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凍結乾燥 製剤技術

食品産業での凍結乾燥技術の進歩に学ぶ医薬への応用

はじめに

凍結乾燥法フリーズドライ法;freeze drying method)は、医薬品産業でも応用されているが、凍結乾燥法を最初に用いたのは食品産業である。

凍結乾燥法は、食品の水分を氷点以下(例えば、ー40℃前後)の低温で凍結させ、水分を真空状態(例えば、1~0.1 mmHg)で昇華(固体の氷から直接気体の水蒸気へ変化)させて除去し、食品の水分含量を5%以下まで乾燥する方法である。

凍結乾燥技術は、1955年の頃から一般消費者向けの凍結乾燥食品(例えば、インスタントコーヒーや各種フリーズドライ食品)の製造に利用されるようになったと言われている。私が生まれる前から凍結乾燥技術は存在していたことになる。かなり長い歴史を有する技術である。

食品産業における凍結乾燥技術は、従来の加熱乾燥法では難しかった食品の風味・栄養成分・外観の保持を可能にするだけでなく、近年の技術進歩により生産効率や品質管理面でも大きく進化しているようである。

医薬品の凍結乾燥プロセスの最適化検討のため、まずは食品産業での凍結乾燥技術の進歩について学んでみようと思う。そして十分に学んだ上で、医薬品開発への応用を考えたいと思う。

目次
はじめに
食品産業における凍結乾燥技術の進歩
食品産業における凍結乾燥技術の応用例
果実・野菜のフリーズドライ製品
インスタント食品・即席スープ
インスタントコーヒー
調理済み食品やレトルト食品の付加価値向上
食品産業における凍結乾燥を支える技術
食品産業が克服してきた凍結乾燥の課題
あとがき

食品産業における凍結乾燥技術の進歩

凍結乾燥プロセスは、食品中の水分をまず凍結させ、その後真空状態で氷を直接昇華させることで行われる。この過程では、低温での処理が可能なため、熱に弱いビタミンや風味成分、食感を劣化させずに保存できる点が魅力である。

近年の研究では、食品の内部に形成される氷結結晶の大きさや分布が、最終製品のテクスチャーや再水和性に大きく影響することが明らかになり、凍結条件や加熱プログラム、真空レベルの精密な制御が強調されている。

また、最新の技術では、プロセスの各段階における輸送特性(例えば、熱伝導率や乾燥層の透過性)を自動的に測定するシステムが導入され、数学モデルによる最適化が進んでいるという。これにより、従来よりも短時間で均一な乾燥が可能になり、エネルギー効率の向上とともに大量生産の現場での運用がより現実的になっている。例えば、卵スープのような液状食品の凍結乾燥において、従来の手法では困難だった短時間での再現性の高いプロセス制御が実現され、製品の品質保持に寄与しているという。

さらに、新しいイメージング技術(例えば、微小断面の3次元構造解析システムなど)の活用により、食品内部の氷結構造を可視化することが可能となった。これにより、凍結段階での微細な氷晶形成の影響を定量的に評価でき、乾燥プロセス中の構造変化を細かく把握することができる。結果として、食感、外観、保存性などの品質保持に最も適したプロセスパラメータが導き出され、各種食品に対してきめ細やかな対応が可能になっているという。

これらの凍結乾燥技術の進歩は、食品だけでなく医療や化粧品など、熱に弱い成分を含む他の産業分野にも波及しており、製品の多様化と高付加価値化に貢献している。

将来的には、IoTやAIによるプロセスモニタリングのさらなる高度化で、リアルタイムなフィードバック制御が実現すれば、さらに効率的で高品質な凍結乾燥プロセスが普及することが期待されていると言われている。

さらに、今後は新たな素材や組み合わせ技術、さらには多段階凍結乾燥などの革新的なアプローチについても注目が集まるようである。例えば、従来の凍結乾燥による乾燥層の均一性や再水和性という技術的課題に、ナノレベルの制御技術を応用する研究も始まっており、食品の風味や栄養素の保存面でさらなるブレイクスルーが期待されているという。

このように、凍結乾燥技術は食品産業において単なる保存方法を超え、製品の付加価値を高めるための重要な技術として進化を遂げている。これらの進歩は、今後の食品の高機能化や新商品開発だけに留まらず、グローバルな流通システムの確立にも大きな影響を与えると指摘されている。


食品産業における凍結乾燥技術の応用例

凍結乾燥技術は、食品の持つ風味や栄養、外観をほぼそのまま保ちながら保存期間を大幅に延ばせるため、さまざまな応用例が実現されている。食品産業における凍結乾燥技術の応用例としての具体例について、その特徴をみていきたい。医薬品開発へのヒントが得られるかも知れないからだ。

果実・野菜のフリーズドライ製品

イチゴやバナナ、マンゴーなどの果実、さらにはほうれん草やブロッコリー、にんじんなどの野菜は、凍結乾燥によってその本来の色、香り、栄養価が維持されている。

これらは、直接スナックとして食べたり、シリアル、ヨーグルトやベーカリー製品のトッピングとして利用されたりする。熱による栄養素の損失が最小限に抑えられるため、健康志向の高い消費者向けに特に魅力的な製品となっているという。


インスタント食品・即席スープ

最新の技術では、卵スープなどの液状食品を対象に、従来の乾燥法では困難だった均一な乾燥と再水和性の高い製品作りが実現されているという。

高精度な温度管理と真空制御、さらにはプロセス中の物性(氷結結晶の大きさや分布)をモニタリングするシステムの導入によって、風味とテクスチャーを維持しながら生産効率を上げることが可能になっているらしい。

これらの技術により、非常食や災害時の備蓄品、あるいは宇宙食や軍用食品といった、長期間保存を必要とする即席食品の分野での応用が進んでいるという。


インスタントコーヒー

従来のスプレードライ方式に比べ、凍結乾燥は低温処理で行われるため、コーヒー豆の微細な香り成分や風味がより忠実に保存されるという。

その製法は、濃縮されたコーヒー液を-40℃前後の低温で凍結させ、真空状態で昇華させると氷の結晶があった部分はそのまま空間として残り、大粒の粒子ができる。この製法は低温処理のため、コーヒーのアロマ(香り)がより良く保存されるという。

その結果として、品質の高いインスタントコーヒーとして消費されるほか、カフェや高級レストラン向けの特別なコーヒー製品としても注目されているらしい。


調理済み食品やレトルト食品の付加価値向上

調理済み食品の場合、凍結乾燥技術を応用することで、加工済みの料理(カレー、シチュー、パスタソースなど)の再加熱時に、出来立てに近い味と食感を取り戻せるよう工夫されている。

また、凍結乾燥した状態で流通・保存することで、輸送中の品質劣化を防ぎ、結果として高品質なレトルト食品の製造が可能になるという。


食品産業における凍結乾燥を支える技術

    食品産業における凍結乾燥技術の応用例に共通するのは、凍結乾燥によって食品成分の微細な構造までコントロールできる点である。

    近年では、食品内部の氷晶の分布や大きさを3次元イメージングで解析し、最適な乾燥パラメータを導き出す技術が開発され、製品の再現性や食感の向上につながっているとされる。

    これらの進歩は、新たなニーズに応える画期的な製品づくりを支えており、従来の加工技術では実現できなかった高付加価値製品を生み出す可能性を秘めている。

    さらに、今後はIoTやAIを活用したリアルタイムモニタリングにより、プロセスの微調整が可能となり、より多様な食品への応用(例えば、複合食品や発酵食品の乾燥工程)や、省エネルギー、環境負荷の低減も期待されているという。

    これらの技術革新は、食品産業全体の効率化と品質向上に大きく寄与するとともに、消費者の豊かな食生活を支える重要な要素となっていくと期待されている。


    食品産業が克服してきた凍結乾燥の課題

    凍結乾燥法は物理的・化学的変性の少ない高品質な乾燥製品が得られる乾燥技術であることから、食品産業分野での適用範囲の拡大が期待されている。

    その一方で、従来の乾燥法と比較してコスト面で割高であるという課題がある。これを改善するために凍結乾燥装置の最適運転操作法を確立する必要があったという。

    食品材料の凍結乾燥速度は、材料乾燥層の熱および物質移動速度に律速されるので、これを予測するためには材料に形成される乾燥層の移動物性値、すなわち熱伝導率と水蒸気の透過係数を非定常法で測定することが不可欠となる。

    しかしながら、凍結乾燥食品の移動物性値を定量的に測定した研究例は数少なく、また材料の凍結挙動を予測することが困難であるため、乾燥の前処理としての凍結工程を含めた凍結乾燥の全工程の最適化を検討することは不可能であると思われた。

    さらに、実用規模の凍結乾燥操作は材料の品質劣化を招かない加熱温度条件を経験的に決定し、その温度を採用して加熱棚温度一定の条件下で行われる。この方式では乾燥工程に20hr以上を必要とし、これに乾燥前後の処理工程に要する時間を加えると24hr以上を必要としている場合が多い。

    このため作業員の就労時間帯がシフトすることとなって、雇用のための費用が割高となるとともに、凍結乾燥工程のエネルギーコストも高くなっている。

    これらの問題に対処するためには、対象材料ごとに材料表面の最適加熱温度プログラムを設定し、乾燥時間の短縮を図る必要がある。すなわち、凍結乾燥装置の最適運転操作法を決定するためのシミュレーションモデルの開発が望まれていたわけである。

    食品材料の最適乾燥プロセスを検討するために、高濃度塩分材料の代表としてミソペーストを、成形加工食品の代表として卵スープをそれぞれ試料に選び、その凍結乾燥特性と乾燥層の熱伝導率および透過係数を測定した結果、両試料ともその表面温度は55℃まで設定可能であることが分かったという。

    また、高濃度塩分材料の乾燥速度は熱移動律速であること、熱伝導率は試料濃度が高いほど大きな値を示すこと、透過係数は圧力依存性を有することがそれぞれ認められた。また、卵スープについては、乾燥時間の短縮および24hr以内の乾燥サイクルの実現可能性が示唆された。

    また、細胞質材料の代表としてスライスリンゴを、比較対照試料としてすりおろしリンゴを選び、スライス試料については両面輻射加熱方式、すりおろし試料については片面輻射加熱方式によりそれぞれ凍結乾燥した。その結果、スライス試料では表面温度を10℃以上に設定することが困難であったのに対し、すりおろし試料では70℃まで設定可能であったという。

    また、両試料の移動物性値を比較すると、熱伝導率はほぼ同じ値を示すのに対し、すりおろし試料の透過係数はスライス試料の4倍以上大きい値を示した。さらに、すりおろし試料の移動物性値に及ぼす凍結速度の影響が顕著にみられ、特に透過係数は凍結速度により決まる材料内部の氷結晶サイズに依存することが分かった。

    これらの結果から、組織の構造が破壊されたと考えられるすりおろし試料の乾燥速度は熱移動律速であるのに対し、スライス試料の乾燥速度は材料乾燥層を通過する水蒸気の移動抵抗により律速されることが確認された。

    溶液系材料について、乾燥材料を半径が均一な毛細管束とみなした乾燥層モデルに含まれる幾何学的構造パラメータから透過係数を予測するための材料構造モデルが提唱されたが、このモデルに基づき計算された透過係数の理論値は、スライス試料の透過係数の実測値と比較して10倍以上大きい値を示した。

    そこで、細胞質材料の透過係数を予測するために、従来のモデルを補正し、水蒸気分子移動に対する細胞膜抵抗を考慮した材料構造モデルが提唱された。当該モデルでは、均一な円柱状の細胞が直列に配置されており、それぞれの細胞膜が固有の膜抵抗値を有しているものと仮定された。また、顕微鏡観察の結果から、細胞の平均半径を150μmとし、スライス試料の細胞膜一枚の膜抵抗値を当該モデルにより推算した。

    このようにして、細胞質材料を試料とした乾燥実験より透過係数値を計算し、他方乾燥材料の顕微鏡観察などにより細胞一個のサイズが分かれば、ここに述べたモデルにより単一細胞膜の水蒸気移動抵抗値を計算することが可能となった。すなわち、膜抵抗値推算モデルは、リンゴだけではなく他の細胞質材料の透過係数を予測するための一つの手法として利用可能であると考えられた。

    また、凍結乾燥の前処理凍結プロセスを一次元的にシミュレーションすることを目的として、白樫らによって提唱された「生体凍結モデル」を簡略化したモデルが提唱されている。このモデルでは、凍結保護剤を用いた生体組織の凍結保存プロセスを正確に記述されている。具体的には熱・物質同時移動方程式、Kedem-Katchalsky式により表現される膜輸送、熱平衡状態を仮定した細胞外凝固モデルおよびTonerらの細胞内核生成モデルに従って過冷却が起きるものとする細胞内凝固モデルから構成される。しかしながら、本モデルは複雑な数式や測定不可能なパラメータをいくつか含むために、モデルの妥当性の検証した研究例は赤血球およびブタ頸動脈にとどまっており、また食品材料に対する適用性は未だに検証されていない。

    結局のところ、白樫モデルにおける細胞外凝固モデルおよび熱伝導方程式のみを食品材料に対して適用し、これをTienらが提唱した三層凍結モデルと組み合わせることにより、食品材料を対象とする新たな簡略化凍結モデルが開発されている。

    凍結材料は冷却面に近い層から凍結層、移動境界層および未凍結層の三層からなり、未凍結層と移動境界層との界面が材料表面に到達すると同時に未凍結層は消滅し、凍結層が形成されるものと仮定された。また各層の界面温度はそれぞれ相図上の凍結点および共晶点温度で一定とした。モデル計算は二つのステップに分けられ、第一段階では界面移動速度をMurray-Landisの移動温度点法により計算し、凍結時間の関数として表現されている。そして界面移動速度の時間回帰式を入力データとし、第二段階の数値計算で三層凍結モデルを用いることにより、固定点温度の経時変化を求めることが可能となるという。

    このように、食品産業が凍結乾燥技術を一早く取り入れてきたという長い歴史を有する分、凍結乾燥の技術的課題に対する取り組みも詳細にわたって深く広く研究開発が続けられている。この食品産業が有する凍結乾燥技術を何とか医薬品開発にも応用していけないものであろうか。


    あとがき

    医薬品分野でも凍結乾燥の基本原理は同じであり、食品産業で確立された技術やプロセスのノウハウの一部は、リポソーム製剤や抗体医薬品の凍結乾燥にも応用できる可能性がある。しかしながら、医薬品の場合は食品よりも遥かに厳しい品質管理や製剤特有の安定性確保が求められるため、若干の調整が必要である。

    食品産業と医薬品産業のどちらの分野でも、凍結乾燥はまず製剤中の水分を凍結させ、次に低温・真空下で主乾燥(一次乾燥)および副乾燥(二次乾燥)の段階を経て水分を除去することには変わらない。このプロセスは、食品において風味や栄養素を保存するのに有効であると同時に、医薬品でも生物学的活性や構造を維持するための基本技術として用いられている。

    医薬品特有の課題と対応策

    リポソームの場合、脂質二重膜の一体性を保つことが極めて重要である。凍結・乾燥工程で無秩序な氷結晶が形成されると、膜構造が損なわれ、薬物の漏出や生体での分布が変化するリスクがある。これを防ぐため、糖類(トレハロースやスクロースなど)や他の凍結保護剤(クライオプロテクタント)を添加して、リポソームの構造を安定化させる工夫が行われている。

    また、抗体医薬では、タンパク質の高次構造を保持するため、最適な凍結速度、バッファー選定、添加剤の使用が不可欠である。これらの調整は、食品用のプロセス条件をそのまま転用するのではなく、医薬品としての安全性および有効性を確保するために精緻に最適化される必要がある。

    技術的進展と応用事例

    近年では、食品産業で導入された高度なプロセスモニタリング技術やイメージング技術が、医薬品の凍結乾燥工程でも参考にされるケースが増えている。例えば、凍結中の氷晶形成の微細な変化をリアルタイムで検出する技術は、リポソームの膜の破損リスクを低減するうえで有用であるとされる。

    また、工程の最適化および再現性の向上は、GMP基準をクリアしなければならない医薬品製造において、非常に重要な要素となっている。

    以上のことをまとめると、食品産業での凍結乾燥技術に基づくプロセスや制御手法は、医薬品分野にも応用可能であるが、製剤ごとの特性に応じた条件の再最適化が不可欠である。

    特に、リポソーム製剤や抗体医薬品の場合、構造の安定性、生体適合性および再溶解性を保つための特殊な添加剤や緻密なプロセス管理が求められる。そのため、食品産業で培われた技術の進歩と医薬品としての厳格な要求事項との融合が、今後の製剤技術の一層の向上につながっていくと期待される。

    凍結乾燥技術は、ワクチンや遺伝子医薬品など他の生物学的製剤への応用も進んでおり、AIやIoT技術を導入したリアルタイムプロセス管理が、医薬品の品質向上と効率化を推進する可能性がある。各種文献や研究事例を参照して、具体的なプロセス改善策や添加剤の役割についてさらに探求する必要がありそうだ。


    【参考資料】

    超凍結乾燥|アルバック未来技術協働研究所|研究・開発|アルバック
    食品凍結乾燥技術の進歩と実用操作への応用
    食品凍結乾燥技術の進歩と実用操作への応用
    食品乾燥の基礎知識と実用技術への応用
    リポソームの機能と医薬への応用

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