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Bioavailability 製剤技術

シクロデキストリンの機能を利用した医薬品の製剤化

はじめに

私がシクロデキストリン(CyD)を用いた包摂化合物について学ぶことになったのは、ドイツ・バイエル社の製剤研究所で社内研修を受けていた頃に、上釜兼人先生に直接お会いできる機会を得たことがきっかけであった。以来、上釜先生には何かと公私にわたってお世話になってきた。

上釜先生(当時は熊本大学薬学部教授)は、CyDの基本的な物性や包接機構の解明において先駆的な研究を行い、その知見を医薬品製剤の開発に応用することで、従来の難溶性薬物の問題解決や安定性向上に大きな影響を与えたことでよく知られている。上釜先生の研究は、CyDを利用した包接複合体のメカニズムを体系的に解明し、その結果、薬剤の結晶化防止、溶解性向上、そして生体内での薬物動態の調整など、様々な課題に対する新たな解決手段が確立される基盤となっている。

CyDを医薬品製剤に応用するための基礎研究や包接技術の確立、さらにはそれを用いた製剤や開発手法の普及において、上釜先生の業績は先駆的なものとして広く認識されている。もちろん、世界的なシクロデキストリン研究の流れの中で、他の多くの研究者とも連携しながら発展してきた分野であるが、特に日本においては上釜先生がこの分野のパイオニアとして頻繁に言及されるほどにその貢献は顕著であった。

医薬品の製剤開発の長い歴史において、CyD重要な役割を果たしてきた。CyDは、当初は難溶性薬物の溶解性改善や安定性向上のために利用され始めた。例えば、CyDの包接化機能を利用して、プロスタグランジンE2の包接化合物が注射剤や錠剤として実用化された。

その後もCyDは難溶性薬物の溶解性向上や安定性改善のために広く活用されており、抗真菌薬、抗炎症剤、抗ウイルス剤などにおいて、薬剤が均一に体内へ吸収されるように製剤設計に組み込まれている。こうした製剤ではCyDが、活性成分を包接することで固体状態での結晶化を防ぐとともに、パラマグネティックな性質や非特異的な相互作用による副作用低減にも寄与しているケースが報告されている。

そして、CyDの包接化技術により、薬物の揮発性防止や味・臭いの改善が可能になり、患者の服用アドヒアランスが向上したこともある。

CyDを利用した革新的な製剤としては、スガマデクスがある。この製剤は手術後の筋弛緩剤の効果を迅速に逆転させる薬剤として知られている。スガマデクスは、手術中に使用される神経筋ブロッカー(例:ロクロニウム、ベクロニウム)の効果を迅速に解除する薬剤で、γ‑シクロデキストリンの化学修飾を活かして筋弛緩状態からの回復を促進している。

最近では、CyDを利用した「分子ネックレス技術」が開発され、核酸やタンパク質薬物の安定性や細胞内透過性を改善するための研究が進められている。このように、CyDの医薬品製剤への応用は、科学技術の進歩と共に拡大し続けており、今後も新しい可能性が期待されている。

目次
はじめに
DDS及び製剤開発におけるCyDの応用
CyDの機能を利用した分子ネックレス技術
シクロデキストリンの誘導体とその用途
ヒドロキシプロピルシクロデキストリン(HP-CyD
メチル化シクロデキストリン
ソルホブチルエーテルシクロデキストリン
Sugammadex
CyDの機能を利用した難溶性薬物の製剤開発
製造プロセス開発
あとがき

DDS及び製剤開発におけるCyDの応用

シクロデキストリン(CyD)関連の科学技術はグローバル化しており、CyDをベースとした医薬品製剤の開発も進展している。

医薬的に有用なCyDは、親水性、疎水性、イオン性誘導体に分類される。これらのCyDは、多機能性と生体適合性を有し、包接複合体(Inclusion Complex)の形成やCyD/薬物複合体の形成を通じて、薬物分子の望ましくない特性を軽減することができる。

DDS及び医薬品製剤におけるCyDの現在の応用については、以下のようなエビデンスが知られている。

  • 親水性CyDは、難溶性薬物のバイオアベイラビリティの速度と程度を向上させる
  • 2-ヒドロキシプロピル-β-CyDなどの非晶質CyDは、保管中の薬物の多形転移および結晶化速度の抑制に有用である
  • 腸溶性CyD(例えばO-カルボキシメチル-O-エチル-β-CyD)を用いることで、遅延放出製剤を得ることができる
  • 疎水性CyDは、水溶性薬物の放出部位や放出時間プロファイルを改変し、治療効果を持続させるのに有用である
  • 分岐型CyDは、容器の疎水性表面への吸着やポリペプチドおよびタンパク質薬物の凝集を阻害するのに特に効果的である
  • 異なるCyDや医薬品添加剤を併用することで、より機能的な薬物キャリアとして機能し、効能を向上させ、副作用を軽減することができる
  • CyD/薬物複合体は、結腸へのDDSだけでなく、遺伝子送達を含む部位特異的な薬物放出システムの構築にも多用途な手段となる可能性がある

上記の知見に基づき、CyDの利点と限界を勘案することが、目標とする医薬品の製剤設計には必要となる。


CyDの機能を利用した分子ネックレス技術

分子ネックレス技術とは、シクロデキストリン(CyD)のような環状分子(ホスト分子)を、線状分子(例えば、適切なサイズのポリマーやダンベル状の分子)の軸に沿って糸通しし、まるでネックレスのビーズのように配列させた超分子アセンブリを作り出す技術である。

この技術では、CyDが持つ特徴的なホスト・ゲスト相互作用を利用する。具体的には、ゲスト分子(ポリマー鎖など)が持つ軸状の部分に対して、CyDが非共有結合的(主に疎水性相互作用や水素結合)に結合し、複数のCyD分子が順次スレッディングされる。その際、ゲスト分子の両端に大きな障害基(ストッパー)が存在すれば、CyDが外れにくい状態、すなわち分子ネックレスとして固定された状態となる。この構造は、単一のロタックス構造に留まらず、複数の環状分子が規則正しく連なっている点が特徴で、より複雑で機能性の高い構造体として応用が期待される。

このような分子ネックレス構造は、医薬品開発において、例えば以下のような点で応用が考えられている。

  • 溶解性・安定性の向上
    • 難溶性の薬物をCyDの内部に包摂させることで、薬物の溶解性や安定性を改善する
    • 分子ネックレス構造の場合、複数の環状分子が連なっているため、薬物の徐放(時間差での放出)やターゲット部位への効果的な送達が可能になる設計ができると期待
  • 機能性材料としての応用
    • 超分子アセンブリは、分子レベルで精密な構造が得られるため、DDSだけでなく、センサー素材やスマートマテリアル、ナノ機械など、さまざまな先端技術の素材としても注目される
  • 動的な応答性
    • 非共有結合により組み立てられた分子ネックレスは、環境の変化(pH、温度、イオン濃度など)に応じてその構造が部分的に解離するなどの可逆的な挙動を示すことがある
    • これを利用して刺激応答型の薬物放出システムの設計が検討されている

このように、分子ネックレス技術はCyDのホスト・ゲスト相互作用を巧みに利用して、線状分子上に複数の環状分子を配列することで、従来にない新しい超分子構造を作り出す方法であると言える。これにより、医薬品の製剤設計における性能向上(溶解性、安定性、ターゲットデリバリーなど)を目指す革新的なアプローチとして研究が進んでいる。

さらに、今後はこの技術を用いた具体的なDDSや、機能性ナノ材料の実用化など、複数の応用例が出てくることが期待される。


シクロデキストリンの誘導体とその用途

シクロデキストリンには自然型のα-、β-、γ-シクロデキストリンがあるが、これらは内部空洞のサイズが異なり、それぞれ包接できる化合物分子のサイズに特徴がある。

しかしながら、天然型は水溶性の低さや場合によっては毒性の懸念があるため、医薬品をはじめとする各種製剤での利用を促進するために、化学修飾を施した誘導体が広く利用されている。

化学修飾を施した誘導体は、元となるシクロデキストリンの包接能力を保持しながら、水溶性、毒性、安全性、さらには薬物との相互作用の調整という面でそれぞれ特徴的な改良が加えられている。その結果、難溶性薬物の製剤化、薬物動態の改善、治療効果の向上を実現し、医薬品開発において非常に重要な役割を果たしている。

また、医薬品に限らず食品、化粧品、農薬など幅広い分野で応用されていることからも、その多様性と応用可能性の高さを示していると言えよう。


ヒドロキシプロピルシクロデキストリン

ヒドロキシプロピル化されたシクロデキストリンの代表例としては、ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリ(HP-CyD)が知られている。

HP-CyDの特性は、天然のβ-CyDに比べて水溶性が大幅に向上していることであり、体内での安全性(毒性)も低減されている。

HP-CyDの用途としては、難溶性薬物の溶解性改善、安定性の向上や味や臭いのマスキングなどに利用されている。経口投与製剤や注射剤、さらには点眼薬などの製剤化で使用されている。


メチル化シクロデキストリン

メチル化シクロデキストリンの代表例としては、ランダムメチル化β-シクロデキストリン(RAMEB)が知られている。

RAMEBの特性は、メチル基の導入により親油性が強化され、薬物との結合性や包接能力が変わるため、溶解性や透過性の調整に寄与することである。

RAMEBの用途としては、特に皮膚用製剤や局所送達システムなど、薬物の吸収促進や放出制御を目的とした応用に使用されている傾向が強い。


ソルホブチルエーテルシクロデキストリン

ソルホブチルエーテルシクロデキストリンの代表例としては、ソルホブチルエーテル-β-シクロデキストリン(SBE-β-CyD)が知られている。

SBE-β-CyDの特性は、ヒドロキシプロピル誘導体と同様に水溶性を改善しつつ、注射剤などパラenteral製剤で求められる安全性を確保するために化学修飾されたCyD誘導体であるということであろうか。

SBE-β-CyDの用途は、主に注射剤、点眼剤など、直接血中に入る製剤で用いられ、薬物の溶解性向上と安定化に寄与している。


Sugammadex

Sugammadexは、γ-CyDを基に、特定の神経筋ブロッカー分子(例:ロクロニウムやベクロニウム)と選択的かつ高い親和性で結合するよう化学修飾が施された修飾γ-CyD誘導体である。

その用途は、主に手術時の筋弛緩剤(神経筋ブロッカー)の逆転薬として利用され、迅速に薬剤の作用を中和することで患者の安全性向上に貢献している。


CyDの機能を利用した難溶性薬物の製剤開発

CyDを用いた難溶性薬物の製剤化の場合、NDAに向けたプロセスは、通常の医薬品申請プロセスに加え、CyDの複合体形成に関する特有の評価が求められる。

CyDと薬物の相互作用、つまり複合体形成や溶解性の向上について、物性評価(相互作用の強度、複合体の形成効率、解離挙動など )、安定性評価(温度、pH、湿度などの条件下での複合体の長期安定性)や 溶出試験(従来の製剤と比較した際の薬物の溶出速度や溶解挙動の違いなど)を詳しく検討する必要がある。

また、CyD自体が既存の医薬品で実績(使用前例)のある場合もあるが、使用量が多い場合や製剤中での変化がある場合は、CyDを含む製剤の安全性を前臨床試験(動物実験や細胞実験など)で評価する必要がある。

製造プロセス開発

  • 製造方法の確立・最適化
    • CyDとの複合体を含む製剤の製造プロセスは、商用生産スケールでの再現性と均一性を確認する必要がある
    • 各製造工程でのプロセスパラメータを厳格に管理する
    • スケールアップ時のバッチ間変動を確認する
  • 品質管理と原料管理
    • 使用するCyDのグレード、純度、製造ロットごとの一貫性について詳細な仕様書を作成する
    • 最終製品は、外観、溶出性、含量均一性、微生物検査などの各試験項目で試験方法の確立とバリデーションが必要
  • 安定性試験
    • 長期安定性試験および加速安定性試験を実施し、製品の保存条件や有効期限を確定する
    • 特に複合体がどの条件で解離しやすいか、CyDと薬物がどのように挙動するかは重点的に評価する必要がある

あとがき

CyDを利用した製剤開発の場合、通常の製剤開発プロセスに加えて、CyDとの複合体の形成効率、安全性、安定性、及び製造プロセスの一貫性など、従来製剤との相違点に対して重点的な評価・データの整備が必要となる。

これらのデータを体系的にまとめた上で、当局とのコミュニケーションを図りながら申請書類を作成することが、スムーズなNDA承認取得に繋がると思う。


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