はじめに
朝の一杯のコーヒー。そこからカフェインだけを取り除いたデカフェ(カフェインレスコーヒー)は、健康志向の高まりとともに人気を集めている。昭和生まれのオヤジである私からすれば、カフェイン抜きのコーヒーなんて、コーヒーじゃない!という感覚であるが、このデカフェへのニーズは現代のライフスタイルや健康意識の変化が大きく関係しているようだ。
カフェインには覚醒作用があるから、夕方以降に摂ると寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりすることがある。カフェインによる「睡眠の質」の低下が健康や美容に大きく影響するらしく、夜でも安心して飲めるデカフェが選ばれるようになったという。
また、妊娠中・授乳中のためカフェイン制限が必要な女性、特にコーヒーの香りや味が好きな人にとって、完全にコーヒーをやめるのはつらいが、デカフェは“我慢しない選択肢”として重宝されているという。
さらに、カフェインに敏感な体質の人にもデカフェは重宝されているようだ。人によっては、少量のカフェインでも動悸や不安感、胃の不快感を感じることがあるという。そういう人にとっては、デカフェはコーヒーの楽しみはそのまま味わえるありがたい存在になることだろう。
特に、超臨界CO₂抽出で作られたデカフェは、化学溶媒を使わないから、より“クリーン”で安心できると言われ、高く評価されている。その“カフェインを抜く”技術、「超臨界流体技術(SFT)」は、実は医薬品の領域でも大活躍することが期待されている。
本稿では、デカフェ製造で使われるSFTに注目し、それがどのように医薬品製剤の開発に応用されているのかを探ってみたい。
デカフェを支える超臨界CO₂抽出技術
デカフェコーヒーの製造では、コーヒー豆からカフェインを取り除くために超臨界二酸化炭素(scCO₂)という特殊な状態のCO₂が使われている。
超臨界CO₂とは?
二酸化炭素(CO₂)は、臨界点(温度31.1℃、圧力7.38MPa)を超えると、液体と気体の性質を併せ持つ「超臨界状態」になる。この超臨界状態では、溶解力が高く、選択的に成分を抽出できるという特性があり、カフェインだけを効率よく除去することができる。この方法は、化学溶媒を使わず、風味を損なわずにカフェインを除去できるため、安全性と品質の両立が可能になる。
カフェイン除去=超臨界CO₂抽出の代表例
デカフェコーヒーの製造では、scCO₂を使って、コーヒー豆からカフェインだけを選択的に抽出する技術が使われている。超臨界流体の状態のCO₂は、液体のように物質を溶かす力(溶解力)がありながら、気体のように浸透性が高いという、まさに“良いとこ取り”の性質を持っている。つまり、scCO₂は、カフェインを破壊することなく、選択的に抽出できるという点で非常に優れている。
デカフェ製造でのカフェイン抽出方法
- コーヒー豆を水で蒸らす
- まず、コーヒー豆を水蒸気やお湯で湿らせて、カフェインを移動しやすくする
- 超臨界CO₂で抽出
- 湿らせたコーヒー豆に超臨界CO₂(scCO₂)を通すと、カフェインだけがscCO₂に溶け出す
- このとき、香りや味の成分はほとんどそのまま残るのがポイントである
- CO₂を分離・再利用
- カフェインを含んだscCO₂を減圧すると、scCO₂は気体に戻り、カフェインだけが分離される
- CO₂は再利用できるから、環境にもやさしい
特徴とメリットのまとめ:
| 特徴 | メリット |
|---|---|
| 選択的抽出 | カフェインだけを狙って取り除ける |
| 低温処理 | 熱に弱い香味成分を守れる |
| 無溶媒 | 化学溶媒を使わず、安全性が高い |
| 再利用可能 | CO₂は循環利用できてエコフレンドリー |
医薬品製剤への応用
コーヒー豆からカフェインだけを抽出する超臨界CO₂技術は、医薬品の原料から不純物を除去したり、有効成分を抽出したりするのに応用されている。さらに、超臨界CO₂技術は、医薬品開発でさまざまな形で応用されている。例えば、以下のような課題解決に貢献している。
1. 天然物由来成分の抽出
超臨界CO₂抽出技術は、漢方薬や植物由来の医薬品成分を熱や酸化から守りながら抽出するのに最適である。まさに、コーヒー豆からカフェインを抜くのと同じ発想である。
2. 難溶性薬物の溶解性向上
低分子医薬の新薬候補の多くは、水に溶けにくく、体内での吸収が不十分であることが多い。この技術的な課題を超臨界流体技術で解決できる場合がある。つまり、難溶性薬物をナノ~マイクロサイズに微粒子化することによって、溶解性とバイオアベイラビリティ(BA)を大幅に向上させる。
3. 無溶媒製剤の実現
有機溶媒を使わずに製剤できるため、残留溶媒のリスクを回避し、より安全な医薬品を提供できる。
食品から医療へ越境するイノベーション
カフェイン除去に使われていた技術が、医薬品の製剤開発に応用されているという事実は、異分野の技術が新たな価値を生む好例である。“抽出”という共通の目的を軸に、技術は分野を超えて進化する可能性のあることを如実に物語っている。
| 食品分野での用途 | 医薬品分野での応用 |
|---|---|
| カフェインの選択的抽出 | 有効成分の選択的抽出・不純物除去 |
| 風味を損なわない処理 | 熱に弱い薬物の安定処理 |
| 無溶媒での安全な加工 | 残留溶媒ゼロの製剤化 |
食品技術の医療応用という越境的視点が素晴らしい!カフェイン除去のような食品加工技術が、医薬品の製剤開発に貢献しているという異分野連携のストーリーは注目に値する。
あとがき
カフェインを“抜く”という目的のために活用された超臨界流体技術は、今や医薬品製剤の未来を切り拓くカギとなっている。まさに、朝の一杯のコーヒーから始まった製剤革新と言えるかも知れない。(個人的には、カフェインたっぷりのコーヒーの方が好みであるが・・・)
身近な技術が全く別の分野で新たな価値を生み出す――そんな“技術の越境”が、これからもイノベーションを生みだすチャンスになることだろう。