吸入器の歴史
気管支・肺に適用する製剤(Preparations for Oral Inhalation)に使用されるデバイスを「吸入器」と呼ぶ。吸入器の歴史は古く、1980年代の吸入器と言えば、加圧式定量式吸入器(pMDI)と粉末吸入器(DPI)が中心的であった。
しかしながら、これらの吸入器にはそれぞれの課題があった。pMDIは、当時オゾン層の破壊が問題となっていたフロンガスを使用していた。一方、DPIは自ら吸い込む必要があり、吸気力が弱い高齢者は治療に必要な薬剤量を吸入できなかった。
このような課題を解決するために考案され、ベーリンガーインゲルハイム社によって開発されたのが Soft Mist Inhaler(SMI)呼ばれる吸入器である。SMIは、薬剤をより細かい粒子で、より遠くへ飛ばし、そしてフロンガスを使用していない。この全く新しいタイプの吸入器は、商品名を「レスピマット(Respimat)」という(下図参照)。
ソフトミストを発生させる原理
Respimatは、フロンガスの代わりに駆動力として「ばね」の力を利用している。ばねの力で細いノズルに一定量の薬剤を押し上げ、ジェット噴霧することでソフトミストを発生させるという画期的なアイデアである。ジェット噴霧をソフトミストに変える原理は、下記の写真で説明されている。
薬剤をソフトミストにする部品の一つが「ユニブロック(Uniblock)」と呼ばれる部品で、いわばレスピマットの心臓部に相当する精密な部品である。この部品の開発が、レスピマット開発のKeyになっていたことは容易に推察できる。
デバイスを手に収まるほどのサイズにするには多大な(壮大と表現した方が適切かもしれない)知恵と努力が必要であったと推察する。レスピマットは、掛け値なしで「知恵と努力の結晶」だと私は思う。レスピマットの使い方は、至って簡単で、3ステップで操作ができる(下図参照)。
レスピマットの特徴
レスピマットの特徴をまとめると下記のようになる。
レスピマットが使用されている製品
このレスピマットを吸入器とした製品は、2004年にBerodualという製品に用いられたのが最初であるが、レスピマットを有名にしたのが2007年に発売された「スピリーバ(Spiriva)」という製品である。日本でも2010年に上市されている。また、新しい製品では「スピオルト(Spiolto)」とがあり、2015年に欧米と日本で上市されている(下図参照)。
ちなみにスピオルトは、チオトロピウム(長時間作用性抗コリン薬;LAMA)とオロダテロール(長時間作用性β2刺激薬;LABA)の配合剤で、スピリーバ(チオトロピウム単剤)よりも効能的に優れているとされている。
薬剤を肺へ送達させる機能の比較
経肺投与用の薬剤のバイオアベイラビリティを向上させるためには、まず薬剤を肺の奥にまで到達させることが必要である。
レスピマットは、pMDIよりも肺への薬剤送達能力が高い吸入器であることが証明されている(下図参照)。
レスピマットの肺への薬剤送達能力は、DPIより高いことも証明されている(下図参照)。
吸入器の利便性の比較
レスピマットは、他の吸入器に比べて利便性が向上しており、高齢や小児の患者さんにも問題なく使用してもらえる吸入器になっていると思う(下表参照)。
あとがき
SMIと呼ばれるあるレスピマットについて紹介した。レスピマットは、肺への薬剤送達能力が高いので、バイオアベイラビリティを向上させることができる画期的な経肺用吸入器であることは間違いない。しかしながら、水溶性の薬剤又は液剤化できるような薬剤にしか利用できないという弱点がある。この弱点がある限り、市場の吸入器をSMIで完全に置き換えることはできないはずだ。私達がDPIを使用する機会は今後も続くことでしょう。