はじめに
親水性ゲルマトリックス型の徐放錠の開発事例は比較的多く紹介されているが、Coat-Core system (有核錠型)のものはほとんど目にすることはない。本記事では、そんな稀な事例を紹介したいと思う。
アダラートCR錠の開発目標
高血圧症・狭心症治療薬(Ca拮抗薬)であるニフェジピンの1日1回投与製剤(アダラートCR錠)は、投与回数の減少によるアドヒアランスの向上や投与後初期の血中濃度の急激な上昇を抑えて副作用の発現を防止する目的で設計された。
消化管内を移動しながら長時間にわたりニフェジピンを放出し続けるため、ニフェジピンの即放性製剤(アダラートソフトカプセル)や徐放性製剤(アダラートL錠;1日1回投与)に比べて製剤からのニフェジピンの溶出および吸収は生理的要因の影響(例えば、消化管運動に付随する物理的な力、消化管内の内容物量、内容物の組成、pH、表面張力、粘度、水分量など)を受けやすく、それに対応した製剤設計が必要であった。
製剤設計のコンセプト
アダラートCR錠を製剤設計する上で、幸いであったことは有効成分であるニフェジピンの溶解性はpHには影響を受けなかったことと吸収部位が胃腸管の上部から下部に至るまで分布していたことである。
吸収部位が胃腸管上部(例えば十二指腸)だけに局在していたならば、現行技術で1日1回投与製剤を開発することはできなかったでしょう。また、ニフェジピンは消化液中の消化酵素(炭水化物分解酵素、脂肪分解酵素、蛋白分解酵素など)の影響を受けない。界面活性剤として働く胆汁酸の影響は受けるとは思うが、難溶性薬剤であるニフェジピンにとっては吸収を助けてくれるので歓迎すべきことである。
アダラートCR錠を製剤設計する上で最も考慮された点は、消化管内、特に胃内での機械的刺激を受けにくくすることと、胃腸管下部での吸収低下を改善することであった。
消化管内で長時間にわたりニフェジピンを徐々に放出させる場合、製剤からの溶出が完了する前に破壊されると吸収量が多くなって血中濃度が急激に上昇するというリスクがある。胃腸管内で製剤をバーストさせないようにする製剤学工夫がアダラートCR錠には施されている。
もう一つの胃腸管下部での吸収低下を改善する方法は、剤形として有核錠を採択して、核錠(Core)からの溶出速度を外殻(Coat)よりも速くなるように設計していることである。この製剤学的工夫によって、in vivoでの吸収低下を改善している。
アダラートCR錠の製剤設計のコンセプトを下図に示した。
また、有核錠(Coat-Core)という剤形がアダラートCR錠(1日1回投与製剤)に適していることを説明するために、Coat-Core錠からのニフェジピンの溶出挙動と血中濃度プロフィールの関係を下図に示した。
アダラートCR錠におけるニフェジピンの徐放化技術には、親水性ゲルマトリックスを利用している。親水性高分子としてはヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を用いている。複数の粘度グレードの異なるHPCを適宜組み合わせることで溶出速度が調節できる(下図参照)。
プロトタイプの開発と候補製剤の選択
Coatから溶出速度並びにCoatとCoreにおけるニフェジピン含有比の異なる8種類のプロトタイプ処方(下図参照)を開発し、これらが胃での機械的刺激でバーストしない徐放性製剤としての特性を有しているかどうかをイヌで薬物動態を評価し、候補製剤を絞ることにした。尚、下図右側の4種類のプロトタイプ処方(Dev. No. 417、 451、 414、418)には機械的刺激に対しても溶出速度が増大しない製剤学的工夫がなされている(特許第3220373号公報参照)。
上記8種類のプロトタイプ処方(用量40 mg)のイヌ試験の結果を下表に示す。
イヌ試験の結果からヒトに投与した場合における薬物動態を予測することは困難であるが、ある選択基準(非開示)によって4種類のプロトタイプ処方(Dev. No. 417、451、414、387)が選ばれ、これらが1 日1 回投与製剤としての薬物動態を示すかどうかを相対的バイオアベイラビリティ試験(Phase I)で評価することにした。
上記4種類のプロトタイプ処方(Dev. No. 417, 451, 414, 387)の相対的バイオアベイラビリティ試験(Phase I)の結果を下図に示す。
次のような選択基準を設けて最適な製剤処方を選択した。
- 最高血中濃度(Cmax)がアダラートL錠20 mgのそれを超えることがない
- バイオアベイラビリティ(AUC)がアダラートL錠20 mgの約2倍に相当する
その結果、一つのプロトタイプ(Dev. 451)が最終候補製剤として選ばれ、これを基に20 mg錠も製剤開発した。
アダラートCR錠の薬物動態
アダラートCR錠40 mg及び20 mg錠のPKプロフィールをアダラートL錠20 mgと比較したものを下図に示す。アダラートCR錠40 mgについては、空腹時投与と食後投与の場合を比較しているが、食事により薬物放出が大きく変動していないことが示された。新たに製剤開発したアダラートCR錠20 mgも40 mg錠と同様のバイオアベイラビリティを示した。
市販アダラート製剤の薬物動態の比較
下図に3種類のアダラート製剤の薬物動態(PKプロフィール)を示した。製剤技術の違いにより製剤からのニフェジピンの溶出速度が異なり、その結果、薬物動態に違いが現れることが端的に示されている。
アダラートカプセルは、難溶性薬物であるニフェジピンを初めてソフトカプセル化することでいち早く臨床の場に提供したマイルストーン的製剤である。
また、アダラートL錠は、ニフェジピン結晶の粒子サイズに製剤的工夫をして持続化製剤にし、1日3回投与であったニフェジピン製剤(アダラートカプセル)を朝夕の1日2回投与製剤とすることで抗高血圧症・狭心症治療薬としてブロックバスターにもなった製剤である。
アダラートCR錠(1日1回投与製剤)は、こうした製剤技術の進歩のなかから誕生する機会を得たものである。
アダラートCR錠の小型化
ところで、アダラートCR錠の発売当初の錠剤サイズは、直径約9 mmで、厚みが約5.5 mmであった。
その理由は、アダラートCR錠は有核錠であり、直径5 mmで厚みが2 mmの核錠をセンターリングするのに支障なく、有核錠とするためには外殻の直径を9 mmにする必要があったからである。高速の有核打錠ではターンテーブルの高速回転による遠心力で核錠がセンターからずれるというリスクを伴う。核錠がセンターからずれると製剤からの溶出挙動が変わってしまい、薬物動態にも影響する。核錠のエッジから外殻のエッジまでの距離を2 mmに設定することは、発売当時においては品質を保証できる技術的限界であった。
確かに直径9 mmの円形錠は、高齢者や嚥下障害のある患者さんにとっては服用しやすいとは言えず、錠剤の小型化は発売当初から考えてはいたが、製造技術的なハードルは高いものであった。
かなりの期間を要したが、有核打錠機及び核錠供給装置の機能的進歩並びに品質管理技術の進歩により、アダラートCR錠の小型化に成功した。小型化アダラートCR錠20 mgの直径は約7 mmであり、厚みは約4.3 mmである。錠剤質量も半分以下にできた。
アダラートCR錠の小型化には製剤学的工夫(特許第3751287号公報参照)も必要であったが、有核打錠機(核錠供給装置を含む)の機能的進歩及びCCDカメラによる核錠位置のモニターリングなど品質管理技術の進歩の貢献度が大きい。これらの技術がなければ工業化/市販化ができなかった。これらは製造技術のイノベーションであり、貢献者に感謝したい。
あとがき
難溶性ではあるが吸収部位が消化管全域に分布しているような薬剤の徐放化に際し、親水性ゲルマトリックス型(Coat-Core System;有核錠型)を用いることの有用性を示した事例として、ニフェジピンの1日1回投与製剤、アダラートCR錠の製剤設計を紹介した。Coat-Core Systemを適切な薬剤に利用して新しい医薬品が開発され、臨床使用されることを期待する。