はじめに
錠剤は、医薬品の有効成分とその他の成分(医薬品添加物という)を固めて作られた、固形製剤の形態(剤形という)のことを指す。飲みやすいように成形されていて、特に経口投与を目的としたものが多い、つまり経口固形製剤の主たる剤形である。
その理由は、服用しやすく、持ち運びにも便利という利便性にある。さらに確立された製造方法があることから、製造コストも比較的安価であるという特長も、錠剤を経口固形製剤の主たる剤形にしている理由の一つである。
そんな錠剤の製造工程における錠剤の製造工程における重要工程は、一般的には次の三つのステップである。
- 造粒工程
- 薬剤の均一性を高めるために、粉末を粒状に加工する
- 錠剤の成形や薬効の均一性にとって非常に重要である
- 打錠工程
- 造粒された粒を高圧で圧縮して錠剤の形状にする
- 錠剤の物理的な強度やサイズを確保するための基盤技術
- コーティング工程
- 錠剤の表面をフィルムコーティングする製造工程
- 目的は、苦味マスキング、遮光コーティング、識別性の付与、腸溶性放出や徐放性の放出制御など多岐に及ぶ
これらの工程は、各ステップが相互に関係して完成度の高い製剤を作る上で非常に重要である。いずれも前工程が後工程の品質に大きく影響する。
このような重要工程のなかで、造粒工程は採用される造粒法や製剤処方によってそれぞれ独自の製造トラブルが発生することがあるので、製剤研究技術者は自分の製剤設計した製剤処方の造粒工程については比較的多くの時間を割いて商用生産の製造現場で問題が発生しないように製造条件を入念に検討するのが一般的である。
一方、打錠工程については、特殊な有核錠や多層錠(二層錠や三層錠)でない限りは、高速かつ長期間の打錠時におけるトラブル(例えば、スティッキングやキャッピングなど)の有無を検討して、滑沢剤の添加量を調整するのが一般的である。つまり、それ以外にはあまり多くの時間をかけないのが常である。それは、打錠工程は、ある種の確立された製剤技術であるからだ。
同様に、コーティング工程においても特殊なフィルムコーティングでない限りは、あまり多くの時間をかけて検討実験を実施しない。その理由は、錠剤工程と同様に確立された製剤技術であるためである。
しかしながら、確立された製剤技術ではあるものの何らかの原因によって製造トラブルがたまに生じるのは世の常である。そんな場合のためにトラブルシューティングが存在する。トラブルシューティングとは、製造過程で発生する問題や不具合を特定し、それらを解決するための手法や対応策を指す用語である。
トラブルシューティングによって、迅速に原因を特定し、適切に対応することで、目的とする品質を保ちながら効率的に製造が継続できるわけである。本稿では、そんなトラブルシューティングの話をしたいと思う。
造粒工程のトラブルシューティング
造粒工程での代表的なトラブルとその対応策(トラブルシューティング)を以下に列挙してみる。
- 粒度の不均一
- 原因:
- 原料の混合不足
- 結合剤の量が適切でない場合が多い
- 対応策:
- 混合時間や結合剤の量を見直し、適切な均一性を確保
- 原因:
- 粒の強度不足
- 原因:
- 結合剤の種類や量が適切でない
- 乾燥条件の不足
- 対応策:
- 結合剤の選定を再評価
- 乾燥工程を最適化
- 原因:
- 粉体の流動性の悪化
- 原因:
- 粒の形状が不適切
- 微粉が多すぎる場合がある
- 対応策:
- 微粉の発生を抑えるためにふるい分け
- 粒度調整
- 原因:
- 壁面付着や造粒物のダマ化
- 原因:
- 結合剤の過剰使用
- 湿度や噴霧条件の不適切さが原因の場合もある
- 対応策:
- 流動層造粒の場合、噴霧速度や給気温度を調整し、過剰な湿度を防ぐ
- 原因:
造粒工程では、粒度の均一性が不足すると次工程である打錠工程に影響を及ぼす。それは、つまり造粒工程は製品の品質に直接影響することを意味する。そのため、トラブルシューティングで粒度を調整したいところであるが、製剤処方の不備(結合剤不足)が原因の場合は何ともしがたい。だからこそ、製剤研究技術者は細心の注意を払って製剤設計し、製造プロセスの最適化を実施する責任がある。
製造条件の変更は、NDA申請における承認事項にもなっている場合があるので、変更は容易ではない。つまり、造粒工程で実施できるトラブルシューティングは、操作条件の設定が間違っていた場合に限られるということである。
これは重要なので再度、言わせて貰うが、造粒工程におけるトラブルの大半は、製剤処方と製造プロセスの最適化の不完全が招いたものであるので、製剤設計者つまり担当の製剤研究技術者の責任である。だからこそ、製剤研究技術者は自ら製剤設計した製剤処方と製造工程の最適化に持てる時間の多くを割こうとするのである。
この辺りの事情を製剤開発プロジェクトマネージャー(PM)はタイムラインで考慮すべきであり、それができないPMは、優秀な製剤研究技術者にその責務を委ねるべきであろう。
打錠工程のトラブルシューティング
打錠工程での代表的なトラブルとその対応策(トラブルシューティング)を以下に列挙してみる。
- スティッキング
- 錠剤の表面が金型(杵先)に付着する
- 原因:
- 滑沢剤が不足している
- 粉体の湿度が高い
- 金型(杵)の表面が適切に仕上がっていない
- 対応策:
- 滑沢剤の添加量の最適化(➡処方設計のやり直し)
- 粉体の湿度を調整(乾燥のやり直し)
- 金型(杵)のメンテナンス
- キャッピング
- 錠剤の上面部分が剥がれる
- 原因:
- 粉末の結合力が不足
- 打錠圧縮力が不適切である場合もある
- 対応策:
- 結合剤不足が原因なら➡処方設計のやり直し
- 打錠圧縮力を調整して錠剤の結合力を高める
- 割れや欠け
- 原因:
- 打錠速度が速すぎる
- 粉体の流動性が不良で、均一に成形されない
- 対応策:
- 適切な速度で打錠を行う
- 原料の粒度調整や流動化剤の追加を検討
- 製剤処方に関わる場合は➡処方設計のやり直し
- 原因:
- 硬度不足
- 原因:
- 圧縮力が不足している
- 結合剤が不足している
- 対応策:
- 打錠圧縮力を増大させる
- 結合剤の種類や量を調整➡処方設計のやり直し
- 原因:
- 重量のばらつき
- 原因:
- 粉体の供給が不均一(不均一混合が原因の場合も)
- 打錠機のフィード(供給)システムに問題がある
- 対応策:
- 供給システムのメンテナンスと調整を行い、均一な供給を実現させる
- 原因:
発生する可能性のある原因を素早く特定し、迅速に対応することが、製品の安定性と品質を保つ秘訣である。原因が打錠機の操作条件の未調整ではなく、打錠末に原因がある場合は厄介である。何故なら、打錠工程内で解決できない場合は、前工程である造粒工程に戻ってのトラブルシューティングになるからである。
同様に、打錠工程でのトラブルシューティングは、次工程であるコーティング工程で品質を確保するために重要となる。
コーティング工程のトラブルシューティング
コーティング工程での代表的なトラブルとその対応策(トラブルシューティング)を以下に列挙してみる。
- コーティング膜の剥離
- 原因:
- 膜が錠剤に十分密着していない
- コーティング液の配合に問題がある場合も
- 対応策:
- 適切な噴霧条件や乾燥条件を設定(調整)
- コーティング液の配合比率を見直し
➡処方設計のやり直し
- 原因:
- コーティングの不均一
- 原因:
- 噴霧速度が不適切
- 噴霧パターンが悪い場合も
- 対応策:
- 噴霧速度を適正化する
- スプレーノズルの位置や角度を調整する
- 原因:
- 錠剤の粘着(Over-wetting)
- 原因:
- 品温が低すぎる
- 噴霧速度が速すぎる
- 温度管理や湿度管理が不十分な場合に発生
- 対応策:
- 給気温度を高くする
- 噴霧速度を遅くする
- 給気温度を乾燥温度と湿度を適切に維持する
- 原因:
- 色むら
- 原因:
- コーティング液の混合不足
- 噴霧のムラが原因の場合も
- 対応策:
- コーティング液を均一に混合
- スプレー範囲を調整する
- 原因:
- 膜のひび割れ
- 原因:
- 乾燥が過剰
- 膜が硬すぎる
- 対応策:
- 乾燥条件を見直す
- 柔軟性のあるコーティング剤を選定
➡処方設計のやり直し
- 原因:
工程管理においてこれらのトラブルを早めに発見し、そのトラブルの原因を迅速に特定して、適切な対応策を実施することで、コーティングの品質を維持しながら、製造工程を継続(続行)することが可能になる。発見や対応が遅くなると、最終的に外観不良で出荷不可の判定が出される可能性が高い。コーティング工程は錠剤の製造において最終工程であるので、この工程でのトラブルは致命傷になることを肝に銘じておきたい。
あとがき
錠剤の製造工程におけるトラブルシューティングに関心があり、より実践的な対応策について知りたい方は下記のような私のブログ記事を参照して下さい。
打錠工程のトラブルシューティングにつては:
コーティング工程のトラブルシューティングにつては:
さらに、製剤研究技術者にとって最悪のシナリオである「処方設計のやり直し」を避けるためには、次の記事が参考になるはずである。
若き優秀な製剤研究技術者にエールを送りたい!