はじめに
医薬品の製剤開発におけるプロセスバリデーション(Process Validation)は、極めて重要な概念である。プロセスバリデーションは、製造プロセスが設計上の目的と品質基準に沿って継続的に高品質な製品を一貫して生産できることを、科学的根拠およびデータに基づいて証明する一連の体系的な取り組みである。
これは、製造プロセスを単にチェックするだけでなく、予めリスク要因を洗い出し、製造プロセスに影響を与える各要素(原料、装置、工程パラメータ、環境条件など)を十分に理解し、制御するための重要な指標となっている。国内規制当局のPMDAだけでなく、米国FDAや欧州EMAなどの規制当局もこの考え方を厳しく要求している。
<目次> はじめに プロセスバリデーションとは プロセスバリデーションの一般的な手法 プロセスバリデーションの具体的な手法 実験計画(DoE) リスク評価と管理 統計的プロセス管理 プロセス分析技術(PAT) 設備適格性評価(IQ/OQ/PQ) 継続的プロセス検証 プロセスバリデーション具体例(錠剤) 重要工程における変動要因とその評価項目 あとがき |
プロセスバリデーションとは
プロセスバリデーションは、製造プロセスが設計された通りに実行され、意図した品質の製品が安定して得られることを確認するために、設計、実施、記録を含む一連の活動を指している。
具体的には、プロセスバリデーションは、市販予定製剤の製造工程が、予め設定した規格内の品質特性に適合した製品を恒常的に製造できることを高度に保証することを検証し、その結果を文書化することである。
製剤化研究で明らかにされた重要工程とその変動要因の許容基準を基に、実生産スケールでの連続3バッチの製造によって一貫性と同等性が確認される。
プロセスバリデーションの一般的な手法
プロセスバリデーションは、通常、次の3つの段階に分けられる。
- プロセス設計 (Process Design)
- 製造プロセスが適切に設計され、要件に基づいて開発される段階であり、ラボスケールからのデータを基にスケールアップの計画も含まれる
- この段階では、製剤開発やラボスケール、パイロットスケールでのスケールアップの実験結果を基に、製品の品質に影響する全ての要因を考慮した製造プロセスが設計される
- 原料の性質、工程内の各操作手順、装置の選定や環境条件など、製品の一貫性に影響を及ぼす工程パラメータが十分に評価され、最適な条件範囲を明確にする
- プロセス適格性評価 (Process Qualification)
- 製造プロセスが実際の製造条件下で一貫性を持って製品を生産できるかどうかを評価する段階である
- 実際の製造環境下で製造プロセスが、規定のパラメータ内で安定して高品質な製品を生み出すかを検証す
- 設備や機器の適格性(IQ, OQ, PQ)の実施
- 設備の設置確認(IQ)
- 運転確認(OQ)
- 性能確認(PQ)
- 試験製造ロット(通常3ロット以上)の製造とその評価
- 統計的手法を用いて工程のばらつきや逸脱がないかが確認される
- 継続的プロセスバリデーション (Continued Process Verification)
- 商業生産段階において、製造プロセスが一貫して所定の基準を満たす製品を生産しているかをモニタリングし、評価する段階である
- 商業生産開始後も、リアルタイムのデータモニタリング、統計的プロセス管理(SPC)などを通じて、製造工程が常に設定通りに動作しているか、また予期せぬ変動が発生していないかが継続的に監視される
- このようなフィードバックループを基に、必要に応じて製造プロセスの改善やリスク管理措置が講じられることで、長期的な品質の維持が図られる
このように、プロセスバリデーションは、製剤開発から商業生産に至るまでの全工程で、製品の安全性、有効性、安定性を保証するための枠組みとなっている。
各段階で得られたデータや知見は、将来のトラブルシューティングや規制監査に向けても重要な証拠となるため、記録管理やドキュメント化も厳密に実施される。
プロセス設計で特定された重要工程パラメータ(Critical Process Parameters; CPP)や、製品特性に直結する重要品質特性(Critical Quality Attributes; CQA)の管理が、すべての段階で求められるため、精度の高い実験計画法(Design of Experiments; DoE)やリスク評価(Risk Assessment)といった手法も頻繁に活用される。
このように、プロセスバリデーションは単なるチェックリストではなく、製薬企業が持続可能かつ信頼性の高い製造体制を構築するための戦略的要素であり、最終的には患者に対する安全で効果的な治療を保証する根幹といえるものである。
さらに、製剤開発の各段階でこのプロセスバリデーションの考え方を取り入れることで、初期段階から製造工程のリスクや改善点が明確になり、有効な工程管理システムの構築につながるため、製剤開発全体の効率化も期待できる。
プロセスバリデーションは、科学的根拠に基づき、データを用いて行われ、バリデーションバリデーションの結果は記録として残し、将来的な製造や監査に備えることが重要となる。
プロセスバリデーションの具体的な手法
プロセスバリデーションの手法は、初期のプロセス設計の段階から商業生産に至るまでの各フェーズで適用され、製品の安全性・有効性・品質を保証するための重要なツールとして機能する。
例えば、DoEの結果に基づいて特定したCPPをPATでリアルタイムにモニタリングし、SPCによってそのデータを統計的に評価することで、工程の安定性の維持と改善が一層効果的に行える。
製剤開発の現場では、これらの手法を組み合わせてQuality by Design(QbD)の考え方を取り入れることで、製品のライフサイクル全体にわたる信頼性の高い工程管理体制を構築していく。
どの手法も、科学的データに基づく改善策とともに、規制当局の要求を満たすための証跡として文書化されることが求められる。
製剤開発の各段階でこれらの手法を活用することで、製造プロセスの一貫性と製品品質を確実に保証できる体制が整備される。
実験計画(DoE)
Design of Experiments(DoE)は、製造工程における複数の因子(例えば、温度、圧力、反応時間、原料配合比など)が製品の品質に与える影響を体系的に評価する手法である。
実験計画を立てることで、各因子の最適な設定値(Critical Process Parameter; CPP)を明確にし、工程のばらつきを最小限に抑えることが可能になる。
リスク評価と管理
プロセスに関連する潜在リスクを特定し、そのリスクの大きさや発生可能性を評価する。
例えば、FMEA(Failure Modes and Effects Analysis)やFish bone diagram (Ishikawa method)といったツールを用いることで、どの工程やパラメータが製品品質に重大な影響を及ぼすかを事前に洗い出し、対策を講じることができる。
統計的プロセス管理
生産中に収集されるデータを用いて、プロセスの変動をリアルタイムに、または定期的に監視する。
コントロールチャートやプロセス能力指数(Cp, Cpkなど)を活用して、工程が設定された管理限界内で安定して稼働しているかを確認し、異常が検出された場合には迅速な対処を可能にする。この際に活用されるのが統計的プロセス管理(Statistical Process Control; SPC)と呼ばれる手法である。
プロセス分析技術(PAT)
プロセス分析技術(Process Analytical Technology; PAT)は、製造中にリアルタイムまたはそれに近い形で製品の品質やプロセスパラメータをモニタリングするための技術である。
センサーやオンライン分析装置を用いて、重要な工程パラメータや化学反応の進行状況を即座に測定できるため、プロセスの即時調整や異常の早期発見が可能となる。
設備適格性評価(IQ/OQ/PQ)
プロセスバリデーションに先立ち、製造設備そのものが設計および運用要件を満たすかを確認するため、設備適格性評価が実施される。
- IQ (Installation Qualification)
- 設備の設置が仕様通りに行われたかの検証
- OQ (Operational Qualification)
- 設備が正常に機能し、所定の運転条件下で問題なく動作するかの検証
- PQ (Performance Qualification)
- 実際の生産条件下で、製品が一貫して高品質であることを確認するための最終検証
継続的プロセス検証
継続的プロセス検証 (Continued Process Verification; CPV) とは商業生産開始後も収集した工程データや品質データを用いて、継続的にプロセスが安定しているかを評価する活動を指す。
これにより、長期にわたる生産の中で、予期せぬ変動や逸脱が発生していないかをチェックし、必要に応じたプロセス改善やリスク低減策の検討が行われる。
プロセスバリデーション具体例(錠剤)
重要工程における変動要因とその評価項目
重要工程 | 変動要因 | 評価項目 |
---|---|---|
造粒 | ||
回転速度、 造粒時間、 仕込量 | 外観、 トルク(電力) | |
乾燥 | ||
乾燥温度、 乾燥時間 仕込量 | 水分(乾燥減量) | |
整粒 | ||
スクリーンサイズ 回転速度、 投入速度 | 粒度分布、 カサ密度、 収率 | |
混合 | (滑沢剤の添加) | |
回転速度、 混合時間、 仕込量 | 含量均一性、 粒度分布、 カサ密度、 水分(乾燥減量)、 収率 | |
打錠 | ||
打錠圧(本圧、与圧) 打錠速度 攪拌フィーダー回転数 | 質量、硬度、 厚み、摩損度、 崩壊時間、 溶出性、 含量均一性、 外観、打錠障害、 水分(乾燥減量)、 収率 | |
コーティング | ||
給気温度、 給気風量、 製品温度、 排気温度、 パン回転速度 スプレー速度 スプレー圧 スプレーガンの距離 仕込量 | 質量増加量、 直径・厚み、 硬度、外観、 崩壊時間、 溶出性、 水分(乾燥減量)、 収率 |
重要工程 | 変動要因 | 評価項目 |
---|---|---|
造粒・乾燥 | ||
造粒液濃度 給気温度、 給気風量、 製品温度、 排気温度、 スプレー速度 スプレー圧 スプレーガンの位置 仕込量 | 外観、 粒度分布、 カサ密度、 水分(乾燥減量) | |
整粒 | ||
スクリーンサイズ 回転速度、 投入速度 | 粒度分布、 カサ密度、 収率 | |
混合 | (滑沢剤の添加) | |
回転速度、 混合時間、 仕込量 | 含量均一性、 粒度分布、 カサ密度、 水分(乾燥減量)、 収率 | |
打錠 | ||
打錠圧(本圧、与圧) 打錠速度 攪拌フィーダー回転数 | 質量、硬度、 厚み、摩損度、 崩壊時間、 溶出性、 含量均一性、 外観、打錠障害、 水分(乾燥減量)、 収率 | |
コーティング | ||
給気温度、 給気風量、 製品温度、 排気温度、 パン回転速度 スプレー速度 スプレー圧 スプレーガンの距離 仕込量 | 質量増加量、 直径・厚み、 硬度、外観、 崩壊時間、 溶出性、 水分(乾燥減量)、 収率 |
あとがき
プロセスバリデーションは医薬品開発において、以下の点で大きな影響を及ぼす。
- 品質の一貫性と再現性の確保
- 製剤開発から商業生産までの全段階で製品の安全性と有効性を支える
- スケールアップの円滑化
- ラボスケールやパイロットスケールでの知見を基に、商用生産スケールでの製造におけるリスク低減と安定供給を実現させる
- 規制対応の強化
- 厳格なプロセス管理により、規制当局からの承認取得がスムーズに行える
- リスク管理とコスト削減
- 早期のリスク特定と対処によって、将来的なコスト高やトラブルの発生を防止できる
- 継続的改善
- CPVや新技術の導入により、製品のライフサイクル全体で持続的な品質向上が可能になる
こうした取り組みは、結果として患者に安全で効果的な医薬品を提供し、製薬企業の信頼性や競争力を高める原動力となると期待されている。