はじめに
腸溶性製剤とは、薬(有効成分)が胃で分解されず、主に腸で有効成分を放出する製剤を指す。腸溶性製剤の必要性は、次の以下の通りである。
- 胃の保護
- 特定の薬(有効成分)が胃酸によって分解され、効果が低下するのを防ぎ、または胃への刺激を減少させる
- 標的部位への到達
- 腸で吸収されることで効果を発揮しやすい薬物に適する
- 徐放性効果
- 薬の放出タイミングを制御し、持続的な効果を提供する
腸溶性製剤は、胃に優しく、かつ精密な薬物届けを実現する技術であり、製剤技術の分野においては重要な役割を果たしている。そして、この腸溶性製剤の開発に欠かせないのが腸溶性コーティングと呼ばれる製剤技術である。腸溶性コーティングは、薬(有効成分)が胃酸によって分解されるのを防ぎ、主に小腸で有効成分を放出するよう設計された技術である。
この腸溶性コーティングにより、胃酸から薬の成分を守り、特定のpH環境で薬を効率的に届けることが可能になるわけである。場合によっては、胃の刺激を軽減したり、標的部位での薬効を高めたりする効果が期待される。
製剤技術としては、腸溶性コーティングの基材にpH感受性ポリマーを使用する。このポリマーは胃の酸性条件では溶解せず、腸の中性条件に到達すると溶解して薬を放出する。この製剤設計により、特定の条件下で薬剤を効果的に届けることができるようになる。本稿では、その製造技術について詳しく説明したい。
適切な基材選び
腸溶性コーティングで第一に重要なポイントは、目的に合致する適切なpH感受性ポリマーを選択することである。一般的には、ヒプロメロースフタル酸エステルやメタクリル酸コポリマーなどがよく使用される。特定のpH範囲で溶解するポリマーが選ばれるが、有効成分を胃酸から守りたい場合はpH 5.5以上で溶解するものが適している。
腸溶性コーティングに使用可能なpH感受性ポリマーとしては、次のようなポリマーが知られている。
- メタクリル酸コポリマー
- 腸溶性製剤で一般的に使用されるポリマー
- 特定のpH範囲で溶解する
- Eudragit®シリーズが有名
- Eudragit® L
- pH 5.5以上で溶解
- 主に腸溶性コーティングで使用
- Eudragit® S
- pH 7以上で溶解する特性がある
- 遅延放出が求められる場合に適している
- Eudragit® FS
- pH 7以上で溶解する
- 主に大腸での薬物放出を目的としている
- Eudragit® L
- ヒプロメロースフタル酸エステル
- 別名、HPMCフタル酸エステル
- pHに応答する溶解特性を持つ
- 腸溶性コーティングに適している
- アクリル酸エステル共重合体
- 様々な薬物製剤で使用されている
- ポリビニルアセテートフタレート(PVAP)
- 酸性環境では安定であり、中性に近いpHで溶解する
これらのpH感受性ポリマーは、腸溶性製剤において効果的な薬物放出を可能にするために利用されている。
溶解特性や操作性の調整
pH感受性ポリマーの選択によって溶解のタイミングをコントロールする。使用する薬剤(有効成分)に応じて、Eudragit® LやSなど、特定のpH範囲で溶解するポリマーが選ばれる。例えば、有効成分を胃酸から守りたい場合はpH 5.5以上で溶解するものが適している。
また、コーティング液中のポリマー濃度を調節し、膜の厚みを制御することで溶解タイミングを微調整できたりもする。
さらに、他の水溶性ポリマーは補助的に利用されることがある。例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)は徐放性を追加したい場合に使われることがある。
フィルムコーティングによりポリマー被膜を形成させる場合は、フィルム層の柔軟性を付与するために使用するポリマーに適した可塑剤を使用するのが一般的である。例えば、Eudragit® Lにはクエン酸トリエチルやトリアセチンが使用される場合が多い。
また、メタクリル酸コポリマー(Eudragit®シリーズ)は、フィルムコーティング中にタッキングを起こしやすいポリマーである。タッキングとは、フィルムコーティング中に錠剤同士が表面でくっついてしまう現象(スティッキング)を指す。この現象が発生すると、錠剤の品質に影響を与えたり、コーティングの均一性が損なわれたりするので、防止しなければならない。
タッキング防止のために、タルクやステアリン酸マグネシウムが付着防止剤として使用されるのが一般的である。これらの付着防止剤は、コーティングされた錠剤表面に滑り性を加えることで、錠剤同士の粘着を防ぐ働きがある。また、噴霧条件や乾燥速度を調整することもタッキング防止の有効な対策になる場合もある。
製剤試験の実施
腸溶性コーティングが施された腸溶性製剤の製剤試験は、品質と効能を確保するための重要なプロセスである。特に、溶出試験や崩壊試験を実施して、製剤の品質を評価し、目的とする品質を確保する必要がある。溶出試験と崩壊試験は以下のようにして実施される。
溶出試験
溶出試験は、製剤中の有効成分が体内で適切に溶解し、吸収される特性をIn vitroで確認するために行われる。
- 試験液
- 日局溶出試験用第1液(酸性;pH 1.2)と第2液(中性;pH 6.8)の2種類の試験液を使用
- 第1液は胃液を模擬した酸性液(pH 1.2)
- 第2液腸液を模擬した中性液(pH 6.8)
- 日局溶出試験用第1液(酸性;pH 1.2)と第2液(中性;pH 6.8)の2種類の試験液を使用
- 方法
- 溶出試験装置(パドル法またはバスケット法)を使用し、規定時間ごとの薬剤溶出率を測定する
- 評価
- 規定の時間内に目的とする溶出率を満たすかを確認する
- pH 1.2では溶出がほぼ認められないこと
- pH 6.8で規定された時間内に一定の溶出率(通常85%以上)に達することを確認する
- 規定の時間内に目的とする溶出率を満たすかを確認する
崩壊試験
崩壊試験は、腸溶性製剤が消化器内で適切に崩壊するかどうかをIn vitroで確認する試験である。
- 試験液
- 日局崩壊試験用第1液(酸性;pH 1.2)と第2液(中性;pH 6.8)を使用
- 方法
- 崩壊試験器を使用する
- 規定時間内での腸溶性製剤の崩壊状況を観察する
- 判定方法
- 酸性液(pH 1.2)で120分間崩壊しないことが基準となる
- 胃内では崩壊しないことを確認している
- 錠剤が壊れたり、膜が剥離しないかを観察して評価
- 中性液(pH 6.8)では60分以内に崩壊すること
- 腸内では崩壊することを確認している
- 酸性液(pH 1.2)で120分間崩壊しないことが基準となる
これらの製剤試験は、腸溶性製剤の信頼性を確保する上で非常に重要である。
あとがき
腸溶性コーティングに関する製剤技術は奥が深い分野である。腸溶性コーティングは、どちらかと言えば、有機溶剤を使用した方がコーティング操作は比較的容易である。しかし、今日では製薬会社の製剤工場では環境への配慮から有機溶剤を使用することはほとんどなくっているのが実情である。
代わって、水系コーティングが主流となっているが、その水系コーティング技術もかなり高度な製剤技術である。例えば、アスピリン腸溶錠に適用されている水系コーティング技術は、湿度が高い環境での薬剤(アスピリン)の安定性を保持している点で技術的に非常に注目すべきものである。
また、腸溶性コーティングにおいては、添加剤の選定も製剤研究技術者の腕の見せ所となる。ラウリル硫酸ナトリウムやポリソルベート80などの界面活性剤、タルクやステアリン酸マグネシウムなどの付着防止剤、クエン酸トリエチルやトリアセチンなどの可塑剤などが腸溶性コーティング剤(pH感受性ポリマー)と組み合わせることが多い。どの添加剤を選び、その使用量を決定するのが製剤設計者の仕事である。この製剤処方いかんで腸溶性製剤の品質が決定されるし、コーティング中のトラブル発生の頻度も決まってくるので、製剤設計者の責任は重大である。
また、プロセス開発においては、フィルムコーティングの噴霧条件、乾燥温度、錠剤床の混合性など、コーティング操作中の環境管理が品質向上の鍵となってくる。この段階で十分な検討をしておかないと、一般的なトラブルシューティングでは腸溶性製剤の製造トラブルを解消することはできない。
腸溶性コーティング技術は、腸溶性製剤の品質と効能を確保するために重要な役割を果たしている。そして、腸溶性コーティング技術は、一般的なコーティング技術に比べ、より高い精度が求められる製剤技術である。だから、腸溶性コーティング技術を習得すれば、コーティング技術については免許皆伝と言ってよいと思う。若き優秀な現役の製剤研究技術者にエールを送りたい!