はじめに
MIT発の“魔法の糸”が、医療の未来を編み直す!
株式会社スリー・ディー・マトリックス(3Dマトリックス)は、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)で発明された自己組織化ペプチド技術を基盤に、止血材・再生医療・ドラッグデリバリーシステム(DDS)など多岐にわたる医療分野で革新を起こしている。
自己組織化ペプチドとは?
自己組織化ペプチド技術の核となるのは、両親媒性ペプチドがpHや塩濃度の変化に応じてナノファイバーを形成し、ゲル化するという性質である。このゲルは、体内で生体適合性の高い足場(スキャフォールド)となり、止血や細胞再生を促すと言われている。
自己組織化ペプチドの技術的な強みとしては、以下のようなものある。
- 注入可能なゲル製剤で操作性が高い
- 生体適合性が高く、炎症を起こしにくい性質
- 生体内分解性があり、体内に残らず自然に排出されるため安全性に優れる
- X線透過性があり、術中に確認ができる
- 分子設計により機能性(例えば、徐放性など)を自在にカスタマイズができる
- 薬物や核酸との複合化によるスマートなDDS設計が可能
止血材としての応用:PuraStat®
自己組織化ペプチド技術を活用して開発された代表的な製品は、「PuraStat®」と名付けられた吸収性局所止血材である。この製品は、内視鏡手術や外科手術で使用される。注入後すぐにゲル化し、出血部位に密着して止血を促進する。
この製品は、既に欧州・アジア・中東などで承認され、販売されている。米国でも2023年3月に承認されていて、消化管出血(Primary GI Bleeding)に対して使用されている。
残念ながら、日本ではまだ承認されていないが、国内でも実用化に向けた臨床研究が着々と進行中である。例えば、静岡県立静岡がんセンターでは、腹腔鏡下肝切除術における滲出性出血への有効性を探索する研究が行われている。このようにPuraStat®におけるグローバル展開が進行中である。
再生医療への展望
自己組織化ペプチドは、特定のアミノ酸配列が水中で自発的にナノファイバー構造を形成し、ゲル化する性質を持つバイオマテリアルである。そのため、このゲルは、細胞が増殖・分化するための足場(スキャフォールド)として機能し、組織修復や再生医療において非常に有望な素材として期待されている。
この再生医療の応用領域と研究事例としては以下のような心筋や神経などの再生を目指す研究開発プロジェクトが進行中である。
🔹 神経・筋肉・心筋の再生
東京農工大学では、酸化ストレスに応答して分解・保護機能を発揮する自己集合性ペプチド(JigSAP-MMM)が開発されている。この自己集合性ペプチドは、炎症組織や筋肉組織の保護に加え、再生医療への応用が期待されている。
🔹 幹細胞培養と組織修復
北海道大学では、正の表面電荷を持つA6Kペプチドナノチューブが、核酸や薬剤分子と相互作用し、細胞内デリバリーや組織修復に活用されている。
DDSとしての可能性
自己組織化ペプチドによるゲルは、薬物を包み込んで徐放性を持たせるDDS担体としても活用可能であるため、核酸医薬やペプチド医薬など、安定性や局所投与が求められる薬剤に対して、理想的なデリバリー手段となり得る。
京都工芸繊維大学では、自己組織化ペプチドナノファイバーを使って抗原ペプチドの樹状細胞への効率的な送達を実現し、がん免疫療法への応用が進められている。
あとがき
自己組織化ペプチドは、止血材・再生医療・DDSなど、複数の医療分野に横断的に応用可能なプラットフォーム技術として位置づけられている。この汎用性が、開発会社の3Dマトリックス社にとって、製品開発の幅を広げ、複数の収益源を生み出す基盤となっている。
既にに欧州・アジア・中東などで止血材「PuraStat®」が販売されていて、米国でも消化管出血に対する承認を取得済みである。さらに、ハーバード大学との共同研究成果がScience誌に掲載されるなど、国際的な信頼性と研究力の高さもビジネスの追い風になっている。
ペプチドナノファイバーは、核酸や薬剤分子と相互作用して細胞内送達を可能にするDDS担体としても注目されており、創薬支援プラットフォームとしての展開も視野に入っている。そのため製薬企業とのライセンス契約や共同開発の機会も増えていくと期待される。
3Dマトリックス社の成長戦略と収益モデルは、以下のようなものである。
- 製品販売+ライセンス収入のハイブリッドモデル
- 医療機関・学術研究機関との共同開発による技術拡張
- 中長期的には黒字化を目指す構造改革も進行中
革新的な技術ゆえに、市場教育や規制対応に時間がかかるなどの課題やリスクも存在する。しかしながら、3Dマトリックス社の経営陣はグローバルな知見を持ち、MIT発の自己組織化ペプチド技術の価値最大化に向けて着実に歩んでいるようである。今後の研究開発の進捗と、企業としての成功を期待したい!