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DDS 製剤技術

時限放出型製剤のフィージビリティスタディ(Feasibility Study)

時限放出型製剤を開発したい!

時限放出型製剤とは、予測性再現性を兼ね備えた薬物放出のラグタイムを実現させる経口投与システムのことで、製剤研究技術者の立場からも憧れのDDSの一つである。

腸溶性製剤も血中濃度にラグタイムをもたらすが、pHに基づく制御のみでは食事、病態、併用薬物(例えば、プロトンポンプ阻害薬;PPI)などの影響により個体変動差が大きく、「予測性と再現性を兼ね備えた」経口投与システムとは言えない。


時限放出型製剤を開発するメリットは何か? 

Jeffey C. Hall、Dr. Michael Rosbash、Dr. Michael W. Youngの3氏が「サーカディアンリズムを生み出す遺伝子とそのメカニズム」を発見した功績によりノーベル生理学・医学賞(2017年)を受賞した。「サーカディアンリズム(Circadian Rhythm;概日リズムまたは日周リズム)」という単語は、この頃から一般人にも知られるようになったので、ご存じの方も多いかと思う。

サーカディアンリズムは、約24時間の周期で変動する体内の規則的なリズムのことで、脳波、自律神経活動、ホルモン分泌、細胞の再生など多くの生理学的反応・生命活動にはサーカディアンリズムが存在していると言われている。私達はこのサーカディアンリズムに合わせて睡眠と覚醒のサイクルを繰り返している。ジェットラグ(時差ぼけ)や徹夜・夜勤などによる一過性の睡眠障害や体調不良は、私達の生活リズムが普段のサーカディアンリズムにすぐに同調(同期)できないからだとされている。

向精神薬、ステロイド剤、循環器病薬などの薬剤では、薬理効果にサーカディアンリズムを有していることが知られており、臨床上でもサーカディアンリズムを考慮した投薬も行われている。

もし予測性と再現性を兼ね備えた時限放出型製剤を開発することができればサーカディアンリズムに合わせて薬剤を経口吸収させることが可能になるかも知れない。


時間薬理学に基づく製剤開発の事例

ユニフィルLA錠(大塚製薬)は、時間薬理学に基づいて製剤開発されたテオフィリンの 1日 1回投与型徐放製剤である。

呼吸機能にもサーカディアンリズムがあり、明け方に最も低下することが知られている。喘息発作の好発時間帯もこれによく一致する事から、24時間にわたりテオフィリンの有効濃度を維持するよりもこの時間帯を狙って有効域を確保する方が効率的であるので、そのように製剤設計されている。

ユニフィルLA錠最高血中濃度到達時間(Tmax)は、テオド-ル錠やテオロング錠が約5~6時間であるのに対し、約2倍の約12時間だということである。有効血中濃度(5~20μg/mL)を維持できる時間帯が明け方をカバーするためには夕食後に服用するのが最もよいということである。

ユニフィルLA錠は、1日1回夕食後に投与する事が認められた最初の製剤で、徐放効果はテオド-ル錠やテオロング錠と同等かそれ以上とされている。ユニフィルLA錠は、食事内容の影響は受けにくいとされているが、空腹時に服用した場合には吸収率の低下が認められるようである。

ユニフィルLA錠は、薬物放出時間の延長(徐放化)と服用のタイミング(薬物放出のタイミング)をうまく組み合わせてサーカディアンリズムに適合させていると言える。


薬物放出のタイミングを製剤側で調節

一方で、製剤側で薬物放出のタイミングをコントロールさせようというのが時限放出型製剤である。勿論、精度よくコントロールできるラグタイムの長さによっては、夕食後であったり、就寝前であったりするが、発作などの症状が発現する時間帯に薬物の有効血中濃度を十分に保持できるように製剤設計されたものが時限放出型製剤である。

したがって、時限放出型製剤の薬物放出挙動の特徴は、製剤の服用後に一定のラグタイム(薬物放出が起こらない時間帯)が存在することである。だから時限放出型製剤の製剤設計の主眼もこのラグタイムの制御にある。時限放出型製剤が実用化されれば、他剤と同時に服用でき、薬効の発現時間を任意にコントロールできる製剤になるはずである。


私のアイデア:ChronoCure

狭心症治療薬の一硝酸イソソルビド(Isosorbide mononitrate, ISMN)の例では、朝方の狭心症発作を抑制するために夜間に服用する場合があるが、それを時限放出型製剤にすることで夜間の服用を回避できる簡便な投薬手段を提供できるようになる。服用後一定の時間が経過した後に薬物を放出するもので、治療効果の向上、副作用の軽減や薬物耐性の発現抑制が図られるよう夢を抱いてプロトタイプを試作してみたことがある(下図参照)。

© 2021 phrwiki.com

上記のような徐放システムが実用化できれば下図のような疾病に対しても適用できると大いに妄想(?)していた時代が私の若かった頃にある。

© 2021 phrwiki.com

しかしながら、製剤開発プロジェクトとして取り上げられなかったため臨床での検証はできていない。非常に残念ですが、若かりし日の夢物語で終わっている。


大腸ターゲッティングへの応用

製剤研究技術者であるならば、一度はチャレンジしたかも知れない経口製剤のための消化管内ターゲット部位と言えば、それは「大腸」である。関心度の高い理由は、大腸には潰瘍性大腸炎、大腸がん、クローン病といった大腸に特異的な炎症、しかも難治性疾患が存在するからである。有効な薬剤を直接的に大腸にデリバリーできるならば高い治療効果が期待できるに違いないと信じて、多くのアイデアが創造され、製剤研究もなされてきた。

大腸デリバリーシステム(Colon Delivery System)は、胃では胃酸やタンパク分解酵素などで分解される蛋白質・ペプチド性医薬品の経口投与製剤を設計する際に重要な製剤技術となるとされている。

実は、時限放出型製剤も大腸デリバリーシステムに利用できるのではないかと考えられて、実際に検討された時期もある。しかしながら、実用化は容易ではなかったようである。

時限放出型製剤以外による大腸デリバリーシステムと言えば、大腸内のバイオフローラ(微生物)による特異的酵素分解を利用して有効成分を放出する送達システムが考案された。さらには大腸の微生物にはアゾ結合を特異的に切断する能力があるようなので、この微生物の能力を利用して大腸部位での薬物放出を実現させようというアイデアもあった。しかしながら、これらの方法も実用化には至っていないようである(私が知らないだけかも知れないが・・・)。