はじめに
一般的な製造方法では治療薬として十分なバイオアベイラビリティ(BA)が得ることができない有効成分の製剤化においては、BAの向上、すなわち消化管からの吸収を改善するための製剤技術が必要となる。
このような場合の製剤化のケーススタディとして、プラザキサカプセル(ダビガトランエテキシラート製剤)を紹介する。
経口投与ではBAが重要
医薬品の開発において、なぜ大半の化合物が前臨床試験段階で失敗に終わるのかという理由について考えた場合、前臨床試験段階での失敗というと「毒性が強い」とか「有害作用がある」といった「安全性」の問題が一位かと思われているが、実は失敗全体の約40%はBAの不良によるものであることが知られている(少し古い資料であるが、下図を参照してほしい)。
これは「安全性」が原因による失敗の約2倍に相当する。尤も有効成分が吸収されなければ有効性は発揮できず、毒性も発現しないから当然と言えば当然である。
製剤設計に際し、有効成分が吸収性の悪い薬剤であった場合、製剤技術を駆使してBAを向上させる必要がある。
BAの向上以外にも安定化や工業化といった課題は勿論あるが、BAの改善がなされなければ製剤化はありえない。したがって、第一にクリアしなければならない技術的課題である。
BAへの影響因子は溶解度と吸収性
BAに影響を及ぼす因子にはいくつかあるが、製剤化検討で最初に直面するのが有効成分の溶解度である。溶解度の低い有効成分であると、溶解度を向上させるような製剤学的工夫を施さなければBAを向上させることはできない。
一般にFDAによって規定されたBCS(Biopharmaceutics Classification System)と呼ばれる生物薬剤学分類システムで医薬品化合物を分類することが多くなっている。
BCSは、BAに関連する薬剤の溶解性と吸収性の観点から化合物を分類する方法で、4つのカテゴリーに分類される。
- BCS class I:「溶解度が高く、吸収性も高い」化合物
- BCS class II:「溶解度は低いが、吸収性は高い」化合物
- BCS class III:「溶解度は高いが、吸収性は低い」化合物
- BCS class IV:「溶解度が低く、吸収性も低い」化合物
最も製剤開発が困難なものは、BCS class IV の化合物、すなわち「溶解度が低く、吸収性も低い」化合物である。
その次に製剤開発が困難なものは、BCS class II の化合物、すなわち「溶解度は低いが、吸収性は高い」化合物である。つまり、溶解度が低い化合物の製剤開発は容易ではない。それにも係らず、市販製剤の約3割はBCS class II の化合物であり、開発品に至っては約7割の化合物はBCS class II である。
技術的課題
直接トロンビン阻害剤として知られるダビガトランエテキシラートという薬剤があるが、このダビガトラン原薬もBCS class IIの化合物、つまり「溶解度は低いが,吸収性は高い」化合物である。したがって、溶解度を向上させなければ、BAを向上させることができない。しかし、それはダビガトラン原薬の場合は製剤技術的に容易なことではない。
ダビガトラン原薬の溶解度はpH依存性であり、つまりpHの変化によって溶解度が変動する。pHが低い領域、すなわち酸性側では高い溶解度を示すが、 生理学的pH領域であるpH 3~pH 7.5では低い溶解度を示す。
私達の胃内のpHがpH 1~2という酸性を示すのは、一般に健常人で空腹時のときだけと言われている。高齢や無酸症の患者さんでは空腹時においても胃内pHが高くなる傾向がある。したがって、ダビガトランの製剤化においては、このpH 3~pH 7.5の領域でも薬物を製剤から溶出させなければ治療に必要かつ十分なBAを得ることができない。
BAを向上させるための製剤学的工夫
ベーリンガーインゲルハイム社が、ダビガトランエテキシラート製剤を開発した際に用いたBAを向上させるために採用した製剤学的工夫は次のようなものである。
有機酸(酒石酸)を含有する球状の核粒子の表面にダビガトラン原薬をレイヤーリング(積層)してペレットを製造し、そのペレットをHPMC製のカプセル殻に充填し、カプセル剤としている。
有機酸として酒石酸を選択したのは、ダビガトラン原薬を可溶化する能力が医薬品に使用できる有機酸のなかで最も大きいからである。
一方、ダビガトラン原薬は酒石酸と接すると化学反応を起こし、加水分解される。この安定性の問題を解決するために、酒石酸の核粒子と薬物含有層(ダビガトラン)の間にはシールコーティング(物理的隔離層)を施し、両者が直接的に接触しないようにしている。
プラザキサカプセルの品質特性
プロトンポンプ阻害薬(PPI)であるパントプラゾールの前投与の有無によってCmaxとAUCがどのように変動するかを調べた臨床試験の結果によって、上述の製剤学的工夫がBAを向上させるアプローチとして有効であることが証明されている。
当該臨床試験では、有機酸を含有していないフィルムコート錠を対照薬剤として用いているため、有機酸の添加効果が分かる。試験結果から有機酸を含まない錠剤では、Cmaxは69%低下し、AUCは65%低下した。パントプラゾールの前投与によってBAが約3分の1まで低下したことになる。
一方、有機酸を含むカプセル剤では、Cmaxは40%低下し,AUCは30%の低下に留まっている。パントプラゾールの前投与によってBAが低下したが,3分の2以上BAを確保しているので、製剤学的にはかなり改善したと言える。また、食事の影響も小さいことが確認されている。
上述のダビガトランエテキシラート製剤は、プラザキサカプセルとして市販され、非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中と全身性塞栓の適応症で臨床使用されている。私も持病のため、この薬剤を服用している。
あとがき
以上、BAの向上、すなわち消化管からの吸収を改善するための製剤技術が必要な場合の製剤開発のケーススタディとしてプラザキサカプセル(ダビガトランエテキシラート製剤)について紹介した。
pH依存性の溶解度を有する有効性分の製剤化においては有機酸又はアルカリ性化合物をpH modifierとして使用することがよくある。
pH modifierを使用する処方設計では、溶解性を改善してBAを向上させると同時に安定性も確保するための製剤学的工夫が必要になる場合が多いという印象がある。