はじめに
リポソームは、リン脂質が形成する小さな球状の構造で、外側が親水性、内側が疎水性という性質を持っている。この特性を活かして、薬物をその内水相や脂質二重層に閉じ込めることができるため、生体内の特定のターゲット(臓器やがん組織など)への送達や、徐放性を実現することができる。
リポソーム製剤は、既に、抗がん剤やmRNAワクチンなど、医薬品分野で幅広く利用されている。リポソームの種類にはサイズや構造の違いがあり、PEG化リポソームのような特殊な改良によって血中滞留性を高めることも可能である。本稿では、そんなリポソームに関する基礎知識を取り上げたい。
リポソームとは(定義)
リポソームは、1961年頃に英国のDr. Alec D. Banghamによって発見され、1965年頃に発表されたのをきっかけに、細胞膜モデルとして注目され、研究者の間で広く知られるようになった。
リポソームとは、脂質よりなる二分子膜を有し、その内部に水相を有する閉鎖小胞のことである。脂質の中でも特に両親媒性脂質であるリン脂質は、親水基と疎水基が両端に配置されているので二分子膜のリポソームを形成しやすいと言える。
リン脂質分子の構造は、親水性のリン酸部分の頭部に疎水性である脂肪酸が2本の尾部がついた形状をしている。リン脂質分子は、水中では親水性の頭部を外側に、疎水性の尾部を内側に並べる性質があるので、この性質のために二重層の膜が形成される。膜の厚みは用いるリン脂質の種類にもよるが、およそ3.5~5.6 nm程度であることが知られている。
リポソームの構造
リポソームは、リン脂質(二重層)で囲まれた球状の小胞であり、リン脂質の疎水性尾部(Hydrohobic tail)が内部に、親水性頭部(Hydrophilic head)が外部(および内部水相)に向く自己組織化構造をとっている。

- アンフィパチック分子
- 主成分はホスファチジルコリンなどのリン脂質
- 二重層膜
- 外膜と内膜が対をなすことで、内水相と外水相を分離
- サイズ
- 20 nm ~ 数μm
- ナノ領域のものは「ナノリポソーム」と呼ばれる
- 表面電荷
- Zeta電位により安定性や生体分布が変化する
リポソーム内に薬物を封入する(カプセル化)の原理は、その薬物の性質によって異なる。
- 親水性薬物
- 内水相に封入する
- 疎水性薬物
- 脂質二重層中に取り込む
- 両親媒性薬物
- 界面部に配向させる
リポソームの分類
サイズ/層数による分類
- SUV(Small Unilamellar Vesicle)
- 単一層で、直径20~100 nm
- LUV(Large Unilamellar Vesicle)
- 単一層で、直径100~1000 nm
- MLV(Multi-lamellar Vesicle)
- 複数の同心層を持ち、数百nm〜数μm
表面改変による分類
- PEG化リポソーム
- 血中滞留性(ステルス効果)向上
- 標的化リポソーム
- 抗体やリガンドを結合し、受容体への特異的送達が可能
- 刺激応答型リポソーム
- 温度やpHなどの刺激に応答して薬物を放出
リポソームの特徴
リポソームの特徴は、研究者によってその記載内容(優先度を含めて)が異なるように思う。それは当然と言えば当然で、研究対象によってリポソームが有する特徴の重要度が異なるからである。重要度や優先度を気にせず、順不同で列記してみたい。
① 膜成分やその組成比、粒子サイズがある程度、自由に設計できる。
② 組成を変えることで、膜流動性や膜電荷状態(ゼータ電位)を容易に変えられる。
③ 抗体やビタミン、糖などのリガンドで膜を修飾することができる。
④ 生体膜由来の脂質を用いれば生分解性を有し、毒性が低い。抗原性も比較的少ないので安全性についての杞憂がない。したがって、安全性の高いDDSを開発できる可能性が高い。
⑤ 水溶性薬物は内水相に、脂溶性薬物は二分子膜内に封入できる。siRNAなどの水溶性の核酸医薬は内水相に封入できるので、核酸医薬のためのDDSとして期待できる。
⑥ 生体膜に類似の構造をしているので、生体内で細胞などと相互作用しやすい。例えば、膜成分の移行・交換、吸着、融合、マクロファージによる貪食など。
⑦ 有効成分がリポソームに内封されていれば、生体内分解酵素などによる失活が防げる。
⑧ 投与経路として、静脈注射や皮下注射以外に経口投与の可能性もある。静脈注射後は、肝臓や脾臓の細網内皮系に補足されやすいので、粒子径のデザインが重要となる。
リポソームの製造方法
リポソームの製造方法は、歴史が長いだけにいろいろな方法が提案され、それぞれについての研究報告が検索すればヒットする。例えば、以下のような古典的(?)な調製法が知られている。
- 薄膜水和法
- 脂質を有機溶媒で薄膜化 → 水相で水和 → 超音波・押出しでサイズ調整
- 逆相蒸発法
- 油相(有機溶媒+脂質)に水相を加えエマルジョン形成 → 溶媒除去
- エタノール注入法
- 脂質エタノール溶液を攪拌下で水相に注入
- 界面活性剤除去法
- 界面活性剤で脂質ミセルを形成 → 除去しリポソームへ
しかしながら、最近はマイクロ流体デバイスが使用できるようになったので、このデバイスを用いたMicrofluidics technologyによるリポソームの製造方法が再現性やスケールアップも考慮して最も適しているのではないかと私は思っている。
率直に言えば、私はマイクロ流体デバイスを用いてしかリポソームを製造した経験がない。しかしながら、一度、このデバイスを用いてリポソームを製造すれば、この容易な製造方法を従来から知られているような高度なスキルが必要とされる製造方法に変える理由が全く見当たない。今後、私のように新しくリポソームについて研究を始める者にとってはMicrofluidics technologyを用いてリポソームを簡単に製造すればよいと思う。
リポソームは、簡単に製造できても、組成や粒子径、ゼータ電位などのリポソーム固有の品質特性が異なると安定性も異なるし、内封する有効成分によっても内封率や安定性が違ってくる。
ターゲッティングを目的としたリガンドで修飾するとなれば製造方法は、シンプルであるに越したことない。シンプルであれば、再現性も信頼性も担保できるようになるし、将来の工業化にむけてのスケールアップも容易であろうと思う。
Microfluidics technologyを用いたリポソームの製造方法については、別稿に記載したいと思う。
リポソームの評価方法
- 粒子径分布
- DLS(動的光散乱)
- Zeta電位
- 表面電荷測定で安定性を予測
- 形態観察
- 透過型電子顕微鏡(TEM)
- 走査型電子顕微鏡(SEM)
- 封入率・放出挙動
- UV–Vis
- HPLC
リポソームの長所と課題
リポソームの長所
- 生体適合性・生分解性が高い
- 薬物毒性低減、標的組織への送達
- 多様な分子の同時封入可能
リポソームの長所と課題
- 加水分解・酸化による安定性低下
- 大規模製造の再現性・コスト
- 滅菌・凍結乾燥プロセスの最適化
リポソームを利用した具体的な医薬品
現在、世界で上市されているリポソーム医薬品は10品目以上あり、近年さらに増加している。これらの医薬品製剤は、リポソーム/LNP(Lipid Nano-particle)技術により、標的組織への送達性向上、細胞毒性軽減や徐放性付与など、従来困難だった機能を実装化している。
抗がん剤
- Doxil (Caelyx)
- PEG化ドキソルビシン
- Myocet
- 非PEG化リポソーム化ドキソルビシン
- DaunoXome
- リポソーム化ダウノルビシン
- Onivyde
- リポソーム化イリノテカン
- Vyxeos
- リポソーム化ダウノルビシン+シタラビン
中枢神経系・鎮痛
- DepoCyt
- リポソーム化シタラビン(悪性髄膜腫向け)
- DepoDur・Depo-Morphine
- リポソーム化ブピバカイン・モルヒネ(硬膜外鎮痛向け)
骨肉腫
- Mepact
- ミファムルチドリポソーム
遺伝子医薬・ワクチン
- Onpattro
- パティシラン(siRNA)LNP製剤
- Comirnaty・Spikevax
- COVID-19 mRNAワクチン用LNP
抗真菌薬
- AmBisome
- リポソーム化アンホテリシンB
- Abelcet・Amphotec
- その他のリポソーム化アンホテリシンB
吸入治療
- Arikace
- リポソーム化アミカシン懸濁液(嚢胞性線維症肺感染)
あとがき
リポソームが今から60年も前からその存在が知られるようになっていたとは驚きである。何故、驚くかというとリポソームは、その長い研究の歴史があるにもかかわらず、未だに研究対象としてホットな話題を提供してくれるからである。まだ分からないことが多いのである。知られていないことが多いということは非常に興味深い対象だということの裏返しでもある。
私も還暦を過ぎてからリポソームの勉強を始める機会が得られたことは幸せだと思っている。私の好きな言葉に「温故知新」というのがあるが、「リポソーム」の研究にはこの言葉が相応しいように思う。一緒にリポソームについて学んでいきましょう!
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