はじめに
PLGAナノ粒子をキャリアとするDDS(Drug Delivery System)製剤は、長年にわたってその生分解性、優れた生体適合性、さらには調製および改質の柔軟性から、数多くの医療分野への応用が模索されてきた。
本稿では、その研究開発の進展とその将来的な展望について、一緒に学んでいきたいと思う。
PLGAとは
臨床応用で用いられる新素材には特異な機能性と高い安全性が兼備されていなければならない。
PLGA(Poly Lactic-co-Glycolic Acid;ポリ乳酸・グリコール酸共重合体)は、乳酸とグリコール酸の共重合体ポリマーである。
PLGAは、生体内での加水分解により構成モノマー(乳酸とグリコール酸)に戻り、最終的にTCA回路(Tricarboxylic Acid Cycle)を経て水と二酸化炭素へと分解され体外へ排出(代謝)されるため、体内蓄積性はなく安心安全な材料とされている(図1の左図参照)。

PLGAナノ粒子とは
PLGAナノ粒子は、薬剤(有効成分)をナノ粒子の表面に付着させることにより、DDSキャリアとして使用できる(図1の右図参照)。その薬剤搭載の徐放性ナノ粒子として、ナノ粒子の機能性を利用したDDS製剤の研究開発が活発に進められている。
ナノサイズ効果による浸透性と加水分解に起因した徐放作用があるため、各標的部位での薬物吸収性が高まることが期待される。
また、ナノサイズ化によって細胞(数~数十μm)が外物質を取込むエンドサイトーシスを受けやすく、この現象を通じて内包薬物を細胞内へデリバリーすることが可能となる。このため、核酸医薬のキャリアとしても広く研究されるようになっている。

放出制御技術の確立
PLGA自体の分子組成(乳酸とグリコール酸の比率)や分子量の調整により、急激なバーストリリースを抑え、長期にわたる持続放出を実現する点は大きな進展である。
また、刺激応答性(pH、温度、酵素など)を持たせた改変を行うことで、薬剤が病変部位の微小環境に応じて自動的に放出されるシステムも開発されている。
表面修飾と標的指向性の向上
PLGAナノ粒子はそのままでは全身に分布する傾向があるため、PEG(ポリエチレングリコール)化や特定のリガンド(抗体・ペプチド、糖鎖など)の付加によって、特定のターゲット組織である臓器や炎症部位、腫瘍組織への標的指向性を向上させる工夫が進んでいる。
こうした表面改質により、薬剤が送り届けられる部位での局所投与効果が増大し、副作用を低減することが可能になっている。これらの技術は、難治性炎症性疾患やがん治療、さらにはワクチンや免疫療法など、幅広い領域への展開を支える。
マルチモーダル・プラットフォームの構築
治療と診断機能(theranostics)を同時に備えるマルチモーダルプラットフォームとしての開発も進んでいる。
これにより、治療効果の最大化とともに、リアルタイムのモニタリングが可能となり、個別化医療への道が開かれつつある。
PLGAナノ粒子の製造方法
PLGAナノ粒子の製造には、球形晶析法を応用したESD法(水中エマルション溶媒拡散法;Emulsion Solvent Diffusion method)が用いられる。
このESD法では、PLGAと薬剤(有効成分)を水混和性有機溶媒(主にアセトン+エタノール)に溶解させ、これを水中に添加する。そうすると、自己乳化による微小エマルション滴の形成と、水と有機の両溶媒の相互拡散によるエマルション滴内でのPLGAの沈積によって、固体のナノ粒子が作製される。その後、溶媒留去、ろ過、凍結乾燥を経て、PLGAナノ粒子の粉末を得ることができる(下図参照)。
PLGAナノ粒子の製造フロー

PLGAナノ粒子は、用途に合わせて数十nmから数百nmのサイズに調整することができる。このナノサイズ化により、細胞が外物質を取り込むエンドサイトーシスを受けやすくなり、この現象を通じて内包薬物を細胞内へデリバリーすることが可能となる。
これにより、薬物の吸収性が高まることが期待できるし、核酸医薬のキャリアとしても広く研究されている。
PLGAナノ粒子の無菌化
PLGAナノ粒子を注射剤として使用する場合は無菌性を保証する必要がある。ESD法によるPLGAナノ粒子サイズは晶析時の良溶媒中のPLGA濃度を減らすと細かくでき(図3参照)、その平均粒子径を150nm程度(動的光散乱法による測定)にすることで効率よくろ過滅菌(孔径0.2μmのフィルター使用)ができるので、無菌性を保証できる。
PLGAナノ粒子の粒径と目開きが0.2μm未満の無菌ろ過フィルターでのろ過率の関係が図3に示されている。

出典:『粉砕』, 56(2013)
晶析時おいて良溶媒中のPLGA濃度を減らすと粒径が小さくなる理由は、古典的核生成理論に基づき、溶媒界面におけるPLGAの過飽和領域(核生成ゾーン)が狭まって核に取り込まれるPLGA分子が減少するためと考えられている。
製造プロセスの革新と精密制御
初期のESD法やナノプレシピテーション法に加え、現在はマイクロ流体デバイスやエレクトロスプレー法といった先端技術が導入されている。
これにより、粒径分布の狭い粒径の均一性や形状の制御、さらに内部構造の最適化がより厳密に行えるようになっている。
高度な表面・内部構造の解析技術(SEM、ダイナミックライト散乱法など)が用いられ、製剤の再現性やスケールアップに向けた基盤が整いつつある。
こうしたプロセスの高度化は、再現性の高い製剤作製とスケールアップに直結し、臨床応用や製造承認への道筋を大いに前進させる要因となっている。
製造スケールアップへの取り組み
多くの前臨床試験および初期の臨床試験において、PLGAナノ粒子を利用したDDS製剤の安全性と有効性が検証されている。
そのため、GMP基準に則った製造プロセスの開発や製造工程におけるスケールアップ技術の確立は、規制当局からの承認取得に向けた重要なステップとなる。
これまでの成果から、治療対象となる疾患(例えば、難治性潰瘍性大腸炎など)への局所的効果の向上と全身性副作用の軽減が期待される一方で、統一された製造法の確立や長期安定性の検証、製剤の最適化が今後の課題として挙げられている。
潰瘍性大腸炎治療への応用
難治性潰瘍性大腸炎では、重篤な局所炎症と粘膜障害が慢性的に続くため、薬剤の局所濃度を十分に保つことが治療効果に直結する。難治性潰瘍性大腸炎の治療において、PLGAナノ粒子は核酸医薬であるNF-kB decoyの経口投与での有効性を確認するために使用された。
核酸医薬単体では生体内の胃酸や酵素などにより分解し、抗炎症作用をほとんど示さなかったが、核酸医薬を封入したPLGAナノ粒子を投与したところ、抗炎症作用が顕著に表れ、有効性が確認されている。
PLGAナノ粒子を利用したDDSは、薬剤が腸内の目標部位に直接到達するよう設計でき、従来の経口投与では避けがたい全身への分散を最小限に抑えることができる。これにより、局所における抗炎症効果の最大化とともに、全身性の副作用リスクを低減できる。さらに、持続放出効果により、投与間隔の延長や患者の服薬アドヒアランスの向上にも寄与することが分かった。
さらに、各種の物性評価(粒径分布、ゼータ電位、薬剤封入効率、放出試験)や安全性試験、そして動物モデルや患者を対象とした前臨床や臨床試験によって、その有効性と安全性が確認されていくことになる。従来の治療法では不十分であった難治性潰瘍性大腸炎に対して、高い治療効果が期待できる新たな治療アプローチとして大いに期待がかかる。
しかしながら、PLGAナノ粒子を利用した難治性潰瘍性大腸炎治療薬は、研究開発の段階では大きな可能性を示しているが、実際の製造承認および市販化については今後の臨床試験の成果と規制当局の評価に依存しており、現段階では「成功した」と断言できるほどの広範な実用化には至っていないのが現状である。
抗がん剤の送達
抗がん治療では、従来の全身投与による毒性副作用を低減しながら、腫瘍部位に高濃度の薬剤を届けるためのアプローチとして、PLGAナノ粒子が活用されている。
具体的な応用例
- ターゲット型送達
- ナノ粒子の表面に特定のリガンド(例:抗体、ペプチド)を修飾することで、がん細胞に特異的に結合させ、抗がん剤(たとえばパクリタキセルやドキソルビシンなど)を効率的に局所放出させる
- 持続放出効果
- PLGAの分子組成や分子量を調整することで、バースト放出を抑え、長期にわたる持続的な薬剤放出を実現
- これにより、腫瘍内での薬剤濃度を一定に保ち、治療効果を最大化させる
これらの技術は、患者の負担軽減とともに、治療効果の向上を目指す先進的な抗がん治療へとつながっていくと期待される。
自己免疫疾患の治療
リウマチ性疾患のような自己免疫疾患において、局所の炎症部位での十分な薬剤濃度を維持するため、PLGAナノ粒子を利用した局所送達システムが注目されている。
具体的な応用例
- 局所投与
- 経口または局所投与により、PLGAナノ粒子は関節内で標的部位に薬剤を届け、副作用を最小限に抑えつつ抗炎症作用を持続させる
- 持続放出
- 病変部位において、抗炎症薬や免疫調整薬を長時間にわたり一定量放出することで、症状の改善と患者の服薬アドヒアランス向上に寄与している
この戦略は、全身投与に伴う全身性副作用のリスクを軽減し、治療の精度向上を目指すアプローチとして注目されている
ワクチンおよび免疫療法への応用
PLGAナノ粒子は、抗原や免疫調節分子のキャリアとしても利用されている。
具体的な応用例
- 抗原の提示
- ナノ粒子内に抗原を封入することで、持続的な抗原提示が実現し、従来のワクチンより強固な免疫応答を誘発する
- 免疫賦活剤との組み合わせ
- ナノ粒子表面に免疫賦活剤をコーティングすることで、免疫系に対してシナジスティックな効果を発揮し、免疫療法としての応用が進められている
これらの方法は、感染症対策やがん免疫療法の分野で、さらなる発展が期待されている。
遺伝子治療・タンパク質送達
概要 PLGAナノ粒子は、siRNAやDNA、さらには成長因子などのタンパク質の安全かつ効率的な細胞内送達のためのキャリアとして利用されています。
具体的な応用例
- 遺伝子治療
- 核酸医薬をカプセル化することで、細胞内に到達させ、遺伝子発現の補正やノックダウンを実現させる
- 細胞内カプセル
- 特定の疾患(例えば、神経変性疾患や心血管疾患)の治療において、細胞内あるいは組織内の標的に対して、持続的な作用を及ぼす設計が行われている
この応用により、従来の送達法では困難だった細胞内標的への薬剤供給が可能になり、治療の新たな可能性が広がっている。
化粧品や局所製剤への応用
医薬品分野に限らず、PLGAナノ粒子は化粧品や局所治療用製剤にも応用されている。
具体的な応用例
- 皮膚再生・老化防止
- ナノ粒子に美容成分(例えば抗酸化物質や保湿成分)をカプセル化し、皮膚表面または真皮層にじわじわと成分を供給することで、持続的な効果が期待される
- 局所治療
- 皮膚疾患や創傷治療において、治療薬を効率的に送達し、短期間の高濃度投与を実現するためのプラットフォームとしても利用されている
この分野では、成分の酸化防止や劣化防止にも役立つため、次世代の化粧品・皮膚治療製剤としても注目されている。
その他の応用領域
PLGAナノ粒子を用いた画像診断(イメージング)と治療を融合したtheranosticsや、薬剤送達の効率を高めるための多機能ナノプラットフォームなどの技術開発も進んでいる。
これらの応用は、患者ごとの個別化治療(パーソナライズド・メディシン)の実現や、治療効果と診断精度の両立を狙った最先端の取り組みとして注目されている。
PLGAナノ粒子は、物性のチューニングや表面修飾により、目的に合わせたカスタマイズが容易であることから、今後さらに新規の応用例や治療法の開発が進むと予測される。
例えば、特定の疾患に対するオーダーメイド製剤の設計や、複数の治療因子を同時に送達するマルチモーダル送達システムなど、関連分野の最新研究に触れると、より深い理解と新たな応用可能性が見えてくる。
PLGAナノ粒子の研究実績と用途例
PLGAナノ粒子は、投与ルートとその投与形態によって特異的なナノDDS機能を発揮すると期待されている。研究実績を表1、用途例を図4に示す。


今後の展望と課題
今後の研究の焦点は、以下の点に集約されると考えられている。
- 製造プロセスの標準化と規制対応
- 再現性の高い製造プロセスの確立、安定性や長期保管性の向上、さらには国際的な規制基準への適合など、臨床応用へ向けた最終段階での取り組みも活発化している
- 個別化治療の実現
- 患者の病態や薬剤に対する反応に応じたオーダーメイドのDDS設計が進む中、機械学習やビッグデータ解析を活用した粒子設計の最適化が期待される
- 多機能統合システムの進化
- 治療成分と診断用イメージングエージェントを統合したtheranosticsプラットフォームの実用化により、リアルタイムで治療効果をモニタリングするシステムの開発が進められている
これらの研究開発の努力は、PLGAナノ粒子を利用したDDS製剤が今後、さまざまな難治性疾患に対する新たな治療選択肢として実用化され、市販製品として正式に採用されるための大きな前進となると期待される。
あとがき
PLGAナノ粒子は、生分解性と生体適合性に優れたポリマーであり、DDSのキャリアとして極めて有用であるようだ。このナノ粒子は、薬剤を粒子表面に付着させ、消化管内の過酷な環境から薬剤を保護するとともに、炎症部位での適切な放出を可能にする。
中でも難治性潰瘍性大腸炎の治療において、従来の全身投与では達成が難しいとされた局所濃度の向上と副作用の軽減という2つの課題に対し、PLGAナノ粒子を用いることで、病巣部位へ効果的に薬剤を送達できる点が大きな魅力である。
製剤開発の初期段階では、PLGAの組成(乳酸とグリコール酸の比率)や分子量の選定が極めて重要である。これらは、ナノ粒子の分解速度や薬剤放出プロファイルを決定付け、最適な放出制御(急激なバースト現象を回避し、持続的な放出)を実現させる鍵となる製剤設計である。
ESD法やナノプレシピテーション法といったナノ粒子調製技術を用いることで、均一な粒子径、十分な薬剤封入率、そして安定性が担保された製剤が作製される。また、ナノ粒子表面の修飾、例えば、ムコ接着性の向上や炎症部位特異性を狙ったターゲティングリガンドの付加により、治療効果のさらなる向上が図られる。
PLGAナノ粒子をキャリアとしたDDS製剤は、その設計技術の革新、表面改質による標的指向性の向上、そして制御放出や多機能プラットフォームの構築という面で急速に進展している。
現段階では多くの前臨床・初期臨床試験が進行中であり、製造スケールアップも実用化に向けた重要な課題として取り組まれている。
このDDS技術は、炎症性腸疾患以外の慢性疾患や局所治療が求められる領域にも応用可能性があり、今後の新規治療薬開発におけるプラットフォーム技術としての発展が期待される。
そして、今後、個別化医療やtheranosticsといった新たな医療戦略との融合により、より高い治療効果と安全性を兼ね備えた製剤の実現が期待され、市場への普及が進むと予想されている。
このような最前線の研究動向を把握することは、今後の医薬品開発や治療戦略の構築において非常に有益であり、最新の学術文献や企業のプレスリリースの動向を定期的に確認することが推奨される所以である。