はじめに
口腔内崩壊錠(Orally Disintegrating Tablets;OD錠)とは、口腔内の唾液で崩壊するので、一般的に服用しやすい錠剤のことである。即放性の錠剤であるため、薬物の溶出速度も速くなり、その結果として薬物の吸収も速くなり、薬理効果も即効性になることが多い。
口腔内崩壊錠を製造するための製剤技術は、一般的には鋳型錠製剤、湿製錠製剤及び一般錠型製剤の3つに大別される。
鋳型錠製剤
有効成分と添加剤の懸濁液をPTPなどの鋳型に精密に秤量して充填し、凍結乾燥で固化させるという口腔内崩壊錠の製造方法である。凍結乾燥により製造された錠剤であるので、口に含むと数秒で溶解するという素晴らしい口腔内崩壊錠であった。一方で、脆く吸湿しやすいという欠点も有していた。
口腔内崩壊錠を最初に世に出した「Zydis」という製剤技術が有名である。1980年代に米国アール・ピー・シーラー社で開発された技術である。バイエル社に勤務していた頃、アカルボースという有効成分をZydis技術によって口腔内崩壊錠にするという試みを経験したことがある。イーライリリー社に勤務していた頃には、オランザピンの口腔内崩壊錠であるZypreza Zydis Tabletsが日本でもNDA申請中であったのでよく覚えている。
湿製錠製剤
有効成分と糖類などの添加物の混合物にアルコールや水溶液など加えて湿潤させ,低圧で圧縮成形した後に乾燥して製造するという口腔内崩壊錠の製造方法である。
湿製錠剤による口腔内崩壊錠を開発したのはエルメッドエーザイ(現 エルメッド)であり、1997年頃の話だと思う。エルメッドは日医工と経営統合後も湿製錠剤による口腔内崩壊錠の製剤開発を続けている。新しいところでは、2020年6月のガランタミンOD錠「日医工」とメマンチン塩酸塩OD錠「日医工」の発売がある。日医工のHPによると、湿製錠剤の品目数は14品目に上るということである。
湿製錠剤を製造するための特別な製造機器である湿潤粉体打錠機と専用乾燥機には強い関心がある。湿潤粉体打錠機の機能である定量充填機構(湿潤粉体を低い圧力で加圧し、湿潤粉体の密度を揃えて充填することで、錠剤質量のバラツキを小さくするための仕組み)と付着防止機構(成形杵に湿潤粉体が付着するのを防止するためにフィルムを介在させて成形する機構)のアイデアは本当に素晴らしい思う。
一般錠型製剤
基本的には一般錠剤の製造法と同じであるが、速やかな崩壊を達成するために下記のようないろいろな製剤学的工夫が提案され、実用化されている。
錠剤硬度が上述の鋳型錠製剤や湿製錠製剤に比べて錠剤硬度が大きいので包装やハンドリングが容易であるとうメリットがある。自動分包調剤機に対応できるような硬度を有し、通常の錠剤と同様に取り扱いができるものが多く上市されていると聞く。しかも特別な製造設備が必要でないことから、現在では最も汎用される製造方法となっている。
崩壊剤の添加
崩壊機能に優れた崩壊剤が多く開発された恩恵を受け、これら高機能崩壊剤を適宜選択することで口腔内崩壊錠を容易に製剤設計できるようになった。少量でも膨潤能力が優れるスーパー崩壊剤を添加することで、錠剤強度と崩壊性のバランスをとるのが容易になったからである。
外部滑沢法
スティッキングやバインディングといった打錠障害を防ぐためにステアリン酸マグネシウムなどの滑沢剤を打錠用末に通常0.5~1%程度添加するが、口腔内崩壊錠のようにおよそ30秒以内に口腔内で唾液だけで崩壊させようとするとこの滑沢剤が崩壊を邪魔する。ステアリン酸マグネシウムは優れた滑沢剤で汎用されているが、元々は疎水性の化合物であるから唾液のような水分の侵入を阻害して崩壊時間を遅延させるからである。
そこで考案されたのが外部滑沢法という打錠機の臼杵と錠剤の接触面のみに滑沢剤を噴霧塗布する方法である。この外部滑沢法を採用すれば、ごく少量の滑沢剤の添加で、打錠障害を防ぐことができる。したがって、崩壊性の優れた口腔内崩壊錠が製造できるというわけである。
多孔質体の成型
有効成分を糖類などと混合して得た造粒物を低圧で圧縮成形した後に、加湿・加熱・燒結処理を施すことで錠剤の強度を向上させると共に錠剤内部構造を多孔質(高い空隙率)にすることで水の侵入速度を速め、その結果として崩壊性を向上させた口腔内崩壊錠の製造方法である。
OD錠開発のために利用可能な製剤技術
ある医薬品のOD錠を開発すること計画した際に利用可能な製剤技術を調べたことがある。そのときの調査結果を下記の表にまとめてみた。
原薬の特性(不快な味がある)から考えてOSDrC technologyを利用してOD錠を開発するのが最善と考え、企画案を提案した経験が私にはある。残念ながらOD錠の開発自体(ビジネスプラン)が水泡と消えてしまい、製剤開発の開始には全く至らなかったのは一人の製剤研究技術者の立場からは少し心残りではあった。
あとがき
口腔内崩壊錠の製造技術をその誕生の早い順に第一世代、第二世代、そして第三世代というふうに分類しているのを何かの学術誌で読んだことがあるが、このような呼称の分類だと第一世代や第二世代の製剤技術が第三世代の技術よりも劣っているような印象を与えてしまう。つまり第三世代の製剤技術が、第一世代や第二世代の技術よりも進化して優れているような印象を与えるなどの誤解を与えてしまう。
個人的には、口腔内崩壊錠の製造技術をこのように分類することにはあまり賛成ではない。その理由は、先人が試行錯誤で苦労して開発した鋳型錠製剤や湿製錠製剤は、製剤技術的にも優れた技術であり、口腔内崩壊錠の製造に役立っている「現役」の製造技術でもあるからだ。
第三世代と呼ばれる製造技術の中には、成形性と崩壊性を兼ね備えた優れた打錠用添加剤の進歩も含まれている。これら新規の添加剤を使用することにより、OD錠の製造が技術的には通常の錠剤の製造方法と変わらなくなり、非常に容易になった。その分、製造コストも下がり、物理的・化学的な安定性も向上しているので生産技術的には進化していると言えるかも知れない。