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トラブルシューティング 製剤技術

打錠工程での打錠障害、特にスティッキングの防止策

はじめに

打錠障害とは、錠剤を製造する打錠工程において、錠剤が正常に成形されず、外観や物性に問題が生じるさまざまな不具合を指す用語である。言わば、打錠障害は、打錠工程における多岐にわたるトラブルの総称である。

打錠障害の中でも、最も頻度が高いトラブルはスティッキングと呼ばれる現象である。スティッキングは、打錠中に粉体が杵や臼の表面に付着してしまう現象である。

このスティッキングが原因となって錠剤の一部に不具合が生じたり、次の打錠サイクルで粉体が不適切に移動してしまうために、全体の製造効率や品質に大きく影響する場合がある。

具体例で言えば、打錠工程でスティッキングが生じると、錠剤の外観不良、重量の不一致、そして後工程でのフィード不良などが発生する。これにより歩留まり低下と製品再検査によるコスト増大が問題となる。このように、スティッキングは、品質や生産性に大きな影響を与える。

スティッキングは、粉体の粘着性、微細な粒子の割合、湿度、打錠時の圧縮力や保持時間など、様々なパラメータが関与しているため、最も対策が求められている問題となっている。このため、スティッキング防止策は、製薬業界内でも重点的に検討されることが多い古くて新しい技術的な課題であると言える。本稿では、そんなスティッキング防止策を取り上げたい。

目次
はじめに
製剤処方の最適化
打錠工程の操作条件の調整
打錠圧力・速度・圧縮保持時間の最適化
打錠サイクルの改善
打錠杵・臼の改善およびメンテナンス
打錠杵・臼の表面処理
定期的な清掃とメンテナンス
環境条件の管理
モニタリングとフィードバックシステム
新技術および革新的対策の検討
あとがき

製剤処方の最適化

この「製剤処方の最適化」は、製剤設計、つまり処方設計の段階で十分に検討すべきものであり、NDA申請をして承認された後では一変申請をして承認を受けた後でなければ処方変更はできない。したがって、製造現場でのトラブルシューティングにはならないが、製剤技術研究者のミッションとしては非常に重要であるので最初に記したいと思う。

粉体特性の把握

原薬や添加剤などの原料それぞれの粒子形状、流動性、結合性を精査することが基本である。

特に、粘着性の高い原料(例えば、結合剤)や微細な粒子によってスティッキングのリスクが増す場合、粒径分布や形状のコントロール、および組み合わせの調整が必要となる。

滑沢剤の活用

汎用される滑沢剤は、ステアリン酸マグネシウムである。添加量が少ないとスティッキングを引き起こし、添加量が過剰になると錠剤の結合性や崩壊性に悪影響を及ぼすため、適量の最適化が求められる。

そのため、製剤設計の際、高速ロータリー打錠機を使用して、長時間打錠を試みるなど、十分な検討を重ねた上で滑沢剤の最適量を決定する必要がある。

また、滑沢剤としてステアリン酸マグネシウムの添加だけではバランスの取れた滑沢効果が得られない場合には、タルクなど追加で添加するなどして、潤滑性を向上させて杵面や臼面との摩擦を低減させると良い。

乾燥状態の最適化

打錠末中の水分もスティッキングの一因となる場合があるため、打錠末の乾燥状態(必要に応じて、規格設定)、さらには打錠工程前後の湿度管理(特に、吸湿性の高い打錠末の場合)などが必要になる場合もある。これらも製剤設計の段階で把握しておくべきものである。


打錠工程の操作条件の調整

製剤設計の段階で十分なスティッキング対策を施したつもりでも商用生産スケールで実際に打錠してみた場合に、スティッキングが発生する場合がある。製剤設計を担当した製剤技術研究者にとっては、最も避けたい事態である。そうは言っても今さら処方変更ができないので、以下のような観点からトラブルシューティングを行う。

打錠圧力・速度・圧縮保持時間の最適化

打錠圧縮力や打錠速度、杵の保持時間は、材料が金型に長時間接触するか否かを決定する。したがって、適切な圧力-時間曲線(圧縮挙動)の設定により、過度な圧縮や長い圧縮保持時間を避けることによって、スティッキングの防止またはリスクを低減できる。

打錠サイクルの改善

圧力解放時間を十分に確保することや、杵が打錠末に接触し過ぎないようにする制御技術を取り入れることが、スティッキングを防止する有効な対策となるようになった。

実際、リアルタイムデータのモニタリングやフィードバック制御を導入することで、早期の異常検知と対応が可能になっている。


打錠杵・臼の改善およびメンテナンス

打錠杵・臼の表面処理

打錠杵および臼の金型の表面を高精度に研磨し、耐摩耗性や低表面エネルギーを持ったコーティング(例えば、PTFE、TiN、ダイヤモンドライクカーボン等)を施すことは、スティッキングの大きな防止策となる。実際に、これらの表面処理を施した杵・臼を使用することにより、打錠末が付着しにくい表面状態が維持されて、スティッキング防止に繋がった事例も多い。

定期的な清掃とメンテナンス

打錠工程中に粉塵や微粒子が蓄積すると、杵・臼の金型表面が汚れ、スティッキングが誘発され易くなるため、定期的なクリーニング(清掃)が必要である。

また、杵・臼のメンテナンスも不可欠である。スティッキングの予防策として、杵・臼の摩耗状態の定期点検や交換スケジュールの確立も重要である。ちなみに、杵・臼は「消耗品」として捉えた上で、保守管理に努めてほしい。

環境条件の管理

工場(製造施設)の温度・湿度の管理が打錠末の物性に大きく影響する場合がある。

特に、吸湿性の高い打錠末を用いて打錠しなければならない場合はなおさらである。高湿度環境では、打錠末が軟化して金型への付着が促進されるため、適切な空調および除湿システムの導入が推奨される。


モニタリングとフィードバックシステム

プロセスのモニタリングやフィードバックシステムは、いわゆる直接的なトラブルシューティングではないが、打錠障害を未然に防ぐためには有用なアプローチとなる。

プロセスのオンラインモニタリング

打錠工程中の各種パラメータ(圧力、時間、温度、湿度)をリアルタイムで計測し、データを蓄積するシステムを導入することで、スティッキングの兆候を早期に検出し調整を行えるようになっている。

データに基づく改善活動

異常発生時の詳細なデータ解析や、統計的手法を用いた原因分析により、工程パラメータのフィードバックを迅速に行い、継続的なプロセスの最適化を進めることが可能となる。


新技術および革新的対策の検討

先進的な表面技術の導入

最近では、ナノレベルでの表面改質技術や、特殊な表面パターン加工が注目されている。これらの新技術による杵・臼の表面処理により、従来のコーティング技術では対応が難しかったスティッキングに対しても新たな解決策が期待できるようになっている。

シミュレーションおよび機械学習の活用

打錠工程のシミュレーションや、機械学習を用いた異常予知モデルを構築することで、工程ごとの条件最適化や障害発生の予測・防止に寄与する事例も増えていると聞く。

これらの先進技術は、今後の打錠工程の革新に繋がる重要な方向性を示しているように思う。しかしながら、製剤設計の段階で十分なスティッキング防止策を講じることを、製剤設計を担当する製剤技術研究者は肝に銘じておくべきであると私は思う。


あとがき

打錠工程でのトラブル(打錠障害)としては、スティッキング以外にも、一時的な工程異常が原因でキャッピング(錠剤上面の分離や剥離)やラミネーション(層状構造の不整合)といった現象が発生することもある。しかしながら、製造現場で頻繁に問題とされるのは、スティッキングである。

スティッキングに対しては、原材料の見直し、添加剤の最適化、打錠条件の調整、設備の表面処理および環境管理といった対策が講じられている。さらには、自動化技術やモニタリング技術、AIによるプロセス最適化の取り組みも有用な防止策になる。

これらの対策は、いずれも互いに補完し合いながら打錠工程全体の安定性を高め、スティッキングの発生率を低減するためのアプローチである。

スティッキングの防止策は、製剤設計、工程条件、設備メンテナンス、環境管理といった要素を総合的に見直すことが成功の鍵となる。

最終的には、製品特性や製造条件に合わせたカスタマイズされた対策が必要となるため、各企業の経験と技術進歩が統合されることで、より優れたスティッキング防止策が実現できると思う。


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