はじめに
原薬(有効成分)の特性を正確に把握することは、最終的な剤形の選択および製剤設計の基盤となる。
プレフォーミュレーションにおいて原薬の物理的、化学的、生物学的な特性を調べた後は、製剤設計をはじめとする製剤開発の段階に移行する。本稿では、プレフォーミュレーションの結果を具体的に製剤設計に反映させる際のポイントについて記してみたいと思う。
<目次> はじめに 物理的特性の評価と反映 粒子サイズ・結晶性・形状 融点・熱安定性・吸湿性 化学的特性の評価と反映 安定性(光・酸化・加水分解) pKa・溶解性・脂溶性 生物学的特性の評価と反映 吸収部位・代謝経路・分布・排泄 バイオアベイラビリティの向上 剤形の選択 経口固形製剤(錠剤・カプセル) 液剤・懸濁液 特殊剤形(口腔内崩壊錠、経皮パッチ) 製剤設計へのアプローチ あとがき |
物理的特性の評価と反映
粒子サイズ・結晶性・形状
有効成分(API;Active Pharmaceutical Ingredient)、いわゆる原薬(Drug Substance;DS)の粒子サイズ(粒子径分布)や結晶性は、溶解性および吸収速度に大きく影響する。
APIが難溶性の薬剤である場合には、粒子微細化や固体分散化(アモルファス;非晶化)などの製剤技術を用いて、溶解性を向上させる手法が採用される事例もある。
また、経口固体製剤(錠剤やカプセル剤など)においては含量均一性が重要な重要品質特性(CQA)となるので、製剤中でのAPIの良好な分散状態が重要となる。そのため、原薬の粉砕工程や製剤の造粒工程で粒度をコントロールすることが求められる場合もある。
融点・熱安定性・吸湿性
原薬の融点や熱安定性は、製造工程での温度条件や加工方法(例えば、直打法と呼ばれる直接圧縮か、流動層造粒を含む湿式造粒法が可能か)に影響する。
また、吸湿性の高い原薬、つまり湿気に対して敏感な原薬の場合は、一次包装において適切な防湿対策が必要となる。
化学的特性の評価と反映
安定性(光・酸化・加水分解)
原薬が光よって分解されやすい場合には、遮光性のあるフィルムコーティングを施せる剤形(錠剤)を選択する必要がある。それでも不十分な場合には、一次包装で遮光性のある包装形態を採用することになる。
原薬が酸化によって分解されやすい場合には、適切な抗酸化剤を製剤処方に添加する場合もある。一次包装で抗酸化剤を同梱できる包装形態を採用することもある。
同様に原薬が水分による分解(加水分解)に弱い場合、乾式での製造方法を採用し、防湿性のフィルムコーティングを施すこともある。さらに、一次包装で防湿性の高いブリスターパッケージにしたり、乾燥剤を同梱できる包装形態(例えば、ボトル包装やアルミピロー包装)を採用することもある。
pKa・溶解性・脂溶性
原薬のpKaや溶解性、脂溶性は、どの媒体でどのような形態(固形、液体、エマルジョンなど)にするかを判断する上での指標となる。
例えば、脂溶性が高く水溶性が低い場合には、自己乳化型製剤(SEDDS;Self-emulsifying Drug Delivery System)やナノ粒子、リポソームなどの特殊なキャリアを用いることで、体内での吸収を改善する工夫が施される場合がある。
生物学的特性の評価と反映
吸収部位・代謝経路・分布・排泄
有効成分がどの部位で効率的に吸収されるか、またどのような代謝経路をとるかを理解することで、投与経路や剤形の設計が左右される。
例えば、経口投与に初回通過効果が大きい有効成分では、舌下投与や経皮吸収、または注射剤などの他の投与経路(投与方法)が検討されることがある。
バイオアベイラビリティの向上
経口投与でバイオアベイラビリティが低い場合、溶解性向上のための製剤学的工夫(例えば、固体分散系、微粒子化など)が施される。又は、静脈投与で直接血中へ届ける投与方法(注射剤)を選択するなどの戦略が採用される。
剤形の選択
経口固形製剤(錠剤・カプセル)
原薬が物理的にも化学的にも安定で、粉体加工が可能な場合に適した剤形である。崩壊剤や結合剤、滑沢剤など添加剤を加えて製剤化される。服用しやすいサイズや、目標の溶出挙動(溶出速度)を達成できるような製剤設計が求められる。
また、錠剤の場合、必要に応じて、遮光性や防湿性、苦味マスキングまたは識別性向上のためのフィルムコーティングが施されることがある。
液剤・懸濁液
原薬が水溶性が高く、即効性が求められる場合や、小児用製剤が必要な場合には、液剤や懸濁剤が選ばれることがある。
特殊剤形(口腔内崩壊錠、経皮パッチ)
患者の服薬(嚥下)が困難な場合や、吸収部位を限定することで副作用を低減、又は吸収速度を制御させるために選択することがある。例えば、嚥下障害のある高齢者や小児の場合は口腔内崩壊錠が適しており、持続放出や局所効果を狙う場合は経皮パッチが採用される。
製剤設計へのアプローチ
賦形剤・添加剤の選定
原薬の特性に合わせて、安定化剤、溶解促進剤、粘度調整剤、抗酸化剤などの添加剤の選択も必要になる。これにより、製剤の安定性が確保され、最終的には服用後に生体内での薬物動態が最適化されることに繋がる。
Quality by Design(QbD)
原薬の各特性を反映させ、製造プロセスの影響を体系的に検討するため、QbDの考え方に基づくリスク評価やDoEを活用して、臨床使用に耐え得る安定、かつ、再現性の高い製剤設計を行う。
実験計画法 (DoE)の活用
QbDアプローチによる製剤開発を効率的に実践するために、DoEを活用するケースが増えている。
あとがき
医薬品の製剤開発においては、原薬の物理的特性(粒子サイズ、結晶性、熱安定性など)、化学的特性(溶解性、安定性、pKa、脂溶性など)、そして生物学的特性(吸収、分布、代謝、排泄)を総合的に評価することが、最適な剤形の選択や製剤設計の出発点となる。
これらの特性に基づき、適切な剤形、添加剤、製造プロセスを組み合わせることで、安全性と有効性を最大限に引き出し、患者の服薬アドヒアランスを向上させる製剤が完成する。
このような製剤化のアプローチは、ICHガイドライン(ICH Q8~Q11)にも沿った形で開発が進められており、継続的な研究とプロセスの最適化が求められている。
特定の原薬や剤形に関する事例については、別稿で記してみたいと思うが、そのような内容の記事がどれくらい役に立つのかは率直に言って私にもよく分からない。ヒントや参考程度にしかならない可能性が高いからである。
私の経験では、担当した製剤開発において、原薬の特性は常に異なっており、全く同じ特性をした原薬は全くと言ってよいほどなかったからである。
製剤開発においては、常に異なる特性の原薬に一から接しなければならなかった。だからこそ飽きっぽい私でも興味が途切れることなく同じ業務の仕事を長らく続けてこれたのだと思っている。大学時代にこの製剤開発という仕事に興味をもたせ、巡り合わせて下さった朝比奈菊雄先生には今でも感謝している。