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DDS Pharmaceutical Technology

ドラッグデリバリーシステム概論;経口固形製剤のDDS開発を事例にDDS医薬品開発の概念を理解する

はじめに

ドラッグデリバリーシステム(DDS)の使用は、治療効果の向上に寄与するだけでなく、副作用の減少に寄与する可能性が高い。それは、DDS技術では、薬効成分を体内に広げず、疾患部位で的確に作用させることが可能であり、これによって標的部位以外への薬剤の影響を極限までなくし、副作用を最小限に抑えることができると考えられるからである。

例えば、がん治療においては、既存の抗がん剤は通常全身投与となるため、副作用の発現が強く出て、がん化学療法の継続に大きな支障をきたす場合がある。しかし、抗がん剤をDDS化できれば、薬物量や投与回数の軽減が可能となり、その結果、薬の効用を高める一方で副作用を軽減するという理想的な薬物投与が可能となる。

これらのメリットにより、DDSは患者の治療結果を改善し、治療の質を向上させる重要なツールとなるポテンシャルを有し、製剤技術分野では最も注目される製剤技術である。

本稿は、2024年1月17日に開催された「SMDプログラム2024年1月 オンラインセミナー」で講演した内容を掲載したものである(一部のスライドは割愛した)。

目次
はじめに
ドラッグデリバリーシステム(DDS)
DDSのメリット
DDSのデメリット
DDSの開発の歴史(概略)
Alza社開発のOROSの実装化
DDSを支える基盤となる製剤技術
DDSの開発事例(私の製剤設計事例)
開発事例1(アダラートCR錠)
開発事例2(Cipro XR 錠)
製剤開発の要諦
DDSを活用したい疾病
標的指向型 DDS の実装化へのアプローチ
要約
あとがき

ドラッグデリバリーシステム(DDS)

経口固形製剤のドラッグデリバリーシステムDDSDrug Delivery System)は、薬物(有効活性成分)を必要な時に、必要な量だけ、体内の必要な場所で放出するために製剤設計され、特別な製剤学的工夫が施された剤形(システム)のことである。(Slide4参照)

その目的は、体内での薬物動態を能動的に制御することで、薬理効果を最大化しながらも副作用を最小限に抑えることである。


日本薬局方/製剤総則による定義では、徐放性製剤は「投与回数の減少又は副作用の低減を図るなどの目的で、製剤からの有効成分の放出速度、放出時間、放出部位を調節した製剤であり、徐放性製剤を製造するには適切な徐放化剤を用いる」とされている。

このように経口投与用の放出制御製剤は、日本薬局方では「徐放性製剤」と一纏めに扱われているが、より理解を深めるために経口投与製剤の放出制御(Controlled Release; CR)を下図(Slide5参照)のように分類してみた。

経口投与製剤の放出制御は、次の三つに大別することができる。

(i)放出速度の制御(Rate-controlled Release)
(ii)放出開始時間の制御(Time-controlled Release)
(iii)放出部位の制御(Site-specific Release)

一方、USPでは、(i)放出速度の制御(Rate-controlled Release)は時間延長放出(Extended Release; ER)と呼ばれ、他の(ii)と(iii)はまとめて遅延放出(Delayed Release)と呼ばれている。そしてExtended ReleaseとDelayed ReleaseをまとめてModified Release (MR)に分類し、即放性錠剤(Immediate Release; IR)と区別している。

腸溶性製剤は、胃では溶出せずに小腸で溶出するよう設計された製剤であるから、Site-specific Release製剤であり、Delayed Release製剤に分類されるべきであるが、日本薬局方/製剤総則では「徐放性製剤」の区分ではない。

すなわち、狭義の「徐放性製剤」を放出速度が制御された製剤(Rate-controlled Release formulation)又は時間延長放出製剤(Extended Release formulation)と考えた方が目的とする徐放性製剤を製剤設計する上で実践的であると私は思う。


DDSのメリット

主なメリットには、下記のようなものがある(Slide6参照)。

  1. 的確な治療効果の達成
    • 薬剤を目的の場所に効率良く届けることで、的確な治療効果が得られる。
  2. 副作用の軽減
    • 薬剤を特定の部位に限定して送達するため、全身への副作用を軽減できる。その理由は、標的部位以外への薬剤の影響を極限までなくすることができるからである。
  3. 標的指向型DDSの場合は投薬量の減少
    • 薬剤が直接、病変部位に効率よく送達されるため、投与量に無駄がなく、全身への投与量を減らすことができる。
  4. 利便性の向上
    • 服薬回数が減れば、患者および医療従事者の負担を軽減できるので、服薬アドヒアランスを向上させることができる。また、吸入器などのデバイスの操作が容易であれば、患者の負担を軽減できるので、QOL(生活の質)を改善できる。

第1と第2のメリットが得られないようなDDSは、DDSとは言えない。また、第3のメリットは核酸医薬やペプチド医薬の製剤開発では、特に注目されているメリットである。第4のメリットは、DDS医薬品の新発売する際に、製薬企業がカスタマーに訴求するメリットである。

DDSの開発は、患者だけではなく、製薬企業にもメリットがある。それは経済性である(Slide7参照)。

具体的には、製品のライフサイクルの延長がある。これは製品のライフサイクルマネジメントにとっての最重要課題である。医薬品の開発には非常に多額の費用と10年を超える開発期間が必要であるため、医薬品として開発に成功した製品から開発費用や次の製品開発のための開発資金を回収しなければならない。そのためには成功した医薬品から多くの利益を得る必要がある。

DDSの製剤特許は、医薬品の物質特許が失効した後も有効であるので、専売期間を延長することができる。さらに、DDSで製品の差別化あるいは付加価値によって、製品力(競争力)を強化することができる。

そして、これは一般にはあまり知られていないことであるが、普通錠(即放錠)として製剤開発したが血中濃度が高くなり副作用のために頓挫した化合物でも、MR(徐放性製剤)として製剤開発することによって医薬品として開発できる場合もある。

さらには、核酸医薬の場合のようにDDS技術が不可欠な医薬品開発の例もある。

このようにDDSは製薬企業にとっても多くのメリットをもたらす。なかでもDDSの開発によって得た利益は、新薬開発へ再投資されることが多く、Unmet Medical Needsを充足するような医薬品開発は患者にとって大きなメリットになると確信する。


DDSのデメリット

DDSの開発にはメリットばかりではなく、当然ながらデメリットも存在する。その最大のデメリットは、開発タイムラインが長くなることと、開発コストが高くなることである。DDS製品の開発は、新たな技術と規制の両方を必要とするため、高額なコストと長い時間を必要とすることを覚悟しなければならない。(Slide10参照)

また、DDSは薬剤を特定の部位に運ぶために、体内の多くの生物学的障壁を克服する必要がある。そのため、薬剤の吸収、分布、代謝、排泄(ADME)などを製剤開発段階でより慎重に検討する必要がある。

DDS製品は、体内での安全性と毒性を確認するための厳格な試験を通過する必要がある。これは、DDS製品が体内の特定の部位に直接作用するため、予期しない副作用や毒性を引き起こす可能性があるからである。

さらにDDS製品の製造は、従来の製薬技術とは異なる新たな製造技術を必要とするため、製造が困難であるという問題がある。

また、開発したDDS技術を複数の薬剤にそのまま使用することが難しく、開発した製剤技術毎のリターンを最大化することが難しいとされている。

このようなデメリットがあるため、DDSの開発に二の足を踏む製薬企業は多い。製薬企業において、DDSの開発にグリーンライトが点灯するのは、私の経験では、かつてブロックバスターと呼ばれた医薬品に限られている。


DDSの開発の歴史概略)

DDSの概念は、1968年に Dr. Alejandro Zaffaroni よって提唱され、そして同年に彼によって世界初のDDSベンチャーであるAlza社が設立された。DDSの開発の歴史はこのときから始まったと言っても過言ではない。(Slide11参照)

最初は、徐放性製剤の開発からスタートし、1974年にはDDS製剤の開発・実用化に初めて成功し、患者への歴史的投与が米国で行われた。

1980年代に入ると、DDSに関する技術や知見が集積されることに伴い、DDS製剤の開発・実用化が、海外だけでなく日本国内でも進展した。そして、1990年代には多くのDDS製剤が医療の場で使用されるようになり、今日に至っている。

関連学会としてControlled Release Society(CR学会)が1978年に米国で設立された。国内でも日本DDS学会が1984年に設立し、活動を開始した。

これらの歴史的な進展により、DDSは現在、薬物の体内動態を精密に制御するための重要な技術となり、多くの医療分野で活用されている。


Alza社開発のOROSの実装化

Alza社が開発したOROSとは、薬物を一定の速度で体内に放出することを可能にした画期的な経口用DDSであった。OROSは、Osmotic-controlled Release Oral delivery Systemの頭文字をとって名付けられたDDS名である。「浸透圧制御放出経口送達システム」と和訳できるが、通常はそのままOROSと呼ばれることが多い。(Slide12参照)

しかし、OROSは、Alza社の登録商標であり、臨床試験などではGITSGastric-Intenstinal Therapuetic System)と称されることもある。

OROSは、薬剤を含有する錠剤(核錠)を水に不溶性の半透膜(酢酸セルロース)でコーティングし、半透膜には1つまたは複数の細孔を設けた構造をしている。OROSを服用すると、胃腸管内で水分が半透膜を介して錠剤内部(核錠)に浸透し、錠剤内部を溶解させ、発生する浸透圧を利用して半透膜に設けられた細孔(開口部)から薬剤を徐々に放出させるシステムである。

水を吸収して膨張する材料 (膨潤性ポリマー)で構成される「プッシュ層」を組み込んだ二層錠の核錠を半透膜で覆ったOROSが1982年に開発された。名付けて「プッシュプル浸透圧ポンプ (Push-Pull Osmotic Pump; PPOP) 」と呼ばれた。

このPPOPのOROSでは、粘性ポリマーで形成された薬物層がプッシュ層によって細孔から押し出されることになるので、難溶性薬剤であっても薬物放出が達成できるようになった。

浸透圧を上げるため(水が浸透しやすくさせるため)に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、あるいはキシリトールなどの浸透剤を薬物層とプッシュ層の両方に添加するなどの製剤学的工夫も同時になされた。

OROSは、長期間にわたるゼロ次オーダーの薬物送達を可能にし、体内薬物動態が予測可能になるなどの利点の他に、胃腸管内のpH、食物摂取や消化管の運動性など異なる腸内環境の要因による影響を受けにくいという大きな利点があった。

このプッシュプル浸透圧ポンプ製剤で、最初に市場に導入された医薬品には、Procardia XL (ニフェジピン;Pfizer) とAdalat XL (ニフェジピン;Bayer) がある。両剤は、一日一回投与の高血圧症治療薬として開発され、Procardia XL は米国内で、Adalat XLはヨーロッパやその他の国々(但し、米国と日本を除く)で販売された。

OROSの欠点としては、比較的複雑な構造をしているため、製造がやや難しく、特別な製造ラインが必要になり、高い製造コストと、不溶性半透膜を使用しているので閉塞を引き起こす可能性が指摘されていた。また、刺激性薬物(例:インドメタシン)の場合には、長時間放出により、胃腸管への刺激により穿孔が生ずることがあり、製剤開発が中止になるケースもあった。

しかしながら、OROSは実に高度な放出制御型のDDSであり、経口用DDS開発における大きな金字塔を打ち立てた素晴らしい技術であったと思う。


DDSを支える基盤となる製剤技術

DDSは、下記の3つの技術を単独あるいは組み合わせることによって成り立っている。(Slide13参照)

放出制御(Controlled Release; CR

放出制御とは、薬物を一定の速度でゆっくり溶け出させる製剤技術のこと(徐放化)で、血液中の薬物濃度を一定に保つことができる。特に、半減期が短い薬物の場合、有効血中濃度を保持できる時間が短い(すぐに薬効が消失する)ために何度も薬剤を服用する必要があるが、徐放化製剤として製剤開発することによって服用回数を減らせることができる。

吸収改善(Absorption Improvement)

吸収改善とは、薬物の吸収率/バイオアベイラビリティを改善する製剤技術を指す。難溶性薬物の場合は、原薬の結晶を微細化することで、表面積を増大させることによって溶解速度を改善したりする。また、可溶化技術によって過飽和状態を作り出すことで溶解度を上げ、吸収率を改善させることも多い。さらには、初回通過効果のある薬物に対しては、腸溶化またはプロドラッグ化で対応することもある。

標的指向化(Targeting)

標的指向化とは、目的とする組織や細胞(標的部位)へ薬剤を効率よく送達させる製剤技術を指す。原薬化合物の修飾(高分子による修飾)などで、組織や細胞との親和性を高めて、標的指向性を高める。


DDSの開発事例

開発事例1(アダラートCR錠)

アダラートCR錠を製剤設計する上で、幸いであったことは有効成分であるニフェジピンの溶解性はpHには影響を受けなかったことと、吸収部位が胃腸管の上部から下部に至るまで分布していたことである。

吸収部位が胃腸管上部(例えば十二指腸)だけに局在していたなら、1日1回投与製剤を開発することはできなかったでしょう。また、ニフェジピンは消化液中の消化酵素(炭水化物分解酵素、脂肪分解酵素、蛋白分解酵素など)の影響を受けない。界面活性剤として働く胆汁酸の影響は受けるとは思うが、難溶性薬剤であるニフェジピンにとっては吸収を助けてくれるので歓迎すべきことである。

アダラートCR錠を製剤設計する上で最も考慮された点は、消化管内、特に胃内での機械的刺激を受けにくくすることと、胃腸管下部での吸収低下を改善することであった。

消化管内で長時間にわたりニフェジピンを徐々に放出させる場合、製剤からの溶出が完了する前に破壊されると吸収量が多くなって血中濃度が急激に上昇するというリスクがある。胃腸管内で製剤をバーストさせないようにする製剤学工夫がアダラートCR錠には施されている。

もう一つの胃腸管下部での吸収低下を改善する方法は、剤形として有核錠を採択して、核錠(Core)からの溶出速度を外殻(Coat)よりも速くなるように設計していることである。この製剤学的工夫によって、in vivoでの吸収低下を改善している。

アダラートCR錠の製剤設計のコンセプトを下図(Slide 14参照)に示した。

また、有核錠(Coat-Core)という剤形がアダラートCR錠(1日1回投与製剤)に適していることを説明するために、Coat-Core錠からのニフェジピンの溶出挙動と血中濃度プロフィールの関係を下図(Slide 15参照)に示した。

3種類のアダラート製剤の薬物動態(PKプロフィール)を下図(Slide 16参照)に示した。製剤技術の違いにより製剤からのニフェジピンの溶出速度が異なり、その結果、薬物動態に違いが現れることが端的に示されている。

アダラートカプセルは、難溶性薬物であるニフェジピンを初めてソフトカプセル化することでいち早く臨床の場に提供したマイルストーン的製剤である。

また、アダラートL錠は、ニフェジピン結晶の粒子サイズに製剤的工夫をして持続化製剤にし、1日3回投与であったニフェジピン製剤(アダラートカプセル)を朝夕の1日2回投与製剤とすることで抗高血圧症・狭心症治療薬としてブロックバスターにもなった製剤である。

アダラートCR錠(1日1回投与製剤)は、こうした製剤技術の進歩のなかから誕生する機会を得たものである。


開発事例2(Cipro XR 錠)

シプロフロキサシン(Ciprofloxacin)は、ピリドンカルボン酸系の広範囲経口抗菌剤である。例えば、上気道感染症にはシプロフロキサシンとして、1回100~200mg(即放錠)を1日2~3回経口投与する。一方、尿路感染症(腎盂腎炎、膀胱炎、尿道炎など)の治療には薬効域での血中濃度より長く維持する必要性がある。このニーズを満たした医薬品を米国市場に導入することをバイエル社が企画した。そのおかげで私達は尿路感染症治療のための1日1回投与製剤を開発する機会を得ることができた。

しかしながら、シプロフロキサシンの原薬物性は徐放性製剤の開発には全くもって不向きなものと言わざるを得ない。1日1回投与製剤を開発する上での技術的課題をまとめると次のようになる(Slide 17参照)。

  • 限定された吸収部位(主な吸収部位は十二指腸で、大腸では吸収されない)
  • pH依存性の溶解度(酸性では溶解するが、中性では溶解しない)
  • 原薬は不安定(多形が生じるリスクがあり、湿式顆粒圧縮法は採用できない)
  • 用量が多い(用量1000 mgの場合、水和物として1190 mgの含有量となるので錠剤が大きくなる。許容サイズでのdrug loadは計算上79%超となる)

シプロフロキサシン1日1回投与製剤(Ciprofloxacin Once Daily Tablets;Cipro XR)の製剤設計のコンセプトを下図(Slide 18参照)に図解してみた。

剤形として即放部(Immediate release; IR)と徐放部(Controlled Release; CR)からなる二層錠を選択した。

CR層の方がIR層よりも質量が多くなるので、この場合は有核錠を利用することはできない。Cipro ODの製剤設計のポイントは、Buffer system(後述)の考案と徐放性マトリックス錠の処方設計であった。

CR層を構成する徐放性マトリックスには、ヒドロキシプロピルセルロース(HPMC)を用いる親水性マトリックスを選択し、HPMCの粘度グレードと配合比率及びその添加量を調節することで目標とする溶出速度を達成した。

打錠用末の製造にはローラーコンパクターとロールグラニュレーターを併用した乾式造粒法を採用した。フレーク(リボンとも呼ばれるシート状のロールによる圧縮成形物)の製造に使用したのはローラーコンパクターである。整粒機としてはロールグラニュレーターを使用した。ロールグラニュレーターは、微粉(粒子径63 μm以下)が生成する量を抑制するのに効果的であった。

二層錠の打錠には多層打錠機を用いている。特に、楕円形錠においてはその形状のデザインによって多層打錠やその後のフィルムコーティングがし易いか否かが決まる。この難しい課題についてはバイエル社のノウハウを活用することでクリアできた。

次に、シプロフロキサシンの溶出へのpHの影響を緩和させるために考案したBuffer systemについて説明する。

このBuffer systemは、基本的にシプロフロキサシン、シプロフロキサシン塩酸塩およびコハク酸の三成分からなりIR部とCR部ではそれぞれの組成比が異なる。

下図(Slide 19参照)の三角グラフ中でA点と示した組成比はCR部に使用したBuffer systemであり、Xと示した組成比はIR部に使用した組成比である。尚、ピンク色で示しているゾーンは、このゾーンにある組成比で製剤を調製した場合、溶出試験液として用いた緩衝液pH 1 – pH 4.5の範囲内(精製水で試験した場合も含む)ではpHの影響を受けない溶出速度が達成できることを示す。

Buffer systemを考案できたのは、バイエル社にはシプロフロキサシン塩酸塩を含有する錠剤シプロフロキサシン(base)を用いた注射剤の市販製品があり、これら2種類の原薬を使用できたことは大きなアドバンテージであった。

配合剤でもないのに2種類の原薬を使用することは前代未聞のことで薬事担当者も困ったことでしょう。当時、シプロフロキサシンはブロックバスター化していたので、多少無理が通ったのかも知れない。

実際に、Buffer Systemを実装したCipro XRは、pH1、pH4.5の緩衝液及び精製水での溶出試験において、溶出挙動はほぼ同じであり、pH1からpH4.5の範囲内でpHの影響が少ないと分かる(Slide 20参照)。

上述したような製剤技術の成果として誕生したのがCipro XRという製品であり、FDAの承認を受けて米国で販売されている。

Cipro XR の特徴の一つは、2種類のシプロフロキサシン原薬(drug substance;塩酸塩base)及び添加剤としてコハク酸(succinic acid)を用いて製剤化されていることで、それは添付文書にも明記されている(下図参照)。

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製剤開発の要諦

徐放製剤を開発するためには、目標とする適応症や製品特性を明確にした上で、有効成分の物性を把握し、それに適した製剤技術を活用することが重要であると考える(Slide 21参照)。

利用できる製剤技術がない場合には新たに開発する必要があり、製剤技術のイノベーションは常にハードルの高い課題を克服しようとする製剤研究技術者のチャレンジ精神と根気強い努力によって成し遂げられてきた成果であると私は思っている。


DDSを活用したい疾病

DDSは、さまざまな病気の治療に効果的である。特に下記のような疾病にはDDSがその威力を発揮できるし、その開発が最も期待されている分野であるとも言える。(Slide 22参照)

  1. がん
    • 抗がん剤をがん細胞に直接送達することで、治療効果を高め、全身性の副作用を軽減することが可能である。
  2. 感染症
    • 抗菌剤を感染部位に直接送達することで、感染症の治療効果を高め、副作用を低減することが可能である。
  3. 免疫疾患
    • サイトカインを病変部位に直接送達することで、免疫疾患の治療効果を高めることが可能である。
  4. COPD気管支喘息
    • 薬剤を肺や気道に直接送達することで、COPDや喘息の治療効果を高めることが可能である。
  5. 中枢神経系(CNS)疾患
    • 脳内の血液脳関門(BBB)を通過または回避させることができれば、認知症や精神疾患・神経疾患などの中枢神経疾患(CNS疾患)への応用も期待できる。

標的指向型 DDS の実装化へのアプローチ

DDSは、さまざまな病気の治療に効果的である。特に下記のような疾病にはDDSがその威力を発揮できるし、その開発が最も期待されている分野であるとも言える。(Slide 23参照)

  1. 標的へ抗がん剤や核酸医薬を運ぶキャリアの開発
    • 抗がん剤をがん細胞に直接送達することで、治療効果を高め、全身性の副作用を軽減することが可能である。
    • 抗菌剤を感染部位に直接送達することで、感染症の治療効果を高め、副作用を低減することが可能である。
    • サイトカインを病変部位に直接送達することで、免疫疾患の治療効果を高めることが可能である。
  2. 気道や肺の深部へ薬剤を送達する吸入器の開発
    • 薬剤を肺や気道に直接送達することで、COPDや喘息の治療効果を高めることが可能である。
  3. 脳内への標的指向DDS
    • 脳内の血液脳関門(BBB)を通過または回避させることができれば、認知症や精神疾患・神経疾患などの中枢神経疾患(CNS疾患)への応用も期待できる。

要約

経口固形製剤のDDSは、薬物(有効活性成分)を必要な時に、必要な量だけ、体内の必要な場所で放出するために製剤設計され、特別な製剤学的工夫が施された剤形のことである。

DDSの開発には多くのメリットがあるが、同時にデメリットもある。メリットがデメリットを上回る場合にのみDDSの開発が製薬企業で行われる。

DDSの開発の歴史は、1968年にAlza社が設立されたときから始まり、経口固形製剤用DDSとしてOROSが市販用医薬品に実装されたのは一つのマイルストーンである。

DDSの開発を支える基盤となる製剤技術には、放出制御吸収改善および標的指向化(Targeting)の三つの技術がある。DDSはこれらの製剤技術を単独また組み合わせて開発される。

DDSの製剤開発の事例として、私が製剤設計したAdalat CR錠Cipro XR錠を例にとって、製剤コンセプトと製剤化の課題を解決するための技術開発のポイントを説明した。

DDSを活用したい疾患というものがある。それらの疾患には標的指向型DDSの実装化が必要であり、現在の主たるDDS研究は標的指向型DDSの実装化へのアプローチに関するものである。


あとがき

DDS医薬品の製剤開発のための概念を理解して頂くためには、経口固形製剤のDDS開発を事例にするのが最も良いと考えた。その理由は、経口固形製剤用DDSは、OROSに象徴されるようにDDSの開発の歴史において初期から現在にまで続くものであり、ヒトの生理的特性(胃腸管の生理的特性)がバイオアベイラビリティに大きな影響を与えるので、標的指向型DDSの開発が最も技術的なハードルが高いと言えるからである。

何が言いたいかと言うと、経口固形製剤用DDSの製剤開発の概要を理解することによってDDSのコンセプトや開発方針が理解できるはずである。