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臨床試験第 I 相用治験薬の製造および品質管理

はじめに

臨床試験第 I 相用の治験薬は、初めて人体に投与されるため、製造工程および品質管理において極めて厳しい基準と規制が適用される。治験薬の製造および品質管理には、高い精度と厳格な規制遵守が求められるのは当然であるかも知れない。

治験薬の製造においては、Good Manufacturing Practice;GMPに準拠した適切な原材料の選定が必須である。また、製造プロセスにおいては、少量の製造となるため、特別な設備が必要であり、スケールアップを考慮した製法検討も重要となる。臨床試験に使用される治験薬の場合は、無菌性を確保するための適切な環境と手順の徹底、つまり無菌管理も重要となる。

一方、治験薬の品質管理においても、試験法と規格を設定した上で、有効成分の純度、溶出試験、微生物試験などの品質評価が必要である。

治験薬の保存期間や適切な保存条件を確立するために安定性試験を実施する必要もある。実施したすべての試験と製造プロセスを記録し、規制当局への報告をスムーズに行えるように文書管理も徹底しておかなくてはならない。

治験薬の製造や品質管理は、規制遵守で実施する。例えば、治験薬の製造にはGMPICHガイドラインに沿った厳密な管理が求められる。治験申請の準備も重要なプロセスとなる。

また、治験薬の製造には、治験薬の性質や開発フェーズに応じて多様な製造プロセスが存在する。

私は治験薬の製造の経験はあるが、その当時から随分と年月が過ぎてしまった。現在、スタートアップ企業のコンサルをしていると、治験薬の準備についてアドバイスを求められることも多い。そこで、臨床試験第 I 相用に使用される治験薬の製造および品質管理の現状について改めて調べてみた。基本的な考え方やプロセスは、当時とほとんど変わっていないようである。本稿では、それらを皆さんと情報共有したいと思う。

目次
はじめに
製造プロセス
原材料の選定と仕入れ
製造設備と環境管理
製造手順とバッチ処理
品質管理

試験と検査
安定性試験
文書管理とトレーサビリティ
規制遵守とガイドライン
製造プロセスの概要
小分子医薬品の治験薬製造
バイオ医薬品の治験薬製造
ペプチド医薬の治療薬製造
デバイス連動型治験薬の製造
遺伝子治療製品の治験薬製造
共通する品質管理のポイント
あとがき

製造プロセス

原材料の選定と仕入れ

原材料の調達

原薬や添加剤は、GMPの基準に沿って選定され、仕入れ先の認定やロット毎の受入検査を実施する。

例えば、抗がん剤やペプチド医薬品では、使用する試薬の純度やバッチごとの一貫性が求められ、サプライヤーの監査や認証が必須となる。

製造設備と環境管理

クリーンルームの運用

臨床試験第 I 相では製造ロットが極めて小ロットであるため、専用設備(無菌調剤室、クリーンルームなど)で製造が行われる。例えば、ワクチンの製造では、ウイルス由来成分の取り扱いが必要なため、クラス100(ISO 5)など高い清浄度の環境で操作され、毎日の環境モニタリングが行われる。

無菌製造

注射剤のような非経口製剤の場合、製造プロセス中の無菌性を継続的に確認するため、滅菌工程(高温蒸気滅菌、フィルター滅菌など)を実施し、各工程後に微生物検査を行う。

製造手順とバッチ処理

少量製造

第 I 相治験薬は、初期の安全性試験を目的としているため、通常は少量のバッチサイズで製造される。

製造方法は、例えばペプチド治療薬の場合、固相合成による合成工程、液体クロマトグラフィーによる精製、最終製剤として凍結乾燥(リエントリフィケーション)を組み合わせた多段階プロセスとなる。

プロセスバリデーション

新しい製造プロセスについては、検証試験(バリデーション)を実施し、工程の再現性や精度、一貫性を確認する。

具体例として、抗がん剤試験薬においては、原薬合成段階から充填・包装までの各工程で設定された管理基準に基づき、工程毎の安定性や均一性が確立される。


品質管理

品質管理(Quality Control;QC)とは、製品の品質を維持・向上させるためのプロセスと活動のことを指す。QCの目的は、規定された品質基準を満たすことを確認し、不良品の発生を防ぐことである。品質管理は、医薬品産業だけでなく、製造業やサービス業のあらゆる分野で適用されており、安全で信頼性の高い製品を提供するために不可欠な活動である。

製薬企業における品質管理の主要な要素には、例えば、次のようなプロセスと活動が含まれている。

  • 原材料および製造工程の検査
    • 受入検査
      • 原材料や部品が規格に適合しているかを確認
    • 中間検査
      • 製造プロセスの各段階で品質をチェックし、異常がないかを評価
  • 最終製品の検査
    • 品質試験
      • 製品が規格に適合しているかを確認
    • 安全性試験
      • 患者が安心して使用できるかを検証
    • 外観検査
      • 破損や不良がないかを確認
  • 治験薬の品質試験
    • 有効成分の純度試験、微生物汚染のチェック、無菌性試験を実施
  • ワクチンの品質試験
    • 抗原の安定性、ウイルス不活性化の確認、効果の評価
  • 標準化とプロセス管理
    • GMPやISO基準などの規格に従った管理を実施
    • バリデーション を行い、製造工程の再現性を確保
  • 品質データの分析
    • 統計手法を用いた品質管理
      • 不良率の分析や改善策の検討
    • 品質改善
      • QCサークル活動やフィードバックの活用

試験と検査

品質試験

製造ロットごとに、含量均一性、純度、残留溶媒、微生物学的検査などの各種試験が実施される。

例えば、ペプチド製剤の場合、液体クロマトグラフィー(HPLC)による定量分析が行われ、基準値からの逸脱がないかを確認する。

無菌・内毒性試験

特に注射剤のような無菌製剤では、無菌性の確認検査を実施し、細菌や真菌の混入がないことを保証するとともに、内毒性試験も併せて行い、被験者への影響リスクを最小限にする。


安定性試験

加速安定性試験・長期安定性試験

治験薬が製造後、各保管条件下(例:冷蔵、常温、加速条件)での安定性を試験する。

一般的には、初期ロットを対象に加速安定性試験(保存条件:40℃/75%RH)は数ヶ月間(最長6カ月間)の試験を実施し、物理的・化学的安定性、微生物学的安全性を評価する。

使用期限設定

安定性試験の結果に基づき、治験薬の保存期限や適切な保管条件が決定され、各治験ロットごとにラベリングされる。


文書管理とトレーサビリティ

製造記録の整備

各製造ロットについて、原材料ロットの追跡、製造工程の手順書、検査結果記録、変更管理や逸脱時の記録など、すべてのデータは詳細に文書化され、電子システムなどで管理される。

内部および外部監査

GMP施設では、定期的な内部監査や、場合によってはPMDAなど当局による外部検査を実施し、施設や製造工程がGMP規制に準拠していることを確認しておく必要がある。


規制遵守とガイドライン

GMPおよびICHガイドライン

製造および品質管理は、国内の厚生労働省が定めるGMP基準や、国際会議(ICH)のガイドライン(ICH Q7、Q8、Q9、Q10など)に従って実施される。これにより、治験薬の品質、安全性、有効性の確保が図られる。

治験申請 (IND) 対応

製造データや品質管理の試験結果、プロセスのバリデーション結果などの情報を治験申請書(IND)に盛り込み、治験実施前に当局との十分な情報共有が行われる。


製造プロセスの概要

すべての治験薬に共通するのは、原材料の入念な検査から始まり、各工程での厳格な管理、最終的な充填・包装までのすべてのステップでGMPや国際的なガイドライン(ICHなど)に準拠している点である。各工程ごとにプロセスバリデーションを実施し、継続的な品質管理と文書管理が求められ、逸脱が発生した場合は迅速な原因解析と是正措置が実行される。

治験薬の製造プロセスは、対象となる医薬品の性質(小分子化合物、タンパク質、ワクチン、遺伝子治療製品など)や治験の目的、規模に合わせてカスタマイズされる。

共通点としては、原材料の徹底した検査、工程ごとのモニタリング、プロセスバリデーション、文書管理、逸脱時の適切な対応が重要である。各プロセスは、安全性と有効性の確保を最優先し、GMPやICHガイドラインに基づいた厳格な規制下で実施される。

これらの詳細は、治験薬の種類や製造規模によって異なるものの全てが患者の安全性と治験の信頼性を確保するための基盤となっている。 例えば、ある小分子化合物医薬の化学合成工程では反応途中の一段階ごとにHPLCによる定量分析や不純物の管理が行われたりする。また抗体医薬のようなバイオ医薬品では、細胞培養条件やクロマトグラフィー条件の最適化、ウイルスの除去プロセスなどが多層的に管理される。


小分子医薬品の治験薬製造

小分子医薬品の治験薬は、従来の化学反応を基盤とした多段階の合成プロセスが主流である。以下が一般的なプロセスである。

  • 原材料の受入検査
    • 反応に用いる試薬、溶媒、添加剤などは、各ロットごとに品質が検査される。
  • 化学反応(合成工程)
    • 初期の探索的合成から製造工程に応じた工程設計が行われ、例えば複数段階の反応を経て目的分子を構築する。
    • 例えば、新規化合物の合成では、中間体の分離、精製を経て、高純度の原薬が得られるようプロセスが確立される
  • 精製・濃縮
    • 目的物を不純物から除去するため、複数の分離技術を組み合わせることが一般的である
  • 製剤開発
    • 投与経路に合わせた剤形(錠剤、カプセル、注射液など)へと製剤化され、GMP環境下で充填・包装される。
  • プロセスバリデーション
    • 製造工程の再現性や一貫性、反応収率、残留溶媒などのパラメーターが厳格に管理され、定められた基準を常にクリアしているか検証される
    • 工程中の逸脱や操作ミスがあれば、再現性検証や再バリデーションが行われる

このように原薬製造プロセスでは、多段階反応が採用され、反応後の中間体は迅速に精製される。例えば、初期の合成段階で微量の副生成物が発生した場合、各バッチごとにHPLC検査で定性・定量分析を行い、設計値を満たす純度が確認された後、原薬としての製造が完了する。

原薬の化学合成の場合、多段階の化学反応から出発し、各反応で中間体を精製・濃縮する。最終的に、定量分析(HPLCやLC-MSなど)を用いて含量均一性や残留溶媒の管理が行われ、数グラム〜数十グラム規模で原薬が製造される。このわずかな原薬を用いて、安全性評価(前臨床試験)や製剤設計のためのプレフォーミュレーションが実施される。そして安全性が担保できる候補化合物については製剤開発及び治験薬製造のためにスケールアップを実施するのが一般的な流れである。


バイオ医薬品の治験薬製造

抗体医薬などの生物学的製剤は、細胞や微生物を用いた培養・発酵工程から始まる。製造プロセスには以下のようなステップが含まれる。

  • 上流工程(Upstream Processing)
    • 細胞培養/発酵
      • CHO細胞、酵母、または細菌などを使用して、目的のタンパク質や抗体、ウイルスベクターなどを生産させる
      • 例えば、モノクローナル抗体では特定の細胞株を大規模なバイオリアクターで培養し、目的タンパク質の発現を促進する
  • 下流工程(Downstream Processing)
    • 回収と精製
      • 培養液から目的物を遠心分離、濾過によって回収し、アフィニティクロマトグラフィー、イオン交換やサイズ排除クロマトグラフィーなどを用いて高純度な製品へと精製する
    • ウイルス除去・不活化
      • 生物由来成分の場合、意図しないウイルスや細菌の混入リスクがあるため、低pH処理やフィルター除去(滅菌ろ過)を組み合わせる
  • 最終製剤化
    • 製品は冷凍保存や凍結乾燥などにより安定化され、必要に応じてアジュバントや安定剤を添加して無菌状態で充填される

モノクローナル抗体を利用した抗体医薬の場合、大型バイオリアクターを用いたCHO細胞による培養、アフィニティクロマトグラフィーを含む精製工程、低温保存や凍結乾燥による最終製剤化を経て、注射用製剤として無菌充填される。Phase I用治験薬の製造は、このスケールアップの途中段階で供給されるのが一般的である。そしてこのスケールアップのたびにComparabilityが確認され、品質の一貫性が担保される。


ペプチド医薬の治療薬製造

製造プロセス

固相合成によるペプチド連結後、逆相HPLCなどで精製し、最終的に凍結乾燥して安定な粉末製剤とするケースが多い。この際、各工程での中間検査(分子量解析、純度測定など)が行われ、工程ごとに記録が保存される。

品質管理

製剤化後、再溶解試験や溶出性試験、さらには安定性試験を実施してロット毎の品質を保証する。さらに、各ロットには詳細な製造記録と試験報告書が添付される。品質が規格に適合していることを確認した上で、治験実施施設への治験薬の出荷許可が与えられる。このプロセスは、ペプチド医薬に限ったことではなく、全ての種類の治験薬に共通するプロセスである。


デバイス連動型治験薬の製造

医薬品と医療デバイスが一体となった治験薬の場合、医薬品単体の製造プロセスに加えて、デバイス部品の品質管理、相互作用の評価が不可欠である。

これらは、専用の製造ラインや統合された品質管理システムの下で管理され、製品全体の有効性と安全性を確認する。


遺伝子治療製品の治験薬製造

ウイルスベクターを利用した遺伝子治療の場合、以下の工程が含まれる。

  • ウイルスベクターの作製
    • 細胞培養を用いてウイルスベクターを大量に生産し、抽出および精製を実施
  • 安全性評価
    • ウイルス不活化工程やフィルター除去、エンドトキシン検査などの厳格な評価を行い、製品の安全性が保証される
  • 液状または凍結乾燥製剤化
    • 長期保存および流通に適した製剤形態に加工され、無菌状態で充填される

高度な細胞培養工程を経たウイルスベクターの生産と精製、不活化工程、そして最終的な製剤化が実施され、厳重なバイオセーフティ管理の下で量産される。


共通する品質管理のポイント

  • 原材料・中間体の検査
    • 使用するすべての材料は、規定の試験方法に基づいて純度や安全性が確認される
  • プロセス・パラメーターの管理
    • 各工程で温度、pH、反応時間、圧力などがリアルタイムでモニタリングされ、逸脱時には即時対応できる体制が整えられている
  • プロセスバリデーションと文書管理
    • 製造プロセスの再現性・一貫性を検証し、すべてのデータと書類を適切に保存・管理することで、内部および外部監査に対応する
  • 工程変更とリスクアセスメント
    • 製造プロセスにおいて何らかの変更や予期せぬ逸脱が発生した場合、速やかにリスク評価を実施し、必要に応じて再バリデーションや工程再設計を行う
    • これにより、被験者に対するリスクを最小限に抑えるとともに、データの信頼性を担保できる
  • 書面による逸脱記録
    • すべての工程での逸脱や不具合は記録され、原因解析や是正措置・予防措置(CAPA)の立案と実施が求められ、当局への報告も速やかに行われる

あとがき

臨床試験第 I 相用治験薬の製造および品質管理は、新薬の安全性と有効性評価の出発点として、非常に高い基準が要求される。

厳格なGMP環境下で、原材料の検査、各プロセスのバリデーション、無菌製造が徹底されるとともに、多角的な品質管理試験(例えば、含量均一性、無菌試験、安定性評価など)と詳細な文書管理・トレーサビリティが構築されている。

これらの治験薬製造と品質管理体制は、実際に抗がん剤、ペプチド治療薬、ワクチンなどの具体例において適用され、各治験ロットごとに厳密に管理されることで、次段階の臨床試験に安全かつ信頼性の高い製剤を提供するための基盤となっている。

さらに、各製造施設では内部監査や当局(PMDAなど)による定期検査が実施され、常に最新の規制やガイドラインに沿って改善活動が行われている。こうした取り組みが、治験薬の品質保証と被験者の安全性の確保に繋がる。