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超臨界流体利用の微細加工技術は製剤技術となるか?

はじめに

超臨界流体(supercritical fluid)とは、物質が臨界温度と臨界圧力という特定の条件を超えた状態で見られる、液体と気体の区別がなくなった独特の相のことを指す。

臨界点では、液体と気体の性質が融合し、密度や拡散性などの特性が通常の液体や気体とは異なる振る舞いを示す。例えば、超臨界流体は液体のように高い密度と溶解力を持ちながら、気体のように低い粘性と高い拡散性も有しており、これがさまざまな応用において大きな強み(利点)となっている。

超臨界流体の基本的な特徴としては、次のような利点が知られている。

  • 相の統一性
    • 臨界点を超えると、液体と気体の区別がなくなり、一つの均一な相として存在する
    • これにより、従来の液体と気体の間にあった相境界、沸点や凝縮現象などが消失する
  • 調節可能な物性
    • 圧力や温度を精密に調整することで、超臨界流体の密度や溶媒特性を制御できるため、特定の物質を選択的に溶解・抽出することが可能となる
    • これは、抽出プロセスの効率化や精度の向上に繋がる
  • 優れた輸送特性
    • 液体に比べると拡散性が高く、気体に比べると密度が高いという性質から、物質の輸送や反応物同士の接触が効率的に行われる

超臨界流体の主な応用例としては、次のような事例が知られている。

  • 超臨界CO₂抽出
    • 超臨界状態の二酸化炭素(CO₂)は、その低毒性と環境負荷の少なさから、食品(カフェイン除去や香料抽出など)や化粧品、医薬品の分野で溶媒として活用されている
    • 超臨界CO₂は、温度や圧力の調整により溶解力を大きく変化させるため、不要な有機溶媒の代替としても注目されている
  • 超臨界水の利用
    • 高温・高圧下の超臨界水は、化学反応のメディアや廃棄物の分解プロセスにおいて利用されている
    • 水は通常状態では極性溶媒であるが、超臨界状態になると極性が低下し、有機物の溶解や反応促進に適した性質を持つ
  • 新素材・プロセス開発
    • 超臨界流体の微細な物性調整性を活かし、ナノ粒子の合成や微小カプセルを用いたDDS、新しい材料の形成など多岐にわたる分野で研究が進められている

このように、超臨界流体は液体と気体の両方の特性を併せ持つため、密度が高く拡散性に優れ、均一で微細な粒子を生成するのに理想的な環境を提供する。こうした超臨界流体の特性を利用することで、微細加工技術が飛躍的に向上し、医薬品の製剤技術にも革新がもたらされているようである。本稿では、製剤技術として期待が持てる超臨界流体を利用した微細加工技術について一緒に学んでいきたい。

目次
はじめに
超臨界流体利用の微細加工技術の基本原理
超臨界流体を利用した微細加工技術
RESS法
SAS法
製剤技術への応用
日本国内企業の取り組み
今後の展望と課題
あとがき

超臨界流体利用の微細加工技術の基本原理

超臨界状態では、溶媒としての液体と気体の性質が融合し、次のような特徴が得られる。

  • 高密度と低粘性の共存
    • 超臨界流体は、液体のような高い密度を持ちながら、気体のような低粘性のため、非常に優れた拡散性を示す
    • これにより、分子間の相互作用が迅速に起こり、均一な核生成(ナノ粒子の形成)や粒子成長の制御が可能となる
  • プロセスパラメータの精密な調整
    • 圧力や温度などのプロセス条件を精密に制御することで、得られるナノ粒子の粒子径、形状や結晶性を自在に調整できることが大きな強み(利点)となっている

これらの要因が、超臨界流体を用いた粒子生成メカニズムの基礎となっており、医薬品のナノ粒子の形成、あるいは微粒子化プロセスに有利に働いていると言える。


超臨界流体を利用した微細加工技術

超臨界流体を利用した微細加工技術には、主に次の2つの手法が知られている。

RESS法

RESS法Rapid Expansion of Supercritical Solutions) は、薬剤(有効成分)を超臨界流体中(例えば超臨界CO₂)に溶解し、そこから急速に減圧することで過飽和状態を作り出し、核生成を促進する。急激な圧力低下により、均一なナノ粒子が形成され、サイズ(粒子径)や形状の制御が可能になる。

RESS法によるナノ粒子生成は、製薬企業が製造ラインに導入している事例が見受けられる。この方法で得られたナノ粒子は均一な薬物放出や吸収性の改善が期待されており、研究成果が臨床応用に結実しているケースも報告されている。


SAS法

SAS法Supercritical Anti-Solvent method) は、薬剤(有効成分)を有機溶媒に溶解した状態から超臨界CO₂を混入し、溶媒の溶解力を低下させることで薬剤が析出する。溶媒除去が効果的に行われるため、粒子の結晶性や粒度分布を精密に制御でき、製剤の特性向上に寄与する。

SAS法を用いたナノ結晶化プロセスは、難溶性医薬品の溶解性向上や生体内吸収の改善を目的に実用化されている。超臨界CO₂を溶媒として用いることで、従来の溶媒抽出や粉砕プロセスよりも粒子サイズの均一性や結晶性を高精度に制御できるため、実際に複数の製薬企業がこの技術を製剤プロセスに組み込み、製品の品質向上や製造工程の効率化に貢献しているとされている。


製剤技術への応用

超臨界流体を利用した微細加工技術により、特に難溶性薬物のナノ結晶化が促進され、以下のようなメリットが得られる。

  • 溶解性・生体内吸収の向上
    • ナノ粒子化することで表面積が大幅に増加し、溶解速度が上がるため、薬剤(有効成分)のバイオアベイラビリティ(BA)が改善される
    • BAが向上すると投与量の削減や薬理作用の迅速化が期待される
  • 均一性・安定性の向上
    • 圧力や温度の精密な制御により、粒子の大きさや形状が均一に作製され、製剤の安定性や再現性が向上する
    • これにより、経口剤、注射剤、経皮吸収剤など多様な投与形態への応用が広がる
  • 環境負荷の低減
    • 超臨界流体技術は有機溶媒の使用量を抑え、プロセス後の溶媒除去が容易なため、環境に優しい製造法の確立が実現できる

日本国内企業の取り組み

超臨界流体を利用した微細加工技術は、特にナノ粒子生成や結晶性改善による難溶性医薬品の製剤化分野で注目され、多くの企業や研究機関で研究・実用化が進められているという。国内企業でも超臨界流体を利用した微細加工技術の実用化に向けて研究開発を継続しているようである。

  • KISCO株式会社(KISCO)
    • 国内企業のKISCOは超臨界流体技術を応用した医薬品用微粒子や医薬中間体の製造に向けた取り組みを進めている
    • 同社は超臨界状態を利用して高精度なナノ粒子生成プロセスを構築し、高精度の粒子サイズの調製や均一な製品特性の実現を目指している
    • SAS法による製造プロセスの開発や、微細加工技術を取り入れた生産ラインの構築例が報告されている
  • 日本分光株式会社(JASCO)
    • 超臨界流体を用いた抽出技術や微細加工プロセスが医薬品成分の調製に関して応用されており、医薬品の有効成分の精製や結晶調整に成功した実績がある
    • 医薬品のバイオアベイラビリティ向上を図るために、超臨界流体を利用したナノ粒子生成技術を製造工程に組み込んだ事例が業界向けのセミナー等で紹介されている

今後の展望と課題

ラボスケールで多くの成果が報告されている一方、超臨界流体を利用した微細加工技術を商用生産スケールに展開する際には、いくつかの課題が残されている。

  • スケールアップの難しさ
    • ラボスケールでの均一な粒子生成技術を、大量生産ラインに移行する際には、プロセスの安定運転や設備の精密な制御が必要となる
  • プロセスの最適化
    • 各薬物の特性に合わせた最適な圧力、温度、流量の組み合わせを確立するための詳細なプロセス設計と制御技術が求められる
  • 規制と品質管理
    • 製剤の均一性、安定性、安全性を保証するための品質管理体制や各国の規制対応も、実用化に向けた重要なテーマとなっている

あとがき

超臨界流体の特性を活用した微細加工技術は、医薬品製剤の分野において次世代の製剤技術として非常に有望である。

特に、難溶性薬物のナノ結晶化を通じた溶解性向上、製剤の均一性・安定性の確保、さらには環境負荷低減といったメリットは、今後の医薬品開発において大きなインパクトを与えると期待されている。

さらに、超臨界流体技術とマイクロ流体デバイスや連続製造システムとの統合など、より高度な技術革新も今後の研究課題として注目されている。

例えば、超臨界CO₂を用いたRESS法やSAS法による製造プロセスは、従来の微粉砕技術やスプレードライ法(噴霧乾燥)と比較して、粒子の生成工程が非常に精密に制御できるため、最適な製剤設計や品質管理の実現に直結すると考えられる。より詳細な物性評価や製造プロセスのモデリングによって、さらに進展していく可能性を含んでいる。

このような研究の成果から、超臨界流体の特性を利用した微細加工技術の製剤技術化は、今後の医薬品製造業界において革新と効率化をもたらす鍵となる技術分野と言えるのではないだろうか。


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