はじめに
経鼻投与は、局所作用だけでなく、全身吸収やさらには鼻‐脳ルートを介した中枢神経系への送達など、さまざまな治療効果が期待できる一方で、デバイスの設計と製剤化においていくつかの技術的な課題が依然として残っている。
<目次> はじめに 経鼻投与で吸収させる薬剤 点鼻剤とは 点鼻剤の種類 点鼻用噴霧器具 経鼻投与用デバイスの開発における課題 あとがき |
経鼻投与で吸収させる薬剤
鼻粘膜を介して投与する薬剤には下記のようなものが知られている。
薬剤名 | 主な適応症 |
---|---|
カルシトニン | 骨粗鬆症 |
デスモブレシン酢酸塩水和物 | 中枢性尿漏症 |
ブセレリン酢酸塩 | 子宮内膜症、子宮筋腫 |
ナファレリン酢酸塩 | 子宮内膜症、子宮筋腫 |
スマトリプタン | 片頭痛 |
コルチコステロイド | アレルギー |
ニコチン | 禁煙 |
点鼻剤とは
鼻腔又は鼻粘膜に適用する製剤 (Preparations for Nasal Application)を点鼻剤(Nasal Preparations)というが、日本薬局方/製剤総則には、点鼻剤について、次のような記載がある。
(1) | 点鼻剤は,鼻腔又は鼻粘膜に投与する製剤である.本剤は,点鼻液剤及び粉末点鼻剤に分類される. |
(2) | 本剤は,必要に応じて,スプレーポンプなどの適切な噴霧用の器具を用いて噴霧吸入することができる. |
(3) | 本剤のうち,噴霧量を調節した製剤は,別に規定するもののほか,適切な噴霧量の均一性を有する. |
点鼻剤の種類
点鼻液剤と粉末点鼻剤についてはそれぞれ下記のように記載されている。
点鼻液剤 Nasal Solutions | |
(1) | 点鼻液剤は,鼻腔に投与する液状,又は用時溶解若しくは用時懸濁して用いる固体の点鼻剤である. |
(2) | 本剤を製するには,通例,有効成分をそのまま又は溶剤若しくはそのほかの適切な添加剤を加え,溶解又は懸濁し,必要に応じて,ろ過する. |
(3) | 用時溶解又は用時懸濁して用いる本剤で,その名称に「点鼻用」の文字を冠するものには,適切な溶解液又は懸濁用液を添付することができる. |
(4) | 本剤には,必要に応じて,可溶化剤,等張化剤又は,pH 調節剤などを加えることができる.また,懸濁剤の場合には,有効成分の均一な状態を得るために,必要に応じて,分散剤又は安定化剤などを加えることができる. |
(5) | 本剤で多回投与容器に充てんするものは,必要に応じて,微生物の発育を阻止するに足りる量の適切な保存剤を加える. |
(6) | 本剤に用いる容器は,通例,気密容器とする. |
点鼻粉末剤 Nasal Dry Powder Inhalers | |
(1) | 点鼻粉末剤は,鼻腔に投与する微粉状の点鼻剤である. |
(2) | 本剤を製するには,通例,有効成分を適度に微細な粒子とし,必要ならば適切な添加剤と混和し,均質とする. |
(3) | 本剤に用いる容器は,通例,密閉容器とする.必要に応じて,防湿性を付与する. |
点鼻用噴霧器具
既にお気づきかも知れないが、日本薬局方/製剤総則には点鼻用噴霧器具について、「本剤は、必要に応じて、スプレーポンプなどの適切な噴霧用の器具を用いて噴霧吸入することができる」と記載しているのみである。
経鼻投与用デバイスの開発における課題
Nose-to-brainのための経鼻投与用デバイスは、現在活発に研究開発が進められている研究分野である。有効性の向上や副作用の改善のみならず、新規投与経路の確立のために経鼻からの投与を可能にするデバイスの開発とそれに適した製剤の開発が望まれている。
近い将来、素晴らしい経鼻投与用デバイスが臨床の場に登場してくることを期待している。
噴霧特性の最適化
粒子・霧滴サイズとプルームの制御
経鼻投与用デバイスは、薬剤を細かい霧状にして鼻腔内に均一に拡散させる必要がある。
噴霧の際に生成される霧滴のサイズやその分布(プルーム形状)、噴射速度や角度は、薬剤の吸収や局所への留まり具合に直結する。
適切な噴霧が実現されなければ、薬剤の吸収効率が低下し、効果にムラが出るため、噴霧機構そのものの精密な制御が求められている 。
鼻腔内環境および個人差への対応
解剖学的ばらつきと生理的防御機構
鼻腔は個々の被投与者で構造が異なるほか、粘液の分泌量、線毛運動(ムチンによるクリアランス)、さらには炎症や鼻詰まりなどの状態も変動する。
これらの生理的要因は薬剤の効果的な送達に大きな影響を与え、デバイスが均一な投与を行う上での大きな障害となっている。
デバイスの一貫性と再現性、ユーザビリティ
正確な投与量の保証
医薬品として使用する場合、毎回同一の薬剤量を確実に噴霧できることが重要である。しかし、メカニズム(例えば、ポンプ式や気圧駆動方式など)の構造上、分滴誤差や内部残留量の問題、装置の摩耗などが発生しやすく、これらを最小化する技術的工夫が必要となる。
また、患者自身が容易に操作でき、誤使用を防止するユーザーインターフェースやデザインも求められている。
安全性、無菌性、デバイスの相互作用
材質選定と長期安定性の確保
経鼻投与デバイスは、通常、無菌状態で製造・保管される必要がある。デバイスの材料が薬剤と相互作用して成分を変質させたりしないかを確認する必要もある。
また、分解生成物が安全性に影響を及ぼさないようにするため、材料科学的な検証と品質管理も不可欠である。
使用時の環境(温度・湿度)変動に対しても安定した性能を発揮するよう安定性への設計も求められている。
先進的な投与戦略への挑戦
鼻‐脳ルート(Nose-to-brain)の活用
最近、経鼻投与は鼻腔内の特定部位(例えば、嗅覚上皮やその周辺)に直接薬剤を届けることにより、脳への直接送達(いわゆるNose-to-brain)を狙う試みが進められている。
このアプローチは中枢神経系の疾患治療において有望であるが、同時に送達先の精密な制御や局所での放出挙動の管理が一層難しくなるため、従来の経鼻用デバイスよりさらに複雑な設計と評価が要求されている。
現状と今後の展望
研究開発の進展
各研究機関や製薬企業では、計算流体力学(CFD)シミュレーションや実際の鼻腔内へのデポジション(付着)評価、さらにスマートデバイスの導入などにより、より精度の高い噴霧制御と均一な投与が実現できるデバイスの開発が進んでいる。
次世代の経鼻投与用デバイスは、ユーザビリティを向上させるだけでなく、個々の患者の鼻腔内状況に合わせた調整機能を持つことや、リアルタイムで噴霧状態をモニタリングできる機能の搭載も模索している。
残された課題
それでもなお、鼻腔内の個人差や生体防御機構に起因する投与効率の変動、装置内部での機械的・物質的な不均一性、そして長期使用時の安全性・安定性について、完全な解決には至っていない。
これらの課題に対して、より高度な材料や製造技術、さらに患者個々の生理状態を考慮した個別医療的なアプローチの開発が期待されている。
あとがき
経鼻投与用デバイスの開発は、薬剤の最適な噴霧特性の実現、患者個々の鼻腔内の環境への対応、正確かつ再現性の高い投与、無菌性や安全性の確保など、複数の技術的チャレンジを含んでいることが分かった。
近年、各種先進技術の導入により着実に改善が進みつつあるものの、依然としてさらなる臨床データの蓄積や最適化が必要な領域であると言える。
今後も多角的な研究開発の推進により、より使いやすく効果的な経鼻投与システムの実現が期待されている。
このように、現在の経鼻投与用デバイス開発は、理論的検討と実用化に向けた実験的アプローチが並行して進められており、今後の技術革新がさらなる臨床応用の拡大に寄与すると期待したい。