はじめに
抗体医薬は、その高い特異性と治療効果から大きな期待を集めていますが、実用化や臨床応用に際していくつかの重要な課題にも直面している。その主な課題とは何かを明らかにし、対応策としてどんな試みがなされようとしているかについて私は関心を持ち続けている。
製造プロセスと品質管理の複雑性
抗体医薬は、遺伝子組換え技術を用いて哺乳類細胞(例えば、CHO細胞)で発現させる必要があり、その後複雑な精製・精製工程、さらに希釈や配合、糖鎖構造の最適化などの工程を経なければ医薬品にはならない。
そのため抗体医薬の製造プロセスは非常に高度化しており、バッチ間の一貫性や安定性を確保するために高額な製造コストの問題が生じている。これらの課題は、抗体の設計や生産技術の継続的な改善によって解決を目指している分野であるという。
免疫原性の問題
抗体医薬においては、たとえヒト化抗体や完全ヒト抗体であっても、患者個々の免疫系が抗体医薬を「異物」と認識してしまい、抗体に対する抗体(抗薬物抗体:ADA)が産生されるリスクがあるとされる。
これにより、薬剤の効果が低下したり、予期しない副作用(例えば、急性免疫反応や長期的な免疫関連の問題)が発生する可能性があるという。
こうした免疫原性のリスクは、設計段階でエピトープを除去するか、もしくはFc領域の改変などの手法によって抑制を試みるなどしているらしいが、すべてうまくいくわけではないという。
組織浸透性とバリアの問題
抗体医薬は分子量が大きいため、標的組織内(特に、固形腫瘍内や中枢神経系)への浸透性が課題となっている。
例えば、血液脳関門は抗体が中枢神経系に到達するのを著しく制限するため、この領域での有効性を高めるには、抗体のサイズを縮小したり、改変された送達技術(ナノ粒子との複合体化など)が必要となるとされる。
ターゲットの多様性と薬剤耐性
特定の抗原を標的とする抗体医薬の場合、治療対象の細胞がその抗原をダウンレギュレートしたり、変異を起こすことで抵抗性が生じるリスクがある。
特にがん治療では、腫瘍の異種性や動的変化により単一ターゲットへの依存が限界を迎えることがあるため、二重特異性抗体や多機能性抗体、または免疫チェックポイント阻害剤との併用療法など、新たなアプローチが模索されている。
安全性と副作用の管理
抗体医薬は高い選択性を持つ一方で、Fc領域を介した免疫細胞の活性化が原因で、サイトカイン放出症候群などの副作用を引き起こすことがあるという。
そのため、完全ヒト抗体またはヒト化抗体のさらなる改良によって、患者ごとの免疫反応を抑制し、長期間の使用でも安全性を確保する技術が進展している。
また、標的抗原が正常組織にも発現している場合、オフターゲット効果による組織障害や副作用のリスクが増大する。
このため、安全性のバランスを取りながら最適な効果を発揮する設計と投与スケジュールの最適化が不可欠であるとされる。
課題に対する対応策
上述のような課題に対して、今後は以下のような対策や技術革新が期待されているらしい。
- モダナイゼーション及び自動化された製造プロセスの導入
- 製造工程の最適化、プロセス内品質管理の強化によってコスト削減と一貫性の向上が図られている
- 自動化されたバイオリアクターや高度な品質管理システムの導入により、生産プロセスの再現性とコスト効率の向上が図られており、GMP規格に準拠した大量生産体制が整備されつつある
- これにより、ラボスケールでの探索から商業生産へと円滑に移行できる体制が整いつつあるため、市場への迅速な提供が期待されている
- 分子設計技術の進歩
- コンピューター支援設計や構造解析により、免疫原性を低減した抗体や、より小型で組織浸透性の高い抗体断片(Fab、scFv、ナノボディなど)が開発されつつある
- Fc領域の糖鎖パターンの最適化やアミノ酸配列の変更により免疫エフェクター機能の強化および副作用リスクの低減が図られる
- 抗体の血中半減期の延長
- ADCC(抗体依存性細胞傷害性)の強化
- CDC(補体依存性細胞傷害性)の強化
- ナノボディ
- キャメリアド由来の抗体断片
- 小型で血中半減期が短いが、優れた組織浸透性を持つ
- さまざまな新規抗体形式は、がん細胞など複雑な病態に対して複数の標的を同時に攻撃できるため、治療効果を向上させるとともに、耐性機構の回避にも寄与する
- 新しい送達システムと複合体の開発
- ADC(抗体薬物複合体)や二重特異性抗体など、ターゲットの異なる細胞を同時に攻撃できる多機能性の設計が進展し、副作用の軽減と治療効果の向上を狙っている
- 抗体薬物複合体(ADC)
- 抗体に細胞毒性のペイロードを結合させることで、標的細胞への薬剤送達効率を大幅に向上させるなど、多角的なアプローチが採用されている
- 二重特異性抗体
- 複数の抗原に同時に結合できる
- 多特異性性を持つ抗体
- さまざまな新規抗体形式は、がん細胞など複雑な病態に対して複数の標的を同時に攻撃できるため、治療効果を向上させるとともに、耐性機構の回避にも寄与する
抗体医薬は、その革新的な治療力を背景に、これらの課題をクリアするためのさまざまな研究や技術開発が活発に進行している分野である。今後、より効率的で安全な設計や製造プロセスの確立により、さらなる臨床での応用領域の拡大が期待される。
あとがき
次世代の抗体医薬は、がんや自己免疫疾患といった従来の適用領域に留まらず、次のような多岐にわたる分野での応用が期待されている。
- 感染症治療
- 新興ウイルスや耐性菌に対する治療法として、抗体医薬の即応性が注目されている
- 神経変性疾患・再生医療
- 細胞内のシグナル伝達経路を標的とすることで、これまで治療が困難とされた疾患群への新たなアプローチが進められている
- 組み合わせ療法の進展
- 次世代の抗体医薬は、細胞治療やmRNA技術との融合など、異なる治療モダリティとの相乗効果を狙った研究も進んでおり、今後の治療プラットフォームとして大きな可能性を秘めているとされる
このように、次世代の抗体医薬の開発は、革新的な抗体設計技術、エフェクター機能の合理的な調整、そして製造プロセスの効率化・高品質化により、患者個々の病態に合わせた「個別化医療」の実現に向けた重要な一歩となっているようだ。
これらの技術融合は、今後さらなる臨床試験の成功と市場展開を促し、従来の治療法では対応しきれなかった多様な疾患領域に対して、新たな治療の選択肢を提供すると期待されている。
【参考資料】
DS seminar 2023_J.pdf |
抗体に関する研究開発事業|事業内容|次世代バイオ医薬品製造技術研究組合 |
次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 |