はじめに
Quality by Design(QbD)は、製剤開発において品質を計画的に構築する手法である。
医薬品の製剤開発や製造プロセスにおいて品質は製剤設計段階から決定されるという前提のもと、最終製品の安定した品質を体系的に確保するためのアプローチである。
従来の完成品検査に依存する手法とは異なり、最初からリスクを評価・管理し、製造工程に組み込むことで、ばらつきの少ないプロセスと製品の一貫した品質を目指している。
つまり、「後から問題を解決する」のではなく、「最初から問題を防ぐ」ことを目的としている。QbDは、規制当局からも推奨されており、製薬業界における効率化や安全性向上に寄与している。
本稿では、QbDの主要な構成要素とその実施プロセスについて取り上げることにしたい。
<目次> はじめに 目標品質プロファイル(QTPP)の設定 重要品質特性(CQA)の特定 重要物質特性(CMAs)と重要工程パラメータ(CPPs)の評価 リスク評価とプロセスの理解 実験計画法(DoE)の活用 デザインスペースの確立 管理戦略の構築 継続的な改善とフィードバック あとがき |
目標品質プロファイル(QTPP)の設定
製剤の最終的な品質目標を明確にし、それに基づいて製品の重要な品質属性(CQA: Critical Quality Attributes)を定義する。CQAとしては、例えば、溶解性、安定性、放出特性などが該当する。
製剤開発の初期段階で、最終製品が持つべき品質特性(安全性、有効性、安定性など)を明確に定義することにより、製剤開発の方向性が決まり、QTPPが設定される。
重要品質特性(CQAs)の特定
QTPPに基づいて、製品の品質を左右する重要な品質特性(例えば、溶出性や含量均一性など)を特定する。これらは後のプロセスや原材料の管理において特に注視されるポイントである。
つまり、製品の重要品質特性(CQAs)を定義し、それを達成するために必要な製剤特性を理解することが大切である。
重要物質特性(CMAs)と重要工程パラメータ(CPPs)の評価
製剤の品質に影響を与える重要物質特性(Critical Material Attributes;CMAs)や重要工程パラメータ(Critical Process Parameters;CPPs)を洗い出し、どの因子が製品の品質(CQAs)に与える影響が大きいかをリスク評価ツール(例えばFMEAや原因と結果図)を用いて分析する。
リスク評価とプロセスの理解
リスク評価とは、製造プロセスの重要な段階を特定し、それが品質に与える影響を評価することである。
プロセスの理解とは、製造プロセスの詳細について理解し、プロセス変動が品質に与える影響を予測することができるまで理解を深めることを意味する。
国際的な規制(例えば、ICH Q9;Quality Risk Management)では、定量的方法と定性的評価の併用を推奨している。製剤開発の全工程でリスク評価を実施することにより、製品の一貫した品質と信頼性を確保することが可能となる。
実験計画法(DoE)の活用
定量的な関係性や因子間の相互作用を解明するためには、実験計画法(Design of Experiments;DoE)を用いて効率的な実験を設計し、実施することが推奨されている。
DoEによって各プロセスパラメータの最適条件や許容範囲を見極める。これにより、製造工程内のばらつきが最小限に抑えられ、再現性の高い製造プロセスを確立することができる。
リスク評価で抽出された重要なプロセスパラメータや原材料属性がCQAに及ぼす影響を、DoEにより定量的に評価する。 これにより、各パラメータの変動が製品の品質にどのように影響するかが数値的に把握され、設計空間の構築や管理戦略の基礎となる。
デザインスペースの確立
プロセスパラメータの範囲(デザインスペース)を定義し、その範囲内の運用であれば製品の品質が保証されることを確認する。
デザインスペース内での運用が可能となれば、規制当局への申請時にも柔軟性が認められ、変更管理も円滑に行える。
管理戦略の構築
高リスクと評価された要素に対しては、パラメータの許容範囲(入力量)を設定し、モニタリング計画を立案する。
プロセス開始から最終製品に至るまでの工程で、リアルタイムのモニタリング(Process Analytical Technology; PAT)や統計的プロセス制御を取り入れ、品質を持続的に管理・保証するための管理戦略を策定する。
継続的な改善とフィードバック
製剤開発プロセスは動的なものであり、プロセス改善や規模拡大に伴い、新たなリスクが発生する可能性がある。そのため、既存のリスク評価は定期的に見直し、フィードバックを反映して更新される。
製品のライフサイクル全体でデータを収集し、製造プロセスのモニタリングを行うことで、新たなリスク要因が発見された場合にも迅速に対応できる体制が整えられる。つまり、製造プロセスは常に最新の知見と技術に基づき、改善され続けることが望ましいとされる。
あとがき
QbDは設計段階から製造、さらには製品の市場投入後まで、全てのフェーズでリスク管理とプロセス理解を深めることで、安定かつ高品質な医薬品の製剤開発を実現している。
規制当局からもその重要性が認識されており、国際的なガイドライン(例えば、ICH Q8、Q9、Q10)によって支持されている。
QbDを効果的に実施することで、一度確立された設計空間内でのプロセス変更が認められやすくなり、結果として製品の市場投入までの時間短縮やコスト削減、リスク低減が期待できる点も大きなメリットである。
具体的な実例として、例えば、錠剤や注射剤などの製剤開発において、原材料の混合均一性や固体分散系の安定性、溶出性の最適化など多くのケースでQbDが採用され、工程の標準化や問題の未然防止に寄与している。
医薬品の製剤開発におけるQbDは、ただ単に規制遵守のための手法ではなく、製品の安全性や有効性を高め、患者により良い医薬品を届けるための科学的かつ戦略的なアプローチである。
製剤開発にQbDアプローチを導入する際の課題は、技術、データ管理、組織文化、規制対応、そして投資面(コスト)など多岐にわたる要素が複雑に絡み合っている。これらの課題を克服するためには、製剤プロセスに関する深い理解を前提とした高度なデータ解析環境の整備、部門横断的な連携体制の構築、そして規制当局との密接な対話などが必要であるかも知れない。
また、長期的な視点で継続的な改善体制を築くことが、QbDのメリットを最大限に活かす鍵となると思う。
このようなQbDアプローチに関する課題への対処は、製薬業界全体の知見共有や、最新のデジタル技術、AIの活用によるリアルタイムモニタリングが今後の改善策になると期待されており、各製薬企業においても戦略的な取り組みが求められている。
【参考資料】
ICH GUIDELINE – PHARMACEUTICAL DEVELOPMENT Q8(R2) |
Guidance for Industry;Q8, Q9, and Q10 – Questions and Answers(R4) |
Quality by Design 入門(製薬企業の薬事面から見たQbD とは) |