はじめに
バイオ医薬品を代表する抗体医薬は、今日、医療現場での躍進が目覚ましい分野の一つである。特にがん治療や免疫疾患の治療において、抗体医薬には大きな期待が持たれている。そんな抗体医薬の基礎知識を得ておきたいと思う。
<目次> はじめに 抗体(Antibody)とは 抗体の機能と役割 抗体の構造 抗体の特異性 モノクローナル抗体の種類 IgGのサブクラス モノクローナル抗体のヒト化 ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の違い 抗原結合性の違い あとがき |
抗体(Antibody)とは
抗体とはB細胞が産生・放出するタンパク質である。体内に侵入した病原体などの異物に結合する。
「抗体」という名は、「抗原」に結合するという機能を重視した名称である。タンパク質名としては免疫グロブリン(Immunoglobulin) と言い、Ig(アイジー)と略す。
抗体の機能と役割
抗体には次の3つの働きがある。
① 血液中や粘膜中に分泌され、外来の異物(病原体や毒素など)に結合してそれらを無力化する(中和作用)
② 補体系を活性化し、バクテリアの細胞壁に穴を開けて殺傷する
③ 貪食細胞による食作用を促す(オプソニン化)
抗体の構造
構造はY字の形をしており、重鎖(Heavy Chain;H鎖)と軽鎖(Light Chain;L鎖)、それぞれ2つずつから構成されており、下図のように結合している。
可変領域と定常領域 | H鎖とL鎖のN末端側のサブユニットを可変領域(V領域:variable region)と呼び,それ以外の部分を定常領域(C領域:constant region)と呼ぶ。 抗体によって可変領域のアミノ酸配列は異なります。そのため,可変領域の立体構造は非常に変化に富んでいる。この多様性によって抗体は様々な抗原と結合できるようになっている。 |
Fab領域とFc領域 | 抗体をタンパク質分解酵素のパパインで消化させるとH鎖-H鎖を繋ぐジスルフィド結合(ヒンジ部位)の間が切断され,抗体は3 つの断片に分かれる。N末端側の2つの断片をFab領域,C末端側の断片をFc領域という。Fabの「ab」は「抗原に結合する(antigen binding)」を指す。一方のFcの「c」は「結晶化でき(crystalizable)」を意味している。これは,定常領域のアミノ酸配列が抗体間で比較的類似しているため結晶化できたことに由来している。 |
F(ab’)2領域とpFc’領域 | 抗体を別のタンパク質分解酵素であるペプシンで消化すると,N末端側にヒンジ部位を含んだ状態で切断される。これをF(ab‘)2領域(ファブ ツー プライム)という。抗体結合部は,ヒンジ部位を含まないFabと区別するためにFab’(ファブ プライム)といい,それがヒンジ部位で2個結合した状態であることから,F(ab‘)2と表現する。一方のC末端側のpFc’領域は,ペプシンによって小さな断片に分解されてしまう。 |
抗体の特異性
実際に抗原に結合する部位は、Y字の「先端の部分」で、「抗原結合部位(可変領域)」と呼ばれている。可変領域以外の部分は、定常領域と呼ばれている。
上図にあるように「ひとつの抗体はある特定の抗原を認識する」という特徴があり、これを「抗体の特異性」という。
モノクローナル抗体の種類
ヒトの抗体は大別してIgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5種類がある。これを抗体のアイソタイプと呼ぶ。アイソタイプは、H鎖によって決定される。このH鎖の違いによって、各アイソタイプの性質や役割は大きく異なる(下表参照)。
種類 | 特徴 |
---|---|
IgG | ヒト免疫グロブリン(抗体)の70-75%を占める。血液(血漿中)に最も多い抗体。危険因子の無毒化,白血球やマクロファージによる抗原・抗体複合体の認識に重要。胎児には血液を介してIgGが供給され,赤ちゃんの免疫が発達するまで子供を守る。 |
IgM | ヒト免疫グロブリンの約10%を占める。通常血液中に存在。基本のY構造が5つ結合した形をしている。感染微生物など抗原の侵入に際して,まず最初にB細胞から産生される。 IgMの抗原に対する親和性は一般的にIgGに比べて弱いとされているが,5 – 6量体化することでその結合力を補っている。また細胞表面上の膜分子に結合することでシグナルを入力する活性を発揮することもある。 |
IgA | ヒト免疫グロブリンの10-15%を占める。血清,鼻汁,唾液,母乳中,腸液に多く存在。IgAは2つのIgAが結合した形をしている。母乳に含まれるIgAが新生児の消化管を病原体から守っている。 |
IgE | ヒト免疫グロブリンの0.001%以下と極微量しか存在しない。本来、寄生虫に対する免疫応答のために存在すると考えられているが、寄生虫感染がまれな地域ではアレルギーに大きく関与している。 |
IgD | ヒト免疫グロブリンの1%以下。B細胞による抗体産生の誘導に関与すると言われているが、正確な機能はよくわかっていない。 |
IgGのサブクラス
モノクローナル抗体のヒト化
ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の違い
抗体にはポリクローナル抗体とモノクローナル抗体があり、その違いを下記の表にまとめてみた。
抗原結合性の違い
モノクローナル抗体は,抗原1分子に対して1分子以上結合できない。
一方、ポリクローナル抗体は抗原1分子に対して多数結合できる(抗原のサイズが十分に大きい場合)。
あとがき
医療現場での躍進が目覚ましい抗体医薬は、がん治療や免疫疾患の治療をはじめとして今日の医療には欠かせない存在となっている。そんな抗体医薬の医療現場や研究開発での位置づけを整理すると次のようになるかも知れない。
- がん治療
- 抗体医薬は特定のがん細胞に結合し、その増殖を防ぐ
- 従来の化学療法よりも副作用が少ない
- 効果的な治療が可能になっているケースが増加している
- 免疫疾患治療
- 自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療にも利用可能
- 患者の免疫システムを調整し、症状を緩和できる
- 個別化医療
- 患者の遺伝子情報に基づいて個別に設計されることが多い
- より効果的で安全な治療が可能となる
- 新薬の開発
- 抗体医薬の開発は、研究と技術の進歩により加速
- 新しい治療法が次々と登場
- 患者のQOL(生活の質)向上に貢献している
抗体医薬の進歩は、医療の未来に大きな希望をもたらしている。一方で、抗体医薬の開発の肝である、ターゲットとなる抗原の枯渇問題がある。その問題を打破するために既に次世代抗体の研究が始まっており、そしてその成果の一部が世に出始めている。
私たちは、がんに罹患してもすぐに死ぬことにはならない恵まれた時代を過ごすことになると期待してよいと思う。