをデザインし、その機能をコントロールすることができると期待されている。


アプタマー医薬と抗体医薬の比較


標的タンパク質に対する結合力

薬効を及ぼす生体内の標的(疾患関連タンパク質など)に対してどの程度強く結合するかを示す指標としては、解離定数(Kd:dissociation constant)が用いられる。この解離定数は数値が低いほど、結合力が強いことを意味する。

平均的な抗体の結合力は、Kd値がnM(10-9M)レベルで、それ以上強い抗体を作ることは容易ではない。一方、平均的なアプタマーのKd値はnM以下で、pM(ピコモラー,10-12M)のアプタマー、つまり抗体の1,000倍強い結合力を持つアプタマーの作製が可能である。

また、強い結合力は、標的タンパク質を速やかに捕捉し、結合したら離れにくいという性質となるため、アプタマーは高い阻害効果を持つと期待される。


創薬ターゲットの種類

抗体は、創薬ターゲット(抗原タンパク質)を動物に投与して作製する。そのため、抗原の種類によっては取得が困難,あるいは不可能なものもある。例えば、精製が難しいタンパク質やヒトと動物とで違いが少ないタンパク質などである。

一方、アプタマーは、動物は使わずに試験管の中の操作のみで作製するので、細胞表面に提示された状態の創薬タンパク質を標的として利用したり、ヒトと動物とで違いが少ないタンパク質に対しても創製することが可能である。

とにかく、創薬ターゲットの種類が非常に多様である。さらに、創薬ターゲットに結合してその作用を阻害するアプタマーだけでなく、抗体では難しいとされる受容体に直接作用するアゴニスト・アプタマー(受容体作動薬)や細胞内に他の医薬品を運搬するためのDDSとして利用可能なアプタマー等を創製することが可能である。


製造

抗体医薬は製造規模の大小を問わず、現在の科学技術では化学合成による製造はできない。抗体医薬は細胞培養による生物製剤のため、製造方法が一旦確立すると、細胞培養等の工程を含むために、製造方法の変更や製造コストの低減は容易ではない。

商品化された場合には、通常、大規模な細胞培養設備によって製造する。また、開発段階で数度にわたるスケールアップを要し、それに対応する設備のために多額の資金が必要となる。加えて、製造条件の変更に伴う品質の確認作業(比較試験)も複雑になる。

一方、アプタマー医薬は、商品化後も、比較的小規模な製造設備での化学合成による製造が可能であり、同一の設備を他の核酸医薬品の合成のために使用できる。そのため、アプタマー医薬では設備投資も製造管理(スケールアップを含む)も容易であるといえる。

将来的には、製造施設や原材料を共用できるアンチセンス、siRNAやmicroRNAなど他の核酸医薬の発展に伴い、核酸医薬全体での製造スケールの拡大が見込まれることから、スケールメリットに加えて合成用機器や合成方法の技術革新による製造コストの低減が期待される。


抗原性/免疫排除

抗体は生物由来のものを成分とする生物製剤のため、ヒトに投与した場合に抗原性を示すことがある。抗体を排除するための中和抗体が生体内で作られた結果、効果が減弱するということになる。したがって、継続使用において免疫的な排除を受けるリスクがある。

一方、アプタマーは合成医薬品であるため、ヒトで抗原性を示すことはほとんどなく、生物製剤でないために中和抗体ができるというリスクが低くなっている。


製剤の可逆性・安定性

抗体の組成はタンパク質であるため、熱等の要因によって、不可逆的な(元に戻らない)変性を受けやすく品質確保には特別な注意が必要である。

一方、アプタマーの組成はRNAであり、分解酵素のない環境下では安定している。また熱などによって立体構造が変化してもその変性は可逆的(元に戻る)であり、100℃以下では速やかに元の形に復帰し、活性を回復する。そのため、アプタマー医薬は製剤化や流通・保管が抗体医薬に比べて容易であると考えられている。


体内動態(長時間作用)

抗体は、特別な加工を施さなくても血中で分解されにくく、分子量が大きいため腎臓からの排泄も受けにくい性質があるため血中に長く滞留することができる。

一方、アプタマーは、未加工の状態では、血中で核酸分解酵素による消化を受けやすく、中サイズの分子量で水との親和性も高いために腎臓からの排泄を受けやすい性質がある。そのためアプタマーは,化学的な修飾を施して酵素による消化を防ぎ、ポリエチレングリコール(PEG)のような高分子化合物を結合するなどの加工が必要である。逆にこうした加工方法を工夫することで血中滞留時間を調節できるという利点もある。


短期作用性

医薬の中には、長時間体内に滞留することが副作用の原因となる場合がある。特に、抗体は一旦ヒトに投与すれば、途中でその薬効を止める手だてがない。

一方、アプタマーは、その相補配列を持つ一本鎖核酸をアプタマーに対する中和剤として投与して、薬効を速やかに消失させることが可能である。また、体内での滞留時間が比較的短いという特徴を生かして、短期に作用する医薬の開発が可能である。さらに、加工の方法により、目的と効果に応じた体内動態の医薬を開発することも可能である。


加工・化学修飾

抗体は生物製剤であるため、品質や薬効を向上させるための化学的な加工・修飾が容易ではない。近年、複数の抗原タンパク質に作用するbi-specificな抗体や抗体に低分子の薬剤を結合されたantibody drug conjugate (ADC)開発のための技術開発が行われているが、容易ではない。

一方、アプタマーは化学合成によって製造するため、低分子医薬品と同じように様々な化学的な加工・修飾が可能で、品質や薬効の向上のみならず、作用時間の延長や副作用等の回避の手段を講じることができる。抗体と同様な加工・化学修飾はアプタマーでも可能で、化学合成品という特徴を生かして、抗体に比較して比較的容易にbi-specificなアプタマー医薬やADCアプタマー医薬を創製することができる。


創薬プラットフォーム

創薬手法の観点からみると、現在の医薬は、低分子医薬、抗体医薬、ワクチン及び核酸医薬の4本柱から成る。この4本柱の内、低分子医薬を対象とした日本の創薬力は欧米と同等のレベルまで達しているが、抗体やワクチンの開発は大きく遅れていると言わざるを得ない。

核酸医薬も日本で創製され、日本発の核酸医薬としてヒトでの臨床試験のステージに入っているものには、NF-κBデコイオリゴ、NS-065/NCNP-01(エクソンスキッピング・アンチセンス)、DS-5141b(エクソンスキッピング・アンチセンス)、ND-L02-s0201(siRNA)などがあるが、既にPhaseⅡやPhase Ⅲに入っている多くの開発品を有する欧米と比べるとかなり遅れていると言わざるを得ない。

このような状況下で、唯一、アプタマー医薬については、若干の遅れはあっても、大きな差はまだついていないのではなかろうか。アプタマー医薬は、抗体医薬の後継になる可能性を秘めている。アプタマー医薬は、近年活発に研究されているペプチド医薬と共にタンパク質・タンパク質相互作用(protein-protein interaction;PPI)に対する阻害剤の開発にも有望であると期待している。