カテゴリー
DDS Pharmaceutical Technology

浸透圧ポンプ(OROS)で製剤開発された経口投与型DDSの市販製剤

はじめに

Alza社がOROSOsmotic-controlled Release Oral delivery System)技術を実装した医薬品を初めて米国で発売したのは1974年のことである。この技術は、薬物を一定の速度で体内に放出することを可能にした画期的な経口用DDSDrug Delivery System;薬物送達システム)として登場した。「浸透圧制御放出経口送達システム」と和訳できるが、通常はそのままOROSと呼ばれる。

OROSは、薬剤を含有する錠剤(核錠)を水に不溶性の半透膜(酢酸セルロース)でコーティングし、半透膜には1つまたは複数の細孔を設けた構造をしている。

OROSを服用すると、胃腸管内で水分が半透膜を介して錠剤内部(核錠)に浸透し、錠剤内部を溶解させ、発生する浸透圧を利用して半透膜に設けられた細孔(開口部)から薬剤を徐々に放出させるシステムである。

OROSは、Alza社の登録商標であり、GITSGastric-Intenstinal Therapuetic System)と称されることもある。

OROSは、長期間にわたるゼロ次オーダーの薬物送達を可能にし、体内薬物動態が予測可能になるなどの利点の他に、胃腸管内のpH、食物摂取や消化管の運動性など異なる腸内環境の要因による影響を受けにくいという大きな利点があった。

OROSの欠点としては、比較的複雑な構造をしているため、製造がやや難しく、特別な製造ラインが必要になり、高い製造コストと、不溶性半透膜を使用しているので閉塞を引き起こす可能性が指摘されていた。また、刺激性薬物(例:インドメタシン)の場合には、長時間放出により、胃腸管への刺激により穿孔が生ずることがあり、製剤開発が中止になるケースもあった。

しかしながら、OROSは実に高度な放出制御型のDDSであり、経口用DDS開発における大きな金字塔を打ち立てた素晴らしい技術であったと思う。

本稿は、OROS技術を用いて製剤開発された医薬品にはどのような製品があったかを調べた結果を記事にしたものである。残念ながら日本市場へのOROS医薬品の導入は1製品のみであり、大半は欧米市場であった。


<目次>
はじめに
基本的浸透圧ポンプ型OROS
プッシュプル浸透圧ポンプ型OROS
プッシュスティック浸透圧ポンプ型OROS
あとがき

基本的浸透圧ポンプ型OROS

Elementary Osmotic Pump (EOP) と呼ばれる基本的浸透圧ポンプは、1974年にAlza社が開発した初期のOROSで、核錠が単相の浸透圧ポンプの実装例であった。

1980年代初頭に製剤開発された製品にOsmosin (インドメタシン;SmithKline) と Acutrim (フェニルプロパノールアミン; American Home Products) がある。

Osmosinは、関節炎やリウマチなどの炎症性疾患に対する治療薬として開発されたが、残念ながら予想外の重大な副作用(胃潰瘍や出血)が報告され、関連した死亡事故が少なくとも100件以上発生したために発売中止となった。原因は、深刻な消化管刺激の問題と消化管穿孔の症例が発生したためであり、使用する薬剤によっては安全性に問題が生じることが明らかとなった[1]。

一方、Acutrimは、食欲抑制剤として肥満や高血圧などの症状に対する治療薬として使用されたが、1989年にAcutrimの服用によって心臓弁膜症や肺高血圧症などの重大な副作用が報告されたため、同年にアメリカでの販売が中止された。

OsmosinAcutrimの事例から、使用する薬剤とOROSには相性があるということである。残念ながらインドメタシンとフェニルプロパノールアミンはOROSには向かない薬剤であった。


プッシュプル浸透圧ポンプ型OROS

基本的浸透圧ポンプ、すなわちEOPは、比較的単純な設計であり、難溶性薬剤を送達できないという制限があった。そのため、水を吸収して膨張する材料 (膨潤性ポリマー)で構成される「プッシュ層」を組み込んだ二層錠の核錠を半透膜で覆ったOROSが1982年に開発された。名付けて「プッシュプル浸透圧ポンプ (Push-Pull Osmotic Pump; PPOP) 」と呼ばれた[2]。

このPPOPのOROSでは、粘性ポリマーで形成された薬物層がプッシュ層によって細孔から押し出されることになるので、難溶性薬剤であっても薬物放出が達成できるようになった[2]。

浸透圧を上げるため(水が浸透しやすくさせるため)に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、あるいはキシリトールなどの浸透剤を薬物層とプッシュ層の両方に添加するなどの製剤学的工夫も同時になされた[2]。

このプッシュプル浸透圧ポンプ製剤で、最初に市場に導入された医薬品には、Procardia XL (ニフェジピン;Pfizer) とAdalat XL (ニフェジピン;Bayer) がある。両剤は、一日一回投与の高血圧症治療薬として開発され、Procardia XL は米国内で、Adalat XLは米国以外で販売された。

Procardia XL やAdalat XLのようなプッシュプル浸透圧ポンプ型OROSで製剤化され、市販された医薬品には下表のような製品が知られている。

低分子医薬(原薬)市販製品名適用症
nifedipine;
ニフェジピン
Procardia XL
Adalat XL
高血圧症
verapamil;
ベラパミル
Covera HS高血圧症
prazosin;
プラゾシン
Alpress LP
Minipress XL
高血圧症
doxazosin;
ドキサゾシン
Cardura XL高血圧症
isradipine;
イスラジピン
Dynacirc CR高血圧症
oxybutynin;
オキシブチニン
Ditropan XL;
Lyrinel XL
過活動膀胱
hydromorphone;
ハイドロモルフォン
Exalgo;
Jurnista
鎮痛
glipizide;
グリピジド
Glucotrol XL糖尿病
paliperidone;
パリペリドン
Invega統合失調症
pseudoephedrine;
プソイドエフェドリン
Sudafed 24再発性持続勃起症
carbamazepine;
カルバマゼピン
Tegretol XRてんかん発作
salbutamol;
サルブタモール
Volmax気管支喘息、COPD
pseudoephedrine/brompheniramine, pseudoephedrine/chlorpheniramine, pseudoephedrineEfidac 24覚醒;
再発性持続勃起症

プッシュスティック浸透圧ポンプ型OROS

OROS技術を使用した医薬品の中で、最もビジネス的に成功したと言われているOROS製剤の中に、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の治療に用いられている Concerta【コンサータ】がある。

Concertaは、メチルフェニデート塩酸塩(methylphenidate hydrocloride)を主成分とするOROS製剤で、一定の速度で薬物を体内に放出することが可能で、その効果は長時間持続する。

メチルフェニデートは、ドーパミン及びノルアドレナリンの再取り込みを阻害する。そのため前頭前皮質や線条体を刺激し、神経伝達物質の働きを増強することで、脳機能の一部の向上や覚醒効果を主な作用とする精神刺激薬であるが、生物学的半減期が短いために、毎日複数回服用する必要があった。

そこで、1日1回の服用で済む徐放性のメチルフェニデート製剤を開発するためには、OROS技術は理想的な候補となったようである。

ところが、プッシュプル浸透圧ポンプ(PPOP)型OROSが提供するゼロ次放出挙動の徐放化では、時間の経過とともにその有効性を維持できなかったという。その理由は、メチルフェニデートに対する急性耐性がわずか1日の間に形成されるからである。このことを支持するデータ(事実)として、ADHDの治療効果においてリタリンSR(1日1回投与製剤) がリタリンIR(1日2回投与製剤) に劣るということがある。徐放性製剤が期待どおりに機能しないという不可解な失敗から得られる仮説は、「十分な治療効果を得るためには、薬物送達の上昇パターンが必要」というものであった。

そこで、Alza社は、すぐに薬剤を放出して薬物血中濃度を急速に上昇させた後に、ゼロ次オーダーで薬剤を放出させるために、PPOP型OROSの錠剤表面に薬剤(メチルフェニデート)をオーバーコート(フィルムコーティング膜中に薬剤を含有させる方法)して製剤化したところ治療効果が改善された。

この臨床結果を基に、さらに改良されたのが、後に「プッシュスティック浸透圧ポンプ」(PSOP)と呼ばれるOROSである。このPSOPの製剤設計は、プッシュ層に加えて、異なる濃度のメチルフェニデートを含む2つの別個の薬物層を重ねたものである(下図参照)。

プッシュスティック浸透圧ポンプ型OROSで製剤開発されたコンサータの内部構造

このような製剤学的工夫によって薬物送達の上昇パターンが可能となり、1日1回の服用で十分な治療効果が得られるようになったという。

Concerta【コンサータ】は、1日1回服用型の徐放性のメチルフェニデート製剤として、ADHDの治療に供されている。

コンサータ錠は、唯一、日本市場にも導入されたOROS製剤でもある[3]。18mg錠、27mg錠、および36mg錠が製剤開発されており、日本で販売されている。含量(用量)が端数表示になっているのは、10%分の薬剤がOROS内に放出されずに残るからである。実際は、製剤(OROS)内には薬剤がそれぞれ20mg、30mg、40mgが含有されている。しかしながら、常に薬剤が同じ量だけ残るのであれば、品質管理・品質保証上は何ら問題はなく、レギュレーション上も問題はない。


あとがき

私がAlza社が開発したOROSと呼ばれる経口固形製剤用のDDS技術の詳細を知る機会を得たのは、薬科大学を卒業し、バイエル薬品で製剤技術者として働き始めて数年を経た頃であった。

当時ドイツ・レバークーゼン市にあったバイエル社の製剤技術研究所で技術研修のために1年余り働く機会を得た頃に、ちょうどAlza社開発のOROS技術をライセンスインして、当時バイエル社の主力製品であったニフェジピンの1日1回投与製剤を開発しようとする製剤開発プロジェクトが浮上していた。

OROS技術というのは当時のDDSの先駆的存在であり、私たち製剤技術者のモチベーションを高揚させる存在でもあった。OROSに関する記事を書くことで、およそ40年前のことが昨日のことのように思い出され、しばし感慨にふけってしまった。


【参考文献】
1Oral osmotically driven systems: 30 years of development and clinical use – ScienceDirect
2Osmotic-controlled release oral delivery system
3コンサータ錠の患者向医薬品ガイド
800155_1179009G1022_1_00G.pdf (pmda.go.jp)