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バイオアベイラビリティに影響を及ぼす生理的要因

はじめに

バイオアベイラビリティ(Bioavailability; BA)は、経口投与された薬剤(有効成分)がどの程度体内に吸収され、全身循環に到達するかを示す重要な指標である。

実際の吸収や利用に影響を与える生理的要因は多岐にわたる。本稿では、バイオアベイラビリティに影響を及ぼす生理的要因として、主な因子にはどんかものがあるのか、そしてその影響はどのようなものであるかを考えていきたい。

目次
はじめに
経口投与の際、BAに影響する因子
消化管の特徴
絶食時のヒト消化管内の状態
消化管内のpH環境
胃排出時間
消化管の運動(蠕動運動)と通過時間
消化管の表面積と粘膜の状態
消化管内酵素と初回通過代謝
輸送体と排出ポンプの役割
食事の影響
個体差および病的状態
あとがき

経口投与の際、BAに影響する因子

経口投与の際、バイオアベイラビリティ(BA)に影響する因子の大半は、消化管に関するものである。それは当然のことで、薬剤(有効成分)が経口投与された場合、消化管粘膜上皮から吸収されるからである。

消化管内(胃、小腸、大腸)の pH
消化管内(胃、小腸、大腸)の 蠕動運動
消化管内で分泌される消化酵素、胆汁、ムチンなどの分泌液
消化管内に残留(滞留)する内容物(食物)
腸内細菌叢
消化管の部位によって異なる上皮細胞の形態、機能、有効吸収面積
特殊輸送機構(能動輸送かかわるトランスポーターの種類や機能)
消化管上皮細胞における代謝(初回通過効果)
血流・リンパ流
門脈・静脈
サーカディアンリズムによるホルモンの分泌のタイミングや分泌量

消化管の特徴

消化管は、口腔から直腸(肛門管)までのつづく「管」であるが、その形態と機能は各部によって異なっている。この消化管の特徴を理解することが製剤化研究、特に徐放性製剤を製剤開発する上で重要となる。

口腔
口から咽頭までの長さは15 cm、唾液の分泌量は約1~1.5 L
存在する酵素:アミラーゼ、リゾチーム
電解質濃度は血漿より低いが、バイカーボネート濃度は約2倍。
食道
全長は25 cm、通過時間は数秒、粘液が分泌される
弾力性に富む構造、食物通過時には直径約3 cmまで拡張する
通過時間は約1~5時間、 炭水化物<タンパク質<脂肪
空腹時の胃酸の分泌量: 8 ~ 15 mL/hr、pH 0.5 ~ 1.5、
塩酸濃度は約150 mM
存在する酵素:ペプシノーゲン
小腸
通過時間は4 ~ 5時間
十二指腸(duodenum)
全長は20 ~ 30 cm、膵液を分泌(0.5 – 1.5 L/day)
存在する酵素:エンテロキナーゼ
膵臓からアミラーゼ、トリプシノーゲンなどが分泌
膵液には酵素だけでなく、バイカーボネートも含まれる
空腸(jejunum)
全長は2 m、粘液を分泌、腸内細菌叢あり
輪状ヒダが発達
回腸(ileum)
全長は3 m、粘液を分泌、腸内細菌叢あり
パイエル板が存在
大腸
S状結腸までの全長は約1.5 ~2 m、通過時間は7 ~ 22時間
盲腸(cecum)上行結腸(ascendimg colon)
通過時間は1 時間、粘液を分泌、腸内細菌叢あり
横行結腸(transverse colon)
通過時間は3 時間、粘液を分泌、腸内細菌叢あり
下行結腸descending colon・S状結腸(sigmoid colon)
通過時間は3 ~15 時間、粘液を分泌、腸内細菌叢あり
直腸(rectum)
全長は12 cm、通常は内容物なし
肛門管(anus)
全長は4 cm、門脈回避ルートが存在
出典: 生化学データブック I.  生体物質の諸性質 生体の組織、日本生化学会編(1979)

絶食時のヒト消化管内の状態

絶食時におけるヒト消化管内要因変動範囲
胃液のpH1.2 ~ 7.6
胃液の分泌速度5 ~ 180 mL/h
胃液の表面張力35 ~ 50 dyne/cm2
十二指腸内のpH3.1 ~ 6.7
十二指腸部の胆汁酸濃度5.7 ± 1.2 mM
十二指腸の収縮圧< 3 ~ 30 mmHg
空腸内の粘液の流速0.73 ± 0.11 mL/min
回腸内の粘液の流速1.8 ± 0.4 mL/min
出典: 医薬品研究 24, 1031 – 1041 (1993)

消化管内のpH環境

消化管は部位ごとにpHが異なり、胃では非常に低く(pH 1~3)、小腸では中性からわずかにアルカリ性(pH 5~7.5)、大腸ではやや弱アルカリ性(pH 6~7)となっている。

薬剤(有効成分)の溶解性や安定性はこのpH環境で大きく左右される。例えば、弱酸性の薬物は胃で安定して溶解する一方、弱アルカリ性の薬物は小腸でより効率的に溶解・吸収されることが多い。

適切な溶解が起こらない場合、吸収率が著しく低下し、結果としてバイオアベイラビリティが減少する。


胃排出時間

経口投与製剤の場合、薬剤(有効成分)はまず胃に到達するが、その後、胃から小腸へ移行するまでの時間(胃排出時間)が個人差や食事の有無、胃の内容物等によって大きく変動する。

胃排出が遅いと、胃酸や消化酵素による薬物の分解リスクが増加し、吸収可能な薬物量が減少する可能性がある。逆に、排出が速すぎると、十分な溶解時間が確保できず、小腸での吸収が不十分となる場合もあるため、適切な胃排出時間の維持が求められる。


消化管の運動(蠕動運動)と通過時間

小腸や大腸内での蠕動運動や通過時間は、薬剤(有効成分)が吸収される部位に十分に留まるかどうかに影響する。

小腸は広い表面積と豊富な毛細血管ネットワークによって高い吸収能を有している。通過時間が短すぎると、薬物が吸収される前に次の部位へ移動し、吸収ウィンドウが狭まってしまう。

逆に、通過時間が長いと吸収の可能性は高まるが、その一方で、薬物が分解や代謝を受けるリスクも増大する。


消化管の表面積と粘膜の状態

小腸の絨毛や微絨毛構造によって、実際の吸収面積は通常の臨床観察からは想像できないほど広大であるとされる。

絨毛の健康状態や密度が乱れると、例えば、炎症性腸疾患や吸収不良症候群では、実質的な吸収面積が減少し、薬剤(有効成分)の取り込みが低下する。

加齢や特定疾患による粘膜の障害も、薬物の吸収効率に影響を与えるため、各個人でBAに差が生じる要因となる。


消化管内酵素と初回通過代謝

消化管上皮細胞や肝臓には、多数の酵素が存在し、これらは薬剤(有効成分)の一部を分解・代謝する。特に、経口投与された薬剤は肝臓で初回通過代謝(First pass effect)を受けることが知られている。

消化管や肝臓での代謝作用により、血中に到達する前に薬剤が代謝または分解されると、BAは大幅に低下してしまう。

薬剤自体の性質や、患者個々人の酵素活性の違い(遺伝的な要因や薬物相互作用など)も、その影響の度合いに大きく関わる。


輸送体と排出ポンプの役割

小腸細胞には、薬物の吸収や排出に関与する輸送体(例えば、P-糖タンパク質など)が存在する。

これらの細胞膜輸送体は、薬物を細胞内に取り込んだり、逆に細胞外へ排出したりする働きを持っている。そのため、輸送体による積極的な排出作用が働くと、吸収された薬剤が再び腸管内に戻されるため、実際に全身に到達する薬剤量が減少する可能性が高まる。


食事の影響

食事は、胃内環境、胃排出時間、胆汁分泌、および消化管のpHに影響を及ぼす。

食事の内容やタイミングによっては、薬剤(有効成分)の溶解性が向上したり低下したり、または吸収速度が変化することがある。特に、高脂肪食は胆汁の分泌を促進し、脂溶性薬物の溶解を助ける一方で、食品との相互作用により薬物の吸収が減少する例も報告されている。


個体差および病的状態

年齢、性別、遺伝的背景、さらには消化器系の疾患(例えば、クローン病、セリアック病、過敏性腸症候群など)は、消化管の機能や構造に影響を及ぼす。

例えば、高齢者では消化管の蠕動運動が弱まる、または胃酸分泌が減少する傾向があるため、これにより薬剤(有効成分)の溶解や吸収に違いが生じ、BAに変動が生じる。

患者個々人の生理的状態や病状が異なるため、同じ薬剤でも吸収効率に個体差が出ることは避けられない。


あとがき

経口投与された薬剤(有効成分)のBAは、消化管内での溶解・吸収プロセス、初回通過代謝、そして細胞レベルの輸送・排出機構など、複数の生理的因子が複雑に絡み合うことで決定される。

これらの生理的要因を十分に理解し、製剤設計や用量設定、投与方法を最適化することが、効果的かつ安全な治療において極めて重要となる。

各因子は互いに影響し合いながら全体の吸収効率に影響するため、個々の患者ごとの違いを考慮した個別医療へのアプローチも今後の発展が期待される領域となっている。


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