はじめに
私自身もシニア世代の仲間入りをしているから高齢者の立場で勝手な意見を聞いてもらえるならば、下記のような要望を出したいと思う。
一般的に高齢者は嚥下力が弱くなっているケースが多いため服用しやすい剤形が望ましいのは言うまでもない。米国で市販されているような大きな錠剤やカプセル剤は日本人の高齢者には不興であり、危険ですらある。
また、高齢者は消化器官の機能(働き)が低下している可能性が高いために、吸収率を高めるための製剤工夫をしてほしいところではあるが、現状の薬事規制の下では吸収性の観点から特別に高齢者用の製剤を開発することは難しいと言えるだろう。
さらに欲を言えば、一般的に高齢者は薬剤に対する耐性が低下していると考えられるため、副作用の発言を最小限に抑えることができれば嬉しい。しかし、これも現行の薬事規制の下では特別、高齢者向けという観点からの開発は難しいと思われる。
したがって、これらの妥協点は、先述の吸収性についても同様であるが、高齢者を含む全患者にとって薬効(有用性)と副作用(安全性)の観点から最適な製剤を設計し、開発してほしいと要望するしかない。
結局、現行の薬事規制の下では、高齢者のための製剤に求めるべき条件は、慢性疾患で長期間服用する場合が多いため、服用が容易で、扱いが簡単で、覚えやすい剤形が好まれるということになるだろうか。新薬の開発においては、是非とも高齢者の利便性を考慮した製剤設計でもって、製剤開発を進めてもらいたい。
<目次> はじめに 高齢化社会において製剤に求められるニーズとは 高齢者に受け入れられる剤形とは何か? 現在利用できる高齢者用の剤形 口腔内崩壊錠 口腔内崩壊フィルム 経口ゼリー剤 ソフトカプセル 高齢者が取り出しやすいPTP包装とは あとがき |
高齢化社会において製剤に求められるニーズとは
日本の課題の一つに高齢化社会が他の先進国よりも早いスピードでやってくるというのがある。もちろん個人差はあると思うが、一般に高齢者は嚥下能力も低下しており、なかには入れ歯をしているために噛み砕くのが苦手な人もいるとされている。
一方、他人事ではないが、高齢者は嚥下機能以外にも認知機能が低下していることもあり、薬の効果を確実に得るためには患者さんに適した剤形の選択が重要と言われている。
このような患者さん(私自身も含めて)にも服用可能な製剤の開発ニーズはますます高まると推察される。高齢者が薬剤を服用する際の問題点として次のようなことが指摘されている。
- 錠剤やカプセル剤が大きいと嚥下できない
- 錠剤やカプセル剤がつかみにくい
- 錠剤やカプセル剤をPTPシートから取り出せない、取り出すのに手間取る
では、「嚥下しやすくて、扱いやすい」適切なサイズの錠剤とはどれくらいの大きさなのであろうか?
ある実地調査[1]の結論によると、飲み込みやすさと取り扱い性の両観点から虚弱高齢者の服薬に適した錠剤サイズは直径7~8mmの円形錠であるという。
この実地調査において使用された錠剤サンプルは、直径が異なる 5 種(6、7、8、9、10 mm)の円形錠のみであり、楕円形錠は含まれていないが、私達が製剤設計の際に目標としてきた錠剤サイズと合致している。錠剤やカプセル剤の小型化は、製剤設計における古くて新しい技術的課題であると言えるだろう。
高齢者に受け入れられる剤形とは何か?
高齢の患者さんからのニーズを満たす(高齢者に受け入れられる)剤形としてどのようなものが考えられるだろうか?
高齢者でも服用しやすい剤形として登場しているものには次のようなものがある。
- 口腔内崩壊錠
- 口腔内崩壊フィルム
- 経口ゼリー剤
- ソフトカプセル
上記4種類の剤形は、いずれも嚥下しやいように製剤学的工夫を凝らした剤形である。
薬剤の服用に際しては、誤飲や誤嚥は避けなければならない。加齢(老化)に伴い嚥下困難になる頻度も増えてくる。嚥下障害がある患者さんにおいては誤嚥性肺炎の危険度は上昇するとも言われている。利用可能であるならば、嚥下機能に左右されない剤形である貼付剤(テープ剤)などへの変更も考えるべきであろう。
現在利用できる高齢者用の剤形
上述の4種類の剤形について、下記のように簡単に説明する。
口腔内崩壊錠
口腔内崩壊錠(Orally Disintegrating Tablets;OD錠)は、口腔内で溶解又は崩壊させて服用できる錠剤である(日本薬局方/製剤総則から抜粋)。
水がなくても口腔内で溶かして服用でき、高齢者などにもやさしい、すなわち嚥下しやすい錠剤とされている。
誤嚥を生じにくい製剤の特徴を「嫌な味や匂いがなく、固い塊でない」というふうに考えれば、口腔内崩壊錠が理想形の一つと言えるのかも知れない。
口腔内崩壊錠のなかには、苦味を感じないよう薬物粒子をコーティングするなど、より飲みやすくする製剤学工夫を凝らしているものもある。
口腔内崩壊フィルム
口腔内崩壊フィルム(Orally Disintegrating Films)は、口腔内で速やかに溶解または崩壊させて服用する経口フィルム剤である。
水溶性高分子とその他の添加剤からなるフィルムの基剤中に有効成分が含有されており、水を必要とせずに服用できる製剤である。嚥下困難あるいは水分摂取制限がある場合に有用な剤形である。
経口ゼリー剤
経口ゼリー剤(Jellies for Oral Application)は、経口投与する流動性のない成形したゲル状の製剤である。
適度な硬さと粘性を有しているため、水分誤嚥のある嚥下障害の患者などに対して用いられる。また、苦味マスキングを目的に甘味料などが添加されていて服用しやすい製剤である(日本薬局方/製剤総則から抜粋)。
水分誤嚥がある患者さんに対しての実際の服薬対応が「ゼリーやプリンに混ぜる」、「食事に混ぜる」、「オブラートに包む」などの処置であるならば、経口ゼリー剤も高齢者にやさしい、すなわち誤嚥しにくい剤形の理想形の一つと言える。
ソフトカプセル
ソフトカプセル(Soft Capsule)は、従来からよく知られている剤形であるが、サイズが十分に小さければ高齢者でも服用しやすい剤形ということで再認識されるかも知れない。
高齢者が取り出しやすいPTP包装とは
最後に、「取り出しやすいPTPシート」とはどんなものであるかについて考えてみることにする。
シート用フィルムの厚みが薄い場合、錠剤やカプセル剤を比較的弱い力でPTPシートから押し出すことができるが、一般的にそのようなPTPシートは防湿性が低いものである。
吸湿しやすい錠剤やカプセル剤の安定性を担保するためには、通常、硬質のプラスチック製PTPシートあるいは厚みのある高い防湿性のPTPシートが採用されるので、結果として錠剤やカプセル剤をPTPシートから取り出すのにより強い力が必要になり、取り出しにくくなる。
このような二律背反の課題を解決するために、超高防湿性のプラスチックシートを採用し、シートの厚みを薄くさせて、従来のPTPシートよりも弱い力で錠剤やカプセル剤を取り出すことができる包材が大成加工株式会社から提供されている。
このような高防湿性で、かつ、取り出し易いPTPシートは、一般的に錠剤硬度が低い口腔内崩壊錠(OD錠)の包装にも重宝するはずである。当該PTPシートとOD錠の組み合わせは、「高齢者に優しい製剤」の一つの形であると思う。
あとがき
結局のところ長期間服用する場合において、服用が簡単で、覚えやすい剤形が好まれるとなれば、それらの条件を満たす経口剤の剤形の最大公約数としては下記のようなものに集約されるのではないかと個人的には思っている。
- 小型で嚥下しやすく、しかし掴みやすい形状の錠剤
- 小型で嚥下しやすく、掴みやすいソフトカプセル
- 口腔内でわずかな唾液でも速やかに崩壊するよう設計されている口腔内崩壊錠なら嚥下にも困らない。但し、苦味など不快な味がする薬剤には適用しにくい剤形でもある
- 嚥下力がかなり低下して場合には液状製剤が推奨される
これらの目標は、古来より製剤研究技術者が製剤設計を行う際に考慮してきた点と何ら変わらない。薬物含量が多い製剤においてはやむなく結果的に大型になってしまっただけである。しかし、高齢化社会がさらに急速に進む時代においては、高齢患者を考慮した剤形での製剤設計・製剤開発がより一層、中心的課題として考慮する必要性が高まったという違いだけである。まさに古くて新しい技術的課題である。
【参考文献】
[1] 三浦 宏子/苅安 誠(九州保健福祉大学)「錠剤の大きさが虚弱高齢者の服薬に与える影響/服薬模擬調査による検討」;日老医誌 2007;44:627 – 633 |