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新規苦味マスキング技術が必要不可欠のシプロフロキサシン細粒剤の製剤設計

はじめに

苦味マスキングのための細粒剤のコーティング技術は、散剤の場合ほどではないが、錠剤の場合よりもはるかに難しいものである。この苦味マスキングのための細粒剤のコーティング技術のケーススタディとして、シプロフロキサシン細粒剤の製剤設計について紹介する。

目次
はじめに
技術的課題
解決のための製剤学的工夫
シプロフロキサシン細粒剤の製造方法
核粒子の製造(原薬のレイヤーリング)
苦味マスキングのためのコーティング
シールコーティングとキュアリング
シプロフロキサシン細粒剤の品質特性
溶出特性
薬物動態
あとがき

技術的課題

ピリドンカルボン酸系抗菌剤であるシプロフロキサシン塩酸塩は、非常に苦く、収斂性もある薬剤である。そのためシプロフロキサシンの細粒剤を製剤設計するためには苦味マスキング技術が不可欠である。

細粒剤の製剤設計において有効性と利便性を確保するには、製剤からの迅速な薬物放出を損なうこと無く、苦味マスキングを達成しなければならない。

一般的に、確実な苦味マスキングを達成しようとしてコーティング膜を厚くすると溶出速度が遅くなり即放性が達成できない。一方、即放性を優先させると、十分な苦味マスキングが達成できない。この相反する課題を同時に達成させなければならない点が技術的チャレンジである。


解決のための製剤学的工夫

この技術的課題を解決するために考案したのが、シプロフロキサシンを含有する核粒子にエチルセルロースを主成分とする皮膜を施した細粒剤である。

コーティング基剤としてエチルセルロースの水性懸濁液を用い、添加する水溶性可塑剤の量通常よりも少なくすることによって、苦味マスキングとシプロフロキサシンの速い溶出を達成させた。

エチルセルロースの水性懸濁液をフィルムコーティング基剤として用いる場合には、可塑剤が必須であるが、この可塑剤の種類及び添加量によってエチルセルロースフィルムの性質が異なる。この性質を利用して苦味マスキング用フィルムコーティング処方を開発した(下図参照)。

© 2021 phrwiki.com

この即放出性の細粒剤の特徴は、細粒剤を水に投入するとシプロフロキサシンが溶出しはじめるまで確実に1~2分程度のラグタイムがあり、かつ10~20分以内にほぼ100%のシプロフロキサシンが放出するというものである。


シプロフロキサシン細粒剤の製造方法

このような苦味マスキングを施した即放性のシプロフロキサシン細粒剤は、次のような製造方法で製造される。

核粒子の製造(原薬のレイヤーリング)

第一工程は、シプロフロキサシンの核粒子の製造であるが、比較的簡単に球状の核粒子を製造するために芯粒子として結晶セルロース球状造粒品(セルフィアCP-102;平均粒度約100~200 μm)を用いた。

ワースター装置を装着した流動層造粒コーティング装置を用いて、この芯粒子の表面にヒロキシプロピルセルロース水溶液に分散させたシプロフロキサシンをレイヤーリングし、さらにシールコーティングも施してシプロフロキサシン核粒子を製造した。

核粒子の表面が滑らかで、かつ、形状が球に近いほどその周囲へ苦味抑制層を被覆することが容易になるので、この核粒子の製造工程は非常に重要である。この核粒子の品質しだいで必要な苦味マスキング膜の厚みが変動する。


苦味マスキングのためのコーティング

次の工程は、エチルセルロースを主成分とする苦味抑制層の被覆(苦味マスキングのためのコーティング)である。エチルセルロースは水性懸濁液の状態で用いるのがポイントである。

水不溶性のエチルセルロースを微粉砕し、ホモジナイザー等で水中に懸濁させて得たエチルセルロースの水性懸濁液を使用しても差し支えないが、通常、エチルセルロースを微粉砕して水に分散させたもので、例えばセチルアルコールやラウリル硫酸ナトリウム等の少量の安定化剤と共にラテックス化されたものが市販されているのでそれを用いる。

エチルセルロースの可塑剤としては、クエン酸トリエチルがお勧めである。可塑剤の添加量は、エチルセルロース(固形分)に対して12~15%にするのが苦味マスキングコーティング用としては最適量であった。20%よりも多いと、苦味マスキングのためのラグタイムが長くなりすぎて、即放性が得られなくなる。可塑剤の添加量が10%未満の場合、シプロフロキサシンの溶出が早まり、ラグタイムが確保されないので十分な苦味マスキング効果が得られない。

クエン酸トリエチルを添加したエチルセルロースのコーティング懸濁液を、第一工程で製造したシプロフロキサシン核粒子の表面にコーティングする。コーティングには、第一工程で使用したものと同じ流動層造粒コーティング装置を使用する。

コーティング量は、核粒子の重量に対して25~35%が適量であった。40%よりも多いと苦味マスキングのためのラグタイムが長くなりすぎて、即放性が得られなくなった。逆に、コーティング量が20%未満の場合にはシプロフロキサシンの溶出は速くなるが、ラグタイムが十分に確保されず、十分な苦味マスキング効果が得られなかった。


シールコーティングとキュアリング

苦味マスキングのためのフィルムコーティングが終了すれば、HPMCベースのシールコーティングを施し、十分にキュアリングを行う。シールコーティングを施すことでキュアリング工程の操作が容易になる。キュアリングは、エチルセルロースのラテックスを融着させて成膜させるために非常に重要な操作である。


シプロフロキサシン細粒剤の品質特性

溶出特性

シプロフロキサシン細粒剤は、上述のような苦味マスキング技術によって経口投与後1~2分間は被覆部の崩壊がなく、製剤が口中に存在する間、十分な苦味マスキング効果を有する。そして、数分以内に苦味抑制層にクラックが生じて薬理活性成分の放出が開始され、10~20分以内にほぼ100%のシプロフロキサシンが放出される製剤である。

口中における苦味のマスキング効果に優れているので、シプロフロキサシンのような特に苦みの強い薬剤でも服用しやすく、かつ、速い放出特性を兼ね備えているのでBAの低下が全くなかった。

薬物動態

シプロフロキサシン細粒剤のBAを調べるため、市販のシプロフロキサシン塩酸塩の錠剤(シプロキサン錠:バイエル社製)と共に健常成人男子で薬物動態試験を実施した。その結果、細粒剤は錠剤と同様の薬物動態を示し、BAも同じであることが示された(下図参照)。

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あとがき

苦味マスキングのための細粒剤のコーティング技術のケーススタディとして、シプロフロキサシン細粒剤(シプロキサン細粒)の製剤設計について紹介した。

製剤開発のポイントは、苦味マスキングと同時に、先行販売されていた錠剤(シプロキサン錠)と生物学的同等性を満たす細粒剤を製剤設計することであった。この技術的課題は、新たに開発したコーティング処方により解決することができた。

尚、シプロキサン細粒は現在、販売されていないようである。マーケットニーズが想定より小さかったのでしょう。経管投与も可能な製剤ということで細粒剤を開発したが、細粒剤は高齢の患者さんにはあまり好まれないのかも知れない。教訓となったのは事実である。