はじめに
低分子医薬の製剤開発の現場では、難溶性成分の溶解性向上や安定性確保が永遠の技術課題である。そんな中、シクロデキストリン(CyD)と超臨界流体(SCF)のコラボレーションは、ブレイクスルーと言っても過言ではないほどの効率的な包摂化を実現する。本稿では、その原理から長所・短所、応用事例、将来展望までを取り上げてみたいと思う。
<目次> はじめに シクロデキストリン(CyD)包摂化の基礎知識 超臨界流体(SCF)技術によるのCyD包摂化の特徴 SCFを使った包摂化プロセスの流れ SCFがCyD包摂化に有効な理由 溶媒特性のチューニング性 マス・トランスファー(物質移動)の効率向上 温和なプロセス条件 溶媒残留ゼロおよび後処理の簡便さ 結晶多形・非晶質制御 SCF利用によるCyD包摂化の将来展望 あとがき |
シクロデキストリン包摂化の基礎知識
シクロデキストリン(CyD)とは
- ブドウ糖がα-1,4結合で環状に連結した分子
- 内部の空洞に疎水性成分を取り込む「ホスト–ゲスト包摂」を形成
CyD包摂化のメリット
- 難溶性薬物の水溶性向上
- 光・酸化・熱による分解抑制
- 苦味や刺激臭のマスキング
CyD包摂化の製剤技術
CyD包摂化の製剤技術と言えば、これまでは下記のような混合粉砕や溶液を用いた手法が主流であり、如何にして包摂効率を高めて、かつ残留溶媒を減らすかが研究の焦点であった。
- 水溶液法(共沈・共蒸発法)
- ニーディング法(kneading)
- 凍結乾燥法(Lyophilization)
- 噴霧乾燥法(Spray drying)
- 機械的粉砕(Co-Grinding/Mechanochemical)
超臨界流体技術によるのCyD包摂化の特徴
超臨界流体(Supercritical Fluid;SCF)を利用する製造方法である。超臨界CO₂中で包摂を促進し、その後減圧でCyD–薬物複合体を得る手法である。残留溶媒ゼロ、非常に高い包摂率が最大の特徴で、最も注目すべきCyD包摂化方法である。CO₂を代表とするSCFは、環境負荷が低く、後処理が容易な点でも注目されている技術である。
- 超臨界状態
- 臨界温度・臨界圧力を超えた二酸化炭素(CO₂)など
- ガスのように低粘度/高拡散性+液体のような溶解力を両立
- 溶媒残留がほぼゼロ
- 温和な条件(30~60℃、80~300 bar)でプロセス可能
CyD包摂化技術の相対比較表
手法 | 包摂率 | スケール | コスト | 残留溶媒 |
---|---|---|---|---|
共沈/共蒸発 | 高い | 中~大 | 中 | 中~高 |
ニーディング | 中程度 | 少~中 | 低 | 低 |
凍結乾燥 | 非常に高い | 少~中 | 高 | ほぼゼロ |
噴霧乾燥 | 高い | 中~大 | 中~高 | 低 |
機械的粉砕 | 中程度 | 少~中 | 低 | なし |
超臨界流体 | 非常に高い | 少~中 | 高 | なし |
SCFを使った包摂化プロセスの流れ
- 前処理(予拡散)
- CyDと薬物を混合し、予拡散によって分子間距離を縮小
- 超臨界CO₂導入
- 専用チャンバー内にCO₂を高圧注入
- 包摂化反応
- SCF中でCyDの内腔に薬物分子がスムーズに移行する
- 減圧・回収
- 圧力を徐々に下げることでSCFが気体化し、残留溶媒ゼロの包摂体を得ることができる
SCFがCyD包摂化に有効な理由
超臨界流体(SCF)がシクロデキストリン(CyD)包摂化において卓越した効果を発揮するメカニズムは、以下のような物理化学的観点から説明できる。
- 可変密度・可変極性で包摂効率を最大化
- 高拡散・低粘度・無表面張力で優れたマス・トランスファー
- 中温・中圧で薬物安定性を確保
- 溶媒残留ゼロ、後処理が極めて簡便
- 結晶多形や微粒子径制御が自在
これらの特性が相まって、CyD(ホスト分子)への高効率な包摂化を実現していると考えられている。
したがって、次のようなメリットがあるとされる。
- 残留溶媒を最小化し、製剤の安全性が向上
- 高い包摂率(90%以上も報告あり)
- ゲスト分子(薬物)の結晶形制御が可能
- スケールアップが比較的容易
溶媒特性のチューニング性
- 可変密度
- 圧力や温度を調整することで、SCFの密度を気体に近い状態から液体に近い状態まで自在にコントロール可能
- CyD(ホスト分子)の内腔への薬物(ゲスト分子)の溶解度を最適化し、高い包摂率を実現
- 極性制御
- SCF自体の極性は低いものの、微量の共溶媒(エタノールなど)を添加することで極性を自在にアップ調整できる
- 疎水性薬物の溶解→包摂化前進に寄与
マス・トランスファー(物質移動)の効率向上
- 高拡散性/低粘度
- SC-CO₂の拡散係数は液相の10⁻⁹~10⁻⁸ m²/sに対し、10⁻⁷ m²/sオーダーと高い
- 低粘度(0.05 mPa·s以下)で、CyD粒子内部への浸透速度が飛躍的に向上
- 表面張力=ゼロ
- 液相に比べ界面抵抗が小さいため、粉体表面や毛細孔への浸透が容易
- 微細構造まで均一に包摂でき、高品質な微粒子を得やすい
温和なプロセス条件
- 中温・中圧域
- 30–60 ℃、80–300 bar程度でプロセス可能なため、熱やpHに敏感な薬物やバイオマクロ分子もダメージを最小化
- CyD–薬物複合体の構造を保ったまま包摂化
- 酸化・熱分解の回避
- 不活性ガス(CO₂)環境下で行うため、酸化降解リスクが低減し、安定性が向上
溶媒残留ゼロおよび後処理の簡便さ
- 減圧による完全除去
- プロセス後のデプレッシャー(減圧)でSCFは全量気化
- 有機溶媒残留がゼロに近く、安全性・規制対応性を大幅にアップ
- ワンポットで完結
- 抽出・包摂化・乾燥が連続的に行えるため、バッチ間ロスやクロスコンタミネーションが少ない
結晶多形・非晶質制御
- 結晶化挙動の制御
- SCF中での過飽和状態を利用し、CyD–薬物複合体の結晶形を自由に制御可能
- 溶出性を高める非晶質化や、安定性重視のための結晶多形の取得が自在
- ナノ/マイクロ粒子形成
- 低い表面張力と急激な気化を利用し、数十nm~数µmの均一な微粒子を得られる
SCF利用によるCyD包摂化の将来展望
シクロデキストリン包摂化においてSCFがこれから切り拓く可能性を、技術面・応用面・工程設計面の視点から整理すると以下のようになるかも知れない。
新規SCF媒体の開拓
超臨界CO₂単独に加え、微量の水やエタノールを混合するSC-CO₂+共溶媒方式が注目される。CO₂の低極性を緩和し、シクロデキストリン内腔への親水性/疎水性薬物の包摂融和範囲を拡大させることができる。溶解度パラメータを自由にチューニングできるため、従来技術では抽出が難しかった極性分子や天然高分子の包摂化が可能になるという利点がある。
ハイブリッド活性化プロセス
超音波/マイクロ波併用に加え、プラズマやパルス電界と組み合わせる研究が進行中である。これらの併用はSCFのマストランスファーをさらに促進し、包摂反応時間を秒〜分オーダーにまで短縮できるという。工業化に向け、連続フロー型ハイブリッドリアクターの開発が活況を呈していると報告されている。
連続流マイクロリアクターへの適用
従来はバッチ生産方式だったSCF工程を、マイクロチャンネルやミニプラントに落とし込む動きがある。数百μL/分レベルの精緻な流量制御で、温度・圧力・混合条件を均一化し、スケールアップによる生産性向上と品質の再現性確保を両立させるという。
ナノ/マイクロ粒子設計の高度化
粒径100nm以下の均一微粒子を狙ったSCF微粉砕技術が進化中であるという。キャビテーション(空洞現象)や過飽和制御を駆使し、溶出性やバイオアベイラビリティを飛躍的に向上させるDDSへの応用が見込まれているという。
グリーンケミストリーと省エネルギー化
SCF自体が有機溶媒フリーのグリーンプロセスであるが、設備熱回収システムやCO₂ループ再生技術が確立すれば、製造コストと環境負荷をさらに低減できる可能がある。CO₂排出を最小化した真のカーボンニュートラル製剤プラントが実現可能であるかも知れない。
個別化医療への対応
患者一人ひとりの投与量に合わせたオンデマンド包摂バッチ生産や、病院併設の小型SCF装置でのポイントオブケア調製が視野に入っているかも知れない。Quality by Design(QbD)/Process Analytical Technology(PAT)を組み合わせたリアルタイム品質制御で、安全性や有効性を担保することも検討されるかも知れない。
AI・データ駆動によるプロセス最適化
プロセスシミュレーションや機械学習をSCF条件探索に投入し、圧力×温度×共溶媒濃度の膨大な組み合わせを自動最適化することが可能になるかも知れない。実験コストを劇的に抑えながら、最適な包摂化条件を瞬時に導出するスマートファクトリー構想が動き出しているという報告も聞かれる。
生体高分子やペプチドの包摂展開
これまで熱や溶媒に弱かったタンパク質やペプチド分野でも、SCFの低温・無溶媒特性を活かした包摂化研究が加速しているという。ワクチンやペプチド医薬のDDSキャリアとしての新展開が期待される。
あとがき
超臨界流体(SCF)を用いたCyD包摂化は、環境・安全性と製剤の性能を両立させる次世代技術であると言えるかも知れない。SCFが包摂化プロセスにもたらす影響は大きく、ブレイクスルーと言っても過言ではないと私は思っている。
SCF+CyDという組み合わせは、高効率化・微粒子制御・グリーン製造・個別化医療の4つの潮流と完全に合致している。次のステップとしては、これらを横断的に融合させた次世代SCFプラントの実現に期待が高まる。
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