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“Nose-to-Brain”経路を開拓する経鼻投与システム

はじめに

Nose-to-Brain経路を用いた経鼻投与システムは、従来の全身投与では乗り越えにくい血液脳関門(BBB)をバイパス(回避)して、薬剤を直接中枢神経系(CNS)に届けるための革新的なアプローチである。

本稿では、その仕組みや特徴、応用例、そして課題について取り上げたいと思う。

目次
はじめに
経鼻投与システムに着目する理由は?
BBBとは
鼻粘膜から脳への薬物移行経路
基本メカニズム
製剤設計とキャリア技術
臨床的応用分野
経鼻投与システムの技術的課題
あとがき

経鼻投与システムに着目する理由は?

経鼻投与システムは、血液脳関門(BBB)を回避し、迅速・高効率な薬剤送達を実現できる点で大きな強みを持っていると言われている。特に中枢神経系(CNS)の疾患においては、従来の方法では得られなかった速やかな効果や安全性の向上が期待され、今後の医療現場での応用可能性が非常に高いと思う。


BBBとは

血液と脳組織との間には血液脳関門Blood-brain barrier, BBB)が存在しており、薬物の脳移行を制限している。

BBBの解剖学的実体は脳毛細血管であり、内皮細胞同士が密着して結合しているという。BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する機能を有しているらしい。

BBBには、多様なトランスポーターや受容体が内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現し、協奏的に働くことによって、循環血液と脳実質間での輸送を厳密に制御している。

BBBがこのような機能を有していることから、中枢に作用し、かつ、良好な脳移行性を持った薬剤がなかなか開発できないのが現状である。


鼻粘膜から脳への薬物移行経路

そこで、鼻腔から鼻粘膜を通じて脳に直接つながる薬物移行経路が着目され、脳への効率的かつ非侵襲的な薬物送達ルートとして盛んに研究されているわけである。

鼻腔と脳組織との間には血液を介することなく、直接、脳組織に通じる薬物移行経路が存在することが確認されている。このルートを使えばBBBを迂回して脳への直接送達が可能になるというわけである。もし、これが実現すれば、水溶性が高く、分子量が大きいペプチド医薬品も有効な量を脳へ送達させることができるかも知れない。なんと素晴らしい!


基本メカニズム

直接送達の道筋

経鼻投与では、薬剤が鼻腔内の特に上部に位置する嗅覚領域三叉神経の分布域に吸着・浸透し、そこから脳へと直接運ばれる。

嗅覚神経は、鼻腔と大脳皮質とを直接結ぶため、この経路を利用することで薬剤が速やかに脳に到達することが期待される。

輸送経路

嗅覚神経経路では、鼻腔の嗅上部にある嗅覚上皮から、神経細胞を介して嗅球へ薬剤が運ばれる。

三叉神経経路では、鼻腔の外側や下部に存在する三叉神経の末端を介して、脳幹や大脳皮質に薬剤が到達する可能性がある。

    これらの経路により、薬剤は従来の全身循環を経由することなく直接脳に作用させることが可能となると期待されている。


    製剤設計とキャリア技術

    粘膜との相互作用

    薬剤にはやや粘着性(ムコアドヘーシブ)を持たせることで、鼻腔内での滞留時間を延ばし、効率的な吸収を実現する試みが進められている。このような製剤学的工夫により、薬剤が鼻腔の乾燥や粘液のクリアランスによって急速に除去されるのを防ぐことができる。

    新規キャリアの活用

    経鼻投与システムでは、薬剤の安定性や浸透性を高めるために、ナノ粒子リポソーム固体脂質ナノ粒子およびポリマー系キャリアなどの微細デリバリーシステムが研究されている。

    これらの新規キャリアにより、粘液膜への付着時間が延び、薬剤の局所吸収が促進されるとともに、局所酵素による分解が抑制される製剤学的工夫が施されているという。


    臨床的応用分野

    疼痛管理や脳腫瘍治療

    痛みのコントロールや局所的な脳内腫瘍への直接的に治療薬を送達するために、経鼻システムは副作用を低減しつつ効果的な薬剤投与を実現できる可能性が高いと期待できる。

    神経変性疾患への治療

    アルツハイマー型認知症血管性認知症(脳卒中後のリハビリ)、パーキンソン病てんかん、はうつ病不安障害など、従来の治療法で脳内到達が難しい薬剤に対して、経鼻投与は有望な治療法として注目されている。

    急速な作用開始が求められる脳卒中や急性の神経炎症にも、こうしたアプローチが検討されているようである。


    経鼻投与システムの技術的課題

    製剤の鼻腔内滞留性と製剤からの薬物溶出バランスが経鼻吸収率を決定する重要な因子であることが知られている。鼻腔内の水分量は消化管に比べて少なく、粉末状製剤の投与では、製剤からの薬物の溶出性がその後の吸収に大きく影響を与えるらしい。

    このバランスを最適化するにはどうすればよいのだろうか? 

    粉末製剤では鼻腔内滞留性は達成できそうだけれども溶出性の問題が残る。一方、液体製剤では溶出性の問題は解決できそうだけれども鼻腔内滞留性をどうやって持続させようか? ちょっと考えただけでもなかなか興味深い。是非、開発の機会を得たいものである。

    個人差や鼻腔の状態(鼻炎、鼻詰まりなど)により、薬剤の吸収効率にはばらつきが生じる可能性がある。これを最小限に抑えるため、吸着剤浸透促進剤の開発、さらにデバイス設計の最適化が求められる。

    長期間の投与による局所の粘膜ダメージや炎症反応、さらには異物反応を防ぐための評価が必要である。つまり、安全性の確保が重要である。新規キャリア材料の生体適合性の検証や、定量的な投与コントロールが重要な研究テーマとなっている。


    あとがき

    Nose-to-Brain経路を活用する経鼻投与システムは、血液脳関門(BBB)の問題を解決し、中枢神経系疾患に対する治療効果を高める可能性を秘めている。

    新規のナノキャリアや吸着性改良剤といった技術の進展により、今後はより安定かつ効率的な薬剤送達が実現できると期待している。これにより、急性症状の迅速な対応や慢性疾患の長期管理など、幅広い臨床応用が期待されるからである。

    現在、多くの前臨床および臨床試験が進行中であり、最終的な有効性と安全性が確認されれば、将来的に中枢神経疾患の治療において代替または補完的な治療手段として普及していくことが期待されている。

    具体的な製品開発や臨床試験の進展、各キャリア技術の比較研究など、関連する最新の知見については興味を持って注目したい。

    この分野については、今後の研究動向に合わせて継続的にアップデートしたいと思う。特に、具体的な技術面や応用事例、最新の研究結果などについて私は興味がある。


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