はじめに
片頭痛の急性期治療において、経口薬の限界は長年の課題とされてきた。特に、発作時の悪心や嘔吐によって経口投与が困難となるケースでは、迅速かつ非経口での薬物送達が求められる。
このニーズに応えるべく、Impel NeuroPharma社(米国)は、POD™(Precision Olfactory Delivery™)技術を用いた経鼻製剤Trudhesa™を開発した。POD™は、従来の経鼻投与では到達困難だった上鼻道への精密送達を可能にし、薬物の吸収効率と即効性を大きく向上させている。
本稿では、Trudhesa™におけるPOD™技術の応用を通じて、経鼻投与の再定義と製剤設計の進化について掘り下げていきたい。
経鼻投与の進化と課題
経鼻投与は、非侵襲的かつ迅速な薬物吸収が可能な投与経路として注目されているが、従来の経鼻スプレーでは鼻腔の前方(下鼻道)にしか薬剤が届かず、吸収効率に限界があった。
この技術的課題を打破するために、Impel NeuroPharma社(米国)によって開発されたのがPOD™(Precision Olfactory Delivery™)と呼ばれる薬剤の鼻腔送達技術である。
POD™技術による鼻腔送達の精密設計
POD™(Precision Olfactory Delivery™)技術は、Impel NeuroPharma社によって開発されたもので、鼻腔の奥にある上鼻道(嗅上皮)への精密送達により、脳への迅速な薬物移行を促進するためのデリバリーシステムである。つまり、薬剤を上鼻道に正確に届けるために設計された独自の鼻腔送達技術である。
技術の特徴:
- 上鼻道(olfactory region)への送達:
- 血流が豊富な部位に薬剤を届けることで、迅速かつ安定した吸収を実現
- 従来の経鼻スプレーでは届きにくかった部位に、薬剤を正確に届けることで吸収効率を向上させた
- 粒子径と噴霧角度の最適化:
- 特許技術により、再現性の高い投与が可能
- 粒子径やデバイス構造が詳細に設計されている
- 非注射・非経口:
- 非侵襲的かつ即効性
- 患者が自宅で簡単に自己投与できる利便性
- 注射に匹敵する血中濃度を、非注射で実現!
この技術は、単なるスプレーではなく、デバイスと製剤の一体設計によって成り立っており、まさに“投与経路の再発明”といえる存在である。
POD™デバイスの特別な仕様と特徴
POD™(Precision Olfactory Delivery™)技術に使われているデバイスは、まさに特別仕様の設計になっている。これは単なるスプレーポンプではなく、薬剤を鼻腔の奥深く(=上鼻道;olfactory region)に正確に届けるために最適化された経鼻スプレーである。
POD™デバイスは、製剤と一体で設計された“精密な送達装置”である(下表参照)。 だからこそ、薬剤の効果を最大限に引き出しつつ、患者にとっても使いやすいという、まさに“投与経路の再発明”とも呼べる技術になっている。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| ターゲット部位:上鼻道 | 通常の経鼻スプレーが届きにくい、嗅神経が集中する上鼻道を狙って薬剤を送達。これがNose-to-Brain deliveryの鍵! |
| 噴霧角度と粒子径の最適化 | 特許技術により、薬剤が適切な速度と角度で噴霧され、上鼻道に届くよう設計されている。粒子径も吸収効率に合わせて調整。 |
| 閉鎖型システム | 吸入や吸気に依存せず、自己加圧式のデバイスで一定量を安定して噴霧できる。使用者の呼吸状態に左右されにくいのが強み。 |
| 使いやすさ重視の設計 | 発作時でも片手で簡単に操作できるように設計されており、患者や介護者の負担を軽減。 |
| 一回使い切りタイプ | 衛生面と投与精度を考慮し、単回使用のプリフィルドデバイスが採用されている(例:Trudhesa™)。 |
POD™技術の実装例:Trudhesa™
Trudhesa™は、ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩(DHE)を有効成分とする経鼻スプレー型の片頭痛治療薬である。
DHEは、長年にわたり注射剤として使用されてきたが、POD™技術によって、非注射(経鼻投与)で注射剤と同等の効果を発揮して、しかも自宅で使える形へと進化した。
Trudhesa™は、POD™技術の代表的な応用例として誕生した、片頭痛の急性期治療薬であるが、単なる製剤技術の進化にとどまらず、患者のQOLを大きく変える可能性を秘めている。
臨床的メリット:
- 迅速な効果発現:
- 発作の初期に使用することで、早期の症状緩和が可能
- 服薬タイミングの自由度:
- 発作の初期でも、吐き気があっても、すぐに使用可能
- 患者満足度の向上
- 新しい選択肢として高い評価
- 持続的な効果と再発率の低減:
- DHEの薬理特性により、持続的な効果が期待される
- DHEの薬理特性により、再発率の低減が期待される
- 自己投与のしやすさ:
- シンプルなデバイス設計で、患者や介護者の負担を軽減
Trudhesa™は、ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩(DHE)を有効成分とする経鼻スプレー型の片頭痛治療薬。DHEは長年にわたり注射剤として使用されてきたけれど、Trudhesa™はそれを非注射で、しかも自宅で使える形に進化させた。
今後の展望:POD™技術の実装可能性
Impel NeuroPharma社は、POD™技術を他の中枢神経系疾患や急性治療薬にも応用する構想を持っている。たとえば:
- 不安障害(不安発作やパニック障害)
- 統合失調症
- てんかんの急性発作
- 急性疼痛管理
迅速な薬効発現が求められる疾患において、経鼻投与は大きな可能性を秘めている。そんな経鼻投与において、POD™技術が新たなスタンダードになる可能性も見えてきた。
あとがき
Impel NeuroPharma社のPOD™技術は、単に「薬を噴霧する装置」というデバイス開発ではなく、薬剤の吸収部位・粒子設計・噴霧角度・使用者体験までを統合的に設計した薬物送達のプラットフォームである。 つまり、製剤設計・治療戦略・患者体験のすべてを再構築する力を持っている。
Trudhesa™は、従来の経鼻スプレーでは届きにくかった上鼻道に薬剤を届けることで、非注射でありながら注射に匹敵する薬物動態を実現した片頭痛治療薬である。POD™技術によって、経鼻投与の限界を超え、片頭痛治療に新たな選択肢をもたらした点で、臨床的にも高く評価されている。
Trudhesa™は「投与経路の再発明」とも言える存在ではあるが、これからの医薬品開発においては、薬剤を「どこに、どう届けるか」がますます重要になったことを製剤設計者が再認識する良い機会にもなったはずである。つまり、従来は「何を投与するか(API)」に焦点が当たりがちであったが、今では投与経路・デリバリー技術・患者の使用状況まで含めて製剤設計することが求められている。まさに現代の製剤設計の核心と言ってよい。