バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)の向上と医薬品の安定性改善は、製剤開発において極めて重要な課題です。これらの目的を達成するために、基盤技術として多角的なアプローチが採用されています。
バイオアベイラビリティ向上のための技術
微粒子化・ナノミリング
- 概要
- 薬剤の粒子サイズをナノメートル~ミクロン領域に縮小することで、表面積が大幅に拡大され、溶解速度の向上および吸収の促進が得られる
- 原理的背景
- Noyes–Whitneyの式から、溶解速度は接触面積に依存するため、粒子径の縮小は特に難溶性の医薬品に対して有効的なアプローチとなることが多い
固体分散体(Solid Dispersion)の利用
- 概要
- 薬剤をポリマーなどのキャリアに均一に分散させ、場合によっては無定形(アモルファス)状態に変換することで、結晶性薬物の溶解度を向上させることができる
- 製剤化の方法
- スプレードライ(噴霧乾燥)
- ホットメルトエクストルージョン(HME)
- 利点
- 結晶性から無定形(非晶質)への変換により、エネルギー的に高い状態で薬剤が存在し、溶解性が大幅に改善されると同時に、吸収率も向上する
- ただし、無定形(非晶質)状態は物理学的安定性に課題があるため、適切なポリマー選択や製造条件が鍵となる
脂質ベースの製剤(Lipid-Based Formulations)
- 概要
- 薬剤を油相や脂質ナノ粒子(リポソーム、ミセル、自己乳化型DDSなど)に包摂することで、難溶性薬剤の溶解性と吸収を向上させることができる
- 特徴
- 脂質系システムは、経口投与後にリンパ系を経由して吸収される場合もあり、初回通過効果(肝臓での代謝)を回避する効果も期待される
キレートやシクロデキストリン複合体
- 概要
- 薬剤(有効成分)とシクロデキストリンなどの分子ホストから成る複合体を形成(包摂化)することで、疎水性の薬剤の水溶性が改善され、体内吸収が促進される
- 特徴
- 複合体(包摂化合物)の形成により、薬剤は周囲から保護され、分子レベルでの安定性向上も期待できる
安定性改善のための技術
コーティング技術
- 目的
- 薬剤が光、酸、酸化、湿気、消化酵素などによる分解から守られるよう、ポリマーや特殊コーティング材を用いて保護層(コーティング膜)を形成する
- 実施例
- エンテリック(腸溶性)コーティングは、胃酸に対して耐性を持たせ、胃からの排出後に薬剤を放出するよう製剤設計することができる
- 水分遮断性(疎水性または撥水性)のコーティングは湿度による物理的変化や解離を防ぐことができる
抗酸化剤・安定化剤の添加
- 概要
- 薬剤自体の化学的分解(酸化反応など)を抑制するために、抗酸化剤やpH調整剤、キレート剤などを添加する
- 注意点
- 添加剤の選定は、患者の安全性および薬効に影響を及ぼさないよう慎重に行う必要がある
固体分散体の安定化
- 概要
- 前述の固体分散体は、バイオアベイラビリティ向上に有効であるが、無定形(非晶質)状態の安定性確保が課題となっているので、安定化技術が求められる
- 対策
- 高分子(ポリマー)の最適な選定や、製造プロセスの厳密な管理、適切な保管条件の確立により、再結晶化や相転移を防止する技術が必要となる
ホットメルトエクストルージョン(HME)技術
- 概要
- 熱と剪断力を利用し、薬剤とポリマーを均一な固体分散体として溶融混合し、その後冷却して固体化する技術
- 利点
- 有機溶媒を使用しないため、残留溶媒問題が回避できる
- 熱安定性のある薬剤であれば、薬効成分の分解を抑えながら安定な製剤形態が得られる可能性が高い
Quality by Design (QbD)によるアプローチ
前述した技術の多くは、単独で用いられることもあれば、組み合わせることで相乗効果を発揮したりもする。
現代の製剤開発では、QbDアプローチが重視され、以下のような点も検討されるようになってきている。
- デザインスペースの確立
- 薬剤(API)の物性、添加剤、製造条件など各パラメータ間の関係性を統計的手法(DoE; Design of Experiment)を用いて解析し、最適な製剤設計を構築する
- リアルタイム品質管理
- プロセスアナリティカルテクノロジー(PAT)を用いて、製造工程中にリアルタイムで品質と安定性をモニタリングし、状況に応じた調整が可能なシステムを構築する
以上をまとめると、バイオアベイラビリティの向上と安定性改善は、薬剤が体内で十分な効果を発揮すると同時に、長期間にわたって安全な状態を維持するために不可欠な要素である。
製剤技術では、微粒子化や固体分散体、脂質系製剤、コーティング技術、抗酸化剤の添加、ホットメルトエクストルージョン(HME)など多面的なアプローチで、これらの課題に取り組んでいます。
さらには、QbDアプローチに加え、PATなどのシステムを組み込むことで、製剤設計から商用生産まで一貫して高品質な製剤を確保する取り組みが進められている。これにより患者の治療効果や服薬アドヒアランスの向上に繋がっていくと期待されています。
繰り返しますが、バイオアベイラビリティと安定性の評価は、製剤化研究によって生み出された製剤の品質特性を評価する上で極めた重要な評価項目です。
バイオアベイラビリティと安定性に関連するトピックスについて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。このテーマでは下記のような記事を掲載、または掲載予定でいますので、お読み頂ければ嬉しいです。記載順は、重要度と優先度には全く関係していません。順不同です。
CONTENTS
バイオアベイラビリティと経口投与製剤化
経口固形製剤の製剤設計とバイオアベイラビリティ |
バイオアベイラビリティに影響を及ぼす生理的要因 |
経口投与製剤化が困難と予想される有効成分(原薬)の特性 |
絶対的バイオアベイラビリティ(Absolute bioavailability)の評価 |
相対的バイオアベイラビリティ(Relative bioavailability)の評価 |
超臨界流体を利用した微細加工技術/ナノ粒子化
ペプチド医薬品の経口投与
pH modifierを用いたBAの向上
配合剤の開発
生物学的同等性
経肺投与製剤
経鼻投与製剤
安定性改善
安定化剤の種類とその安定化機構 |