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メドレックス社がイオン液体を基に開発した製剤技術「ILTS®」のポテンシャル

はじめに

経皮吸収の限界を超える、日本発の革新技術とは?

香川県に本社を構える創薬ベンチャー、メドレックス社は、イオン液体を活用した ILTS®(Ionic Liquid Transdermal System)と名付けた独自の経皮製剤技術を世界に先駆けて開発し、注目を集めている。この製剤技術は、従来の経皮吸収では困難だった薬物の浸透性を飛躍的に高める可能性を秘めている。

なぜ経皮吸収なのか?

経皮吸収型製剤には、以下のような利点がある:

  • 経口投与が困難な患者にも使用可能
  • ファーストパス効果を回避できる
  • 血中濃度の安定化による持続的な効果
  • 投与時の痛みがない

これらの特徴は、疼痛治療薬や精神疾患治療薬など、QOL向上が求められる領域で特に有効とされている。その理由は、この経皮吸収技術により、注射や経口投与に頼らず、痛みのない・飲み忘れのない投与方法が実現できるからである。

また、ILTS®は従来の技術では経皮吸収が困難だった難溶性薬物や核酸・ペプチドなどの中分子医薬にも対応可能である。これにより、アンメット・メディカルニーズに応えるような新たな製剤開発が可能となると期待が高まる。

目次
はじめに
イオン液体とは?
イオン液体の皮膚透過メカニズム
イオン液体を用いた製剤技術のチャレンジ
従来の吸収促進剤との比較
ILTS®を活用した製剤開発事例
社会的インパクトと応用可能性
未来への展望
あとがき

イオン液体とは?

イオン液体(Ionic Liquid)とは、常温で液体状態にある塩のことで、高極性・不揮発性・高イオン伝導性などの特性を持つ。

イオン液体は、陽イオンと陰イオンから構成され、従来の有機溶媒とは異なる以下のようなユニークな性質を持っている。

  • 揮発性が低く、安定性が高い
  • 溶解性に優れ、さまざまな物質を溶かすことが可能
  • 構造を自在に設計できるので目的に応じた機能性を付与可能

イオン液体をもう少し詳しく説明すると、陽イオン(有機カチオン)と陰イオン(アニオン)から構成される液体の塩で、通常は常温でも液体状態を保つ。

代表的な構造には次のようなものが知られている。

  • 陽イオンの例:イミダゾリウム、ピリジニウム、コリンなど
  • 陰イオンの例:塩化物、硫酸塩、脂肪酸など

イオン液体の構造の柔軟性により、目的に応じて親水性・疎水性・生体適合性などを自在に調整できるのが大きな特徴である。

最近では、ε-カプロラクタム(カチオン)ミリスチン酸(アニオン)を組み合わせた「IL-Azone」という構造が注目されており、皮膚刺激性が低く、透過性が高いことが実験で確認されているらしい。

メドレックス社は、これらのイオン液体の性質を活かし、薬物をイオン液体化する、あるいはイオン液体に溶解させることで、皮膚からの浸透性を劇的に向上させることに成功した。つまり、医薬品の経皮吸収(皮膚から体内へ薬剤を送達)に革命を起こす技術を開発したのである。

ILTS®Ionic Liquid Transdermal System)は、イオン液体の特性を活かして、薬物の皮膚透過性を飛躍的に高める技術であり、特に以下のような薬物に効果を発揮すると期待されている。

  • 難溶性薬物
  • 高分子薬物(ペプチド・核酸など)
  • 従来の経皮吸収技術では対応できなかった成分

イオン液体の皮膚透過メカニズム

皮膚の最外層である角質層は、ケラチンと脂質で構成される強力なバリアである。この角質層というバリアのおかげで外部からの病原菌や異物などの侵入を防いでいるわけであるが、経皮吸収の観点からはこのバリアは大きな障壁をなっている。ここを突破するには、分子の工夫が必要であり、イオン液体にはこのバリアを突破する力があるようだ。

イオン液体の皮膚透過メカニズムとしては、以下のような説が考えられている。

  • 角質層の脂質構造を一時的にゆるめる
    • イオン液体が角質層の脂質に浸透し、薬物が通りやすくなる隙間を作る
  • 薬物の溶解性と疎水性を高める
    • 難溶性薬物でも皮膚内に溶け込みやすくなる
  • 薬物と一体化して透過性を向上
    • イオン液体自体が薬物のキャリアとなり、角質層を通過しやすくする

さらに、生体適合性の高いイオン液体を使えば、皮膚への刺激を抑えつつ、薬剤の吸収効率を高めることができる。

尚、イオン液体は親水性薬物の透過性を高める一方、疎水性薬物には逆に透過を抑制することもあるため、薬物の性質に応じた設計が重要である。


イオン液体を用いた製剤技術のチャレンジ

メドレックス社は、イオン液体を活用した独自の経皮吸収型製剤技術を確立した。そのメドレックス社独⾃の技術は、ILTS®(Ionic Liquid Transdermal System)と名付けられている。

⽪膚は⼈体にとって、外界からの異物侵⼊に対する第⼀のバリア
であるため、従来型の経⽪吸収技術では⽪膚から⼊りにくい薬剤の種類が多く、それらを製剤化して医薬品にすることが困難であった。そこで、イオン液体の活⽤により、貼付剤(貼り薬)にで
きなかった薬剤を貼付剤にできる道を切り拓いたのがメドレックス社のILTS®技術であると言える。

イオン液体化すれば、融点が低く(100℃以下)、常温では液体
になり、蒸気圧もほぼゼロとなる。さらに不燃性で溶解性にも優れた特性が⽣じてくる。

イオン液体は、これまでリチウムイオン電池や太陽電池など他産業での活⽤に限られていたが、医薬品業界で世界に先駆けて実用化(実装化)したのがメドレックス社である。

メドレックス社は、パイプラインごとに製剤特許を取得しており、⾼い参⼊障壁を築いているのも特筆すべき点である。

ILTS®技術で、特に注目されているのが、難吸収性の薬物を皮膚から効率的に吸収させるという点である。この技術の核となるのは、脂肪酸とアミンを中和して得られるイオン液体である。

ILTS®の主な技術的特徴:

  • 水を含まない液体塩として安定性が高い
  • 皮膚への刺激も少ない
  • 薬物とイオン液体の組み合わせで皮膚透過性を飛躍的に向上
  • 従来の経口投与や注射に代わる、非侵襲的な投与方法を実現
  • 副作用の軽減や服薬コンプライアンスの向上にも貢献

メドレックス社は下記のような技術資産を蓄積していることからでもイオン液体の医薬品への応用に関してのパイオニアである。

  • 安全性の高いイオン液体ライブラリー
    • 人体への使用実績のある化合物を組み合わせたライブラリーを活用し、安全性にも配慮したライブラリーを構築
  • 皮膚バリアを突破するために薬物ごとの最適なイオン液体を選定できるノウハウ
    • 薬物をイオン液体化する、または
    • イオン液体に溶解させる
  • 貼付剤・塗布剤などへの製剤化技術
    • 使いやすい剤形に加工するノウハウも蓄積済み

従来の吸収促進剤との比較

ILTS®の特徴:

  • イオン液体を活用
    • 常温で液体状態の塩(融点100℃以下)を使用し、薬物をイオン液体化またはイオン液体に溶解
  • 高極性・不揮発性・高イオン伝導性で皮膚バリアを突破
  • 難溶性薬物や中分子(核酸やペプチド)にも対応可能
  • 人体使用実績のある化合物を組み合わせたライブラリー保有
  • 薬物の物理化学的性質に合わせて最適なイオン液体を選定できるノウハウあり

従来の吸収促進剤の特徴:

  • 界面活性剤脂質修飾剤可溶化剤などを使用
  • 角層の脂質二重膜を一時的に乱すことで透過性を高める
  • 薬物の水溶性・脂溶性バランスを調整(プロドラッグ化など)
  • 皮膚刺激性や細胞毒性の懸念があるものも存在
  • 経皮吸収経路は主に角質層経由で、付属器官(毛穴など)の寄与は限定的

比較評価のまとめ

比較項目ILTS®技術従来の吸収促進剤
主な作用機序イオン液体による浸透性向上角質層の構造変化による透過促進
対応可能な薬物難溶性薬物・核酸医薬・ペプチド医薬など低分子薬物が中心
安全性使用実績のある成分で構成一部に皮膚刺激性の懸念あり
製剤化の自由度貼付剤・塗布剤など多様な形態に対応基剤との相性に依存
技術の拡張性ライブラリーと
選定ノウハウあり
個別設計が必要

ILTS®は、まるで水が岩の隙間をすり抜けるように、薬物の浸透性をスマートに高める経皮吸収技術である点が大きなアドバンテージであると言えよう。


ILTS®を活用した製剤開発事例

ILTS®は、難溶性薬物や中分子医薬を経皮吸収へ導くことができる革新的な製剤技術であり、メドレックス社のパイプラインから以下のような製剤開発事例を知ることができる。

Bondlido(リドカイン・テープ剤)

ILTS®を適用した初のFDA承認品目がリドカイン・テープ剤(製品名:Bondlido)である。ILTS®によってリドカインの経皮浸透性が向上し、貼付剤としての利便性と薬理効果が両立された製品であるとされる。

帯状疱疹後の神経疼痛治療薬として、米国で2025年9月24日に承認され、既存のLidoderm®市場をターゲットに展開予定である。この承認事例により、ILTS®が実装化可能な製剤技術であることを証明できたことは大きなマイルストーンである。

MRX-4TZT(チザニジン・テープ剤)

次期大型開発品として注目されているのがチザニジン・テープ剤(開発コード:MRX-4TZT)である。この製剤は、筋緊張緩和薬であるチザニジンを経皮吸収型テープ剤に製剤化したもので、ILTS®によって従来経皮投与が困難だった薬物の吸収性を改善している。

2025年末からフェーズII試験が開始され、最大で10億ドル規模の市場が期待されているという。

中分子医薬への応用

ILTS®は、核酸医薬やペプチドといった中分子薬物の経皮吸収にも対応可能であるのが大きなアドバンテージである。メドレックス社は、薬物をイオン液体化する、あるいはイオン液体に溶解させることで、皮膚のバリアを突破する浸透性を飛躍的に向上させることに成功している。


社会的インパクトと応用可能性

ILTS®の技術は、下記のような領域での活用が期待されている。

  • 神経系疾患
    • うつ病・アルツハイマー型認知症など
    • 持続的な血中濃度の維持で、長時間作用型製剤の開発
    • QOLと服薬アドヒアランスの向上
  • 疼痛管理
    • 局所作用型の持続的な鎮痛効果
  • 小児・高齢者医療
    • 嚥下(飲み込み)困難な患者への代替手段
  • 慢性疾患
    • 安定した血中濃度の維持による治療効果の向上
    • 安定した薬物放出と高いバイオアベイラビリティ
  • 感染症予防
    • 経皮ワクチンなど非侵襲的な免疫誘導
    • 痛みなしで免疫誘導が可能に

さらに、医薬品のライフサイクルの延長や新規剤形の開発にも繋がるため、製薬業界全体にとっても大きな可能性を秘めた製剤技術であると言えよう。

この技術は、これまで注射剤として製剤開発されてきたペプチド医薬や核酸医薬などの中分子医薬にも応用可能で、注射に代わる非侵襲的な投与方法として期待される。


未来への展望

メドレックス社のイオン液体製剤技術であるILTS®は、単なる経皮吸収技術にとどまらず、製剤設計の新たなプラットフォームとしての可能性を秘めている。特に、核酸医薬やペプチド医薬の分野では、非侵襲的な投与法として大きな期待が寄せられている。

昨今、FDAによって承認された初のILTS®を活用して製剤化されたリドカイン・テープ剤(製品名:Bondlido)は、既存のLidoderm® 市場(米国で年間数百億円規模)をターゲットに展開する予定であるらしいが、このILTS®製品の商業化が進むことで、メドレックス社は今後、他の難溶性薬物への応用拡大核酸医薬やペプチド医薬の経皮投与製剤化製薬企業とのライセンス契約や共同開発の加速など、まるで水が新しい流れを作るように医薬品開発の未来を変えていくポテンシャルを秘めている。

そして、それは単に技術革新に留まらず、患者中心の医療を実現するための鍵となるかも知れない。

今後は、より多くの疾患領域への展開や、国際的な臨床試験による実用化が期待される。


あとがき

メドレックス社が開発した独自技術、ILTS®(Ionic Liquid Transdermal System)はイオン液体を活用した経皮吸収型製剤技術であり、これまで皮膚からの吸収が困難だった薬物を貼り薬や塗り薬として製剤開発することを可能にする画期的な技術である。

ILTS®は、イオン液体というユニークな素材を活かし、薬物投与のあり方そのものを再定義する可能性を秘めている。

さらに、ILTS®の画期的なポイントは、薬物の性質に合わせて分子レベルで設計できる柔軟性を持っていることである。この柔軟性により、これまで製剤開発できなかったような課題を解決できる可能性がある。

今後の臨床応用や国際展開が進めば、医療現場に新たな選択肢をもたらすことになる。この経皮投与技術が、痛みのない治療、飲み忘れのない服薬、そしてより快適な医療体験へと繋がっていく未来はそう遠くはない。


【参考資料】

株式会社メドレックス
ILTS®|株式会社メドレックス
パイプライン|株式会社メドレックス