はじめに
日本国内や海外(特に米国)で、従来の錠剤やカプセルとは一線を画す「革新的でユニークな剤形」の経口固形製剤は、患者の服薬アドヒアランス向上や薬物動態の最適化を目指して、様々なアプローチで開発され、市販されている。
従来の単一機能を超えた多面的な放出制御や服薬の容易さを追求する革新的な固形製剤は、DDS技術の進歩に伴い今後もますます多様化・高度化していくことが期待されている。例えば、患者ごとの個別化治療を実現するカスタムフォーミュレーション技術や味覚改良、安定性向上のための新たな製剤技術など最新の研究動向についても注目される分野である。
さらには、小児向けには飲みやすさや味のマスキングを工夫したミニタブレットや、粉末状にして食事などに混ぜて服用できる製剤など、対象となる患者層ごとに剤形を工夫する例も多く見受けられる。
本稿では、革新的な剤形技術を応用した固形経口製剤の中でも、実際に市販され、かつその剤形の特徴が治療効果や服薬の利便性向上に直結していると評価されている製品を取り上げてみたい。
革新的な剤形の利点
革新的な剤形は、従来の錠剤やカプセルと比べて、以下のような多方面の利点をもたらすと言われている。
服薬のしやすさと服薬アドヒアランスの向上
口腔内崩壊錠(ODT)は水なしで服用できるため、嚥下困難な高齢者や小児患者に大きなメリットがある。
また、内蔵センサーによる服薬モニタリング機能が組み込まれたデジタル医薬品(例えば、Abilify® Mycite)は、患者の実際の服薬状況を把握し、治療計画のフィードバックに役立てることができ、服薬管理の向上に寄与すると言われている。
薬物動態の改善と安定化
新たな放出技術や多層構造、さらには固体分散剤システムなどの応用により、薬剤の吸収性や溶出速度がより精密に制御される。
例えば、コンセールタ®のようなオスモティック・リリース製剤では、1錠で一定期間にわたり薬剤を放出するため、血中濃度の急激な変動を抑え、副作用を軽減しつつ効果を安定させることが可能となる。
難溶性薬剤の有効利用
従来は溶出性の低さから経口投与が難しかった難溶性薬剤も、固体分散技術や3Dプリント技術などを応用することで、溶解性やバイオ利用率が向上している。
注射剤から経口剤への製剤化を可能に
Rybelsusのような製品は、元々は注射剤であったペプチド治療薬を経口化するため、吸収促進剤を併用しながら有効成分の吸収を実現している。
個別化治療への柔軟な対応
3Dプリント錠や多パート製剤の技術を用いることで、患者一人ひとりに合わせた用量調整や放出挙動の最適化が可能になる。
これにより、治療効果の個別最適化が期待でき、従来型の「一律な剤形」では対応しきれなかった微妙な調整が実現されやすくなる。
このように、革新的な経口固形製剤は、服薬の容易さ、薬物動態の安定、難溶性薬剤の吸収改善、さらには個々の患者にあった個別化治療など、多くの面で従来製剤に比べ大きな利点を提供している。これらの技術進歩は、今後の医薬品開発や治療戦略においても重要な方向性となると期待されている。
さらに、これらの技術は、患者のQOL(生活の質)の向上や医療現場での治療効果評価と連動したフィードバックシステムの確立といった、より広範な医療改善にもつながる可能性を秘めていると言えるだろう。したがって、今後も、さらなる研究と市販例の拡大が期待される分野である。
口腔内崩壊錠
口腔内崩壊錠(ODT)は、水なしで口腔内ですぐ崩壊する剤形である、特に嚥下困難な高齢者や小児にとって大きなメリットがあるとされる。
例えば、抗精神病薬や抗アレルギー薬の分野では、アリピプラゾールのODT製剤(市販名としてはエビリファイ®ODTなど)が迅速な効果発現と服薬のしやすさから採用されている。
エビリファイ®ODT (Abilify®ODT) は、抗精神病薬アリピプラゾールを有効成分とする口腔内崩壊錠である。水がなくても口中で迅速に崩壊するため、嚥下困難な高齢者や小児にも服用しやすく、患者の服薬アドヒアランス向上に寄与しているという。また、速やかな吸収が求められる状況下においても効果発現を促す点も評価されているようだ。
マルチパート製剤・多層錠
マルチパート製剤・多層錠は、1錠の中に複数の小さなユニットや層を組み合わせ、初期急速放出とその後の持続放出という異なる放出特性を実現する製剤である。
これにより、薬物濃度の急激な変動を抑え、より安定した効果を狙うことが可能となる。慢性疾患や疼痛管理の領域でこうした技術が導入され、市販薬として採用されている例がある。
オスモティック・リリース製剤
コンセールタ® (Concerta®) は、OROS(Osmotic-controlled Release Oral delivery System)を採用したADHD治療薬である。OROSは、薬剤を一定の速度で放出するため、長時間にわたって安定した血中濃度を維持することができる。この仕組みにより、日中を通じて効果が持続し、注意欠如・多動性障害(ADHD)の症状コントロールが改善される点が特徴である。
固体分散剤システム
固体分散剤システムは、難溶性の有効成分を水溶性のポリマーなどのキャリアに分散させることで、溶出性および生体内吸収性を改善する技術である。
これ製剤技術により、本来吸収が困難な難溶性薬剤も固形剤として処方可能になる。例えば、一部の抗がん剤や心血管領域の薬剤にも採用され、治療効果の向上に寄与している。
デキシラント®(Dexilant®;国や地域によっては商品名が異なる場合がある)は、デクスラントラゾールを用いた二重遅延放出製剤である。従来の胃食道逆流症治療薬とは異なる放出設計を採用している。固体分散に近い技術で難溶性成分の吸収率を向上させており、胃酸分泌の制御および胃食道逆流症状の改善を目指している。
また、スポラノックス®(Sporanox®)は、抗真菌薬イトラコナゾールを有効成分とする抗真菌治療のための経口剤である。イトラコナゾールは、もともと難溶性が課題とされていたが、固体分散技術を採用して薬剤の溶出性と吸収性を大幅に向上させている。この製剤技術により、従来よりも安定した血中濃度が得られ、抗真菌治療における効果の一層の最適化が図られている。
ペプチド医薬の経口製剤化
リベルサス®(Rybelsus®)は、もともと注射製剤で提供されていたGLP‑1受容体作動薬(セマグルチド)を独自の吸収促進技術(SNAC:Sodium‐N‐[8-(2‐hydroxybenzoyl) amino] caprylate)を組み合わせることで経口投与可能にしたNovo Nordisk社の製品である。
胃内で薬剤が崩壊する際、SNACが一時的に胃粘膜透過性を向上させることで、通常では消化分解されやすいペプチド類を効果的に吸収させ、2型糖尿病の血糖コントロールと体重管理に寄与している。
マイキャプッサ®(Mycapssa®)は、特殊なカプセル技術を用いて、胃腸内での分解を防ぎながらオクトレオチドを有効に吸収させる工夫がなされている。オクトレオチドは、もともと皮下投与が一般的なペプチド製剤である。先端巨大症などの治療において注射による投与負担を軽減し、患者の服薬アドヒアランス向上に寄与する点が大きな特徴となっている。
3Dプリント錠
3Dプリント錠は、まだ市場での採用例は限られているが、3Dプリント技術を用いた錠剤である。構造の微細な設計変更により個々の患者さんに合わせた放出制御が可能になると期待されている。
実際、米国ではスプリタム®(レベチラセム)のような3Dプリント経口固形製剤がFDAによる承認を受けるなど、今後日本市場にも応用が見込まれている。
スプリタム® (Spritam®) は、3Dプリント技術を活用して製造された世界初の市販3Dプリント錠である。多孔質の構造が特徴で、水と接触すると瞬時に溶解するため、特に嚥下に不安のある患者でも安全かつ容易に服用可能である。主にてんかん治療に用いられており、急速に溶解することで患者が服薬しやすくなり、安定した血中濃度の維持と迅速な発作抑制が期待されている。
デジタル医薬品
エビリファイ®マイサイト(Abilify® Mycite)は、抗精神病薬アリピプラゾールをベースに、経口固形製剤に内蔵された摂取センサーを組み合わせたデジタル医薬品である。
服薬のタイミングや遵守状況がリアルタイムでモニタリングできる仕組みにより、医師と患者が連携して治療効果や服薬管理をより精密にサポートできる点が大きな革新となっている。
あとがき
Adalat CRやCipro XRは、従来の即時放出型製剤と比べると服薬回数の低減や血中濃度の安定化を実現することで、患者の服薬アドヒアランス向上や副作用の低減に寄与する点で当初は非常に革新的な技術として登場した。
Adalat CRは、ニフェジピンを用いた徐放化製剤である。従来の即時放出のソフトカプセルや持続錠に比べ、一定のペースで薬剤を放出することにより、血中濃度の大幅な変動を抑え、血管拡張作用をより高血圧症の治療薬として安定した効果を発現させる。当時は、服薬回数を減らし副作用のリスクを軽減するという点で画期的なアプローチであったが、現在では同様の放出制御技術は確立された技術として定着しているため、最新の革新という視点から見ると成熟した技術の一種として評価されることが多い。
Cipro XRも同様に、抗菌薬のシプロフロキサシンの徐放製剤として、薬物の持続的な放出を実現することで、尿路感染症において、服薬回数の削減と一定の血中濃度の維持を可能にしている。この放出制御技術によって、治療効果が長時間持続し、患者の利便性が向上している。この放出制御の基本原理も長年にわたって利用されており、最新のデジタル医薬品のような新しいアプローチと比較すると、革新的な剤形としては「確立済み」の製剤技術といえる。
このように、Adalat CRやCipro XRは、即時放出型製剤に対して一歩進んだ服薬管理や薬物動態の安定化を実現した点では、登場当初は革新的な技術であった。しかし、医薬品開発の分野は常に進歩しており、最近では患者ごとに最適化された個別化アプローチ、デジタル技術や3Dプリント技術を応用した全く新しい製剤技術が次々と提案されている現在においては、相対的には成熟した技術と見なされる側面もある。
勿論、これらの成熟技術も、依然として臨床現場では十分な効果を発揮しており、その実績がある点で重要な役割を担っていると言えるはずである。医療現場での使用実績や安全性・有効性のデータを踏まえると、これらの従来型放出制御製剤も今後の改良や新たな組み合わせ技術と連動して、より一層の最適化が期待されるかも知れない。例えば、デジタル医薬品との連携や、微細構造の制御技術によって、服薬のタイミングや効果の個別最適化が進めば、既存の放出制御製剤も新たな革新の一端を担える可能性があるかも知れない。
本稿で取り上げた個別の製品は、それぞれ全く異なる技術的アプローチを採用することで、従来の経口固形製剤が抱えていた課題(低吸収性、患者の服薬への負担、薬物動態の再現性など)を解決し、治療効果の向上と患者の利便性を実現して言える。DDSの研究が進む中では、今後も個別化治療やペプチド医薬の経口製剤化といった新たな領域で、さらに革新的な「剤形」が登場することが期待される。
また、最新の3Dプリント技術を応用した個別最適化タブレットや、微粒子工学を駆使した多層・多機能製剤の開発など、今後の医薬品開発は従来の「剤形」概念を大きく塗り替える可能性も秘めている。これらの動向についても興味を持ってウオッチしていきたい。