はじめに
医薬品や化粧品分野ではドラッグデリバリーキャリアとして、リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)は従来から注目されて来たが、最近では核酸医薬のためのドラッグデリバリーシステム(DDS)のキャリアとしてさらに注目度が高くなっているようである。
そして、リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)の製造方法に超臨界流体技術を組み合わせると、粒子径制御、残留溶媒低減やスケールアップといった技術課題を鮮やかに解決する流れが加速している。本稿では、それらの技術開発の現状と最新の展望について取り上げたいと思う。
<目次> はじめに リポソームおよび脂質ナノ粒子とは? 超臨界流体を利用するメリット 超臨界流体を用いたリポソーム調製法 SC-RPE法 SALF法 RESS法 DELOS法 SASM法 SE-SAS法 技術的課題と解決策 将来展望 あとがき |
リポソームおよび脂質ナノ粒子とは?
リポソーム
リポソームは、脂質二重層が中身と外側を隔てた球状をした小胞である。親水性または疎水性薬物のどちらの特性を有する薬物をも搭載することが可能で、必要があれば同時搭載も可能である。また、生体適合性に優れるため、古くから医薬用途、特にDDSのキャリアとして利用されることが多い。
脂質ナノ粒子(LNP)
脂質ナノ粒子(LNP)は、イオン化脂質やPEG修飾脂質をコアにしたナノ粒子である。mRNAワクチンで実用化されて以来、その安定性と細胞内送達能が脚光を浴びている。
いずれもその製造方法において、粒径均一性、残留有機溶媒やスケールアップが製剤技術のキーテーマになっている。
超臨界流体を利用するメリット
リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)の製造方法に超臨界流体技術を組み合わせるメリットとしては、以下のようなものが知られている。
- 溶媒フリーまたは残留溶媒ゼロ(低残留)
- 超臨界CO₂はグリーン溶媒として機能し、生成後の気相へ簡単に分離できる
- 減圧でSCFは完全気化
- 残留リスクをほぼゼロにできる
- マイルドプロセス
- 低温・短時間でリポソームを形成できる
- 熱やpHに敏感な生体分子でも変性リスクが低い
- 熱やせん断に敏感なmRNAやタンパク質も扱える
- 粒径・粒子径分布の制御
- 温度・圧力・膨張比のチューニングで粒子径をピコ〜数百ナノの幅をコントロールしやすい
- 結晶多形や非晶質化の自在設計
- 低粘度×高拡散性
- マストランスファーが飛躍的に向上
- 連続フローとの親和性
- マイクロリアクターやPATと組み合わせ、24時間365日の安定生産が実現可能となる
超臨界流体を用いたリポソーム調製法
リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)の製造方法に超臨界流体技術を組み合わせる代表的な超臨界流体(SCF)手法について、以下に詳しくみていくことにしよう。
SC-RPE法
Supercritical Reverse-Phase Evaporation(SC-RPE)法の原理は、有機相中で脂質膜を形成し、SCF CO₂導入下で水相をナノ微滴化した後、減圧と同時に超臨界状態が崩壊し、均一なリポソームを生成させるというものである。
SC-RPE法では、リポソームは次のような手順で製造される。
- フィスファチジルコリン等の脂質を有機溶媒に溶解
- 水相(生理食塩水+薬物)を混合攪拌
- 反応器へSC-CO₂導入(50–200 bar、35–45 °C)
- 減圧と同時に有機溶媒・CO₂を気化除去
- リポソーム水懸濁液を得て、余剰脂質を遠心除去
このSC-RPE法では、均一な粒子径(50~200 nm)を生成することができるほか、残留溶媒をほぼゼロにすることが可能である。
その反面、装置設計が複雑で、スケールアップの難度が高いという課題も残る。
SALF法
Supercritical Assisted Liposome Formation(SALF)法の原理は、脂質と水相を超臨界CO₂で飽和した状態にし、溶媒蒸発や界面張力の低減で自発的にリポソームを生成させるというものである。
SALF法では、リポソームは次のような手順で製造される。
- 水相+薬物をバッファ溶液で調製
- 脂質を粉末で添加し、超臨界CO₂雰囲気下で均一分散
- CO₂をパルス的に減圧・再加圧し、界面形成を繰り返す
- 最終減圧でリポソームを形成
このSALF法では、有機溶媒は不要で、大型リアクターでも連続運転が可能であるという長所がある反面、プロセスパラメータ(圧力サイクル)が複雑であるという短所も存在する。
RESS法
Rapid Expansion of Supercritical Solutions(RESS)法の原理は、薬物+キャリア(ポリマー・脂質)を超臨界相で完全溶解した後、ノズルから急減圧噴流させることで、過飽和状態にして瞬時にナノ粒子を析出させるというものである。
SALF法では、リポソームは次のような手順で製造される。
- 超臨界CO₂に薬物とキャリアを溶解させる
- 80~200 bar、40~60 °C
- 微細ノズルから大気中へ急速噴射させる
- サイクロンでナノ粒子を回収する
このRESS法では、粒子径を50~300 nmに制御可能であるほか溶媒フリーという長所がある反面、超臨界CO₂中の溶解度が低い薬物には適用できないという短所がある。
DELOS法
DELOS(Depressurization of an Expanded Liquid Organic Solution)とは、以下のような手順で製造されるリポソームの調製方法である。
- 脂質とAPI(有効成分)を有機溶媒に溶解
- 超臨界CO₂を加圧混合し、溶媒を膨張キャリア化
- 急減圧で超微滴→リポソーム化
この調製方法のメリットは、粒径50~200 nmの単分散リポソームを一気に生成することができ、残留溶媒も最小限にできる点である。
このDELOS法を改良し、PEG化脂質・イオン化脂質を一括スプレーして、mRNAワクチンを含有するLNPのSCF製法が実用化されている。粒子径約80 nm(PDI<0.1)を達成し、従来法であるエタノール希釈法に匹敵する送達性能が実証されている。
SASM法
SASM (Supercritical Anti-Solvent with Micronization)法の原理は、薬物とキャリアを有機溶媒に溶解し、超臨界CO₂を反溶媒として高速混合させ、溶媒が溶解度限界を超えるとナノ粒子が析出してくるというものである。
SASM法では、リポソームは以下のような手順で製造される。
- 薬物・ポリマーを適切溶媒に溶解
- 超臨界CO₂を逆溶媒として反応器内で同時に噴霧
- 溶媒だけ超臨界CO₂中に拡散し、ナノ粒子を析出させて回収
- 後処理でリポソームを生成
- 残留溶媒は減圧後に完全除去
この調製方法のメリットは、幅広い薬物や高分子を対象にでき、粒度分布が狭い点である。また、コア充填型LNPの微粒子化→膨潤→細胞内リリース制御が容易な点である。しかしながら、共溶媒量と噴霧条件の最適化が必要である。
SASM法でポリマー包埋後、SCF脱溶媒→膨潤させて調製した抗がん剤内包リポソームは、腫瘍部位でのpH応答放出を50%向上させることが知られている。
SE-SAS法
SE-SAS(Solution-Enhanced Dispersion by Supercritical Fluids)法とは、DELOS法とSASM法を組み合わせたハイブリッド製法のことである。
超臨界流体(SCF)が溶媒分配も担いながら、リポソームシェルを同時構築でき、1ステップで均一なPEG修飾LNPを生成することができる。
技術的課題と解決策
- 粒子径の制御
- 噴射圧力、ノズル径、温度勾配などの最適化
- 装置設計
- 高圧シール、温度均一性、ノズル配置など
- スケールアップ
- 大型高圧リアクタでの温度・圧力ムラ
- 多点温制御+リアルタイム粒径測定(DLS in-line)
- 連続流リアクター(マイクロチャンネル)への移行
- 大型高圧リアクタでの温度・圧力ムラ
- 品質管理のための最新分析技術の導入
- 粒度分布(DLS)
- 膜構造(Cryo-TEM)
- 残留CO₂
- 溶媒測定
- 製造コスト
- 高圧設備への投資負担
- 低圧SCF法(LPSS: Low-Pressure Supercritical Spray)やモジュール連結
- 高圧設備への投資負担
- 装置洗浄
- 脂質残渣のクリーニング
- 内部コーティング材採用+SCFクリーニングプロトコル
- 脂質残渣のクリーニング
将来展望
超臨界流体を用いたリポソームまたは脂質ナノ粒子の調製法は、残留溶媒フリー×高い粒子制御性を両立し、次世代ドラッグデリバリーシステム(DDS)を加速すると期待される。次世代DDSの具体的な取り組みとしては、以下のような試みが知られている。
- AI駆動プロセス最適化
- リアルタイムデータ解析による条件自動制御
- マルチフィジックスシミュレーションと機械学習で、リアルタイムに最適条件を自動探索
- ハイブリッドプロセス
- SCF+超音波/マイクロ波で更なる高速化・粒子均一化
- マイクロ流体連続製造ライン
- SCFスプレー→超音波せん断→温度制御が一体化したチップリアクター
- 量産性と再現性が飛躍的に向上
- 多機能デリバリーキャリア
- 表面修飾ナノポア/MOFと融合し、標的化・イメージング・治療を同時に叶えるトリプルモーダルLNP
- グリーン・サーキュラーエコノミー
- CO₂の完全回収リサイクルと超臨界水酸化を併用し、ラベルフリーで環境負荷ゼロの製造フローを確立
- グリーンSCFプラント
- CO₂リサイクルおよびエネルギー回生によるカーボンニュートラルを目指す
- ポイントオブケア製造
- 小型SCF装置で病院内調製し、個別化医療を実現
あとがき
リポソームや脂質ナノ粒子(LNP)を実装化した事例では、PEG化リポソームに抗がん剤を封入して、腫瘍部位集積性を向上させたり(がん分子標的療法)、レスポンシブリポソームを超臨界流体で形成して、安定性を確保する(mRNAワクチン搭載ナノキャリア)などが知られる時代が到来している。また、疎水性薬物をナノ粒子化し、経口投与でのバイオアベイラビリティを飛躍的に改善させたという事例もある。
このように医薬品分野で注目されるDDSキャリアとしてのリポソームや脂質ナノ粒子であるが、従来の溶媒系プロセスには残留溶媒・熱ダメージ・粒径分布のバラツキといった課題があった。そこで台頭してきたのが、超臨界流体(SCF)技術である。
SCF法は、次のようなメリットを持ち、特に大規模製造やGMP準拠の量産ラインにおいて優位性が高い。
- 有機溶媒低減/除去の簡便化
- 連続量産化
- 均一なナノ粒子制御
- 環境・安全性の向上
一方、設備投資や高圧技術の導入ハードルは従来法よりも大きいため、用途や製造規模に応じて使い分けが必要かも知れない。
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