はじめに
製剤設計とは、薬剤(有効成分)を医薬品として安全かつ効果的に患者さんへ提供できるようにするため、薬の形態(剤形)や放出機構、安定性、服薬時の使いやすさ(利便性)などを総合的に考慮して設計するプロセスを指す。
製剤設計は、原材料の物性評価から、処方最適化、プロトタイプ試作、評価試験、スケールアップに至るまで多段階のプロセスで進められ、QbD(Quality by Design)や統計解析手法を活用しながら、技術的にも高度なアプローチが採用されている。
なかでも、製剤設計に基づくプロトタイプの試作は、概念(コンセプト)の設定段階から最終製品化に至るまでの重要な橋渡しプロセスである。本稿では、複数のステップに分かれる製剤設計の具体的な流れについて一緒にみていきたいと思う。
プレフォーミュレーション
プレフォーミュレーション(Preformulation)とは、原薬(有効成分)の物理的・化学的特性(溶解性、安定性、結晶形、吸湿性など)を詳細に評価する検討段階を指す。
この段階では、各原料の特性がどのように最終製剤に影響を与えるかを理解することも重要となる。この理解により、どの添加剤が原薬に適しているかの選定基準が明確になる。
製剤設計
製剤設計(Formulation Design)では、プレフォーミュレーションの知見を基に、剤形(例えば、錠剤、カプセル、パッチ、液剤など)や目的に合わせた放出特性(溶出挙動)を定めて、さらには服薬性(例えば、錠剤サイズや形状、苦味マスキングなど)を考慮しながら、物理的・化学的に安定な製剤処方を設計する。
そして製剤設計では、使用する賦形剤、結合剤、崩壊剤、コーティング剤などの添加剤の選択や、それぞれの配合割合、製造方法の候補を検討する。
さらに、Quality by Design(QbD)やDoE(実験計画法)などの手法を取り入れながら、最適な条件を理論的に絞り込むアプローチが用いて、合理的かつ効率的な方法で製剤開発を進めていく。
ラボスケールでのプロトタイプ試作
製剤設計に基づき、実際に小規模なラボスケールで候補製剤となり得るプロトタイプを試作する。
この段階では、小型実験用の混合機、造粒機、打錠機やコーティング機を用いて、製剤処方の異なる複数の種類のプロトタイプを作製する。そして、各プロトタイプの物理的特性(圧縮成形性や崩壊性、溶出挙動など)と化学的安定性を比較評価して、製造しやすく、安定なプロトタイプの製剤処方を選択すると共に、改善点を特定して以降の製剤開発に活かせるようにする。
少量の試作でも、複数バッチ間での製品特性(例えば、錠剤の場合は、質量、厚み、硬度、崩壊時間、溶出挙動など)の一貫性と再現性を確認することが重要である。各工程で得られるパラメータを厳格に記録し、統計的手法(例えば、DoE)を活用して、最も影響力のある因子を明確にしておくアプローチが後々有効となる。
つまり、ラボスケールでの製造法の検討事項は、研究開発段階で得られる少量の試作データを、後のパイロットスケールや商業生産へ効率的にスケールアップするための基盤となる重要な知見として捉えることがポイントである。
ラボスケールでの製造法に関する検討事項は、実験装置の選定からプロセスパラメータの最適化、一貫性や再現性の確保、オンラインモニタリングや品質管理の強化、そしてスケールアップに伴うリスクの評価まで、製剤設計の各側面で細かく検討される必要がある。これらの取り組みは、患者に安全かつ効果的な最終製品を提供するための基盤となるものであるとの認識が大事であると私は思う。
尚、ラボスケールで利用する製造装置は、後の商用スケールへのスケールアップを想定して、可能な限り、同様の物理的原理や制御方式で動作するものを選定する必要がある。
ラボ装置特有の限界(容量や制御精度の違い)が、製剤特性にどのような影響を与えるかを事前に把握し、そのデータをもとに製造プロセスを最適化することが求められる。
製造プロセスの最適化に際しては、例えば、経口固形製剤の場合には、次のようなポイントを押さえれば良いのではなかろうか。
- 混合工程
- 原材料の均一な混合が品質に直結する
- バッチサイズ、混合時間、回転速度、使用する撹拌装置などのパラメータが、製剤の均一性や粒度分布にどう影響するかを評価する必要がある
- 造粒工程
- 錠剤やカプセル剤の製造では、造粒条件(湿式・乾式造粒の選択、粒子径分布など)を最適化し、一貫性と再現性を確保することが非常に重要である
- 乾燥工程
- 湿式造粒の場合、乾燥工程における温度、湿度、乾燥時間などは、最終製剤の安定性や溶出特性に影響する場合があるため、操作条件を正確に設定し、検証しておくと良い
- 圧縮(打錠)工程
- 錠剤の製造では、圧縮力や圧縮速度などを最適化し、一貫性と再現性を確保することが重要である
- コーティング工程
- 一般的なフィルムコーティングの操作条件で問題なく実施できるのか、それとも特段の注意を要するのかを検討すると良い
候補製剤の処方最適化
小分子医薬品の製剤開発では、試作されたプロトタイプの品質試験結果をもとに候補処方を最適化することが、後の臨床試験の成功に直結する。
プロトタイプの試験結果の評価とCQAsの特定
プロトタイプで得られた各種試験結果(溶出性、安定性、含量均一性、物理的特性など)を詳細に評価する。どの試験項目が臨床試験での薬物動態、安全性、有効性に大きく影響するかを明らかにすることで、優先的に最適化すべきCQAs(Critical Quality Attributes;重要品質特性)を特定する。
そして、どのパラメータが最終製剤の品質に不確実性を及ぼすのか、またどの項目が後の工程で改善可能かを評価することが、最適化の出発点となる。
Quality by Design (QbD) のアプローチの採用
QbDの理念に基づき、製造プロセスと原材料のばらつきを定量的に評価するためにリスク評価(例えば、FMEA;Failure Modes and Effects Analysis)を実施する。このプロセスにより、許容範囲(デザインスペース)を明確にし、各因子が最終製剤の品質にどの程度影響するかを評価する。
Design of Experiments (DoE) の活用
多因子実験計画法(DoE)を用いて、主要因子(例えば、各添加剤の種類と配合比、原薬粒子径、製造条件など)の組み合わせや相互作用を体系的に検証する。このDoEの活用により、最も高い性能を示す組み合わせとその最適範囲を数値的に導出することが可能になる。
実験計画と反復的な検証
複数の候補処方を設計・試作し、各処方のCQAsに関するデータ(例えば、溶出挙動、物理特性、安定性試験の結果など)を収集する。得られたデータをもとに、統計解析や回帰モデルを構築し、どの因子が最も有意な影響を及ぼしているかを明らかにする。
得られた解析結果に基づき、候補処方の製剤処方や製造プロセスの微調整を行う。この反復的な検証によって、規格を満たすかどうかだけでなく、製造の再現性や安定性(堅牢性)も確認することができ、臨床試験に供する治験薬の品質を保証できるようになる。
このようなプロセスを経て、試作したプロトタイプの品質試験結果を基にして、臨床試験用の治験薬(候補製剤)の処方最適化が完了する。
スケールアップと製造プロセスの開発
ラボスケールで最適条件が見出された場合、その条件が大規模スケールでの製造時にも一貫して再現できるかを検証する必要がある。初期の段階でスケールアップの可否を確認し、必要であれば製造条件の再調整を実施する。
ラボスケールからパイロットスケール、さらには商業生産への移行において、各工程のパラメータがどのように変化するかを予測し、影響を最小化するためのリスク評価が行われる。
例えば、混合・造粒工程や圧縮工程(打錠工程)での操作条件が変わった場合(特にスケールエフェクトが大きい場合)、製剤の均一性や溶出性に違いが生じる可能性があるため、事前の実験やシミュレーションが不可欠である。
この段階では、実際の製造工程や製造装置で同等の品質が再現できるか、製造プロセスの堅牢性(再現性)や量産性が確認される。ここで得られたデータは、後の商業生産に向けたプロセスデベロップメントや、規制当局への申請資料としても重要となる。
製造中の品質のばらつきを低減するため、Process Analytical Technology(PAT)などのリアルタイムモニタリング手法を活用して、プロセスの一貫性を維持しようとする試みが最近のトレンドとなっている。
PATの導入により、混合状態や粒度、温度、湿度などのプロセスパラメータをオンラインでモニタリングし、中間製品の品質のばらつきをリアルタイムに把握することが可能となる。
また、このモニタリング技術により、製造工程内での異常を早期に検出し、プロセスを即時に調整できる体制を構築することが、後のスケールアップ時のリスク軽減に貢献するとされる。
ドキュメンテーションと規制対応
プロトタイプ試作のプロセスで得られた各種評価結果、最適化の過程で得られた知見、工程パラメータなどはすべて記録され、品質管理および規制当局とのコミュニケーションに活かされる。
ラボスケールの試作データ(知見)は、最終的な製品の品質保証や規制当局への申請資料としても重要である。したがって、製造プロセスや試験方法がGMPの原則に則って実施されること、その記録が正確にドキュメント化されることが求められる。
これにより、製剤の安全性・有効性が保証され、最終製品へと移行する準備が整うことになる。
あとがき
製剤設計に基づくプロトタイプの試作は、患者にとって使いやすく、かつ安定性や効果が確保された医薬品を実現するための、細部にわたる検討と多段階の評価が不可欠なプロセスである。
候補処方の最適化は、試作段階で得られた品質試験結果からCQAsを抽出し、QbDとDoEを活用してプロセスのリスクを定量的に管理することにより進められる。
また、製造スケールアップ、プロセス再現性、安定性評価を通じて、臨床試験に適合した安全かつ安定的な製剤が開発される。これにより、臨床試験初期段階での品質確保はもちろん、後続の臨床開発フェーズへの円滑な移行が可能となる。
さらに、最新の製剤技術や連続製造、リアルタイムプロセスモニタリングの導入も検討すれば、今後の開発においてより洗練されたアプローチが期待できる。
これらの手法や技術は、将来的に規模拡大や市販用製剤としての安定供給にも大きな影響を与えるため、時間とコストが許されるなら初期段階での最適化に注力したいものである。
近年のデジタルシミュレーションや統計的手法の導入により、試作と評価の効率化が進み、従来よりも短期間で最適な製剤開発が可能となっている。